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第4章「母であり、姉であり、相棒であり……」
第52話「勢いよくも掛けたり」
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人間がどう転んでも動物に勝てない点が感覚だ。馬は生まれてすぐに起き上がり、魚はすぐに泳ぎ始めるが、人の赤ん坊は精々、泣くしかできない。長じて後も、人間は剣や槍を持っていなければ大抵の動物に敗れる。
素手で勝てるとなれば、タヌキが精々というのが人間だから、それに対抗する手段を興りとする剣技。それを突き詰めたものが御流儀である。
「ッッッ」
獣に対抗する手段を、曲がり形にも身に着けたインフゥが獣の感覚を得たならば、その動きはファンに勝るものを発揮できる。
「ギィッ!?」
オークを歯軋りさせるインフゥの回避が、地面を蹴るという犬のような動きであれば、二の矢になる火球や、三の矢になる刃を命中させられたはずだ。簡単ではないにしろ、難しくもない。着地の瞬間だけは、どれだけ短時間で、刹那の瞬間としかいえなくとも、静止するのだから。
しかしインフゥは犬ではなく、ファンが教えた事を確実に熟していく。
静止がない。
ならば、そんなインフゥを狙うのは、闇雲に放っているも同然であろう。
その上、ファンが教えきれなかった前進しながらの回避が、今のインフゥにはできた。
ただし――。
「貫け!」
バウンティドッグを突き出すインフゥだが、ただ一点、その突きだけは画竜点睛を欠く。
犬の狩りは急所を狙うが故、それに従った突きは喉元だが、刀剣の類いが刃物として殺傷力を持つのは、脳天から股下まで。
オークの喉へ突き立てるには、跳躍が必要だった。
それは静止を意味する。
「ここ……だ」
オークも獣の感性を持っていた。
最早、精剣のスキルを使うよりも刃を振るった方が速い間合いだ。
それでもインフゥの切っ先が速いのだが――、
「何で!?」
僅か掌程度の深さまで突き刺せば斃せるというのに、インフゥの切っ先はオークの喉に刺さらなかった。
インフゥの頭上から、オークの右手が振り下ろされる。
驚愕は容易にインフゥから判断力を奪い、完全に動きを停止させてしまうのだから、頭上から降りかかるのは死のみ。
「突きは、高い位置から突き降ろせと教えただろう!」
だが精剣スキルが放たれないならば、ファンが割り込めた。オークとインフゥの間に身体を滑り込ませると、非時の柄尻でオークの精剣の樋――腹を一撃する事で切っ先を躱させた。
「おおッ!?」
割り込んできたファンに対し、オークが懐いた感想は小賢しい以外にない。
右の精剣が払われようとも、左の精剣で横薙ぎにしようとするのだが、それこそファンが速い。右の精剣に一撃を加えた勢いをそのままに、非時を左腕へと振るえば、切断こそできないが、左の攻撃も防げる。
贅沢をいうならば、受けよりも攻めに転じたかったのだが、ここはインフゥを間合いの外へ逃がす事が先決だ。
左右の精剣を躱し、最後に飛来するライジングムーンを避けてインフゥと共に間合いから脱出する。
インフゥと共に肩を並べて仕切り直しながら、ファンがいう。
「まさか、ホッホが精剣を宿してたとは思わなかった」
剣士である事は直感していたし、精剣を宿している者が近くにいるのも感じ取っていたのだが、それがホッホであるとは思っていなかった。
「意外、ですか?」
バウンティドッグを地面と水平に構えるインフゥは、目すらファンへ向ける余裕がない。精剣を抜き、スキルを使うのも初めての経験なのだろう。特にフィードバックされたホッホの感覚は、容易に混乱を来してしまう。ファンが教えた事を実行できているのは、偏にホッホとインフゥの信頼関係によるものだ。
「いいや」
二人の信頼関係を、ファンも理解していた。
「俺も覚えがある」
ホッホが宿した精剣ならば、インフゥが自在に操れるのは当然、と。
「優しい姉、強い母親、頼りになる相棒――」
ファンにとっての非時と同じだ。格は共にノーマルとレア。高いとはいえないが、二人の価値観では最高に違いない。
「忘れるな。刃は上を向けろ! 突くなら高い位置から低い位置へ突け!」
急所を狙い、一撃で仕留めるのが犬の狩りだが、その感覚に引き摺られるなと釘を刺すファン。
オークの攻撃が再開されてしまうため、どこを狙えと詳しくは指示できなかったが、通じると信じる。ホッホには譲るとしても、ファンとインフゥは――ファンは公式には認める事ができないが――師弟という信頼関係があるのだ。
「挟み撃ちにする!」
「はい!」
オークから伸びてくる吹雪を、ファンとインフゥは左右に分かれて避ける。
その動きが、続くシューティングスターの火球で狙えるのはどちらかしかいないという事を示すのだが、オークは火球を自分の周囲に旋回させるという手に出させた。
周囲に荒れ狂っていた火球が集まれば、その煤と温度はオーク自身も苦しめる事になるが、その苦しみと引き換えにしても、この小賢しい二人を仕留める事をオークは望んだ。
この時、様子を見るという選択肢が、ファンとインフゥにはあった。火球を自分の周りに旋回させるなど自殺行為ともいえるのだから当然というもの。
大抵の剣士がそうしただろう。所詮は馬鹿なオークだと嗤いながら。王になったつもりでも、一握の領地なく、一人の領民もいない、人に飼われた家畜に過ぎないオークの無様さに対し。
ファンとインフゥも、刃物としか使えない精剣であるから、静観する事が利口な選択肢であったのは間違いない。
だが二人はその火球の間隙を突き、刃を突き入れた。
剣士――精剣を振るう者という意味ではない――の矜恃だ。
筋肉の付きづらい下腹部へ、非時とバウンティドッグを互いの刃で十字を描くように突き入れる。
「――」
悲鳴があがり、そして断末魔をあげさせたのは、二人を背から狙うはずだったライジングムーンだった。インフゥが狙った喉笛に命中したのは、オークが取り損ねたからという理由だけではあるまい。
素手で勝てるとなれば、タヌキが精々というのが人間だから、それに対抗する手段を興りとする剣技。それを突き詰めたものが御流儀である。
「ッッッ」
獣に対抗する手段を、曲がり形にも身に着けたインフゥが獣の感覚を得たならば、その動きはファンに勝るものを発揮できる。
「ギィッ!?」
オークを歯軋りさせるインフゥの回避が、地面を蹴るという犬のような動きであれば、二の矢になる火球や、三の矢になる刃を命中させられたはずだ。簡単ではないにしろ、難しくもない。着地の瞬間だけは、どれだけ短時間で、刹那の瞬間としかいえなくとも、静止するのだから。
しかしインフゥは犬ではなく、ファンが教えた事を確実に熟していく。
静止がない。
ならば、そんなインフゥを狙うのは、闇雲に放っているも同然であろう。
その上、ファンが教えきれなかった前進しながらの回避が、今のインフゥにはできた。
ただし――。
「貫け!」
バウンティドッグを突き出すインフゥだが、ただ一点、その突きだけは画竜点睛を欠く。
犬の狩りは急所を狙うが故、それに従った突きは喉元だが、刀剣の類いが刃物として殺傷力を持つのは、脳天から股下まで。
オークの喉へ突き立てるには、跳躍が必要だった。
それは静止を意味する。
「ここ……だ」
オークも獣の感性を持っていた。
最早、精剣のスキルを使うよりも刃を振るった方が速い間合いだ。
それでもインフゥの切っ先が速いのだが――、
「何で!?」
僅か掌程度の深さまで突き刺せば斃せるというのに、インフゥの切っ先はオークの喉に刺さらなかった。
インフゥの頭上から、オークの右手が振り下ろされる。
驚愕は容易にインフゥから判断力を奪い、完全に動きを停止させてしまうのだから、頭上から降りかかるのは死のみ。
「突きは、高い位置から突き降ろせと教えただろう!」
だが精剣スキルが放たれないならば、ファンが割り込めた。オークとインフゥの間に身体を滑り込ませると、非時の柄尻でオークの精剣の樋――腹を一撃する事で切っ先を躱させた。
「おおッ!?」
割り込んできたファンに対し、オークが懐いた感想は小賢しい以外にない。
右の精剣が払われようとも、左の精剣で横薙ぎにしようとするのだが、それこそファンが速い。右の精剣に一撃を加えた勢いをそのままに、非時を左腕へと振るえば、切断こそできないが、左の攻撃も防げる。
贅沢をいうならば、受けよりも攻めに転じたかったのだが、ここはインフゥを間合いの外へ逃がす事が先決だ。
左右の精剣を躱し、最後に飛来するライジングムーンを避けてインフゥと共に間合いから脱出する。
インフゥと共に肩を並べて仕切り直しながら、ファンがいう。
「まさか、ホッホが精剣を宿してたとは思わなかった」
剣士である事は直感していたし、精剣を宿している者が近くにいるのも感じ取っていたのだが、それがホッホであるとは思っていなかった。
「意外、ですか?」
バウンティドッグを地面と水平に構えるインフゥは、目すらファンへ向ける余裕がない。精剣を抜き、スキルを使うのも初めての経験なのだろう。特にフィードバックされたホッホの感覚は、容易に混乱を来してしまう。ファンが教えた事を実行できているのは、偏にホッホとインフゥの信頼関係によるものだ。
「いいや」
二人の信頼関係を、ファンも理解していた。
「俺も覚えがある」
ホッホが宿した精剣ならば、インフゥが自在に操れるのは当然、と。
「優しい姉、強い母親、頼りになる相棒――」
ファンにとっての非時と同じだ。格は共にノーマルとレア。高いとはいえないが、二人の価値観では最高に違いない。
「忘れるな。刃は上を向けろ! 突くなら高い位置から低い位置へ突け!」
急所を狙い、一撃で仕留めるのが犬の狩りだが、その感覚に引き摺られるなと釘を刺すファン。
オークの攻撃が再開されてしまうため、どこを狙えと詳しくは指示できなかったが、通じると信じる。ホッホには譲るとしても、ファンとインフゥは――ファンは公式には認める事ができないが――師弟という信頼関係があるのだ。
「挟み撃ちにする!」
「はい!」
オークから伸びてくる吹雪を、ファンとインフゥは左右に分かれて避ける。
その動きが、続くシューティングスターの火球で狙えるのはどちらかしかいないという事を示すのだが、オークは火球を自分の周囲に旋回させるという手に出させた。
周囲に荒れ狂っていた火球が集まれば、その煤と温度はオーク自身も苦しめる事になるが、その苦しみと引き換えにしても、この小賢しい二人を仕留める事をオークは望んだ。
この時、様子を見るという選択肢が、ファンとインフゥにはあった。火球を自分の周りに旋回させるなど自殺行為ともいえるのだから当然というもの。
大抵の剣士がそうしただろう。所詮は馬鹿なオークだと嗤いながら。王になったつもりでも、一握の領地なく、一人の領民もいない、人に飼われた家畜に過ぎないオークの無様さに対し。
ファンとインフゥも、刃物としか使えない精剣であるから、静観する事が利口な選択肢であったのは間違いない。
だが二人はその火球の間隙を突き、刃を突き入れた。
剣士――精剣を振るう者という意味ではない――の矜恃だ。
筋肉の付きづらい下腹部へ、非時とバウンティドッグを互いの刃で十字を描くように突き入れる。
「――」
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