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しおりを挟むなぜ気が付かなかったのか、匡孝は彼女たちのテーブルに給仕しながら思い当たった。雰囲気が、まるで違うからだ。男と一緒にいた時とは印象が変わっている。甘く優しげだった容貌は、今日は少し、鋭く荒んで見える。
お待たせしました、と運んだ皿をそれぞれの前に置く。彼女たちは変わらずに話し続けていて、それに見向きもしない。匡孝はテーブルを離れ、隣のテーブルの終わった食器を下げる。ケーキありますかと問われ、デザートメニューを持って行った。
「うわ、美味しそうねー」とその人は笑顔になり連れの年配の母親と楽しそうに選び始める。決まったら呼んでくださいね、と言って匡孝はカウンター内に戻り、コーヒーの準備を始めた。
「…で?で、それからどうなの…上手くいった?」
聞くとはなしに聞こえてきた声は女の子の連れの声だった。彼女よりも短い明るい茶色の髪、彼女たちのテーブルは、あの日匡孝が座っていたテーブルだった。カウンターの近く。
「まあね、今度また会うよ」
彼女はふふ、と笑って答えた。
「あの人ってさあ、ずいぶん歳上じゃん?話合うわけ…」
えー、と彼女は友達を少し馬鹿にしたように笑う。
「そこを上手くやるんでしょうが。まああっちはそんな喋んなくて、なんか聞いてるだけだしね?」
「演技してんの?」友達もなんだか鼻白んだように笑う。
「だあってー、そうでもなきゃやってらんないよお」
「見た目カッコイイから我慢しなよ」
「見た目だけでしょ、あと背ね」
そこポイント高いわーと友達はけらけらと言った。
「なにやってんだっけ…金持ち?」
友達はそこでようやく皿に気付いたようにフォークに手を伸ばした。まさかあ、と女の子はけらけらと笑った。
「大学の、なんか研究所?みたいなとこにいるって」
「なにそれー」
「わっかんない。古臭い言葉とかさー」
やだうけるーと友達は笑い出した。
匡孝はコーヒーをカップに注ぐ手が動揺に震えそうになるのを抑えた。
それって――
「すみません」
掛かった声に目をやると、デザートメニューを選んでいた女性が匡孝を見ていた。はい、と匡孝はテーブルに近づく。
「お決まりですか」
「チーズケーキひとつと、あと、この林檎パイ」
「はい」
書き留めて、笑みを返して匡孝は戻る。その背中に女の子たちの笑い声が被さるように響いた。
「りい、あんたの計画ってほんっとサイテーよね」
まあね、と女の子は冷えて固まったスパゲティを掻き回しながらざくざくとフォークを突き立てた。
さも、憎々しげに――
「でしょ?でもいい気味よ、あんなやつ」
匡孝は思わず振り向いた。
きれいな顔を歪めながらその女の子――りいは、そう言って大きく口を開けて巻き取ったスパゲティをがぶりと――食べた。
幸いにも彼女たちは匡孝が振り向いたことには気付かなかった。その後も何事もなく匡孝は給仕をし、彼女たちはランチ時間いっぱいまで居座ってから帰って行った。
――あれは、まぎれもなく彼の事だ。
あの日一緒にいたあの人の事だと、匡孝は思った。
それからも何度かりいは店を訪れた。それは決まって土曜日の昼間で、匡孝にとっては幸運だと言えた。土日は必ずバイトに入っていたからだ。
訪れるたびにりいは彼の事を罵っていた。連れて訪れる人は度々違ったが、大抵はあの髪の短い友達で、話題は決まって彼のことになり憎しみを述べた。なぜそれほどまでに嫌いながら傍にいたがるのか、彼女はそれを計画のためとそう言った。
心の底が掻き混ぜられるようだ。
ふやけた靄が広がっていく。たとえようのない苦さが胸を押しつぶす。
匡孝には忘れられない。
穏やかな笑顔を向けてきた彼の姿が。
彼女が店を訪れた日は気持ちがざわついた。落ち着かない心を抱えて帰宅しては眠りにつけずに持て余した。もう会わないかもしれないあの人が、彼女に何をされるのだろう。あの人が一体何をしたというのか。あれほどまでに厭われる理由を知りたい。彼が自分の知らないところで傷つけられるさまを考え、想像しただけで、匡孝は心の芯が震える気がした。 彼女は、何を企んでいるのか。
その計画とは何なのか。
しかし匡孝はそれを知ることは出来なかった。りいはある日を境に、ふつりと店を訪れなくなったからだ。
それは――
彼が――市倉が、匡孝の高校に臨時教師として赴任してきた、春の終わりのことだった。
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