アナタトワタシ

空想書記

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再会

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「生きてるんだよ…。ヴェイカント夫妻は」


   その言葉を聞いたナンシーの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた…。 

  当時の様子をミカエルは瞳を閉じて回顧する…。菩薩の為に少しでもルシファーの堕天を遅らせようと獅噛みつき、身体が黒く変色して朽ち果てていく夫妻を自らの眼で見ていた…。
   ヴェイカント夫妻が生きている…。そんな喜ばしいことはないのだが、そんな事は先ず有り得ないと瞼を閉じまま少しだけ首を横に振った。


「…私は、消えて行く夫妻をこの眼で見たのだぞ…。」


  「経緯は後で説明するよ」


   そう言ったルシファーは思念伝達を夫妻に送って座標を伝えた。程なくすると紫色の光を放った転移術式が地面に現れ、そこから揃いのタキシードを身に纏った執事のような出で立ちの2人の男女が日本刀を帯刀して現れた。
    流れるような金髪を後ろで1つに纏め、切れ長の瞳、通った鼻筋、艶のある唇、均整の取れたボディライン。醸し出す妖艶さを除けばナンシーと瓜二つのようだ。
    男の方は雑に伸ばした黒髪、目力の強い顔立ち。一見落ち着いた佇まいだが、醸し出しす雰囲気が胆力の強さを物語っていた。


「お呼びですか。ルシファー様」


  同時に口を開いた2人は、右手を胸の少し下辺りに、左手を後ろに添えて頭を下げた。
天界に居た当時と出で立ちは違うものの、背格好と声でヴェイカント夫妻だと分かった。
   死亡したと思われていた2人を200余年振りに目にした菩薩達は、一様に驚きを見せながら目に涙を溜める。
   ミカエルに至っては驚きの余り、こんな奇跡がと声が漏れだした…。


「後ろを見てごらん」


    ルシファーに促されて振り返った夫妻は、揃って目を見開いた。先の大戦以前から菩薩に仕え、ハイタム、ロータムとは同じ釜の飯を食った仲…。懐かしい面々に夫婦の眼からは自然と涙が溢れる。


「…ルシファー様の堕天から…200余年…」


   声を震わせた夫妻は、成長した上に属性までもが変わってしまったナンシーに気付く様子はまるでなかった。
    無理もない…。200余年前はナンシーは幼子だった。辿々しく言の葉を話す程度の…。菩薩は瞳に溜めた涙を人差し指で拭い、少しばかり笑みを浮かべる。


「2人とも…元気そうで何よりだ…。話したい事は山ほどあるが、わらわ達のことより…主等、そっちが先だ」


    菩薩に促されて視線を送った先には、若い女性が瞳を潤ませて佇んでいた。
誰だ?この悪魔は…(悪魔、堕天使、死神は見た目では判断が難しい)自分を見て涙を溢している…。不可解だと思いつつも、その女性の顔を見据えたプリティは、少々驚いた様子で目を見開いた。


「…私に…似て…る…」


    そう呟いたプリティは1つの答えに至った。だが、娘のナンシーは光属性の筈。目の前に居る女性は見るからに闇の者…。何故だ?何があった?どういう事だ?疑問と確信が交錯し、戸惑いはあったが、この女性はまさかと…当時の娘の面影と記憶を辿る…。

   家の中で「かーたん(母さん)」と後をついて回り、キャッキャッとはしゃいで回る娘との記憶…。
   幾度となく抱きしめ、笑い合い、寝かしつける時には子守唄を歌い、読み聞かせも沢山した…。

   自身を見つめて涙を溢すその瞳が、200余年前に見つめ合った瞳と重なった…。声が出る前に喉の奥に熱を感じ、瞳から涙が零れたプリティは震える声で言葉を紡ぎ出す…。


「…まさか…」


「…お母さん…。…お父さん…」


「…ナンシー!!」


「…生きてて…。生きてて…良かった」


   大粒の涙を溢すナンシーをプリティは力強く抱き締めた。日如は2人を包み込むように両腕を添える。
   200余年振り再会した家族を、皆は温かい目で見守るように視線を送っていた。
プリティ、日如とは面識のないシドだったが、経緯はナンシーから聞いていた為、眼に涙を溜めている。
   愛娘の成長を噛み締めるようにナンシーを抱き締めながら、1人にしてしまってごめんねと何度も何度も謝り続けてプリティは泣き崩れた。
   ナンシーも嗚咽しながら、寝食を共にし、菩薩に育ててもらった経緯と海よりも深い感謝の想いをプリティに伝えた。
   ナンシーは217歳…。千年以上生きている者達の感覚は、人間で例えるならまだ二十歳そこそこだ…。大人と子供の境界線くらいの…。見た目はすっかり大人の女性だが、幼少期に別れてから200余年…。
大きくなったねと母のプリティに抱き締められるナンシーは大声で泣き続けた。
小さな子供のように泣き続けた…。
もらい泣きで滝のように涙を溢しているハイタムとロータムに、菩薩は泣きすぎだろうと自身の涙を拭いながら笑みを浮かべていた。
  

「…堕心で…消えてしまったと…死んでしまったと…」


「…堕心で身体が塵となったのは本当なの。消滅する寸前にルシファー様が私達の魂を身体に取り込んで護ってくれたのよ」


    堕天の巻き添えで堕心に冒されて身体が黒く変色し、命の灯火が消えて魂が滅却してしまう刹那、ルシファーは2人の魂を身体に取り込んでそのまま堕天した。
   地獄天使となったルシファーは2人の魂を身体から取り出し、霊体と肉体を再構築して蘇生させたが、堕天の影響を受けた魂は光属性では無くなってしまった。
   蘇生した夫妻にルシファーは深く謝罪をしたが、獅噛みついたのは自分達の判断であり、ルシファーに責任はない。寧ろ蘇生させてくれたことに心から感謝した。
    ただ属性が変わってしまい天界に戻れなくなってしまった為、地獄に留まってルシファーの居城で執事に従事しているのだとプリティは説明した。


   当時の惨状を目の当たりにし、プリティの最後の言葉「申し訳ありません菩薩様…。ルシファー様を…止められませんでした」という言葉まで聞いたミカエルは、とても信じ難い所業だと狼狽えていた…。
目の前に存在している2人を見ても尚、夢でも見ているようだと呟いた。


   ミカエル、菩薩、ハイタム、ロータムは、絶対神 “理”(ことわり) に最も近い最強の熾天使こそが為せる業だと仰ぎ見たが、先の大戦の経緯が存る為、ルシファーの心情を察して誰もその言葉は発さなかった。


    娘の出で立ちが天使では無くなっていることに、明らかに闇属性になっていることに疑問を抱いたプリティが経緯を尋ねた…。言い辛そうにするナンシーの肩に優しく触れた菩薩が、此れまでの経緯に加え、自分自身がシド・ファッキンダムという悪魔に対して感じたことを話した。


   全ての経緯を聞いたプリティと日如は戸惑いこそあったが、蘇生してからずっと気がかりだった娘に会うことが出来た。
成長した娘を見ることが出来た。それだけで夫妻は充分だと思えた…。
   ナンシーが地獄に留まるのなら、これまで出来なかった親としての努めを果たそうと心に決め、菩薩に深々と頭を下げて感謝の意を伝えた。

     
「…だが、ナンシーが堕天を選択したのは、わらわに責任があるのだ。プリティ、日如」


「…いいえ。菩薩様の選択の経緯には葛藤があった末の事だと思います…。そこのシドという元悪魔も悪魔らしからぬ行為ですが、純粋にナンシーを護ってくれただけ…。その経緯があったとしても、菩薩様と同様に私もシドを殺し、ナンシーを天使に戻すため、煉獄にて天戒壇(テンカイダン)に幽閉する措置を取ったでしょう…。菩薩様の信念の強さはお仕えしていた私はよく存じております。それを捩じ曲げてでもナンシーを護ろうとしてくださった事、海よりも深く感謝いたします」


   深々と菩薩に頭を下げたプリティは、ツカツカとシドに歩み寄り、斜め45度くらい下から覗き込むように頭を傾けて、鋭い眼光で見据える。
その威圧的な眼光に只者ではないと感じたシドだったが一切怯むことは無く、輩みたいな姉ちゃんだなと思った。


「…ファッキンダムの末弟は腑抜けの役立たずと聞いていたが、噂とは随分違うようだ…。貴様のその眼は腑抜けではないな…。女の為に地位を捨てるか…。経緯はともあれ、礼を言うよ」


「俺がアンタの立場だったら、やっぱり俺を殺したくなっただろうし…。アンタも菩薩ちゃんも間違ってはいないさ」


「菩薩…ちゃん?!」


   敬愛する菩薩に対して “ちゃん” 付けしたことで、この無礼者がとプリティが苛立ちを見せた。同時に、ルシファーとベルゼブブも同様にシドへと視線を向ける…。
   その空気を察したミカエルは、シドを庇うつもりなど断じて無いが面倒事を回避するべく、苛立った様子で長い金髪をかき混ぜながらタメ息混じりに言葉を発した。


「何の取り決めも無しに盃など交わすから、こういう事になるのだ…。私は反対したのだぞ。シドと菩薩の盃は」


   ミカエルの発した言葉に、ルシファー達はピクリと反応して、シドに視線を送る…。
瀕死のロットンでさえも反応を示した。


   ああ…何度目だ…。この冷やかというか威圧するような視線は…。“ お前如きが ”  と言う思念をヒシヒシと感じる。
この地獄に於いての絶対者2人を敵に回す気はないのだが。
   最強だと思っていた兄のライドンがベルゼブブに手も足も出なかったと聞いたとき、背筋が凍ったのは未だに憶えている…。そういうヤベェのと極力関わらずに自由気儘に暮らしながら、適当に女とイチャつく人生がお望みだったのに。
   
    俺が盃を強請ったわけじゃないのに。面倒なことを受け入れてしまったかと少しばかり鬱積した気持ちになった。
この先、菩薩の関係者に会うたびにこの視線を注がれるのか。
   先の戦いで圧倒的な力の差を見せつけられ、とても敵わないとは思っているし、凄い神だともシドは思っている。


    敬称をつけるという事はシドは生まれてこのかたしたことがない。シドは幼少の頃から腑抜けの役立たずというレッテルを貼られ親からも諦められた存在の為、教養などというものは欠片もないのだ。
フレンドリーな相手には全てタメ口。呼び捨てだ。
    端から見れば礼儀知らず、角度を変えれば肝が座っているようにも見える。
何事にも動じないという部分に於いては肝が据わっているということになるかも知れないのだが…。


「取り決め無しの…盃って、菩薩様と…五分ってこと」


「そうではない、プリティ。シドと盃を交わしたのは、わらわ個人的なモノ…。いわばナンシーの為だ」


   半ば呆れた様子のベルゼブブは、自分が口を出すことではないが、もう少し立場と言うものを考えろと呆れた様子で口を開く。


「菩薩は相変わらず自由だな。こういうところを止めるのはハイタム、ロータム…お前等の役目ではないのか?」


「私等は止めたよ!」


「…止めたけど…ねぇ」


    互いにバツが悪そうに顔を見合わせたハイタムとロータムは、不貞腐れた様子で菩薩に視線を向ける。


「もう、良いではないか。わらわが決めたことなのだ。ハイタムもロータムもそんなに不貞腐れんでくれ」


   母のプリティと父の日如でさえ、溺愛にも程があるだろうと感じた。たとえナンシーの為だとは言え、天界でも一大勢力を担う菩薩との盃が意味することの重さ…。
   役立たずの腑抜けと言われたファキンダム家の末弟。経緯はともかく死神になった者と、菩薩とでは不釣り合いという事は誰もが思うことだ。裏を返せばシドは菩薩が認めた、菩薩に見込まれた存在という風に映る。


   相変わらず自由なヤツだと高笑いするベルゼブブ。それに追随するように含み笑いをしたルシファーは「そうだね」と返した。少し顔を赤らめて不貞腐れる菩薩。久しく顔を合わせた面々の懐かしいやり取りにプリティは少し目を細めて笑みを浮かべていた。



「…菩薩様の選択に間違いは無かろうて…。そもそもの元凶は…彼奴か…」


   そう呟いたプリティは、鋭い眼光で弱々しく横たわるロットンを見据え、鞘に左手を添えて親指でチキリと束を押し出す。


「…我、悪辣を断罪せしめん」


「…おい…プリティ」


「黄泉魂絶!!」


   解き放たれた剣撃がロットンに向かって驚異的な速度で迸る…。


「避けい!!死ぬぞ!!」


   菩薩の声に驚いたロットンは迫り来る斬撃を既の所で躱した…。突き抜けた斬撃は大地を斬り裂き、彼方に見える大木を真っ二つにした。
     黄泉魂絶は物理的破壊も然ることながら、文字通り魂の断絶を主とする剣撃…。対生物に対して必中の一撃で、如何なる再生能力を持ち合わせる生命体でも魂を両断される為、喰らえば必ず絶命に至る。
ある程度の“溜め”が必要で、初手あるいは不意打ちの一撃になる為、戦闘に於いて二発目が放たれる事はない。


「…外道めが…。即死の一撃を躱したか…。ならば命の灯火、消え果てるまで細切れにしてやろう…」


    プリティの攻撃に続くように日如も鞘に手をかける。周囲の空気が張り詰め、抜刀の気配を察知した菩薩達は慌てて2人を止めに入った。
   ロットンが地獄に留まれば堕悪絶縁、死神送りが確定、天界では怨獄送り、拷問刑777年、魂滅却が確定していることを伝えてなんとか落ち着かせる。


「主ら気性の荒さは相変わらずだの…。過去にハイタム、ロータムと殺し合いになったしのう」


「…あの時は本当に死ぬところでした…。皆殺しの異名は伊達ではなかったですね。人を見た目で判断してはいけないと思い知らされました」


「お前も充分強かったよ。日本刀なんかで真っ二つにされたのは後にも先にもお前だけだ。全斬りの異名は伊達じゃないと思うよ」



(…全斬りって何だよ…。お前の母ちゃん…ヤバいのか?)


(…私も全斬りなんて異名知らないもん。憶えてるのは優しかったところだけだよ…)


    日如を宥めているハイタムは、ヒソヒソと話すシドとナンシーに振り返って口を開く。


「いつか話すよ…。プリティと日如(ヒゴト)は死んだと思ってたから、敢えて言わないようにしてたんだ。ナンシーの知らないコイツ等の事、沢山あるよ」


「殺し合いになったのは私達が、菩薩様の宮に殴り込みに行った時だよ。また話すね」


  ハイタム、ロータムの口振りに自分への配慮と優しさを感じた…。父と母は、ハイタムとロータムよりも前に菩薩に仕えていた事、皆殺しの異名を持つ2人と殺し合いになり、負けたものの、”全斬り“という異名を持つほどの戦闘力が存ること…。
   朧気ながら記憶に在る、いつも笑顔で優しく温かな父と母の違う側面が知れてナンシーは嬉しかった。
    また話が聞ける事を、また会える時を待ち望むようにナンシーは眼に溜めた涙を人差し指で拭い、はにかんで「うん」と頷いた。


   プリティの一撃を危なげに躱したロットンに視線を向けた菩薩は、何か言い残すことはあるかと尋ねた…。弱々しく身体を起こしたロットンは、自分に向けられる蔑むような視線に対して未だ噛みつくような眼で菩薩達を見渡す。


「あぁ?何だよ、この死に損ないのクズが!私がこの手で細切れにしてやろうか」


「止めるのだプリティ…。此奴の処遇は決まっておると言うたであろう…。道を外れた此奴の所業は許されるものではないが、外道になり下がる迄に経緯があったのは、此奴の眼を見れば明らかだ」


「…神は…何でもお見通し…って奴か…。憐れみなど…掛けられたくもないぜ…。さっさと怨獄にでも何でも…送りやがれ」


「憐れみではない…。弟のシドとは今生の別れとなろう…。もはや生きてシドと会うことは罷り通らぬからな…。そもそも己の私利私欲の為に抹殺しようとした弟になど今更何も言うことは無いか…」


   その場に居る皆が蔑むようなような目で見据える最中…。ロットンは1度俯いて舌打ちをした後、シドに視線を送った。


「死神なんぞに…成り下がりやかって。お前は…本当に愚か者だ」


   「俺の生き方だ。愚か者と言われようと、好きにやるさ」


    誰が見てもクズ中のクズ。外道の中の外道。同胞の悪魔でさえ引くほどの非道な所業を繰り返し、己の保身と野心の果てに戦争までも引き起こした。
   そんな外道でもシドにとっては兄…。兄弟にしかわからない複雑な想いは在るだろう。そんな空気を察した菩薩を始めとする面々は黙してシドを見据えていた。


「相変わらずの…腑抜け野郎だ…テメェを殺せなかったのが残念だぜ」


「…タイミングが違えば俺がお前を殺してたかもな…。けどな」


「…何だよ」


「何でだ…何でお前はそんな風になった…。強い悪魔になる…ライドンみたいな、すげぇ悪魔になるって言ってたのによ…」


「…うるせぇよ。テメェに…関係ねぇだろ…。」



   ロットンは苦虫を噛み潰したような表情で、酷く悔しい思いで俯いて言葉を無くした…。
   ライドンの様になりたかった…。努力はしたし、鍛練も積み重ねた…。どんなに頑張っても兄のライドンには遠く及ばず、強くはなれなかった…。
両親にはライドンと比較され、卑下され続けた…。そしていつしか鍛練を止め、才の無い自分を呪い、弱者を蹂躙する事で自分を保った…。
   強者に諂(へつら)い、組織力を高める事で強者の仲間入りを果たし、その結果両親にも認められた…。それでも己の弱さを払拭するように弱者を蹂躙する快楽から抜け出せなかった。
空虚と渇望に苛まれ、暴力と蹂躙を繰り返した…。
   己を強者と錯覚し、傲り、昂り、身の丈に合わぬ野心を燃やし続けた結果が今の現状だ。まさに因果応報、自業自得とはこの事だ…。
   俺だってライドンのようになりたかったんだ!なれなかったんだよ!
    そんな言葉をプライドが邪魔して吐くことも出来ないロットンは、眼に溜まりそうな水分を悟られないように俯いたまま、現状を悔やむように小さく“クソッ”と呟いた…。


「…ベルゼブブ」


「何だ」


「世話になった…。迷惑もかけた」


「ああ…。迷惑なことはライドンが被ったから、けじめはついた…。戦争も終わる」


「頼みがある…。俺の壊力玉をシドにくれてやってくれ」


「?!…ああ、いいだろう」


    先刻、ベルゼブブがロットンから吸収して球体となった壊力玉…。壊力玉とは奪い去った壊力を球体にした物で、それを自分に還元すれば壊力は当然ながら上がる。
   奪壊術と呼ばれるこの業は、無闇に使うことは禁じられている上、使える術者も一握りの上位悪魔、堕天使に限られ、地獄界に於いての実力者、裁く権限のある者のみが使用できる。
   奪壊術の究極に中る術が、先刻ロットンが使用した禁術グラウンド・コアになる。

    ベルゼブブに投げて寄越された壊力玉を複雑な表情でシドは受け取った…。
   ロットンがなぜ自分に壊力玉を託したのかは分かっていたが、敢えてそれを訊かずにシドはそれを身体に押し入れた。
取り込んだ壊力玉が身体に吸収されると、瞬時に力が漲り、格段に壊力が上がったのを実感した。


  シドの壊力は推定で8億7000万程に上がったが、それでもナンシーには及ばないのを菩薩は少し残念に思った。
   2人で決めて死神になり、この地獄に留まる事を自分が認めた…。シドに対しての不信感や怒りは無くなったが、ナンシーを護れるよう鍛練に励めと強く願った。


    今生の別れ…。散々卑下してきた弟に、今更ながらロットンはこれで最期だと悟った様子で力強く言葉を紡いだ。


「…強くなれ、シド…。この地獄では…力こそが…全てだ…。もう力を抑える必要も…無くなるだろう」


「…お前」


「…全部、知っていた。解っていた。お前には才が在る。俺には才が無かった…。俺はな…お前の力に嫉妬してたんだ…。悔しくて悔しくて仕方がなかった…。弱い振りをするお前が…俺に気遣って手を抜くお前が…許せなかった…」


「………」


「…それが、何時しか…憎しみに変わっていった…。あんなにお前を可愛がってたのにな…。感情ってのは不思議なもんだ。弱者を捩じ伏せる快感と快楽を覚えたら、もう後戻りは出来なくなった…。自分でも吐き気がする程クズだと思うぜ…。今でもお前の事は嫌いだし、死ねばいいと…思ってるんだ…。笑えるだろう?…」


   その言葉を聞いたシドは俯いて拳を握りしめ、少しばかり声を震わせた…。


「…ちっとも…笑えねぇよ…。…クソ野郎が…」


   しばらくの沈黙の後、シドは顔を上げてチラリと菩薩に視線を送った…。


「もう良いのか…シド」


「…ああ」

  
「もはや悔い改めても道は開けぬが、せめてもの情けだ。痛覚は元に戻してやる故」


「…礼など、言わねぇ…ぞ」


「…此方とて願い下げだ」


   菩薩が手を掲げると、ロットンに侵食していた神気が光の粒子となって 集まり掌へと吸い込まれて行った。
同時に先刻まで全身を巡っていた神経の尖るような不快感と、壮絶な痛みが消え去るのをロットンは感じた。


「先刻の空中とは違い、ここならば奈落に落とさずとも、門を召喚すればよい」


   菩薩に促されたシドが印を結ぶと、ゴゴゴゴと音を立てながら地中から巨大な怨獄の門が召喚された。
燻んだ灰色で、四隅には重苦しい鉄の輪が在り、そこから斜めに鎖がかかっていて、中央部には ”怨獄“ という文字が大きく彫られている。
   6・66mの高さで創られた禍々しい其れは、通常ならば「開門」の合図で開く…。
しかし、先ほど掴み損ねた亡者達の悔しさからか、召喚されたと同時に勢いよく門が開き、幾つもの青白い手がロットンの身体を掴みにかかった。
   門の奥からは、悲痛な叫び声、呻き声、哭き声が響き渡り、其れが如何ほどの怨みなのかを知るのには充分過ぎるほどだった…。亡者の手に掴まれて引き摺り込まれるロットンは、堪え難い恐怖を悟られないように必死で高笑いしていた。


   其れが外道なりの残された小さなプライド、精一杯の強がりなのは火を見るより明かだった…。


   門が閉まると同時に、ロットンの悶絶する叫び声が静寂の地獄に響き渡る。
聞くに堪えないほどの絶叫…。
生きとし生ける者が、生命の危機に瀕するほどの痛みや苦しみだと容易に理解できた…。


   1度ゆっくりと瞼を閉じたシドは怨獄の門を消し去った…。


「…アイツは…怨獄で、どうなるんだ」


「…生きたまま亡者にその身を喰われるのだ…。一度目の絶命で霊体となり、その霊体も貪られ、魂だけとなった身体は復元する。そして再び身体を貪られる…。其れを幾度となく繰り返し、亡者の怨みが晴れる迄、延々と生きたまま身体を貪られるのだ…。想像を絶する痛みであろう。それが因果応報というものだ。逃げ得など絶対に有り得ぬ。罪を犯せば何らかの形で必ず罰は下る。執行する者によって鉄槌を下すのだ」


「充分過ぎるほど、よく分かったよ…。俺の初仕事にロットンは適任だった。事に依っては非情にならなければならない事もあるってことか…」


「これが死神の役目だ。罪人を奈落へと送る…。其れが肉親であろうと、どんなに親しい者であろうとだ…。ナンシーの為だとは言え、主が軽々しい気持ちで死神へとクラスチェンジしたとは思うてはおらぬが…」


「その場の雰囲気でクラスチェンジを決めたわけじゃない。中途半端な気持ちでならアンタの盃は受けなかったし、そもそもそんな奴なら…当に俺は殺されてるだろ」


「確かにそうだの…。今更、訊くまでもないであろうが、ナンシーも本当に良いのだな」


   天罰部隊を率いていた経歴があるナンシーには訊くまでもないというところだ。念を押すように訊くのは、やはり天界に戻って欲しいという菩薩の気持ちの表れなのだと理解できた。
   菩薩に対しては海よりも深い感謝の気持ちがある。200余年もの間、一緒に暮らした。
両親は生きていたが、自分にとって菩薩は、母親に等しい存在…もしくはそれ以上だという想いは変わってない。
    離れたくなかった…。離れてしまう日が来るなんて考えたこともなかった。
   向こう見ずな考えで地獄へ攻め入ったことが発端で、自業自得と言ってしまえばそれまでなのだが、少しでも犠牲者を減らしたい、一刻も早く戦争を終わらせたいという一心だった。

   瀕死の状態の自分を看護し、
命を賭して護ってくれたシド。
天獄に拘束され、極刑を待つばかりのシドを見殺しになど出来なかった…。
   偽りだらけの天界の見解に堪えられなかった。だからシドを逃がす為に命を賭して堕天した。
   その堕天による衝撃からもシドは身を挺して護ってくれた。
シドと生きていく、添い遂げると決心した気持ちに変わりはない…。そして菩薩に会える環境の方がいいと提案され、シドと悪魔の階級を捨てて死神にクラスチェンジすることになった。
   これまでの様々な想いが込み上げ、自然と涙が溢れる…。
止めどなく溢れる涙を拭ったナンシーはコクンと頷いた。


   相わかったと寂しげな表情を浮かべる菩薩の気持ちを察したミカエル達は何も言うことが出来ず、ただ黙って佇んでいた…。
そんな空気を察してか、そうでないのかは不明だがベルゼブブが声をかける。


「ちょっといいか。菩薩」


「なんだ。ベルゼブブ」


「ロットンの事が片付いたら教えてくれと言われていてな…。ここに来たい者が居るのだ」


「わらわに関係があるのか?」


「いや…直接は関係ないのだが、間接的に…な」


   少し含み笑いをするような素振りを見せたベルゼブブを見て、怪訝な表情で誰が来るのかを尋ねた。


「…ライドン・ファッキンダム…。シドの長兄だ」


   その名前を聞いた菩薩達は少し穏やかではない表情を浮かべた。



               ー同時刻ー
   白猫さんから書状を受け取った阿弥陀如来は、手渡された伝票に記されている着払い運賃のバカみたいな高さに悶絶していた…。




…続く。


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