異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ

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特別棟

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 あの後、俺たちは別室に通されて、改めて事情を聞かれた。
 何があったのか、詳しく話すと、叔父貴は深く息をついてから、静かに口を開いた。



 「あまり怒るような事はしたくないのだがね……」



 そう前置きしてから、俺たちの顔を見る。



 「だが、場所と立場は考えることだ。入学早々、大勢の生徒や保護者の前で喧嘩沙汰など……明日からはお前たちだけで学院生活をするのだから、少しは自覚を持ちなさい」


 叱責というより、諭すような声色だった。


「ルカ、よく止めに入ったな、偉いぞ」
「は、はい……ありがとうございます」


 ほっとした様子で息をつくルカ。


 「それからアシェル。殿下と私闘寸前だったと聞いたが、魔力の制御はきちんと出来ていたかい?」
 「……いえ。頭に血が上って、少し、取り乱しました」
 「そうか」

 一拍、間を置いてまた話し始める。

 「君は今日までよく修練してきた。だがね、君は元の力が強大だ。万が一があってはいけない。誰かを傷つけてしまっては今日までの努力が水の泡になる、気を付けることだ」


 「……はい。肝に銘じます、叔父上」


 反省した様子でそう返すアシェル。
 心なしか元気がないように見える。
 子供の頃から、彼の魔力の扱いがどれほど難しいものだったのかを、俺は間近で見てきた。
 魔術の心得がある叔父貴にも見てもらいながら、ずっと苦心してた。
 常人より多くの魔力を保有するアシェルは、感情が高ぶれば、それだけで力が溢れてしまう。
 優しいアシェルは、慎重に、人や物を傷つけないようにと訓練を続けてきた。
 

 もし、あの場で何かしらの魔術が発動していれば……事態は取り返しのつかないことになっていただろう。
 アシェルは悪くない……と思うけど、それでも事が起こってしまえば大変なことになっていたはずだ。
 俺も、苛立ちに任せて前に出てしまった。
 反省しなきゃいけないのは、俺も同じだ。


 
「とにかく怪我が無くて良かった。明日の午後から授業が始まるだろう?今日はもう、このまま休みなさい」


 
 優し気なその言葉に、ようやく肩の力が抜けた――


 その直後だった。
 部屋の扉がノックされ、数人の大人が入ってくる。
 その奥に見えた赤髪に、俺たちは息を呑んだ。


 「邪魔をする」


 低く通る声とともに現れたのは、護衛を伴った皇帝だった。


「公式の場ではない。楽にせよ」


 そう告げて、部屋に入ってくる。
 入学祭の時に身につけていた装飾は外されていて、少し身軽な服装になっている。
 叔父貴が席を立ち、ソファを勧めた。


 「カール、世話をかけたな」
 「滅相もございません。お互い、子育てには苦労するものですな」
「……うむ」
 

 短いやり取りだが、どこか親し気に見えた。
 セイラス皇帝は俺たちに視線を向ける。


 「お前たちもだ。カシアンが世話になった」


 その瞳には、皇帝としてではなく、一人の父親としての疲れが滲んでいた。

 入室してきたのは皇帝と、その護衛。それから学院の職員なのだという。
 改めて今回の事情を説明することになった。
 聞き取りを終え、皇帝は小さく息をつく。


 「そうであったか……」
 

 話を聞いてしばらく、手を組んで黙考していた。


 「他の生徒や教授にも確認したのだが、やはり聞く限り、非はあの子にあるようだ……謝罪しよう」
 

 皇帝が軽く目線を下げた。
 どう返事をしようかと思っていると、ルカが慌てた様子で声を上げた。


「い、いえ!皇子殿下に対して無礼な態度を取ったのはこちらです!ですから、その……」


 皇帝は表情を柔らかくし、手を挙げてルカを短く制す。
 まるで、気にするなとでも言うような雰囲気だった。


 「話を聞けて良かった。カシアンに直接聞こうにも、余はどうにも、あの子に嫌われていているようなのだ……」

 
 そう自嘲気味にこぼす。


 「上の子が手のかからぬ性格で。つい、奥に任せきりになっていた。此度の件も、なぜこうなったのやら知れぬ、まったく、親の不徳よな」


 
 独り言のように呟く姿は、一国の皇帝ではなく、子を持つ親の苦悩が見て取れた。
 場の空気が静まったところで、セイラス皇帝はそういえばと、なにやら話があるらしい職員に合図を出し、話を促した。
 
 おずおずといった様子で前に進み出た男性職員が話し始める。


 「今回の件が新入生たちの間で少しばかり話題になってしまいまして。カシアン殿下との言い争いもそうなのですが、アシェル君の容姿についてもかなり生徒たちが騒いでいるんです……。そのため、一般棟での寮生活では混乱を招く恐れがあることから、即時、特別棟へ移動、との判断となりました」

 
 美形のアシェルは会場に入る前から注目されていたし、首席がどうとかいう内容で難癖をつけられて、しっかり名乗った上で騒いだもんな。
 俺たちが居なくなった後の会場の様子を見ての判断だそうだ。
 アシェルは俺たちと同室を希望していたけど、こればかりはしょうがないか。もともと特別棟に入れる資格もあったわけだし、不用意に騒がれるのも嫌だろうから、そのほうが良いよな。


 「それとですね、フィル・ギデンズ君も特例として、数日間。騒ぎが落ち着くまで特別棟で過ごしてもらう事となります。しばらくはアシェル君と同室でお願いしますね」

 「お、俺も、ですか?」
 

 アシェルと違って俺は特別棟へ入る要件を満たしていないが、渦中の人であることは変わりなく、アシェルとの観点から、とのことらしい。

 ルカが一人になるのが気がかりだったが、同室者としてジェリコの名が挙がったと聞いて、全く知らない相手でもないし……とりあえずは学院の決定に従うことにした。




 

 特別棟の部屋は、噂通りに広かった。
 扉を開けた瞬間、思わず「おお……」と声が漏れる。
 簡素だが無駄のない、家具付きの過ごしやすそうな部屋だ。
 小さな流し台もあって、簡単な調理台も備え付けられている。
 勉強机に本棚、書見台も揃っていて、集中して勉強出来そうな空間になっている。


「すげぇ……アパートみたいなもんだな」
「あぱーと?」
「賃貸物件ってこと」


 思わず呟いた言葉にアシェルが反応したが、特に追求はしてこない。俺独特の表現なんだと深く聞いてくることはないのだ。


「ここは成績優秀者の部屋らしい。成績や評価が落ちたら一般棟の部屋に移動になるって規約に書いてあるな。事前に寮の費用を納めたり、学院に寄付をした貴族の部屋は、また内装が違うみたいだ」


 渡された寮についての説明書を見ながら部屋の中を見回っていく。
 傍にある扉を開けると、そこには浴室があった。
 広くはないがバスタブがあり、手桶と腰掛けが準備してあった。洗濯も干せるように物干しが立てかけてある。


「大浴場があるって聞いてたけど、部屋にも備え付けの風呂があるのかー」
「便利だな」
「ん、おう」


 淡々としたアシェルに対して、俺はテンションが少し上がった。
 大浴場ももちろん楽しみではあるけど、好きなように使えるこういうコンパクトな内風呂も、俺としては嬉しい設備だ。
 湯はどうするのかと思ったら、バスタブ自体に保温の仕掛けがあるらしく、水を溜めれば時間経過で適温に温まるのだそう。
 あとで試してみよう。

 

 二人で過ごすには、何の不自由もない。

 ……ただ、急な手配だったせいか、ベッドは一つだけだった。
 一人用にしては十分大きいと言えるけど……。


 「俺、こっちで寝るよ」


 反射的に、備え付けのソファに目を向けた。
 だがアシェルは、静かに首を振る。


「十分広いし、一緒に寝ても問題ないだろう」


 それだけ言って、もう話は終わりとでも言うように、荷ほどきを始めてしまう。
 昔から、こういうところがあるんだよなぁ。
 結局こうやって押し切られてしまうあたり、たいがい俺もアシェルには甘い。

 

 灯りを落とし、並んで横になる。
 ベッドの端と端、少しでもスペースを作る様に、横向きになってアシェルに背を向けた。
 そういえば、前にもこんなことがあった気がする。
 俺たちが初めて親父の屋敷に来た日。
 あの時も、ベッドが一つしかなかったな……。あの頃は自然とお互いを温めあうように抱き合って寝てたっけ。
 森の中で過ごした夜の事も思い出す。なんだか、懐かしい。


 目を閉じて思い出に浸っていると、だんだんと眠気が迫ってくる。
 このまま寝てしまおうという時、背中に温もりが触れた。
 アシェルが寝返りでもうったのかと思った瞬間、腕が体に回され、抱き寄せられた。


「……どうした?」


 小さく尋ねると、肩口に額が押し当てられる。
 髪の感覚が少しだけくすぐったい。そのままの状態で背後から低い声が返ってきた。

 
「……なんでもない」


 そう言いながらも、俺を捕まえる力は緩まない。
 むしろ、さっきよりも少しだけ強くなる。
 さっきまで思い出していた細い腕とは違う。成長してたくましくなった腕が腹に回り、肩に埋められた顔を、ぐり、と擦り付けてくる。
 俺より少しだけ大きい体に包まれている筈なのに、不思議と縋られているような、そんな感覚がある。
 俺は、そっと回された腕に手を添えた。


 「今日は、色々あったな」
 「……」
 「夕飯食いそびれたな……明日、朝になったらなんか食わなきゃだな」
 「……」
 
 本当に、何でもない言葉。
 答えは返ってこないけど、別にいい。
 目まぐるしく、色んな人と関わって、たくさんの目にさらされたり、辺境の田舎暮らしからすると劇的な環境の変化だ。
 普段は冷静沈着で、澄ましたようなアシェルだけど、表に出さないだけで、ストレスを感じてたんだろうな。
 


 「……領地の事とか、俺たちの事を言われて、怒ったんだろ?」


 返事はなかった。
 ただ、呼吸が少しだけ近づいた気がする。
 子供の頃のように甘えてくるアシェルの体温を背中越しに感じていると、また眠くなってくる……。



 こうして久しぶりに。
 俺たちは、寄り添ったまま眠りについた。
 
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