女神の白刃

玉椿 沢

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第3章「星を追った。ツキはなかった。花は咲いた」

第33話「猫をかん袋に押し込んで」

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 領主が呆気あっけに捕らわれたのは精々、数秒の間だけだった。傭兵などと得体の知れない者を探しているのだから、自分の前に刺客が現れるのは想定している。

 剣士であれば、それもノーマルではなくHレアやSレアの精剣せいけんを持っているならば驚異であるが、そうでないならば怖れる事もない。

 そもそも単独の傭兵しか認めていないのは、剣士は単独で行動しない事が前提となるためだ。

 セーウン――ヴィーは剣士・・ではない。

「ふん、斬り捨てぃ!」

 想定していると指示を飛ばす領主であったが、動いた衛兵は少数派だった。

 ヴィーの手にあるのは、剣士から見れば骨董品の類いだ。流白銀りゅうはくぎんは鋼より重いため、薄く鍛造する事ができれば断つ力は斧に、突く力は槍に比肩するものになるのだが、それらは所詮、兵器にはなり得ない。

「そんな装飾に、何の利点がある。実用と鑑賞用を勘違いするなよ」

 頭上の剣士からも嘲笑が浴びせかけられるが、それで止まらないのは兄弟弟子のファンと同様だ。

 衛兵の笑い声を凍り付つかせる衝撃が、ヴィーからもたらされた。

 その切れ味もファンと同じ。

「卑怯な!」

 コマ落としにしか見えない攻撃に対し、思わず衛兵の口から出た言葉は、そんな陳腐なものだった。

 この時、ヴィーがファンと違った事は、何事もいい返さず、次の衛兵に斬りかかっていった事か。

 それでも二人目を切ったところで、三人目にははばまれた。

「調子に乗るな!」

 槍の柄でヴィーの剣を受け止めた衛兵は、体格差にものをいわせて押さえつけようとしたが、それは大きな失敗だ。


 ヴィーは織り込み済み。


 細く見えるヴィーだが、ファンと同じく軽業やダンスを得意とするのだから体幹は非凡である。それこそ力自慢の衛兵と比べても遜色ない。寧ろ専門的な訓練を受けていない衛兵と比べれば、身体の使い方を知っている分、押さえ込めるのはヴィーの側だ。

「さぁ!」

 逆に押さえ込んだヴィーは、背後の村人へと声をかけた。

「!?」

 目を剥く衛兵は、村人こそ武器を持っていても何もできないと思っていたはずだ。

 だがヴィーの左右から現れた村人は、衛兵の脇へ刃を突き立てた。

 また衛兵が卑怯だと言おうとしたのだが、それをヴィーが遮る。

「刃物なんて持たせて100人も集めたら、叛乱はんらんされても文句いえないでしょう?」

 訓練されていない村人だからというのならば、その100人をヴィーに斬れと命じる事自体、不条理だ。

 全員という訳ではないが、ファンとヴィーが策を授けた者がいる。

 ――確かに1対1なら勝てない。3対3でも無理でしょうね。でも、自分やファンが押さえつけて3対1にしたなら、何とかなります。

 今、ヴィーに助力した村人には、そういった。

「剣士!」

 領主が命じる。領主と近衛兵は広間を見下ろせる場所にいる。頭上から精剣のスキルを降らせれば、剣や槍しか持っていないヴィーや村人に反撃の手段はないというのだが――、

「放てるんですか? 味方も巻き込みますけど!」

 ヴィーの大立ち回りは、衛兵に乱戦を挑むためだ。

 こんな状態で精剣のスキルを振りまけば、衛兵は確実に巻き込まれる。

 それでもいいなら放てというのは、8割9割がハッタリだ。

 ――まぁ、放ちますよね。

 領主が剣士に命じないはずがない。

 領主にとって重要なのは自分だけだ。

 衛兵が何人、死のうと、剣士が躊躇ちゅうちょしようとも、そんな事は考慮するに値しない。

「何をしているか!」

 呆けるなと怒鳴る領主であるが、その声を発するまでにも間があり、また怒声を発した後にも間があった。

 その時間を稼ぐ事がヴィーにとっては重要だった。

 悪態を吐く事も、無茶な乱戦を挑む事も、この一瞬に過ぎない間を稼ぐ事が目的である。


 広間の門を開ける間だ。


 そこを開ければ――。
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