どうしてこんな拍手喝采

ソラ

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After a long time spiral

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高級レストラン、その言葉がぴったりのお店の個室に通される。中には、北谷さんと政宗さんがいた。

「冰澄」

「あ、お仕事お疲れ様です。」

「いや、お前も。」

俺は片桐さんのことを聞こうとしたが、勇気がなくて口を閉じた。

「……組長、片桐は話していいって言ってましたよ。俺から話すのもアレだし。組長から話した方がいいと思うんですよね。たぶん片桐も俺がそうするってわかってて話していいっつったんだと思います。」

「ああ、わかった。冰澄、片桐の話をする。お前のとっては飯どころじゃないだろ?」

政宗さんは優しくそう言って俺に座るよう促した。


「とりあえず、片桐本人に何かあったわけじゃない。怪我とかはねぇよ健康体だ。でも精神的に今は不安定だ。」

精神的に、不安定。
いつも片桐さんは笑顔だったから、そんなこと想像できなかった。いつも優しいから、きっと悩みなんて隠しちゃうんだろうなって思ってた。

本当にずっと悩みを隠してたんだ。

「……長くなる。だけど、片桐はお前には隠すつもりはないらしい。あいつにはな、弟がいる。」

「おと、うとさん?」

「あぁ、今年の夏で18になった。年の離れた兄弟だが、片桐にとってはたった一人の肉親だ。もともと片桐は親の借金でこっちの世界に足突っ込んでな。俺の前の組長が拾ってきたやつだった。両親は共に蒸発した。片桐と弟を残してな。それが片桐が高校生の時の話だ。弟はまだ3、4歳だったらしい。」

政宗さんはゆっくり目を伏せた。
その横に立っていた北谷さんはずっと床を見つめている。

「弟にとっては両親のどちらともいない環境で、周りヤクザに囲まれて育つことになったからあまりいいとは言えなかった。でも俺の前の組長は、ヤクザかって言いたいくらい穏やかでな、外の下に集まる奴らも大概仁義があって、人としてちゃんとしてた。それに片桐も弟を溺愛してた。できるだけ普通に育つように、大切にしてた。俺が組長の座に着いてからもあまり弟の暮らしは変わらなかった。まぁ唯一変わったとしたら、恋人ができたことくらいだ。その恋人ってのがすべての原因だ。」

政宗さんの横に立つ北谷さんをちらりと見ると目を伏せていた。その眉間には皺がよっている。高梨さんは壁に寄りかかって静かに話を聞いていた。

「片桐の弟は同性愛者でな、男の恋人だった。別にそこはなんら問題ない。だけど問題だったのはその恋人が片桐の弟を利用したことだ。片桐の弟の恋人は俺たちと敵対してた組のやつでな。すぐに北谷が調べてそれがわかった。片桐と北谷がすぐにその恋人を絞めた。殺しはしてないが。……弟にとっては、自分の恋人といきなり連絡取れなくなったんだ。心配もするしショックだったと思う、だけど、片桐と北谷がどうにか立ち直らせた。

…でも、まぁ、何て言えばいいのかわかんねぇけど。片桐は組の中でも幹部クラスだ。そいつの弟が同性愛者で、その上騙しやすいと知れたら狙う奴はいっぱいいた。それも悪意を隠して化けの皮被ってくる。」

それは、恋人の"位置"を取ろうとすることだというのがよくわかった。

「片桐の弟は純粋だからな。人の好意を疑わない。……前の恋人がいなくなった時、ひどく落ち込んで食事も喉を通らないくらいだった。これ以上そんな思いはさせたくないというのがあったんだろ…なぁ北谷。」

「はい」

政宗さんが北谷さんに目を向けた。北谷さん目を開けて、ゆっくりと細めた。

「片桐が頭下げてな、北谷に弟の恋人になってほしいっつったらしい。その当時信用できるのが北谷と高梨と俺くらいしかいなかったんだろう。高梨は高梨でその時荒れてたから、北谷に言ったんだと思うが……信用できるやつを恋人の位置にいさせたかった、そうすれば、組も弟も傷つかないで済む。それが片桐の考えだ。北谷が弟の恋人になったはなったが最初はそういう感情はもちろんなかった。まぁ北谷は演技が上手いから誤魔化せてたんだろう。……たぶん俺の予想だが、弟は最初は告白されたからで付き合ったんだろう。でも次第に惹かれたんだろうな。」

俺はゆっくりと北谷さんを見た。北谷さんの表情には後悔が刻まれている。

「惹かれたから、気付いたんだ。北谷が自分を本当は好きじゃないことを。それから悩んだんだろう、好きでもないのにどうして自分に告白して付き合うのか。それが溜まりに溜まったんだ。好きだから表情がよく読み取れたんだろう。……不幸だったのは、北谷と片桐の会話を聞いたことだ。前の恋人がどうして突然連絡も取れなくなったのか、なぜ北谷が自分と付き合うのか、それが誰のためなのか誰が言い出したのか。全部本人たちが話してるのを聞いて気付いたんだ。

まだ中学生だった、悩みが溜まりに溜まった、誰にも相談せず、誰にも知らせず、人見知りだったから友人もいなかったらしい、悩みが溜まりに溜まって、箱にしまうことができなかった。純粋だった何もかも。
些細な悩みも大きく感じたんだろう、今思えば精神的に参ってたんだ。だから気付けなかった、北谷が途中から本当に好きになって偽りなく一緒にいたことに気付けなかった。

夏の、暑い、熱い、真夏の日だ。

誕生日の、二日後に通っていた中学校から飛び降りたんだ。何もかもわからなくなって。
それ以来目を覚まさない。容態が急変して収まってまた急変して。……片桐は自分のせいだと思ってる。あいつのなかで弟はある意味でトラウマなんだろうな。だから弟と同じ年頃のお前が来て、弟に重ね合わせてた部分もあったんだろう。割り切ってはいただろうが……片桐の中で弟の存在は大きい。

もちろん北谷、お前の中でも、な。」

政宗さんは静かに北谷さんを見た。北谷さんはゆっくりと悲しそうにやるせなさそうに微笑んだ。

「俺は、一人の、少年の人生をめちゃくちゃにしましたから。綺麗だったから、まっさらだったから、惹かれたはずなのに、自分がめちゃくちゃに汚しました。壊したんです。あの子を壊した。」


その言葉は、ストンと俺の中に落ちてはこなかった。なんだか違う。苛々するなんでだ。片桐さんや北谷さんもそれぞれ普通の人が背負わないものをたくさん背負ってる。それはわかってる。けどどこかずれていると思うのは俺だけだろうか。

片桐さんの弟さんがどんな人なのかわからないけど、悩んで悩んで溜め込んでいても、それは本当に飛び降りる直接の原因になるのか。

もっと大きな理由があると思うのはなぜだろう。俺だけが感じてるものなら、それはきっと俺も知っている感情だ。

死にたくなるほどの、理由。

"お前のせいじゃない"

あ。

落ちた。言葉がストンと俺の中に落ちた。


「本当に、わけがわからなくなって飛び降りたんですか…?もっと大きな理由があったんですよ。人の好意を疑わないほど優しくて純粋な方ならきっと。片桐さんが弟さんが自分のせいで飛び降りたんだと思うように、弟さんも、自分のせいで、」

一度は恋人だった人が消えてしまった。自分が好きになって恋人になってしまったから。
北谷さんを好きになってその思いが自分に向いてないことに気付いた。だから途中から北谷さんが自分を本当に思ってくれるのにも気付いた。

「悲しかったんじゃないですかね。すごく辛くて、信じたくても信じられなかったんじゃないんですかね、好きな人のことも大好きな兄のことも。そんな自分が嫌でたまらなかったんじゃないかなって思いました。」

「……冰澄さんは尚也じゃない、あの子がどんな思いを抱えてたのかなんてあの子以外にはわからない!」

北谷さんが珍しく声をあげた。その表情は泣きそうだった。北谷さんはただ自分のせいにして楽になりたいのかもしれない。

「北谷さんのせいにしたら片桐さんの弟さん……尚也さんはきっと悲しいですよ。もっと自分のせいだって思いますよ。」

「俺のせいですよ、俺があの子を…」

「尚也さんが抱えてた思いは尚也さんにしかわからないんでしょう?俺が俺のせい俺がいたからって!ずっと!それを口にもしないで全部持ってこうとした尚也さんには罪悪感があった!今の北谷さんも片桐さんも!本当に自分のせいだって思ってるならもうここにはいない!!!」

「あんたに…俺の、尚也の俺たちの何がわかんだよ!?」

「おい北谷!」

俺の胸ぐらをつかんだ北谷さんを止めようと高梨さんが走ってきた。
それが来る前に俺は北谷さんの胸ぐらをつかみ返した。

「わからねぇよ!てめぇらの言い訳なんか!!でもなぁ!!死のうとしてる奴がどんな思い抱えるかはわかるんだよ!!辛いだけで死のうとする奴はただ死にたいってだけで死ぬんだよ!!!んなのどこにだっている!けどみんな死なない!!怖いんだよ結局は!大事にされてんだよ!支えてくれる人がいんだよ!

だけどなぁ!!自分のせいだって思う奴は、死にたいなんて言葉じゃ済まされねぇんだよ!お前にわかるか!?自分がいたら周りがまた消える恐怖がわかるか!?

死にたい…?笑わせんなよ、本当に自分のせいだって思う奴は、"死なないといけない"って思うんだよ、だから飛び降りれるんだよ!死にたいって思う奴は一度立ち止まるその境目も越えて!!止まらずに!歩いて!

死なないといけない。自分がいたらダメだ。消えないといけない、早く消えないといけない、ってそれだけの思い抱えて飛び降りるんだよ……。」


そうだ。飛び降りる。消えないといけないという義務があるから立ち止まりもしない。

「……尚也さんって人、かわいそうですよ。なにが壊しただなにがめちゃくちゃにしただ。まるで尚也さんが"死んだ"みたいな言い方するなんて、かわいそうですよ」

俺はゆっくりと北谷さんの胸倉から手を離した。北谷さんの手はすでにはずれていて力なく垂れ下がっていた。

「尚也さんがなんで目覚めないか考えたことってありますか?」

「……俺たちがいるとこなんて」

「俺と、尚也さんって似てるかもしれないんですよ。根本的なところが。もし俺が、尚也さんのようになって目覚めない理由があるならそれは、たぶん、わざわざ泣いて謝る人たちの元には帰りたくないですよ。」


笑っていて欲しいから消えようとした人なんだから。
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