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(さっき、カシアンって言ってたよな……んー……どっかで聞いたことあるんだけど……)
一体どこで聞いたのか思い出そうとしていると、ざわめきがまだ残るホールに、再び声が響いた。
「続いて、新入生を代表し、本年度の入学試験で最も優秀な成績を納めた者に、挨拶をしてもらう!」
全員の注目が再び壇上に集まった。
「入学試験総合成績、首席!カシアン・レオニード・オルディアン!前へ!」
名前が読み上げられ、新入生たちがわぁっと色めきたった。
総合で首席、すごいな。アシェルより頭が良いのか。
名前からして、今呼ばれた彼が皇帝の息子なんだろう。
それにしても、カシアン……。
皇帝が言ってた次子って、次男って事だよな……。
皇帝の二人目の息子で、名前がカシアン……、あと少しで思い出せそうなのに思い出せない。
うーん、と唸っているうちに、壇上の横扉が開き、中から一人の青年が進み出ていた。
皇帝よりも少し淡い色合いの赤髪。
かき上げられた前髪からのぞく、つり気味の鋭い眼差しが印象的だ。
その姿を見た瞬間。
「あ、」
と思わず、声が漏れた。
(思い出したぁあああ)
前世で、イヤホン越しに聞いた声の主。何度もジャケットで見た、あの姿。
シチュエーションCD《星の庭のセラピア》第二シリーズ。
魔王アシェルと、同じ弾で登場したキャラクター!
「只今紹介にあずかった。カシアン・レオニード・オルディアンだ。今日は――」
少しぶっきらぼうで、良い意味で若者らしい粗さのある声。それを聞いて、記憶が一気に鮮明になった。
さっきまで答えが出ずにぐるぐるしていた頭が、ようやくスッキリした。
忘れかけていた記憶が、次々と掘り起こされていく。
皇帝の息子で最初は当たりの強いカシアン。
CDのトラックが進むにつれ主人公に心を開いて、ツンデレ全開ボイスをかましてくれる人気キャラクターだった。
俺はアシェルに夢中で、あんまり他のキャラの深掘りはしていなかったけど、セラピアファンのお姉様方に大層人気だったのは覚えてる。
考えてみれば、確かに。
アシェルがここに存在しているなら、他のキャラがいても、おかしくはない、のか?
日々の生活におわれて、もう思い出すこともほとんどなくなっていたから驚いた。
改めて今自分がいるここが異世界、セラピアの世界なんだと再認識させられた気分だ。
「……フィル、なにかあったか?」
アシェルが、訝しげにこちらを見ていた。
「い、いやぁ~……大丈夫、なんでもないっ」
慌てて笑って誤魔化す。
自分でも分かるくらい、不自然な声だった。
アシェルは一瞬だけ俺の顔をじっと見て、それ以上は何も言わず、再び前方へ視線を戻した。
もう何年もそうしてきたけど、今更ながら皆に前世の話なんてうまく説明出来る気がしない。
長い説明をせずに済んでホッとしていると、いつの間にか周囲から拍手が巻き起こっていた。
(……あれ?)
壇上を見れば、すでにカシアンの姿はなくなっていた。
どうやら俺が色々と考えてる間に、新入生代表挨拶はもう終わってしまったらしい。
(え、今の全部聞き逃した……?せっかくのカシアンボイス、ちょっと聞いておきたかったな……)
気が付けば、ホールはすっかり交流会の空気に変わっていた。
談笑する声、グラスの触れ合う音。
今まで後ろに控えていた保護者と新入生が合流して言葉を交わし、あちこちで輪ができている。
……のだが。
俺たち三人の周囲だけ、妙にぽっかりと空間ができていた。
相変わらず視線は感じる。ひそひそとした声も、確かに聞こえる。
遠巻きにじろじろ眺められる感覚は、どうにも居心地が悪い。
叔父貴を探しに場所を移動するか?と三人で顔を見合わせていたその時だった。
ざわめく人ごみの中から、唐突に声がかかる。
「やあやあ、君らがマスラーク伯爵家のご一行やね?いやあ、直接お会いできて光栄やわぁ~」
軽やかな声が、俺たちの前に落ちた。
この特徴的な抑揚。語尾の伸び。
どこか気の抜けた、人懐っこい響きだ。
……この声も、聞き覚えがある。
(ま、まさか……)
声のする方を向くと、そこにはスラリと背の高い青年が立っていた。
糸目がちの目元に、にこにこと浮かぶ笑み。
翡翠色の髪を揺らしながら、こちらに軽く手を振っている。
「初めまして。僕はジェリコ・アーレン。どうぞよろしゅう」
そう言って握手を求めてきた。
隣で、ルカが少しだけ姿勢を正す。
「ルーカン・マスラークです。こっちは友人のアシェル・ギデンズと、フィル・ギデンズ」
ルカがそう紹介して握手を返すと、ジェリコは満足そうに頷いた。
……やっぱりそうだ。
ジェリコも、セラピア第二シリーズのキャラクターだ。
(こいつは、えーっと……どういう設定のキャラだったかな……)
セラピアの基本なストーリーは、悩みを抱え、荒んでいるキャラクターを、主人公である聞き手がそばで支え、心を通わせていく、というもの。
俺が十年以上前の記憶を思い出す間、ジェリコはずっと話し続けている。
「僕のことは気軽にジェリコって呼んで?それにしても後ろの君たちがギデンズ兄弟かぁ!噂は聞いとるでぇ!会えて嬉しいわ~。僕の喋り方、珍しいやろ?聞き取りにくかったりせん?領地ではみんなこうなんよ~」
「は、はぁ」
「僕の家、領地ではアーレン商会っちゅうんを経営しとるんやけどな、聞いたことある?最近マスラーク領と取引させてもろててんけど……あ、うち元々は先祖代々炭鉱を抱えて商売しとって、ほんで――」
と、止まらない。
前世でも聞いた覚えのあるこの喋り方。この世界でも地方訛りってことになってたのか。
喋りもそうだが、身振り手振りがすごい……。
……近くで聞いてるルカが完全に圧倒されてる。
「まあ、そんな感じで手広く商売させてもろててんけど、そのうち鉱山の資源が枯渇してもうてなぁ。大元手の収入が入らんくなったら、後はもうコロコロコロ~って悪い方に経営が傾いて、慌てて他の鉱山の権利取りに行ったら、これもまあ失敗続きで散々。もう一家離散で人様に言えないような商売に手ぇ出さなあかんか!?ってとこまで追い込まれてんけど――」
そこで、ジェリコはにかっと笑った。
「そん時や。君らがマスラーク領で見つけてくれた、あの発火する木!先んじて取引させてもろたおかげで、うちの商売、何とか持ち直したんよ!今や栽培方法の研究に素材利用で、てんやわんやですわ」
まるで畳みかけるような言葉の洪水だ。
「ほんま、マスラークには足向けて寝られへん。聞いたら僕と同学年でマスラーク伯爵の息子さんが入学してくるって言うやん?これはもう、是非仲良ぉしたいな~思て!」
「は、はは……そうなんですね」
熱が入って前のめりになってくるジェリコに対して、のけ反って完全に飲み込まれているルカ。
話を聞いていたら、なんとなく思い出してきた。
そうそう、ジェリコは商人キャラだった。
でも俺の知っている彼とは、だいぶ印象が違う。
記憶の中のジェリコは、家業の没落から詐欺まがいの仄暗い商売に手を染めていて、飄々とした、油断ならない雰囲気……だったはず。
……でも、今目の前にいる彼からはそんな感じがしない。
アシェルが魔王にならなかった、この世界。
その影響が、ジェリコに変化をもたらしているのかもしれない。
俺が考え込んでいる間にも、ジェリコは朗らかに声をかけてくる。
ルカに続いて、俺やアシェルとも順番にぶんぶんと固い握手を交わし、最後にもう一度、屈託のない笑顔を向けた。
「そのうち魔の森の視察に行く予定やから!その時はよろしゅう!うちで取り扱ってるオススメの商品もたくさん持って行くから、楽しみにしてて!」
そう言い残して。
「ほなまた!授業で会おな!」
嵐のように去っていった。
終始軽やかで、楽しそうで、記憶の中のジェリコのようなイメージがまるで無かった。
知らない内に、元々のシナリオは変わってしまったのかもしれない。
どうやらその変化は、彼にとって良い方向に転がったらしい。
なるほどな。
アシェルが魔王にならず、こうして健やかに生きている未来を歩めているのなら、ジェリコみたいに、他のキャラクターが別の人生を歩んでいても不思議じゃない。
セラピア第二シリーズで発売されたCDは、三枚。
オラオラ系俺様魔王のアシェル。
腹の底が見えない怪し気なジェリコ。
それから――
「おい、そこの」
低く、苛立ちを隠しもしない声が飛んできた。
そちらを見ると、
眉間に深い皺を刻んだ赤髪の青年が、腕を組んで立っている。
……さっきまで、壇上で挨拶をしていた。
カシアンだ。
人の波を割る様に、こちらに歩いてくる。
「ギデンズってのは、お前か」
そう言って、彼が睨み据えたのは――ルカだった。
「い、いえ殿下!私はマスラーク領主、カール・マスラークの息子、ルーカン・マスラークと申します!」
突然の皇子の登場に、ルカが慌てて名乗る。
オドオドしながらも、ちらりとこちらを振り返る。
「ギデンズは……えと、後ろの……」
視線が移り、後ろに控えていた俺たちと目が合う。
空気が、冷えた気がした。
その態度は、明らかに友好的なものじゃない。
強気な視線、どことなく喧嘩腰の物言い。
整った顔立ちだからこそ、余計に威圧感がある。
なんで、そんな顔で睨まれなきゃならないんだ?
……色々とはばからずに言うと、俺はイケメンが好きだ。目の保養になる。
でも、自分や、身内に無遠慮に突っかかってくる奴は別だ。
ムッとして、一歩前に出る。
「なんだ、お前」
カシアンの視線が、俺を上から下まで舐めるように動いた。
「俺はマスラーク領のフィル・ギデンズだ。」
「へぇ……」
進み出た俺を見て、カシアンは鼻で笑う。
「どんなガリ勉の魔術師が学科で首席取ったのかと思えば……マスラーク?どこだよそれ、田舎の部族かなんかか?」
不躾な視線が、俺の髪に向く。
カシアンはさらに口元を歪めて続けた。
「なんだその髪。これだから田舎者は…。お前はこの学院に、茶の淹れ方でも教わりに来たのか?あぁそうか、魔術師様は実践武術を免除されるもんなぁ」
茶会の作法や社交儀礼は女子のカリキュラムに必修で入ってる。
つまり、あれか。俺の流しっぱなしの髪を見て、そういうことを言ったわけか?
さすがに……カチン、と来た。
好き勝手言うじゃないか……黙って聞いていれば、こちらの何が、そんなに気に食わないんだ。
「あのな――」
言い返そうとした、その瞬間。
背後から、すっと影が前に出る。
「俺もギデンズだ」
心なしか、いつもより数段低い声。
「アシェル・ギデンズ。魔術を使うのは俺だ」
カシアンの視線が、アシェルの方へゆっくりと向く。
俺もその横顔を見た。
アシェルは何時も通り、表情は冷静なままに見えた。
が、俺には分かる。
力の入った眉間、一文字に結ばれた口……これは相当機嫌が悪そうだ。
静寂の中、二人は互いに一歩も引かず、真正面から睨み合った。
言葉はない。
ただ視線と視線がぶつかり合い、見えない火花が散ってるようだった。
一体どこで聞いたのか思い出そうとしていると、ざわめきがまだ残るホールに、再び声が響いた。
「続いて、新入生を代表し、本年度の入学試験で最も優秀な成績を納めた者に、挨拶をしてもらう!」
全員の注目が再び壇上に集まった。
「入学試験総合成績、首席!カシアン・レオニード・オルディアン!前へ!」
名前が読み上げられ、新入生たちがわぁっと色めきたった。
総合で首席、すごいな。アシェルより頭が良いのか。
名前からして、今呼ばれた彼が皇帝の息子なんだろう。
それにしても、カシアン……。
皇帝が言ってた次子って、次男って事だよな……。
皇帝の二人目の息子で、名前がカシアン……、あと少しで思い出せそうなのに思い出せない。
うーん、と唸っているうちに、壇上の横扉が開き、中から一人の青年が進み出ていた。
皇帝よりも少し淡い色合いの赤髪。
かき上げられた前髪からのぞく、つり気味の鋭い眼差しが印象的だ。
その姿を見た瞬間。
「あ、」
と思わず、声が漏れた。
(思い出したぁあああ)
前世で、イヤホン越しに聞いた声の主。何度もジャケットで見た、あの姿。
シチュエーションCD《星の庭のセラピア》第二シリーズ。
魔王アシェルと、同じ弾で登場したキャラクター!
「只今紹介にあずかった。カシアン・レオニード・オルディアンだ。今日は――」
少しぶっきらぼうで、良い意味で若者らしい粗さのある声。それを聞いて、記憶が一気に鮮明になった。
さっきまで答えが出ずにぐるぐるしていた頭が、ようやくスッキリした。
忘れかけていた記憶が、次々と掘り起こされていく。
皇帝の息子で最初は当たりの強いカシアン。
CDのトラックが進むにつれ主人公に心を開いて、ツンデレ全開ボイスをかましてくれる人気キャラクターだった。
俺はアシェルに夢中で、あんまり他のキャラの深掘りはしていなかったけど、セラピアファンのお姉様方に大層人気だったのは覚えてる。
考えてみれば、確かに。
アシェルがここに存在しているなら、他のキャラがいても、おかしくはない、のか?
日々の生活におわれて、もう思い出すこともほとんどなくなっていたから驚いた。
改めて今自分がいるここが異世界、セラピアの世界なんだと再認識させられた気分だ。
「……フィル、なにかあったか?」
アシェルが、訝しげにこちらを見ていた。
「い、いやぁ~……大丈夫、なんでもないっ」
慌てて笑って誤魔化す。
自分でも分かるくらい、不自然な声だった。
アシェルは一瞬だけ俺の顔をじっと見て、それ以上は何も言わず、再び前方へ視線を戻した。
もう何年もそうしてきたけど、今更ながら皆に前世の話なんてうまく説明出来る気がしない。
長い説明をせずに済んでホッとしていると、いつの間にか周囲から拍手が巻き起こっていた。
(……あれ?)
壇上を見れば、すでにカシアンの姿はなくなっていた。
どうやら俺が色々と考えてる間に、新入生代表挨拶はもう終わってしまったらしい。
(え、今の全部聞き逃した……?せっかくのカシアンボイス、ちょっと聞いておきたかったな……)
気が付けば、ホールはすっかり交流会の空気に変わっていた。
談笑する声、グラスの触れ合う音。
今まで後ろに控えていた保護者と新入生が合流して言葉を交わし、あちこちで輪ができている。
……のだが。
俺たち三人の周囲だけ、妙にぽっかりと空間ができていた。
相変わらず視線は感じる。ひそひそとした声も、確かに聞こえる。
遠巻きにじろじろ眺められる感覚は、どうにも居心地が悪い。
叔父貴を探しに場所を移動するか?と三人で顔を見合わせていたその時だった。
ざわめく人ごみの中から、唐突に声がかかる。
「やあやあ、君らがマスラーク伯爵家のご一行やね?いやあ、直接お会いできて光栄やわぁ~」
軽やかな声が、俺たちの前に落ちた。
この特徴的な抑揚。語尾の伸び。
どこか気の抜けた、人懐っこい響きだ。
……この声も、聞き覚えがある。
(ま、まさか……)
声のする方を向くと、そこにはスラリと背の高い青年が立っていた。
糸目がちの目元に、にこにこと浮かぶ笑み。
翡翠色の髪を揺らしながら、こちらに軽く手を振っている。
「初めまして。僕はジェリコ・アーレン。どうぞよろしゅう」
そう言って握手を求めてきた。
隣で、ルカが少しだけ姿勢を正す。
「ルーカン・マスラークです。こっちは友人のアシェル・ギデンズと、フィル・ギデンズ」
ルカがそう紹介して握手を返すと、ジェリコは満足そうに頷いた。
……やっぱりそうだ。
ジェリコも、セラピア第二シリーズのキャラクターだ。
(こいつは、えーっと……どういう設定のキャラだったかな……)
セラピアの基本なストーリーは、悩みを抱え、荒んでいるキャラクターを、主人公である聞き手がそばで支え、心を通わせていく、というもの。
俺が十年以上前の記憶を思い出す間、ジェリコはずっと話し続けている。
「僕のことは気軽にジェリコって呼んで?それにしても後ろの君たちがギデンズ兄弟かぁ!噂は聞いとるでぇ!会えて嬉しいわ~。僕の喋り方、珍しいやろ?聞き取りにくかったりせん?領地ではみんなこうなんよ~」
「は、はぁ」
「僕の家、領地ではアーレン商会っちゅうんを経営しとるんやけどな、聞いたことある?最近マスラーク領と取引させてもろててんけど……あ、うち元々は先祖代々炭鉱を抱えて商売しとって、ほんで――」
と、止まらない。
前世でも聞いた覚えのあるこの喋り方。この世界でも地方訛りってことになってたのか。
喋りもそうだが、身振り手振りがすごい……。
……近くで聞いてるルカが完全に圧倒されてる。
「まあ、そんな感じで手広く商売させてもろててんけど、そのうち鉱山の資源が枯渇してもうてなぁ。大元手の収入が入らんくなったら、後はもうコロコロコロ~って悪い方に経営が傾いて、慌てて他の鉱山の権利取りに行ったら、これもまあ失敗続きで散々。もう一家離散で人様に言えないような商売に手ぇ出さなあかんか!?ってとこまで追い込まれてんけど――」
そこで、ジェリコはにかっと笑った。
「そん時や。君らがマスラーク領で見つけてくれた、あの発火する木!先んじて取引させてもろたおかげで、うちの商売、何とか持ち直したんよ!今や栽培方法の研究に素材利用で、てんやわんやですわ」
まるで畳みかけるような言葉の洪水だ。
「ほんま、マスラークには足向けて寝られへん。聞いたら僕と同学年でマスラーク伯爵の息子さんが入学してくるって言うやん?これはもう、是非仲良ぉしたいな~思て!」
「は、はは……そうなんですね」
熱が入って前のめりになってくるジェリコに対して、のけ反って完全に飲み込まれているルカ。
話を聞いていたら、なんとなく思い出してきた。
そうそう、ジェリコは商人キャラだった。
でも俺の知っている彼とは、だいぶ印象が違う。
記憶の中のジェリコは、家業の没落から詐欺まがいの仄暗い商売に手を染めていて、飄々とした、油断ならない雰囲気……だったはず。
……でも、今目の前にいる彼からはそんな感じがしない。
アシェルが魔王にならなかった、この世界。
その影響が、ジェリコに変化をもたらしているのかもしれない。
俺が考え込んでいる間にも、ジェリコは朗らかに声をかけてくる。
ルカに続いて、俺やアシェルとも順番にぶんぶんと固い握手を交わし、最後にもう一度、屈託のない笑顔を向けた。
「そのうち魔の森の視察に行く予定やから!その時はよろしゅう!うちで取り扱ってるオススメの商品もたくさん持って行くから、楽しみにしてて!」
そう言い残して。
「ほなまた!授業で会おな!」
嵐のように去っていった。
終始軽やかで、楽しそうで、記憶の中のジェリコのようなイメージがまるで無かった。
知らない内に、元々のシナリオは変わってしまったのかもしれない。
どうやらその変化は、彼にとって良い方向に転がったらしい。
なるほどな。
アシェルが魔王にならず、こうして健やかに生きている未来を歩めているのなら、ジェリコみたいに、他のキャラクターが別の人生を歩んでいても不思議じゃない。
セラピア第二シリーズで発売されたCDは、三枚。
オラオラ系俺様魔王のアシェル。
腹の底が見えない怪し気なジェリコ。
それから――
「おい、そこの」
低く、苛立ちを隠しもしない声が飛んできた。
そちらを見ると、
眉間に深い皺を刻んだ赤髪の青年が、腕を組んで立っている。
……さっきまで、壇上で挨拶をしていた。
カシアンだ。
人の波を割る様に、こちらに歩いてくる。
「ギデンズってのは、お前か」
そう言って、彼が睨み据えたのは――ルカだった。
「い、いえ殿下!私はマスラーク領主、カール・マスラークの息子、ルーカン・マスラークと申します!」
突然の皇子の登場に、ルカが慌てて名乗る。
オドオドしながらも、ちらりとこちらを振り返る。
「ギデンズは……えと、後ろの……」
視線が移り、後ろに控えていた俺たちと目が合う。
空気が、冷えた気がした。
その態度は、明らかに友好的なものじゃない。
強気な視線、どことなく喧嘩腰の物言い。
整った顔立ちだからこそ、余計に威圧感がある。
なんで、そんな顔で睨まれなきゃならないんだ?
……色々とはばからずに言うと、俺はイケメンが好きだ。目の保養になる。
でも、自分や、身内に無遠慮に突っかかってくる奴は別だ。
ムッとして、一歩前に出る。
「なんだ、お前」
カシアンの視線が、俺を上から下まで舐めるように動いた。
「俺はマスラーク領のフィル・ギデンズだ。」
「へぇ……」
進み出た俺を見て、カシアンは鼻で笑う。
「どんなガリ勉の魔術師が学科で首席取ったのかと思えば……マスラーク?どこだよそれ、田舎の部族かなんかか?」
不躾な視線が、俺の髪に向く。
カシアンはさらに口元を歪めて続けた。
「なんだその髪。これだから田舎者は…。お前はこの学院に、茶の淹れ方でも教わりに来たのか?あぁそうか、魔術師様は実践武術を免除されるもんなぁ」
茶会の作法や社交儀礼は女子のカリキュラムに必修で入ってる。
つまり、あれか。俺の流しっぱなしの髪を見て、そういうことを言ったわけか?
さすがに……カチン、と来た。
好き勝手言うじゃないか……黙って聞いていれば、こちらの何が、そんなに気に食わないんだ。
「あのな――」
言い返そうとした、その瞬間。
背後から、すっと影が前に出る。
「俺もギデンズだ」
心なしか、いつもより数段低い声。
「アシェル・ギデンズ。魔術を使うのは俺だ」
カシアンの視線が、アシェルの方へゆっくりと向く。
俺もその横顔を見た。
アシェルは何時も通り、表情は冷静なままに見えた。
が、俺には分かる。
力の入った眉間、一文字に結ばれた口……これは相当機嫌が悪そうだ。
静寂の中、二人は互いに一歩も引かず、真正面から睨み合った。
言葉はない。
ただ視線と視線がぶつかり合い、見えない火花が散ってるようだった。
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