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6.好手と悪手
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だめだ、集中力が・・
ぐ、と伸びをして時計を見る。
23時。完成は見えている、あと少し。
こんなに何かを頭に詰め込むのは、久しぶりだ。新しい知識が入ってくる感覚は、旭は嫌いではない。
香月には、思うところはもちろんあるが(そして、失礼だと分かっているが、怖い。)、颯をはじめ、このチームのメンバーに甘えてしまっていたというのは、他から来た人に言われるなら、そうなのだろう。
頑張ってた、つもりだったんだけど。
本音がぽつんと心に浮かび、香月に言われたことと、旭のデスク以外明かりがついていないしんとしたオフィスに、少し、泣きそうになった。
颯に、頼れば良かった。
弱い心がそう囁く。ぶん、と頭を振った。
画面に向き直る。
頑張ろう。
そう言い聞かせたとき、ドサ、と横に何か置かれた。
ビクッとし、椅子がガタンッと音をたてる。
少し慌てたような声が落ちてきた。
「ごめんね、驚かせた?」
「桐山さん・・!」
上を見ると、穏やかな顔をした桐山が、紙袋を手に持って立っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「俺も残ってたから。夜、まだでしょ?」
そう言ってガサガサと袋を開ける。この近くで有名な、テイクアウトの出来るカフェのサンドイッチだ。
サーモンチーズ、というラベルに、忘れていた空腹を思い出した。くぅ、と小さくお腹が鳴る。
「俺は推進チームにいるから、終わったら声かけて」
送るよ。
いつもなら遠慮の言葉がすぐに出るはずだが、弱った心に優しさが染み、その言葉が出てこない。
というか、今言葉を出そうとすると、泣きそうだ。
その様子に気付いてくれたのだろうか。ぽん、と頭に手を置き、さっさと部屋を出て行く桐山らしい気遣いが有り難く、旭は左手でサンドイッチを持ち、頬張りながらマウスを動かした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
お腹に栄養を入れたら、固まっていた頭と身体が解けていく気がした。
結局30分程で終わらせる事ができ、推進チームのある上の階に急ぐ。コン、コン、とノックして部屋を覗き込むと、桐山は自分のデスクでカチ、カチ、とメールをチェックしている所だった。
こちらを見て、終わった?と優しく微笑んで、彼はパタン、とノートパソコンを閉じた。
駐車場に向かう桐山に、後ろからおずおずと付いていく。送ってもらうのはこれが初めてではないが、もう他の部署の人間になった人にこんなふうに頼るのは、まずい気がした。
促されて助手席に乗り、シートベルトを着ける。スムーズな動きで車を発進させた桐山は、前を向いたまま言った。
「大変でしょ、香月さんは。」
彼女はすごく良く出来るけど、同姓には特に、同姓というだけで、自分と同じものを求めてしまうからね。
君がいるチームなら、何か、学んでくれるといいと思ってたんだけど。
そう言ってこちらをちらりと見る。
「無理させてるみたいだね。」
いえ、と即座に答える。
言葉が続かず、窓の外を見る。車通りの少ない幹線道路から見えるビルの美しい夜景。
沈黙のあと発された言葉は、少し、声色が違った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「別れたんだってね」
どき、と心臓が跳ねる。桐山の横顔を盗み見るが、穏やかないつもの顔で前を向いている。
「聞こえてたんですね。」
食堂で。
恥ずかしくなり、少し俯いた。
「まぁ、それもあるけど、」
「瀬戸口は、君の事になると顔に出るからね。」
その言葉に顔を上げた私と、バックミラーの中の目が合う。
はっとなりまた目を逸らす。これでは肯定しているようなものだ。
ふ、とおかしそうに笑う桐山は、いつもの彼と、どこか違う。
「なんか・・今日の桐山さん、意地悪ですね。」
「そう?」
それでも、前を向き運転する横顔は、いつも通り涼しい 。
沈黙に、そわ、と落ち着かない。
そのまま、桐山は何も言うことなく、車を走らせた。
旭のマンションの前には小さな公園がある。彼はその公園に寄せて車をとめ、ハザードをたいた。
「ありがとうございました。」
そう言ってシートベルトを外すが、桐山は前を向いたまま、反応しない。
「・・桐山さん?」
「寂しいなら」
こちらを振り向く。
その瞳の鋭さに、強烈に、彼が男の人であることを意識した。
「寂しいなら、いくらでも甘やかしてあげるよ」
いつでも、おいで。
は、と息を吐く。
自分が狩りの獲物になったような錯覚に陥る。目を逸らせずにいると、ブー、ブー、とバイブ音が鳴った。私の携帯。
音の元が私の鞄であることを目で確認し、いつもの穏やかさのない、色気のある笑みで言う。
「あいつは本当にタイミングがいいね。」
お疲れ様、おやすみ。
ガチャリ、と解除されたドアに金縛りが解けたようになった。
「ありがとうございました」
もう一度早口で御礼を言い、急いで頭を下げて外に飛び出す。
車が発進するのを待ちきれないかのように、通話ボタンを押した。
颯の優しい声が、聞きたかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
香月と一緒にエレベーターを降りる。
あそこで反抗して残れば、また旭の「チヤホヤされている」像が上書きされ、あいつの立場が不利になるかもしれない。そう思い、素直に会社を出た。
駅で別れてからすぐに戻ろうと思っていたが、路線の方向も同じと分かり、内心、舌打ちをする。
歩く道、電車の中でも、仕事の話が続く。
瀬戸口くんには期待してる。桐山くんも次、瀬戸口くんに主任になって欲しい、って言ってたわよ。
生き生きと話す香月が話すその内容は、意気を上げるために言ってくれているのだと重々分かっているが、桐山、という名前に反応して思考が飛んだ。
あいつ。
蓮も言っていた通り、ずっと、安心できない奴だった。
柔らかい人柄は嘘では無いだろうが、全面でそれを信じている旭や橘とは違い、颯は何か、自分と同じようなものを感じていた。
落とすべきクライアントの交渉時。
会社での重要な会議の場。
旭があまり参加しない、そのような場での桐山は、鋭い爪を持つ、そう、まるで獲物を狙う獣だ。
あの給湯室でのやり取りは、そんなあいつからすれば宣戦布告。優しい顔をして、事前に教えてくれたのだ。
「いいんだよね?」と。
絶対に、チャンスを狙っている。
旭に隙を作りたくなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
お疲れ様でした、と最寄り駅で電車を降りるやいなや、すぐに電話をかける。が、気付いていないのかコールが鳴り続ける。
まだ仕事中か?そう思い、逆のホームに向かった。
再び逆方向の電車に乗り、さっき出たばかりの駅に舞い戻る。会社への道を歩きながら、もう一度電話をかけるが、応答はない。
オフィスに辿り着くと、そこにはもう誰もいなかった。
すれ違ったか?
そう思い、電話をかけると、そこでやっと繋がった。
「旭、今、どこだ」
やっと繋がったという安心と早く会いたいという焦りで、伝えたい言葉の羅列になる。
『今、家についたとこ』
家?そう思いもう一度時計を見る。やっぱりすれ違ったか。次の質問は、何を思ったか、自然に口から出た。
「どうやって帰ったんだ?」
『桐山さんに送ってもらったの。』
キン、と研ぎ澄まされていくような感覚になる。怒りなのか嫉妬なのか焦りなのか、分からない。
電話の旭の声は淡々と聞こえて、感情が分からない。
顔を見たいと思った。タクシーをちらりと見るが、おそらく電車の方が早い。
「今から行く。待ってろ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「今から行く。待ってろ。」
その言葉に、嬉しくてまた涙が出そうになった。
会いたかった。なのに、また自分では言えなかった。
会って、優しく抱きしめて欲しい。
心を読んだようなあの人の言葉に、少しでも揺らいだ私を許して、抱きしめてほしい。
それだけで、きっと、私の気持ちは揺るがないものになる。
「待ってる。」
そう言って、甘い、甘い私は電話を切った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドアを開けたところに立っていたのは、しかし、優しい顔をした颯では無かった。
その顔は、険しい。
怒ってる
会ったらすぐにでも抱きついてしまいそうだった旭の心は、深く沈んでしまった。
「なんで、あいつがいたんだ。」
テーブルに向かい合って座り、注いだお茶を颯の前に置く。
「自分も残ってたからって、サンドイッチ、くれて。」
旭が返すと、チッと舌打ちが聞こえた。
「で、何言われた。」
険しい言葉に、本当は伝えたいと思っていた言葉が出ない。
「何も、言われてない。」
嘘付け、と吐き捨てるように言う。
お前は顔に出やすいんだよ。
「なに、言われた。」
強調するように再度そう言われ、恐る恐る口を開く。
「寂しいなら、」
颯の目が鋭くなる。
「寂しいなら、いくらでも甘やかしてあげる」
いつでも、おいで、って。
その瞬間、今までの表情は颯が必死で怒りを抑えていたのだと分かった。
この人に、こんなに激しい感情があったなんて。
頭の隅で、冷静な自分がそう言った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「で?」
低い声で言う。
「お前は、寂しいの?」
もう、桐山への対抗心なのか、旭への怒りなのか、
それか、自分への怒りなのか、整理ができない。
何も答えないことを肯定ととる。苛立ちが最高潮に達した。
「じゃぁ、何で俺に言わない。」
「なんで別れようなんて言った。」
怯えた表情でこちらを見る旭が何も言葉を発しないのがじれったい。
寂しいと言ってくれたら。
戻りたいと言ってくれさえすれば、
欲しいものをいくらでもやれるのに。
「結婚」
え、と声にならない声で旭が言った。
「結婚、すりゃいいんだろ。」
冷たい声が部屋に響く。
反応の無い旭の顔を見る。
「・・そんな・・」
旭の顔がくしゃりと歪む。
「そんな言い方、・・ない・・っ」
ぽろ、と涙が粒になって、頬を伝った。
その瞬間、颯は我に返り、自分が犯した過ちを知った。
ぐ、と伸びをして時計を見る。
23時。完成は見えている、あと少し。
こんなに何かを頭に詰め込むのは、久しぶりだ。新しい知識が入ってくる感覚は、旭は嫌いではない。
香月には、思うところはもちろんあるが(そして、失礼だと分かっているが、怖い。)、颯をはじめ、このチームのメンバーに甘えてしまっていたというのは、他から来た人に言われるなら、そうなのだろう。
頑張ってた、つもりだったんだけど。
本音がぽつんと心に浮かび、香月に言われたことと、旭のデスク以外明かりがついていないしんとしたオフィスに、少し、泣きそうになった。
颯に、頼れば良かった。
弱い心がそう囁く。ぶん、と頭を振った。
画面に向き直る。
頑張ろう。
そう言い聞かせたとき、ドサ、と横に何か置かれた。
ビクッとし、椅子がガタンッと音をたてる。
少し慌てたような声が落ちてきた。
「ごめんね、驚かせた?」
「桐山さん・・!」
上を見ると、穏やかな顔をした桐山が、紙袋を手に持って立っていた。
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「俺も残ってたから。夜、まだでしょ?」
そう言ってガサガサと袋を開ける。この近くで有名な、テイクアウトの出来るカフェのサンドイッチだ。
サーモンチーズ、というラベルに、忘れていた空腹を思い出した。くぅ、と小さくお腹が鳴る。
「俺は推進チームにいるから、終わったら声かけて」
送るよ。
いつもなら遠慮の言葉がすぐに出るはずだが、弱った心に優しさが染み、その言葉が出てこない。
というか、今言葉を出そうとすると、泣きそうだ。
その様子に気付いてくれたのだろうか。ぽん、と頭に手を置き、さっさと部屋を出て行く桐山らしい気遣いが有り難く、旭は左手でサンドイッチを持ち、頬張りながらマウスを動かした。
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お腹に栄養を入れたら、固まっていた頭と身体が解けていく気がした。
結局30分程で終わらせる事ができ、推進チームのある上の階に急ぐ。コン、コン、とノックして部屋を覗き込むと、桐山は自分のデスクでカチ、カチ、とメールをチェックしている所だった。
こちらを見て、終わった?と優しく微笑んで、彼はパタン、とノートパソコンを閉じた。
駐車場に向かう桐山に、後ろからおずおずと付いていく。送ってもらうのはこれが初めてではないが、もう他の部署の人間になった人にこんなふうに頼るのは、まずい気がした。
促されて助手席に乗り、シートベルトを着ける。スムーズな動きで車を発進させた桐山は、前を向いたまま言った。
「大変でしょ、香月さんは。」
彼女はすごく良く出来るけど、同姓には特に、同姓というだけで、自分と同じものを求めてしまうからね。
君がいるチームなら、何か、学んでくれるといいと思ってたんだけど。
そう言ってこちらをちらりと見る。
「無理させてるみたいだね。」
いえ、と即座に答える。
言葉が続かず、窓の外を見る。車通りの少ない幹線道路から見えるビルの美しい夜景。
沈黙のあと発された言葉は、少し、声色が違った。
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「別れたんだってね」
どき、と心臓が跳ねる。桐山の横顔を盗み見るが、穏やかないつもの顔で前を向いている。
「聞こえてたんですね。」
食堂で。
恥ずかしくなり、少し俯いた。
「まぁ、それもあるけど、」
「瀬戸口は、君の事になると顔に出るからね。」
その言葉に顔を上げた私と、バックミラーの中の目が合う。
はっとなりまた目を逸らす。これでは肯定しているようなものだ。
ふ、とおかしそうに笑う桐山は、いつもの彼と、どこか違う。
「なんか・・今日の桐山さん、意地悪ですね。」
「そう?」
それでも、前を向き運転する横顔は、いつも通り涼しい 。
沈黙に、そわ、と落ち着かない。
そのまま、桐山は何も言うことなく、車を走らせた。
旭のマンションの前には小さな公園がある。彼はその公園に寄せて車をとめ、ハザードをたいた。
「ありがとうございました。」
そう言ってシートベルトを外すが、桐山は前を向いたまま、反応しない。
「・・桐山さん?」
「寂しいなら」
こちらを振り向く。
その瞳の鋭さに、強烈に、彼が男の人であることを意識した。
「寂しいなら、いくらでも甘やかしてあげるよ」
いつでも、おいで。
は、と息を吐く。
自分が狩りの獲物になったような錯覚に陥る。目を逸らせずにいると、ブー、ブー、とバイブ音が鳴った。私の携帯。
音の元が私の鞄であることを目で確認し、いつもの穏やかさのない、色気のある笑みで言う。
「あいつは本当にタイミングがいいね。」
お疲れ様、おやすみ。
ガチャリ、と解除されたドアに金縛りが解けたようになった。
「ありがとうございました」
もう一度早口で御礼を言い、急いで頭を下げて外に飛び出す。
車が発進するのを待ちきれないかのように、通話ボタンを押した。
颯の優しい声が、聞きたかった。
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香月と一緒にエレベーターを降りる。
あそこで反抗して残れば、また旭の「チヤホヤされている」像が上書きされ、あいつの立場が不利になるかもしれない。そう思い、素直に会社を出た。
駅で別れてからすぐに戻ろうと思っていたが、路線の方向も同じと分かり、内心、舌打ちをする。
歩く道、電車の中でも、仕事の話が続く。
瀬戸口くんには期待してる。桐山くんも次、瀬戸口くんに主任になって欲しい、って言ってたわよ。
生き生きと話す香月が話すその内容は、意気を上げるために言ってくれているのだと重々分かっているが、桐山、という名前に反応して思考が飛んだ。
あいつ。
蓮も言っていた通り、ずっと、安心できない奴だった。
柔らかい人柄は嘘では無いだろうが、全面でそれを信じている旭や橘とは違い、颯は何か、自分と同じようなものを感じていた。
落とすべきクライアントの交渉時。
会社での重要な会議の場。
旭があまり参加しない、そのような場での桐山は、鋭い爪を持つ、そう、まるで獲物を狙う獣だ。
あの給湯室でのやり取りは、そんなあいつからすれば宣戦布告。優しい顔をして、事前に教えてくれたのだ。
「いいんだよね?」と。
絶対に、チャンスを狙っている。
旭に隙を作りたくなかった。
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お疲れ様でした、と最寄り駅で電車を降りるやいなや、すぐに電話をかける。が、気付いていないのかコールが鳴り続ける。
まだ仕事中か?そう思い、逆のホームに向かった。
再び逆方向の電車に乗り、さっき出たばかりの駅に舞い戻る。会社への道を歩きながら、もう一度電話をかけるが、応答はない。
オフィスに辿り着くと、そこにはもう誰もいなかった。
すれ違ったか?
そう思い、電話をかけると、そこでやっと繋がった。
「旭、今、どこだ」
やっと繋がったという安心と早く会いたいという焦りで、伝えたい言葉の羅列になる。
『今、家についたとこ』
家?そう思いもう一度時計を見る。やっぱりすれ違ったか。次の質問は、何を思ったか、自然に口から出た。
「どうやって帰ったんだ?」
『桐山さんに送ってもらったの。』
キン、と研ぎ澄まされていくような感覚になる。怒りなのか嫉妬なのか焦りなのか、分からない。
電話の旭の声は淡々と聞こえて、感情が分からない。
顔を見たいと思った。タクシーをちらりと見るが、おそらく電車の方が早い。
「今から行く。待ってろ」
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「今から行く。待ってろ。」
その言葉に、嬉しくてまた涙が出そうになった。
会いたかった。なのに、また自分では言えなかった。
会って、優しく抱きしめて欲しい。
心を読んだようなあの人の言葉に、少しでも揺らいだ私を許して、抱きしめてほしい。
それだけで、きっと、私の気持ちは揺るがないものになる。
「待ってる。」
そう言って、甘い、甘い私は電話を切った。
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ドアを開けたところに立っていたのは、しかし、優しい顔をした颯では無かった。
その顔は、険しい。
怒ってる
会ったらすぐにでも抱きついてしまいそうだった旭の心は、深く沈んでしまった。
「なんで、あいつがいたんだ。」
テーブルに向かい合って座り、注いだお茶を颯の前に置く。
「自分も残ってたからって、サンドイッチ、くれて。」
旭が返すと、チッと舌打ちが聞こえた。
「で、何言われた。」
険しい言葉に、本当は伝えたいと思っていた言葉が出ない。
「何も、言われてない。」
嘘付け、と吐き捨てるように言う。
お前は顔に出やすいんだよ。
「なに、言われた。」
強調するように再度そう言われ、恐る恐る口を開く。
「寂しいなら、」
颯の目が鋭くなる。
「寂しいなら、いくらでも甘やかしてあげる」
いつでも、おいで、って。
その瞬間、今までの表情は颯が必死で怒りを抑えていたのだと分かった。
この人に、こんなに激しい感情があったなんて。
頭の隅で、冷静な自分がそう言った。
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「で?」
低い声で言う。
「お前は、寂しいの?」
もう、桐山への対抗心なのか、旭への怒りなのか、
それか、自分への怒りなのか、整理ができない。
何も答えないことを肯定ととる。苛立ちが最高潮に達した。
「じゃぁ、何で俺に言わない。」
「なんで別れようなんて言った。」
怯えた表情でこちらを見る旭が何も言葉を発しないのがじれったい。
寂しいと言ってくれたら。
戻りたいと言ってくれさえすれば、
欲しいものをいくらでもやれるのに。
「結婚」
え、と声にならない声で旭が言った。
「結婚、すりゃいいんだろ。」
冷たい声が部屋に響く。
反応の無い旭の顔を見る。
「・・そんな・・」
旭の顔がくしゃりと歪む。
「そんな言い方、・・ない・・っ」
ぽろ、と涙が粒になって、頬を伝った。
その瞬間、颯は我に返り、自分が犯した過ちを知った。
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