病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち

文字の大きさ
11 / 92
第二章 長い長い初夜

11 宴の影で

しおりを挟む

「なんなのこの展開!? オルテンシア様、ロレンツィオ様にわたくしとのこと取り持ってくれるって約束してくれてたのに!」

 宴会場の外の回廊で、貴族令嬢が顔を覆い、黒い髪を乱して嘆いている。その背中を友人らしき令嬢に撫でられながら。

 自分もなんなんだこれという気持ちに同意するし、仲介でも手引でも贈与でもなんでもしてあげたい。新郎を引き取って欲しい。

「ちょっとお姉様、主役がどこにいくおつもりです?」

 扉の隙間から令嬢を覗き見していたフェリータの背中に、フランチェスカの不機嫌な声がかかる。

「……少し息抜きしていただけなのに」

 フェリータはため息を吐いて、自分の結婚パーティーの会場にすごすごと戻った。


 ***


 カヴァリエリ邸で開かれた新婚夫婦を祝う宴は、三日前に決定したとは思えない出来栄えだった。

 招待客も、サルヴァンテ在住者に関してはかなりの人数が鬼のような予定調整で駆けつけてくれた――なんといっても王家と大司教の肝入りの式なので、周囲も必死にならざるを得ない――のだが、肝心の主役二人の席は、もうニ時間以上空いたままだった。

 始まってすぐのうちこそ、二人も引き立てられた罪人のような顔で並んで座っていたのだが、挨拶を言い訳に一度立ち上がってそれぞれ別の客人の方へ行ってからは、どちらも二度と戻っていない。

 フェリータは逃亡を阻止された今も、久しぶりに会う母の隣に陣取ってうなだれていた。

「ウケる、結婚は墓場ってこういうときでも使うのかね」
「ウケません。笑ったらママでも許しませんことよ」

 ベールを外しスカート部分を摘んで動きやすくなったドレス姿で呻くフェリータを、ぺルラ伯爵夫人ジーナはさらに笑い飛ばした。

 ジーナは平民出身である。見た目こそ磨き立てられ、優雅で洗練された貴族の婦人然としているが、言動はいつまでたっても下町のそれだった。

「カリカリしてるね。いいと思うけどな、ハンサムだし、パパと違って背が高いし、筋肉質だからあんまり太らなさそう。お金も持ってるし、爵位なんて今はなくたってさ」

「そういう問題ではありませんわ!」

 噛みつきつつ、フェリータは離れた場所で酌を受ける父を盗み見た。背が低いのは気にならないが、引きつった笑みの下で出っ張った腹部は少し目に余る。

「なに、自分が当主になるはずだったのに夫人に収まるのが悔しいの? 仕方ないわよ、向こうは一人っ子だっていうし、幸いうちにはフランチェスカがいるんだし。『フェリータ・カヴァリエリ』、いいじゃん。ちょっと長いけど」

「なんておぞましい響き……」

「事実なのに。でもま、確かに、これからよその家に入る女をひとりぼっちにして友達とおしゃべりってのは、ちょっと寂しいものではあるわよね」

 普段は別宅にこもってほとんど出歩かない母に肩を抱かれ、フェリータは居心地悪そうに口を尖らせた。

「……別に、寂しくはありませんわ」

 でもひとりぼっちはその通りだった。新婦側の客は親戚と父伯爵の友人知人ばかりで、フェリータは通り一遍の挨拶が済んだらほかに話すことなどない。
 結婚の理由が理由なだけに、親戚にも近寄りづらかった。詳細は教えてないのに、なぜかみんな知っているのも含めて。

 フランチェスカも、引き留めた姉を放ってどこかへ行ってしまった。

 反対に、ロレンツィオの方はずっと酒を片手に年齢も性別も様々な人間と話し続けている。
 本人はリカルドと同じ男子高等学院にいたのと並行して騎士団にも同時在籍していた時期があるという。その上で今の仕事に関する人脈もあるから、男女問わず知り合いが多いらしかった。

 視線だけ向ければ、見えるのは背中ばかりだ。

「……ママが、『この結婚は不吉だという結果が出た』って言ったら、婚姻取り消しになるのかしら」

「王様の決めた手順を捻じ曲げる教会が占い師の言葉に負けたら、どっちもかっこつかないでしょ~」

 笑うフェリータの母は、占術師だ。
 魔術師のように即物的な力はないが、特定の方法で“真実”や“未来”を読みとる力を生まれつき持っている。鏡や水晶玉、カードなどを使って。

 とても不安定な力だが、魔術では不可能な未来視が可能なので、政治家でもあるサルヴァンテの魔術師は競って彼らを取り込みたがる。魔術師になれる人間よりさらに少ない能力者とあれば、余計に。

 ジーナも二十年前、インチキ占い師に混じって日銭を稼いでいた生活から一転、国内有数の名門ペルラ伯爵の夫人として迎えられた。
 とはいえ、周囲が期待したように娘二人に占いの力が遺伝することはなかったが。

「代わりにフェリータと友達になってくれそうな子を占ってみようか。そうね、あそこにいる赤い服のイケメンは……あら指輪。妻帯者か」

「やめてやめて、それ王太子様ですわ。運河の一件ですごい怒られて、しばらく出仕するなとまで言われてますから」

 恥ずかしさに俯いて母の袖を強く引く。
 改めて考えると、自分が情けなくて仕方がなかった。自分で家督も仕事も独身生活もぶん投げたのだ。

 でも、根本的には自分だけが悪いわけではないはず。そう吐き出したい。
 この三日間は混乱と多忙で何も感じていなかったが、久しぶりに誰かに弱音を聞いてもらいたい気分だった。

 ――こういうとき、寄り添ってくれる相手と言えば。
 喜ばしい席で、すぐそばにつきっきりでいてくれる友達と言えば。

「フェリータ、伯爵夫人、本日はおめでとうございます」

「……リカルド」

 思考を読んだかのように現れた幼馴染みに息を飲んでいると、母が「あらありがとね。旦那なら向こうでふてくされてるわよ」とニコニコ答えた。

 フェリータはなんと言っていいかわからなかった。毎日のように会っていたはずの二人は、カーニバルの日以降は混乱と忙しさに阻まれてそれどころではなく、フェリータの方は自分が情けなくて無理やり会いにいく勇気も出なかった。
 ちなみに、王女との婚約は予定より一日遅れで告示されていたが、王女本人は式にもこの宴にも来ていない。

「リカルドさんも大変ね。フェリータを振って国で一番気の強い王女様に乗り換えたって? うちのじゃじゃ馬じゃ物足りなかったかな」

「そんな風に言われてしまうと心苦しいですが、っと」

 笑えない冗談を口にした母を睨みつけ、フェリータはリカルドの腕をとって今度こそ広間を出た。

 ――それを、誰にも見られていないと思っていたのは本人ばかり。

「なぁおい。今、奥さんがあいつと二人で庭に」

「放っとけ」

 学生時代の友人が慌てて肘をついてきたのを、ロレンツィオはそっけなく流す。

「……想像の範疇だろ」
 
 昏い目をしたのは一瞬で、すぐに談笑に戻っていった。


 ***


 リカルドを連れ出したはいいものの、そこは初めて入る屋敷の、夜の庭。
 失恋を嘆く令嬢とは逆方向に向かおうと歩いたら、とんでもない場面に行き会ってしまった。

「……こういう状況ですので、ごめんなさい。婚約のお話は、お受けできません」

「謝らないでフランチェスカ。仕方がないよ、お互い家を継ぐのだから」

 妹が男を振る場面に出くわすだなんて、予想外だ。

(だから会場から消えていたのね! も、もうっ、ちゃんと人に見つからない場所を選びなさい!)

 向こうからは、木の陰で硬直したフェリータと腕を組んで回廊の柱に背をつけているリカルドは見えていないだろうが、見つかったらとても気まずい。

「……お相手、チェステ家のヴァレンティノ様?」

「みたいだね。ロレンツィオの同級生だから招かれたんだろうけど」

 フランチェスカが相対する赤茶の髪の貴公子は侯爵家の嫡子で、ペルラに負けず劣らずの魔術師の名門だ。

 いい縁談だったのにと惜しむフェリータは、ふたりがじきに会場に戻ると気が付き静かに場所を移動しようとした。ここにいては見つかる。 
 ところが。

「……ヴァレンティノ様、私がこんなことを言うのはとても厚かましいのですが」

 聞こえてきた声の緊張感に、フェリータは立ち止まった。一方でリカルドは何かに気づいたように眉を上げ、手だけで幼馴染みの女に移動を急かした。
 しかし、その気遣いは一瞬間に合わなかった。

「思い出に、キス、していただけませんか」

 それは夏の夜の空気に溶けていきそうな儚い願い事だった。

 いっそ本当に溶けて消えて誰にも、――少なくとも、盗み見している姉の耳に届かなければどんなに幸いだったか。

「それは、」
「ダメに決まってましてよバカチェスカ!!」

 相手が是とも否とも言う前に、フェリータは木の陰から飛び出した。
 当然フランチェスカも、ヴァレンティノも凍り付く。

「まままままじめな妹だと思っていたのに、なんてふしだらな! 犬だってもう少し節度を保っておりますわ!」

 リカルドが額を抑えて“あーあ”という素振りをしたが、顔を真っ赤にしたフェリータは止まらない。

「こんな屋外の、他人の屋敷で年頃の男女がいちゃいちゃと、誰かに見られたらどうするおつもり!? そんな醜聞ぺルラ家の跡取り云々以前の問題ですし、ヴァレンティノ様も軽薄です! そういうのはせめて、ちゃんと婚約者になってから」

「うるさい頭ピンク女!」

「っ、ぴっ!?」

 突然の大声に、今度はフェリータが驚いて固まった。

 怒鳴ったフランチェスカは、握った拳を胸の前で震わせ、真っ赤に染まった顔と対象的な青い目で姉を強く睨みつけていた。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅
恋愛
次期女王として王位継承が内定していたフランツェスカ。 だが戦況の悪化を理由に父王に争いの最前線に送られた。 それから一年、命からがら王都へ戻った彼女を待っていたのは労いの言葉ではなく、敵国・シュヴァルツヴァルトの王太子への輿入れ命令。 しかも父王は病弱な異母妹アリーシアを王妃に据え、フランツェスカの婚約者レナードを王にするという。 怒りと絶望の中フランツェスカはかつて敵将であったシュヴァルツヴァルト王太子・フリードのもとへお飾りの妻として嫁ぐことを決意する。 戦地での過去を封じ、王族としての最後の務めを果たすために。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】婚約者は私を大切にしてくれるけれど、好きでは無かったみたい。

まりぃべる
恋愛
伯爵家の娘、クラーラ。彼女の婚約者は、いつも優しくエスコートしてくれる。そして蕩けるような甘い言葉をくれる。 少しだけ疑問に思う部分もあるけれど、彼が不器用なだけなのだと思っていた。 そんな甘い言葉に騙されて、きっと幸せな結婚生活が送れると思ったのに、それは偽りだった……。 そんな人と結婚生活を送りたくないと両親に相談すると、それに向けて動いてくれる。 人生を変える人にも出会い、学院生活を送りながら新しい一歩を踏み出していくお話。 ☆※感想頂いたからからのご指摘により、この一文を追加します。 王道(?)の、世間にありふれたお話とは多分一味違います。 王道のお話がいい方は、引っ掛かるご様子ですので、申し訳ありませんが引き返して下さいませ。 ☆現実にも似たような名前、言い回し、言葉、表現などがあると思いますが、作者の世界観の為、現実世界とは少し異なります。 作者の、緩い世界観だと思って頂けると幸いです。 ☆以前投稿した作品の中に出てくる子がチラッと出てきます。分かる人は少ないと思いますが、万が一分かって下さった方がいましたら嬉しいです。(全く物語には響きませんので、読んでいなくても全く問題ありません。) ☆完結してますので、随時更新していきます。番外編も含めて全35話です。 ★感想いただきまして、さすがにちょっと可哀想かなと最後の35話、文を少し付けたしました。私めの表現の力不足でした…それでも読んで下さいまして嬉しいです。

どうしてあなたが後悔するのですか?~私はあなたを覚えていませんから~

クロユキ
恋愛
公爵家の家系に生まれたジェシカは一人娘でもあり我が儘に育ちなんでも思い通りに成らないと気がすまない性格だがそんな彼女をイヤだと言う者は居なかった。彼氏を作るにも慎重に選び一人の男性に目を向けた。 同じ公爵家の男性グレスには婚約を約束をした伯爵家の娘シャーロットがいた。 ジェシカはグレスに強制にシャーロットと婚約破棄を言うがしっこいと追い返されてしまう毎日、それでも諦めないジェシカは貴族で集まった披露宴でもグレスに迫りベランダに出ていたグレスとシャーロットを見つけ寄り添う二人を引き離そうとグレスの手を握った時グレスは手を払い退けジェシカは体ごと手摺をすり抜け落下した… 誤字脱字がありますが気にしないと言っていただけたら幸いです…更新は不定期ですがよろしくお願いします。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

処理中です...