あなたのことが好きなのに

宇土為名

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 さらに翌日、匡孝は16時にコンタットの扉を開けた。その奥のガラスの引き戸をそろそろと開ける。
「こん、にちは…」
 誰の姿も見えず匡孝は戸惑う。正面から入って来て、と言われたことを思い出し、カウンター奥の厨房に向かって声を掛ける。
「すみません、こんにちはっ…」
 はい、と返事が聞こえて、次いで浜さん、と呼ぶ声がする。
「来たみたいだよ、頼むね」
 奥には2人いるようで、返事を返してくれた人は昨日のシェフではないようだった。ぱたぱたと少しばかりの足音がして、少し間を置き、顔を覗かせたのはやはり昨日のシェフだった。
「あーやっぱりな、いらっしゃい」
 そう言ってシェフは──浜村はまるで電話を掛けたのが匡孝だと分かっていたように、笑って迎えた。

 面接はものの5分もかからずに終わり、自己紹介をした時点で正式にバイトとして採用決定となってしまった。あまりのあっけなさに緊張が急激に緩んでいく。ものすごく喜んで迎えてくれたように見えた浜村の態度に、やはり人手が足りなかったのかと匡孝は厨房の片隅に出されたコーヒーを啜る。
「俺だって分かってたんですか」
 うん、と浜村は頷いた。
「うちにひとりで飯食いに来る高校生なんてそうそういないし、その日の電話だったからそうだろうと思っただけ」
「そうかあ」
「いやでも助かるわ、頼むな」
 流しに寄りかかったまま浜村は皿の中のスパゲティを掻き込んでいる。ぞぞぞ、と飲み込むみたいな食事の仕方に匡孝はあっけに取られた。16時の昼ごはんか…この人、ほんとにひとりでやってるんじゃないよな?
 匡孝は思い出す。さっきの声、奥のほうから返された返事。
「じゃあさあ明日から頼める?春休みなら、昼からでもいいの?」
 はい、と匡孝は答えて、あの、と聞きたかったことを切り出してみる。
「ここ、俺以外にバイトっていうか、いるんですか?他のスタッフ、とか」 
 浜村は持ち上げたフォークを止めて目を丸くして匡孝を見る。
「え、俺ひとりよ?」
 いやいや、さっき誰かいましたよね?
「え?」
「ん?」ふたりして同時に首を傾げる。
「いや、あのさっき、誰か他の人の声が…」
 やや間があって、ああーと浜村は言った。
「あれね、うちの店長っていうか、オーナーね。大沢って言うの」
「あ、挨拶、…」しなくていいのか。
 浜村はなぜかげらげらと大声で笑った。
「ああいいわ、しなくても。あいつ引きこもりだし」
 はい?
「引きこもりってか、対人恐怖症ってか、客商売してんのに極力人と接しないように生きてるやつだよ。そのうち会えんだろ」
 さっきもおまえ来たとたん奥に引っ込んだしさーと浜村は豪快に笑いながら言った。そうなのか、と匡孝はとりあえず無理やり納得した。世の中にはいろんな人がいるものだ。
 そうして匡孝は明日10時半からと約束を交わして、コンタットの正式なバイトとして働くこととなった。


 春休みも終わり、匡孝は2年に進級した。
 その日は土曜日で、匡孝はコンタットにバイトに入っていた。慣れないホールのランチ時の忙しさに目を回しそうになるが、忙しく動いているのは苦にならない方なので楽しくさえもあった。むしろ忙しない方が余計なことを考えずにすむので匡孝は有り難かった。これでお金も貰えるのだし、全く言うことはない。
「いらっしゃいませー」
 ちりんと鳴った鈴の音に反応して匡孝は入口を見た。若い女の子の2人連れが案内されるのを待っている。
「こちらどうぞ」
 空いている席に2人を案内してメニューを置き、匡孝は他のテーブルの片付けをした。やがて訪れた別の客にそのテーブルを案内してから、匡孝は呼ばれた女の子2人のテーブルに向かう。
「お決まりですか?」
 私はこっち、じゃあ私は、と女の子たちはそれぞれに食べるものを指さして匡孝に伝える。匡孝はそれを書き留めて、確認してからテーブルを離れようとした。そのとき。
(あ)
 髪をかき上げた長い髪の女の子から、覚えのある匂いが立ち上る。少し甘い香水の香り、すれちがいざまに見たその顔を匡孝は思い出した。
 あの女の子だ。
 あの背の高い男と、一緒にいた──
 記憶にこびりついた姿。
 穏やかに笑うあの顔。
 どくん、と鼓動が跳ねた。
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