女神の白刃

玉椿 沢

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第5章「大公家秘記」

第54話「ハンプティ・ダンプティが塀に座った」

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 この国に長い戦乱をもたらした原因が何かは、よくわかっていない。歴史研究ができる程の余裕がないからだ。

 故に一つや二つの原因に絞る事は不可能であるが、春先に凍死者が出る程の寒冷期に入った事がまず一つある。

 寒冷による不作で農民が逃散して夜盗に身をやつす、また飢えを回避するために・・・・・・・・・・戦争が起き、結果として戦争を原因として飢饉が起きる・・・・・・・・・・・・・・という悪循環が起きた。


 そんな戦乱を収めた東の大帝が出た地を、シュティレンヒューゲルという。


 何が要因しているのか分からないが、この土地が優れていたのは確かだ。南の湾に流れ込む暖流、温泉が多い土地柄が比較的、凶作に強かったのかも知れない。

 そんな場所であるから、今、太守となっているのは三世大帝の弟――大公だ。

 ふんと短く鼻を鳴らして庭を見つめる大公は、すらりとした長身で、それ故に傍らで膝を着いているヴィーの姿が余計に小さく見えた。

「昨今――」

 顔を上げず、しかし明瞭に届く程の声でヴィーがいう。

「主家を失った騎士たちがあふれかえり、毎日のように売り込みに参っております」

「ほう」

 大公は初耳だとでもいうような顔をした。世情を知らぬはずはないが、大公という身分でも迂闊うかつな発言はできない。

 国内ががりなりにも統一されて以降、武断主義から文事主義へと転換を図る必要がある事から、懲戒廃絶、または減俸された貴族は数多い。

 主立っただけでも17家、それにより録を失った騎士は20万を超えている。

 しかもこの20万、ただの20万ではない。


 国内戦争を戦い、生き残った精鋭・・が20万だ。


 精剣せいけんを持つ剣士ならば再仕官も容易であろう、という思いが、精剣の奪い合いを激化させている。

「……」

 とはいっても、それらの問題に言及する事は、下手をすれば大帝家への叛逆はんぎゃくと取られかねない。大リストラ・・・・・が原因にあるなど、大帝の弟とはいえ、口に出来ない言葉だ。

 しかし悩み所であるのは当然の事だ。

 権威は西に、権力は東に、などという歪な支配体制は、当然のように地方の豪族に野心をいだかせる。大帝と名乗っていても、3代前に遡れば、このシュティレンヒューゲルの地方豪族に過ぎなかったのだから。

 取り潰された貴族、禄を失った騎士が精剣を求めている今、地方の野心家と結びつけば、この国は容易く戦乱の時代へ逆戻りする。

 ヴィーはいう。

「それらを解決する策を、ひとつ」

 本来、戦費調達のために急造、売買された準男爵家の跡取り如きが、顔も合わせられない程、雲の上の存在といっていい大公と会っているのは、そのためだ。

「仕官を求める者があまりにも多く、面接もままならないのであれば、然るべき日に、武力を見極め、腕の確かなる者を召し抱えるとすればいかがかと」

上覧じょうらん試合……であるか」

 大公の口調は、然程さほど、変化しない。その程度の事は考えている。だが今更、武力を頼みにする時代ではない。

 ――武よりも文で治めなければ、この先がないではないか。

 大公はバカではない。精剣大戦中こそ頼りになったが、今となっては鬼子同然。さりとて取り上げる策も少ないがため頭を痛めている。

 そしてヴィーは、徹底的に言葉を選ばない。

「精剣を用います」

 一瞬、大公の目はヴィーへと向けられかけたが、怒鳴りつけるのは自制した。平民と対等に話せないのも、大公という身分故だ。

 しかし大公を驚かせたのは、今更、上覧試合のために剣士を集めるという矮小わいしょうな話のためではない。

 ――この者、とんでもない事をいいだしたな。

 大公の額に脂汗が浮かびそうになるのは、ヴィーが「然るべき日」とぼやかした表現をした日は、大帝位を3代目に譲り、今は隠居している二世大帝が崩御する日だと感じたから。

 そして精剣を持った剣士を集めた上覧試合とは、大公家が発起すると思わせる事だ。


 二世大帝の崩御に合わせ、大公家が三世大帝を廃して四世大帝になる――と世に喧伝けんでんしろといっている。


 地方の野心家は、まず間違いなく乗ってくるから、それを叩いてしまえばいい、と。

 無論、大公に叛意はんいなどない。

 叛意などないどころか、武から文への転換を願い、また兄の治世を支えたいと思っている。

 判断が速かったのは、それ故だろう。

「つまり、我が家を国家の礎にしろ、と?」

 思わず聞き返したが、それにヴィーが答えられるはずがない。

「私の知っている剣士が何名かおります。上覧試合の御触れを出していただければ……」

 代わりに出した言葉は、ファンを連れていくるという事。

「勝者には、望みのものを与える、と」

 ファンの顔を思いうかべたヴィーは、スッと目を細めた。

 ――ファンならば、遺跡の封印を頼むだろう。

 それは大公としても望むところだ。

 ――無事では済むまい。

 大公の額にぷつぷつと脂汗が浮かぶ。叛意ありと取られかねない行動に出るのだから、大公家といえども無傷では済まない。外様に対し、示しがつかないのだ。

 だが叛意のある者を一網打尽に出来る策は、魅力的ですらある。

「……」

 沈黙。

 だが大公と準男爵の間に交わされる言葉は最初からないのだから、沈黙とは同意を表す。

「では」

 大公の前を辞するヴィー。

 ――さて、ファン。出番だぞ。

 兄弟弟子の顔を、虚空へ向ける目に浮かべる。

 ――戦乱がうの昔に終わっている事を告げられる、最も適した人物だ。

 その意識へ向ける言葉。

 ――俺が一歩、先んじるぞ。
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