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一話完結:「ところでギンチヨ嬢、図書館の幽霊の話は知っているか」
しおりを挟む「ギンチヨ! 王子の病を治せない女を、聖女とは認めない」
国王が、執務室で、声を荒げて宣言しました。
「しかし、国王陛下」
「言い訳など聞かん!」
取り付く島もありません。
私は銀色の髪を持つ聖女ギンチヨ、今となっては元聖女です。
徹夜で看病しましたが、王子の病は治りませんでした。
聖女は神の力を借りて病を治しますので、神の教えに背いた病は、治すことが出来ません。
「王子との婚約も破棄だ!」
国王の言う事はもっともです。
普通の令嬢であれば、婚約者が、苦しまないように見守るのでしょう。
しかし、聖女である私は、痛みによって罪を償わなければ、天界には行けないことを知っています。
罪を犯した者には、罪に見合った痛みを与えるのも聖女の仕事です。
王子には、浮気という罪に見合った痛みを与えました。苦痛に耐えられないというあの表情から、もうすぐ、王子は天界に行けると思います。
私の両脇に近衛兵が立っています。
あれ? 連行と言うより、護衛の立ち位置です。
◇
近衛兵に案内されたのは、なぜか王妃の執務室です。
扉の向こうには、王妃が座っていました。
「ギンチヨ嬢、王子への徹夜の看病に、礼を言います」
気高い王妃が、頭を下げるなんて、ありえない事態です。
「聖女である貴女の力でも治せないということは、王子は神の教えに背いたのですね」
広い知識を持つ王妃は、全てを悟っているようです。
「王子様は、不貞という罪を犯したため、神の力を使うことが出来ませんでした」
隠しても、王妃には、すぐ分かることです。
「王子様の周りの令嬢たちも、同じ病に侵されています」
「私は、子供の育て方を間違えたのですね」
王妃は悲しそうな表情を見せました。
「そして、国王陛下と、周りの令嬢たちも、同じ病に侵されていますので、数日中に倒れると考えます」
「予想はしていましたが、辛いものですね」
王妃の目に涙がにじんでいます。
「令嬢たちから、文官、武官たちへも広がっています」
「わかりました、隔離しましょう」
王妃の顔に、徐々に厳格さが戻ってきています。
「これが、既に病に侵されている方々のお名前です」
私は、一覧表を王妃に渡しました。
「これほどとは……」
王妃は驚いています。
「国政が止まるかもしれない……」
王妃は、対応策に考えを巡らしてます。
「ところでギンチヨ嬢、図書館の幽霊の話は知っているか」
王妃は急に話題を変えました。
「知っております」
夜になると、図書館には黒い幽霊が現れるという噂が立っています。
「幽霊の正体を、どう考えている」
「第二王子のクロガネ様だと……」
私の推測を話します。
「その通りだ。クロガネを跡目争いから隔離した」
王妃は国の秘密事項を私に話しました。
「図書館の上の階に、幽閉している」
「クロガネ様は、ご病気だと伺っています」
公表された内容である。
「ギンチヨ嬢は、クロガネと同級生だったな」
「はい、教室では机を並べていました」
彼は、健康であり、病の気配はありませんでした。
「クロガネ様は、王の素質があると思われます」
「そのとおりだ。だからこそ、争いの種になってしまう」
貴族が二分され、国政が不安定になることは、容易に想像できます。
「すまないが、ギンチヨ嬢も、図書館の上の階で、幽閉させてもらう」
王妃が、また頭を下げました。これは断ることはできません。
「承知いたしました」
昼と夜が逆転する以外は、不便をかけないようにするとのことでした。
メイドさんも、少人数ですが、王妃直属の方々がいるそうです。
「分からないことは、クロガネに聞きなさい」
え? クロガネ様と、会っても良いのですか?
◇
幽閉生活が始まり、すぐにクロガネ様と再会できました。
夜の図書館です。
「クロガネ第二王子様、お久しぶりでございます」
「ギンチヨ、事情は把握している。苦労をかける」
彼の、相手を思いやる気遣いは、学園時代と変わりありませんでした。
「こちらでは、どのような本をお読みになって……」
「ギンチヨ、ここでは二人きりだ。同級生としての会話で楽しもう」
「俺は、広い知識を吸収するようにしている」
「でしたら、ここを出たら、旅行にでも行きませんか」
「そうだな、広い世界を見てみたいな」
「今日から、二人になったのですから、ここでダンスもできますよね」
「うん、二人だと、夜なのに世界が明るくなったようだ」
「銀髪の私は、月の女神の化身と言われているのですよ」
「知ってる。でも、君の瞳の色が変わったのは知らなかった」
「この私の瞳は、太陽の下では青緑色ですが、月の下では赤紫色に変わるのです。これは秘密ですよ」
◇
幽閉生活は、もうすぐ三か月になります。
「新聞で、聖女ギンチヨを探す記事が増えてきた」
クロガネ様が教えてくれました。図書館には毎日、新聞が届いており、外の動きが、わかります。
「神の教えに背いた病で、いまさら泣きついてきても、私は知りませんから!」
自分の都合だけを考える声は、蹴飛ばします。
「兄、そして父が逝去し、国政が揺らいでいる」
「それなのに、俺は何もできない」
彼の無念な気持ちが伝わってきます。
「王族だけではなく、多数の令息、令嬢が亡くなりました。でも、隔離政策が成功し、病は収束したようです」
ここまで指揮を執ってきた王妃の疲労は、相当なものと思われます。
「そろそろ、母が動くと思う」
彼は、何かしら決意したように見えました。
◇
「母上!」
夜が終わり、空に明るさが戻ってきた時、図書館に王妃がいらっしゃいました。
「クロガネ!」
一年以上離れていたクロガネ様を、王妃が抱き締めます。
「国政は、人員が整理され、前よりもスムーズに回っています」
落ち着いた王妃が、状況を話してくれました。
病によって、無駄だった人員が、淘汰されたようです。
「しかし、国民に希望を与え続けるには、国王と聖女の存在が必要です」
「二人には、国王と聖女の責務を背負って欲しい」
朝日が昇り、窓から光が差し込んできました。
予想はしていましたが、嬉しくもあり、気が引き締まる思いでもあります。
◇
図書館から出ると、私たち二人は、神殿で、ずっと祈りを捧げていたことになっていました。
さらに、病が収まったのは、祈りのおかげだと、王妃が噂として流したようです。
全て、王妃の手腕なのに、恐縮してしまいます。
今日は、新国王と新聖女の誕生……
そして、私たちの結婚を発表する日です。
扉の外は、聖堂のバルコニーです。国民の皆さんが、私たち二人の登場を待っています。
外から祝福の声が聞こえてきます。
「ギンチヨ王女、これから、国民の模範として、皆に希望を届けて回ろう」
「はい、クロガネ国王陛下」
彼の横に寄り添います。
「でも、その前に、やるべきことがあります」
「分かっている」
彼が、私のファーストキスを……
━━ FIN ━━
【後書き】
お読みいただきありがとうございました。
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