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第5章「大公家秘記」
第55話「雌牛が月を飛び越した」
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開けた野原でエルとコバックが昼食の用意をしているのを待ちながら、ファンはヴィーに首を傾げる。
「また、乱暴な事、思いついたッスね」
精剣を使った上覧試合と聞いて、ファンはあっさりとヴィーの目論見を見抜いた。
現在の国内が不安定である事も知っているし、もう一度、国中が戦火に包まれてしまう切っ掛けになるのが、地方の豪族が懐く叛意だとも感じている。
――上覧試合とは名目のみ。
何より兄弟弟子の思惑であるから、ファンにはよく分かってしまう。
――で、先帝崩御のタイミングで蜂起する兵士を募っている、と解釈できる……。
法規の隠語であると解釈し、上覧試合に家臣を参加させると手を上げた家は、大帝家に叛意ありと見るのが妥当である。
「大公殿下も、無事じゃ済まないッスよ?」
どうやって、そんな不遜な話を持っていったんだと顰めっ面を見せるファンであるが、ヴィーもそこはぼやかした。
「それは、まぁ……」
頭を掻くのは、どう逃げようかと思案しているからか。
しかし昼食をトレイに載せて現れたエルが、当たりを引いた。
「姉君ですか?」
姉――三世大帝と大公の姉を指す。
「はは……」
ヴィーが乾いた笑いを漏らすのだから正解だ。
「そう」
ごまかせないと悟ったのか、ヴィーは首肯するしかない。
それもファンにとっては分かる話だ。
「姉君ッスか……」
今の皇帝家と大帝家が権威と権力を二分して戦乱が治まったとされているが、正確にいうならば、この時代と戦乱の時代には、もう一つ、区切りがあった。
それは宰相の時代と呼称される。
皇帝家の宰相に上り詰めた男が、人臣摂政として政治を取り仕切っていた時代があった。
その二代目宰相の元へ、後の大帝家となる家の力を温存するために嫁いだのが、三世大帝と大公の姉だった。
その後、大帝家となった経緯は、一言では語れない。ただし最も大きな要因を挙げろといわれれば、一代の英雄であった初代宰相が早世した事だろうか。
宰相家を滅ぼした事が大帝家の勃興と、大帝と皇帝が両立する世へと繋がった。
兎にも角にも、三世大帝と大公の姉は、家存続のために宰相家へと嫁ぎ、その死と共に落城し、燃えさかる炎の中から救出されるという波乱に満ちた半生を送っている。
「一男一女があったと聞きますが……」
言葉を濁すエルに、ヴィーも「はい」と表情を曇らせた。
男児は、禍根を断つという名目で、処刑されている。
残された女児も、尼になる事で助命されているが、当然、神職が子を成す事は禁じられており、宰相家は断絶する。
だからこそ、とヴィーはいう。
「姉君は、ここまで塗炭の苦しみを味わったからこそ、この治世がもう一度、引っ繰り返る事など望んでいない。大帝陛下も大公殿下も、姉君想いである事は間違いないから」
とはいえ、始世大帝の孫、二世大帝の娘でありながらも、宰相の妻でもあった身では然したる力もなく、そこにヴィーのような準男爵家の者が接触する機会が生まれた。
それらを考えれば、ファンも疑りはしないが、
「姉君の頼みとあれば……ッスか……」
腕組みをして天を仰がされはした。
三世皇帝と大公が、姉に対し、また今の治世に対し、どう思っているか、どうしていきたいのかは分からない。
――そういえば、家を長男が継ぐようになった、最初の大帝が二世陛下だったッスね……。
恐らくではあるが、そこには大公の不満はない、とファンは見ている。大公と顔を合わせた事はないが、シュティレンヒューゲルという大帝家の本貫地を任されている事は、二世大帝と生母の信頼故だ。
「競う事すら許されずに三世大帝の風上に立った不満なんて、あるんスかね?」
そう思うのは、ファンの父も兄と爵位を争っていないからだ。ファンの父は始世大帝から見ればひ孫。望むならば、騎士爵ではなく、男爵位や子爵位でも就ける。それでも騎士爵に甘んじたのは、自身に流れる血が競う事は由としても争う事を由としないからだ。
「実際、大公殿下は大帝位に興味ないね」
現実に対面してきたヴィーである。
「姉君の安寧、また世の平和があるならば、それを敢えて崩そうと考える人ではない。実際に会ってきた自分だぞ」
「そこに乗ったんスね?」
ヴィーの言葉を遮るファンが顔を顰めているのは、いいやり方ではない、といいたいからだ。
「それは、まぁ……」
その通りであるから、ヴィーとて反論はない。
ただし――、
「極悪非道と誹られても当然だけどね。ただ、大公殿下が姉君と直接、会う事ができない」
自身の姉でも、大帝家の一員ではなく二代目宰相の妻であり、子を産んだ危険人物として扱われているのが現状なのだ。
――どんな思惑が働く相手であろうとも、使者となる者を不忠者とは呼べないだろ?
ヴィーが言外に告げる事も、ファンは分かる。
それでも気乗りしない顔しかできないファンであるが、それとは真逆に乗り気である声を出すエルがいる。
「姉君にはお目にかかれますか?」
「エル?」
ファンが驚いた顔をすると、エルは不思議そうな顔を作って見返し、
「私達の本業でしょう? せめてお慰めする事くらいできますよ」
世を憂うならば、その気分を明るくするのが芸人の仕事だ。
「あァ、あァ!」
何度も頷くファン。
本業は旅芸人、剣士は不本意な副業とは、ファン自身の言葉ではないか。
「団員が増えましたしね」
そして間の良い事に、ファンとエルの他にも芸人が加わっている。
正確にいえば駆け出しであるが――、
「インフゥ」
パンパンと手を叩いてファンに呼ばれたインフゥは、今、駆け出しの芸人だ。
「また、乱暴な事、思いついたッスね」
精剣を使った上覧試合と聞いて、ファンはあっさりとヴィーの目論見を見抜いた。
現在の国内が不安定である事も知っているし、もう一度、国中が戦火に包まれてしまう切っ掛けになるのが、地方の豪族が懐く叛意だとも感じている。
――上覧試合とは名目のみ。
何より兄弟弟子の思惑であるから、ファンにはよく分かってしまう。
――で、先帝崩御のタイミングで蜂起する兵士を募っている、と解釈できる……。
法規の隠語であると解釈し、上覧試合に家臣を参加させると手を上げた家は、大帝家に叛意ありと見るのが妥当である。
「大公殿下も、無事じゃ済まないッスよ?」
どうやって、そんな不遜な話を持っていったんだと顰めっ面を見せるファンであるが、ヴィーもそこはぼやかした。
「それは、まぁ……」
頭を掻くのは、どう逃げようかと思案しているからか。
しかし昼食をトレイに載せて現れたエルが、当たりを引いた。
「姉君ですか?」
姉――三世大帝と大公の姉を指す。
「はは……」
ヴィーが乾いた笑いを漏らすのだから正解だ。
「そう」
ごまかせないと悟ったのか、ヴィーは首肯するしかない。
それもファンにとっては分かる話だ。
「姉君ッスか……」
今の皇帝家と大帝家が権威と権力を二分して戦乱が治まったとされているが、正確にいうならば、この時代と戦乱の時代には、もう一つ、区切りがあった。
それは宰相の時代と呼称される。
皇帝家の宰相に上り詰めた男が、人臣摂政として政治を取り仕切っていた時代があった。
その二代目宰相の元へ、後の大帝家となる家の力を温存するために嫁いだのが、三世大帝と大公の姉だった。
その後、大帝家となった経緯は、一言では語れない。ただし最も大きな要因を挙げろといわれれば、一代の英雄であった初代宰相が早世した事だろうか。
宰相家を滅ぼした事が大帝家の勃興と、大帝と皇帝が両立する世へと繋がった。
兎にも角にも、三世大帝と大公の姉は、家存続のために宰相家へと嫁ぎ、その死と共に落城し、燃えさかる炎の中から救出されるという波乱に満ちた半生を送っている。
「一男一女があったと聞きますが……」
言葉を濁すエルに、ヴィーも「はい」と表情を曇らせた。
男児は、禍根を断つという名目で、処刑されている。
残された女児も、尼になる事で助命されているが、当然、神職が子を成す事は禁じられており、宰相家は断絶する。
だからこそ、とヴィーはいう。
「姉君は、ここまで塗炭の苦しみを味わったからこそ、この治世がもう一度、引っ繰り返る事など望んでいない。大帝陛下も大公殿下も、姉君想いである事は間違いないから」
とはいえ、始世大帝の孫、二世大帝の娘でありながらも、宰相の妻でもあった身では然したる力もなく、そこにヴィーのような準男爵家の者が接触する機会が生まれた。
それらを考えれば、ファンも疑りはしないが、
「姉君の頼みとあれば……ッスか……」
腕組みをして天を仰がされはした。
三世皇帝と大公が、姉に対し、また今の治世に対し、どう思っているか、どうしていきたいのかは分からない。
――そういえば、家を長男が継ぐようになった、最初の大帝が二世陛下だったッスね……。
恐らくではあるが、そこには大公の不満はない、とファンは見ている。大公と顔を合わせた事はないが、シュティレンヒューゲルという大帝家の本貫地を任されている事は、二世大帝と生母の信頼故だ。
「競う事すら許されずに三世大帝の風上に立った不満なんて、あるんスかね?」
そう思うのは、ファンの父も兄と爵位を争っていないからだ。ファンの父は始世大帝から見ればひ孫。望むならば、騎士爵ではなく、男爵位や子爵位でも就ける。それでも騎士爵に甘んじたのは、自身に流れる血が競う事は由としても争う事を由としないからだ。
「実際、大公殿下は大帝位に興味ないね」
現実に対面してきたヴィーである。
「姉君の安寧、また世の平和があるならば、それを敢えて崩そうと考える人ではない。実際に会ってきた自分だぞ」
「そこに乗ったんスね?」
ヴィーの言葉を遮るファンが顔を顰めているのは、いいやり方ではない、といいたいからだ。
「それは、まぁ……」
その通りであるから、ヴィーとて反論はない。
ただし――、
「極悪非道と誹られても当然だけどね。ただ、大公殿下が姉君と直接、会う事ができない」
自身の姉でも、大帝家の一員ではなく二代目宰相の妻であり、子を産んだ危険人物として扱われているのが現状なのだ。
――どんな思惑が働く相手であろうとも、使者となる者を不忠者とは呼べないだろ?
ヴィーが言外に告げる事も、ファンは分かる。
それでも気乗りしない顔しかできないファンであるが、それとは真逆に乗り気である声を出すエルがいる。
「姉君にはお目にかかれますか?」
「エル?」
ファンが驚いた顔をすると、エルは不思議そうな顔を作って見返し、
「私達の本業でしょう? せめてお慰めする事くらいできますよ」
世を憂うならば、その気分を明るくするのが芸人の仕事だ。
「あァ、あァ!」
何度も頷くファン。
本業は旅芸人、剣士は不本意な副業とは、ファン自身の言葉ではないか。
「団員が増えましたしね」
そして間の良い事に、ファンとエルの他にも芸人が加わっている。
正確にいえば駆け出しであるが――、
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