女神の白刃

玉椿 沢

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第5章「大公家秘記」

第61話「やっとこさっとこスーイスイ、どっこいそっこいムーズムズ」

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 長く続きすぎた国内では、そんな4人と同じ考えが多数派に属する。


 曰く――ただ才のみ、これを挙げよ。


 どれだけの聖人君子であろうとも、能力のない者はダメだとされてきたのが、つい先日の事同然なのだから。

 それが武断主義というものであるが――、

「大公殿下が打倒したいと考えているのは、こういう才能があれば何をしても許されるという風潮ッスからね」

 ファンはインフゥとザキを前に、字を教えていた。

 大公だけでなく、三世大帝、またテンジュが望む未来は、能力だけを求めるのではなく、人格と能力によって評価される時代である。

「字は覚えておいて損はないッス」

 紙やインクは高価であるから、板の上に水で練習する。

 識字率という面から見ると、エルフの識字率は100%に近い。魔道書を読めない者がいないからだ。

 逆にドワーフは低くなる。読み書きよりも、鍛冶や細工物など、工業、工芸の分野での熟達を主として考え、その全てを口伝によって後世に引き継がせてきているためだ。

 では人間はといえば、エルフのように100%とはいえないが、決して低くないレベルにある。

 その理由をファンがいった。

「特に旅芸人なんてしてると、本が読めると劇もできるッスからね」


 文学だ。


 エルフは詩や歌は得意とするが、小説は書いていない。

 逆に人間は、もう何百年と昔から小説を書いてきた。恋愛物や軍記物から空想的なものまで。それらを楽しむには読み書きができなければならない。

 楽しみとは大きな需要である。

 そして文学があるからこそ、人間は歴史書も作ってきた。精剣による力の勝利を正当化したのは、それら文化的な勝利も背景にある。エルフは長寿であるから口伝で十分とたかくくってしまった事が、文化的侵略を受け、被差別階級に固定されてしまった遠因ともいえる。

 ファンはそこまで言及しないが、旅芸人として演劇ができるというのは大きな力となるのだから、インフゥにもザキにも字を教えるのは当然だ。

「歴史も大事ッスからね。面白い話の宝庫ッス」

 何よりも、ファンは歴史を重く見ていた。

「面白いの?」

 と、首を傾げるザキに見上げられたファンは、

「面白いッス。例えば……これは海の向こう、遠い国の話なんスけど、その国に、レジェンドきょうという、とても強い将軍がいたんス」

 ファンが西を指差すと、それだけでエルは吹き出し、故にインフゥも興味を引かれる。

「面白い話?」

 興味深いのではなく、笑ってしまう話なのだ。

「そのレジェンド卿は、北から攻めてくる蛮族を何度も何度も跳ね返した将軍だったんス。その国の王様も、世に一騎当千いっきとうせんの勇者は多いが、万夫不当ばんぷふとうとなれば滅多にいない。レジェンド卿は国士無双の勇士なり、とまでいった将軍ッス」

「へェ……」

 インフゥが目を丸くした。感嘆かんたんの吐息を漏らす以外にない程に。

「でも王様は困ったんス。もう渡す勲章はない。めぼしい褒美ほうびは全て与えてしまったんスね。だから王様は、レジェンド卿を直々に呼び、欲しいものを教えて欲しい。それをやる、といったんス」

 王が臣下に対して「教えて欲しい」とまでいうのだから、相当なものなのだろう――というのは、誇張が入っているに違いないのだが、ファンは真実のように語る。

「王位が欲しいというなら譲るとまでいった王様に、レジェンド卿は、こう返したんス。自分に将軍を一人、選ばせて欲しい、と」

 そんなものでいいのかと、インフゥの首を傾げさせてしまうが。

「将軍?」

 インフゥは何の褒美にもなっていないと思ってしまうからだ。少なくとも、金や土地ほど自分を潤わせれるものではない。

 しかしヴィーが、笑いをこらえながら教える。

「もし自分と同格の者がいれば、一人が国を守り、もう一人は後顧の憂いなく蛮族と戦えるからね」

 まだ笑えるところではないが、オチが近いのだからファンの調子も上がっていく。

「そうッス。で、国中から勇者、勇士といわれる人たちを集めて、レジェンド卿は自ら声をかけた。その内容は――」

「……」

「……」

 ファンに対し、インフゥとザキが身を乗り出した。

 ファンの調子は最高潮に達し……、


「お前達の中で、自分の妻が怖くないというものはその場に残れ。怖い者は我が旗の下へ集まれ」


「プッ」

 ザキが吹き出した。

「凄まじい恐妻家だったんスよ。で、自分以上の男となれば、恐妻家では有り得ないと考えたようッスね。でも、その結果、どうなったか……」

 勿体もったいをつけるように間を取るファンだが、インフゥは予想がつくため食い入らない。

「何人もいたんじゃないの?」

 インフゥは、お嫁さんが怖い人なんて滅多にいない、と思ったのだが、

「殆ど全員、来たッス」

「えー……」

 幻滅だと肩を落とすインフゥ。

「でも、一人だけ、その場に残っていた男がいたんスよ!」

 しかし再びファンの声が二人の興味を引いた。

「レジェンド卿はその男を呼び寄せ、訊いたんス。何故、その場に留まったのか、と」

 だからファンも二人に顔を寄せ、迫真に迫る迫力を出した。ザキが生唾を飲み込んだ音すら聞こえる程

「……訊くと……?」

「将軍は、期待してたんスよ。自分は妻など怖れるに足らん。即ち、この世に怖いものなどない、といってくれる、と……」

「うん、うん」

 オチが聞こえてきたのは、頷くインフゥの隣だった。ヴィーだ。


「はい、自分は端の方にいたので、将軍のお声が良く聞き取れませんでした。そういう時、周りに流されてジタバタする事なく、その場に留まって様子を見るようにと、妻から厳しくいわれています」


 またインフゥとザキが大笑い。

 エルもレジェンド卿の名前が出た時から笑ってしまっていたのは、こういうオチだからだ。

「可笑しいでしょう?」

 確かに本当か嘘か分からない逸話であるが、ファンたち旅芸人にとって重要なのは真実か否かではなく、面白いかどうか、だ。

 しかし、これがエルフやドワーフと人間の差になったのだ、とヴィーはいう。

「こういうのがエルフにはないんだね。エルフにとって、作り話や風聞の類いは、それが悪意のないものであっても嘘として嫌う。詩も歌も、真実の姿を賞賛するためのもの」

 文化の独占は、文学の独占から始まったといえる。面白い物語があるから、人は文字を覚え、また伝える事を大事とした。口伝は、伝える力が本に劣る。

「ま、それはそれとしてッスね……」

 ファンは居住まいを正し、これが笑い話だけで済まないから、歴史は面白いという。

「大公殿下が目指してる、能力と人格によって、人を判断する世の中でないと、こういうのは残っていかないんスよ。レジェンド卿は、こんな話が残されているという事は、強いだけじゃなくって、人間的に魅力的な人だったって事ッス。強いだけで、夜盗も同然の人じゃなかった」

 あの4人ならば、「平和とは無能が悪徳とされない時代だ」とわらうだろうが、ファンたちは違う。


 平和とは、優れた人格を備える者ならば、最低限度の能力でも構わないとされる時代だ。


 そのための勉強とはいいながらも、ヴィーはクスクスと笑う。

「たまにいるけどね。治世ちせい奸臣かんしん乱世らんせ豪傑ごうけつという人も」

 そして指差すのは――、

「エルッスかぁ」

 ファンは自分を指差されているのを無視して振り返り、

「お前だ!」

 ヴィーからの平手を受けたのだった。

 また笑いが――今度は全員分が――起こった。
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