病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち

文字の大きさ
33 / 92
第三章 波乱の新婚生活

33 ルール無用の三戦目

しおりを挟む

 ――国を守るのが魔術師貴族ならば、魔術師を守るのが騎士だった。
 
 中でも“カヴァリエリの騎士”と言えば、最も勇敢で忠誠心の篤い騎士と同義だった。

 彼らが膝をつく相手はぺルラ家のみ。
 奇跡の一族と言われたチェステ家の次に“星の血統”と呼ばれ始めた魔術師の名。かつてのの一族の国への貢献は、圧倒的に荒事に集中していた。

 そういう一族だった。誇り高く、気が短く、愛国心が強く、好戦的。浴びた血の分だけ賞賛を得る魔術師だった。彼らが後進のバディーノ家に“侯”を譲り“伯”に甘んじるのは、あまりにも危険すぎたせいだという噂も流れた。

 ぺルラには敵が多かった。海の外にも島の中にも。
 不幸なことに、魔術による悪意は跳ね返せても、決死の凶刃を打ち負かすだけの体格には恵まれなかった。男も女も、彼らは総じて小柄だった。

 その弱さが、護衛騎士の勇猛の伝説を作った。美しい忠義の物語になった。
 やがてカヴァリエリを、そのうちの何人かでも引き抜こうとする貴族も現れた。娘の婿にと望むものすらいた。
 だが騎士たちは、仕える主の許しなしには、決して他家にかしずこうとはしなかった。

 秘匿された錬金術を抱える公爵家・エルロマーニ家のとりなしで国内での地位を安定させた後も、ぺルラ家の人間がカヴァリエリの騎士を連れる日常は変わらなかった。結びつきは危機にも安寧にも揺るがなかった。

 騎士の頭目に、魔力の兆候が現れるときまでは。

 一説には、それが両者の亀裂となったと伝わっている。
 魔術の『教え』と『必要な道具レリカリオ』を望んだカヴァリエリに、ペルラは応えなかったと。主は騎士に魔術を捨てさせようとしたと。

 結果、騎士は忠義を捨てた。

 数百年に及んだ主従関係は、あっけなく瓦解した。

 以来、三代に渡って、ペルラとカヴァリエリは互いにうとんじ合っている。


 ***


 ロレンツィオはすばやく飛び退った。

 一瞬前まで自分がいた場所に、天井から通路をふさぐ巨大な白刃が落ちてきた。
 床に深々刺さったギロチン刃からボコボコと沸騰する湯のように泡が浮かんだ。やがてそれらが集まって歪んだ獣の顔となって浮き上がり、牙をむいて男に向かった。

 しゃがんだロレンツィオが素早く床を叩く。そこから黒い槍が前方へまっすぐ伸び、獣の口から刺さって刃の裏を貫通した。

「なんのつもりだって聞いてんだろうが!!」

 槍が黒煙に変わって消える。あらわになった獣と刃を貫く穴から、険しい顔つきのフェリータが見えた。

「……懐中時計を見せなさい」

 女は食いしばった歯の間から引き絞るように声を出した。

「なに?」

「懐中時計!」

 叫びに呼応し、白い刃はろうそくのようにどろりと溶けて、落ちた雫が床を焼く。それに気を取られた瞬間、背後でガチャンと金属音がした。格子状の檻が道をふさぎ、退路は奪われていた。

「気でもちがったか!!」

 吐き捨てると同時に書架の本を一つ、フェリータに向かって投げつける。赤い背表紙の書物は蝙蝠に変わった。その牙で狙う獲物に迷いはない。

(レリカリオを奪えば――)

 そこで、男は己の判断ミスに気が付いた。
 フェリータの、荒い呼吸で上下する胸に、金のロケットはなかった。

 そうだ、まだこいつ、レリカリオを直していない。

 同時に、男は目の前の魔女が魔力を制御できていないことに気が付いた。

 関を壊したため池の水のように、フェリータの魔力はある限り放出されている。書架から蝙蝠を襲いに現れた狼は、獲物を食らいながらやはりボコボコと体を沸騰させ、足や首を一つ二つ多く作っては腐り落とさせるのを繰り返して床に倒れた。

 完全に暴走している彼女の魔力は、日没より早く底をつくと思われた。

 その前に、ロレンツィオが死ななければ。抗うつもりで勢いあまって女を殺したりしなければ。

 ――最悪なのは魔力が無事に枯渇した後も、おそらく彼女は止まらないだろうこと。己の推測が正しければ。

「いい加減にしろバカ女! こんなことして何になる!?」

「心当たりがあるくせに!!」

 その言葉に、ロレンツィオは顔をしかめた。狼の骸から伸びてきた猛毒の茨を火球で焼き切る。

 ロレンツィオの出した炎は書架や本を傷つけることはなかったが、フェリータが仕掛けた毒茨は、のたうち回って周囲を焼き、爪痕を残した。
 
 おおよそ宮廷付きらしくない、乱雑な魔術だった。
 それでも、術が解ければ美しい真珠粒が残る。間違いなくフェリータの術だ。

「とぼけるな! 分かっているの……分かっていたのよ、わたくしも、おじい様も!」

 乱暴な言葉遣いとともに、フェリータが投げてよこしたのは古い記録書だった。
 それがロレンツィオの前で落ち、重い背表紙がひとりでに開いて意志を持つようにパラパラとページを捲る。

 相手を警戒しながら、そこに視線を向ける。
 黒い靄の漂う足元で、これみよがしに開かれたページ。その間に古い紙片が挟まっていたが、それよりもページの上で踊る見出しに目が吸い寄せられる。

「六十年前、排水路で発見された遺体? これがなんだ?」

 ひそかに息を吐き、気を落ちつけて低く問う。

「……朝に発見された遺体は血をすべて抜かれている。明らかに生贄術の犠牲者ですわ」

 フェリータの口から出た言葉に、ロレンツィオの背筋に嫌な汗が伝う。
 奇しくも、オルテンシアから見せられた書物で同じ言葉を見ていたから。

 悪魔の都サルヴァンテですら、ごく一部の貴族にしか持つことを許されない禁書の中で。

 そして次の言葉を聞いた瞬間、ロレンツィオは固まった。

「そこは少し前に呪獣が出ていて、おじい様が長い時間をかけて浄化している最中だった。水路につながる周辺道路や運河は立ち入り禁止、けれどおじい様は外せない仕事でサルヴァンテから離れた夜があった。骸は、その翌朝見つかった。……王家の許しなしにはおじい様以外だれも近づけないはずのそこに、信頼を得ていた騎士だけが普段から入ることができた。おじい様の名代として」

 赤い目がきつく吊り上がる。充血していて、目全体が赤く染まっていた。

「生贄術は、あなたの祖父、グレゴリオ・カヴァリエリがやったのね」

「……は!?」

「その発見のすぐあとよ、グレゴリオが王宮の火事で水魔術を披露し、魔術師を自称し始めたのは!」

 たしかに、時系列順に並んだ過去の出来事の中では、それらの事項は隣り合っている。そしてその日以降、ロレンツィオの祖父が次々に魔術を行使し、世間にその力を誇示していったのも事実だった。

 ロレンツィオは親から子へ伝えろと、まだ反抗期真っただ中のころに椅子に縛り付けられて父に教え込まれた。
 最終的に椅子を壊して取っ組み合いになったのだが、実はそんなことはせずとも鮮明に焼き付いていた、大好きだった祖父の武勇伝。

 家の栄達のきっかけ。

 騎士カヴァリエリが、魔術師カヴァリエリとして生まれ直した日。

 永遠と定めたはずの主に、背を向けた原因。

 ――それを、この女はなんと言ったのだ。

 絶句したロレンツィオに、フェリータはさらに言い募る。

「そしてあなたは、祖父と同じ力を使ってる!! そもそもおかしいのよ、魔術師は必ずレリカリオを持つはずなのに、あなたがロケットを持っているところを見たことは一度もない! けれどおじい様は、ちゃんと気づいていたわ、あなたの持つ懐中時計が怪しいと。それが生贄の血を収める呪具だということを!!」

 ページの間に挟まっていた紙片には、記録書の文字と同じ癖で『グレゴリオの懐中時計を奪え』と走り書きがされていた。

「だから、おじい様はあなたたちを追放し……」

「だまれ!!」

 空気を震わす怒りに、フェリータが目を見開いて押し黙る。青ざめた顔は魔力の氾濫によるものだったが、薄く開いて固まった唇はたった今浴びた怒声によるものだった。

「父親のみならずおまえまで、一体何度じいさんを愚弄すれば気が済む!!」
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...