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4 王配候補がめっちゃ睨んでくる(4)
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それまで一方的に殴られていたのが嘘のように、カイルの拳は明確にあばらの下を穿ち、顎骨を捉えて頭蓋を揺らした。
耐えきれず、ルディウスは俯いて壁に手をつく。嘔吐感に負けて口を開ければ、唾液と混ざって血が床にばたばたと落ちた。
こいつ。
睨みつければ、カイルと視線がぶつかった。すれ違ったときと同じ、強い感情のこもった眼差しが、ふらつくルディウスを貫いている。
しかしカイルはすぐに目を逸らした。乱れた服を手早く直し、髪を整えると、あとはもうルディウスのことなど見えていないかのように踵を返す。
その冷たい一瞥が、ルディウスの怒りを再燃させていたというのに。
「待て!」
「ぅわっ!」
ルディウスは去ろうとする相手の襟首を掴んで力任せに引き寄せた。虚を突かれたカイルがあっさり仰向けに引き倒され、したたかに背中を打つ。
「かはっ」と短く息を吐いたきり、悶絶しているカイルの腰に、ルディウスは馬乗りになり、がっちり動きを封じた。
「はなっ……降りろ貴様ァ!」
「話は終わってねんだよリネットのことも予算のこともォ!」
「修正予算の件は追って師団長に説明する! そこを退けっ、裁判沙汰にされたいか!!」
取っ組み合いの殴り合いになるのは必然だった。互いの血が服に擦り付けられ、見るも無残な有り様になっていく。
体勢はルディウスの方が有利なのだが、いかんせん相手も急所への攻撃に躊躇いがない。目を潰すように伸びてきたカイルの手を避けたルディウスが、相手の額に頭突きを見舞ったところで、歯を食いしばったカイルの手はルディウスの左肩に食い込んだ。
「――っ!」
戦場で受けた傷が残る場所だった。少し前まで日常生活にまで影響を及ぼした大けがだ。そこに遠慮なく指が食い込んで、ルディウスは声を失った。
はからずも無防備な上体が相手方の上半身に折り重なるように倒れ、『まずい』と脳裏に警告音が鳴り響く。――とどめを刺される。
けれど絶好の機会なのに、相手はそれ以上なにもしてこなかった。冷や汗を堪えて相手の様子を窺おうと顔を上げかけ。
はたと、ルディウスは目を見開いた。
(は?)
その瞬間、ルディウスの身体はぐいっと押し退けられた。
敵の右の肩を押したカイルが、強引に立ち上がったのだ。
「……勘違いさせた妹君には、近いうち謝罪の品を贈る。……だが、人に怒る権利が果たして自分にあるか、その胸に手を当ててよく考えるんだな。罰当たりな節操なしめ」
怒りも露わに吐き捨てると、大股でその場を離れ、先程は届かなかった扉に手をかける。
が、背後のルディウスが鼻で笑った気配に、ぴくりと眉を上げて動きを止めた。
「……何かね」
「よく言うよ。罰当たりはお互い様だろ」
冷えた視線で人が殺せるなら、ルディウスは床に座り込み、左肩を押さえた状態のまま死んでいただろう。
血まみれの顔に、酷薄な嘲りを浮かべたまま。
「男も女も食う俺が節操なしなら、その俺の下で喜んでたお前は、いったいなんなんだよ」
今度はカイルが固まった。
視線を交わしたまま二人とも、そのまま数秒間、何も発しなかった。
――張り詰めた部屋の空気を裂いたのは、天の恩恵のように美しい男の、地の底をさらうような声だった。
「……二度と、私の前に現れるなよ。輝かしい勲章を、軍服ごと剥ぎ取られたくないならな」
耐えきれず、ルディウスは俯いて壁に手をつく。嘔吐感に負けて口を開ければ、唾液と混ざって血が床にばたばたと落ちた。
こいつ。
睨みつければ、カイルと視線がぶつかった。すれ違ったときと同じ、強い感情のこもった眼差しが、ふらつくルディウスを貫いている。
しかしカイルはすぐに目を逸らした。乱れた服を手早く直し、髪を整えると、あとはもうルディウスのことなど見えていないかのように踵を返す。
その冷たい一瞥が、ルディウスの怒りを再燃させていたというのに。
「待て!」
「ぅわっ!」
ルディウスは去ろうとする相手の襟首を掴んで力任せに引き寄せた。虚を突かれたカイルがあっさり仰向けに引き倒され、したたかに背中を打つ。
「かはっ」と短く息を吐いたきり、悶絶しているカイルの腰に、ルディウスは馬乗りになり、がっちり動きを封じた。
「はなっ……降りろ貴様ァ!」
「話は終わってねんだよリネットのことも予算のこともォ!」
「修正予算の件は追って師団長に説明する! そこを退けっ、裁判沙汰にされたいか!!」
取っ組み合いの殴り合いになるのは必然だった。互いの血が服に擦り付けられ、見るも無残な有り様になっていく。
体勢はルディウスの方が有利なのだが、いかんせん相手も急所への攻撃に躊躇いがない。目を潰すように伸びてきたカイルの手を避けたルディウスが、相手の額に頭突きを見舞ったところで、歯を食いしばったカイルの手はルディウスの左肩に食い込んだ。
「――っ!」
戦場で受けた傷が残る場所だった。少し前まで日常生活にまで影響を及ぼした大けがだ。そこに遠慮なく指が食い込んで、ルディウスは声を失った。
はからずも無防備な上体が相手方の上半身に折り重なるように倒れ、『まずい』と脳裏に警告音が鳴り響く。――とどめを刺される。
けれど絶好の機会なのに、相手はそれ以上なにもしてこなかった。冷や汗を堪えて相手の様子を窺おうと顔を上げかけ。
はたと、ルディウスは目を見開いた。
(は?)
その瞬間、ルディウスの身体はぐいっと押し退けられた。
敵の右の肩を押したカイルが、強引に立ち上がったのだ。
「……勘違いさせた妹君には、近いうち謝罪の品を贈る。……だが、人に怒る権利が果たして自分にあるか、その胸に手を当ててよく考えるんだな。罰当たりな節操なしめ」
怒りも露わに吐き捨てると、大股でその場を離れ、先程は届かなかった扉に手をかける。
が、背後のルディウスが鼻で笑った気配に、ぴくりと眉を上げて動きを止めた。
「……何かね」
「よく言うよ。罰当たりはお互い様だろ」
冷えた視線で人が殺せるなら、ルディウスは床に座り込み、左肩を押さえた状態のまま死んでいただろう。
血まみれの顔に、酷薄な嘲りを浮かべたまま。
「男も女も食う俺が節操なしなら、その俺の下で喜んでたお前は、いったいなんなんだよ」
今度はカイルが固まった。
視線を交わしたまま二人とも、そのまま数秒間、何も発しなかった。
――張り詰めた部屋の空気を裂いたのは、天の恩恵のように美しい男の、地の底をさらうような声だった。
「……二度と、私の前に現れるなよ。輝かしい勲章を、軍服ごと剥ぎ取られたくないならな」
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