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第5章「大公家秘記」
第65話「風が南寄りに吹いてるときは、魚でさえ餌を吹き飛ばされる」
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ユージンには名字がない。出自がその程度だからだ。
Sレアという高い格を持つ帝凰剣を振るえるのは、偶然、カラに宿ったからだ。
もっと違った、高位の騎士が振るう事を期待されていたのだから、領主にとっては全くの計算外だったかも知れない。
そこから先は、ファンが知っている通り。
故郷の村を守りたいといいだしたユージンを快く送り出した領主は、飽くまでもポーズに過ぎなかった。
強力な精剣と、それを操る剣士は手元に置いておきたいというのが、間違いなく領主の本音だった。コボルトに襲われている報告が来ても握りつぶし続けたのは、いっその事、村など滅んでしまえば行き場を失ったユージンが戻ってくると考えたのだろう。
だが今、村は救われ、ユージンは騎士に叙任される事なくこの場に立っている。
そしてユージンは思う。眼前にあるムンの名前と表情と考えると、簡単に導き出せる言葉があるのだ。
――舐められてるよなァ。
山出しと思われ、軽く見られている。間違いなく。
それに、ふと見てみると、ムンは常に精剣を剣の姿で持ち歩く。
――合わないな、俺とは。そもそも。
特に身体的な苦痛を伴うものではないというが、ユージンはカラを帝凰剣のまま持ち歩く気はない。精剣を所有しているのは飽くまでもカラであり、ユージンは使わせてもらっている関係だ。
精剣と剣士には相性が存在する。
無関係同士では、女が精剣に変化しない。
変化させるには、信頼、隷属、愛情――それら人として生きる上で生まれてくる情動だ。
ユージンとカラの関係は信頼。
だがフミと精剣の関係は――、
「隷属……」
カラが口にしたのが、ムンと精剣の関係だ。
フミ配下の剣士と同様に、強大すぎる力を持った者は欲望に支配されるし、他人を踏みつけにする。
「……チッ」
ユージンの舌打ちは極々、小さかった。試合場に入っているのだから、既に二人の姿は大公をはじめ、陪観に招かれた貴族、諸侯が見ている。ユージンは仕官が目当てではないが、それでも大公の眼前で無様だと取られてしまう態度は取れない。
二人を急かすように陣太鼓が鳴った。
――前へ!
ユージンが前へ進む。歩くと足下の玉砂利がジャッジャッと耳に心地よい音を響かせる。土でないのは、大公の庭先であるから掃除する手間を考えての事だろうか。
適度に踏ん張りが利くが、油断すれば足を取られる地面だが、精剣を扱う分には関係ない。
「ムン、ユージン」
審判役の騎士が互いの間合いの外で二人を止めた。
「いざ両名とも、心置きなく大公殿下のため、存分に技を尽くされよ」
審判役の声は野天であってもよく通ったのだが、それでも小さく聞こえたのは、ユージンの心臓が早鐘を打ち始めたからだ。
剣士同士で戦った経験が、ユージンは薄い。
その胸の音を聞きながら、ユージンはそこで初めてムンの目を見た。
遂に――というべきだろうか。
それだけの緊張がある。
「抜剣――」
ユージンの静かな声で、カラから帝凰剣を抜いた。
構えながら緊張感を張る。徐々に高めるのではなく、一気に最大まで。
審判が定めた間合いに意味らしい意味は見出せない。精剣は刃物ではなく、スキルを操るタクトのようなものだ。相手の精剣に宿っているスキルが、一体、どのようなものであるかによって間合いなどどうとでも変わる。
――ファン。今、お前の事、尊敬したぜ。
帝凰剣を構えながら、ユージンは控えの場にいる少年の姿を思いうかべた。ファンが振るう非時に宿っているスキルは、雀の涙程度のダメージを無効にするだけだ。
そんな非時であるから、ファンは常に接近戦しか挑めない。ノーマルである事は一目瞭然であるから、強大な火力を大規模に展開できる精剣を持つ者は雑魚と断じたくなる。
ユージンの帝凰剣に宿っているオーラバードも、強大な火力と、また大きさ、数を変化させる事ができるという強力なスキルだが、それ故に縛られている。
――危機は好機でもあるッスよ。
不意にユージンはファンの声が聞こえたような気がした。
危機は好機でもある――。
これは、こちらの危機は相手の好機であるというような意味ではない。
――相手だって、相手のスキルが発動できない機を伺って、自分のスキルを発動させたいんスよ。
互いに同じ事を同じように考えているんだろう、とユージンの耳に届くファンの声はいった。
「そうだな」
この声は幻聴だと理解した上で、ユージンは小さく返事をした。
飽くまでも幻聴だ。
しかし長いとはいえない――短いとしかいえない付き合いしかないユージンであるが、ファンならばそういうという確信めいたものがある。
――敵の目的が分かってんなら、好機だな!
ユージンの思考法は、ファンの思考法と合致していた。ファンがノーマルの非時を手に、どれだけ強大なスキルを持っていようとも剣士の懐へ飛び込めるのは、御流儀が単なる武術ではなく教材だからだ。技だけでなく、その思考法までもが教えに含まれている。
「いざ――!」
ユージンは帝凰剣を最上段に構え直した。
Sレアという高い格を持つ帝凰剣を振るえるのは、偶然、カラに宿ったからだ。
もっと違った、高位の騎士が振るう事を期待されていたのだから、領主にとっては全くの計算外だったかも知れない。
そこから先は、ファンが知っている通り。
故郷の村を守りたいといいだしたユージンを快く送り出した領主は、飽くまでもポーズに過ぎなかった。
強力な精剣と、それを操る剣士は手元に置いておきたいというのが、間違いなく領主の本音だった。コボルトに襲われている報告が来ても握りつぶし続けたのは、いっその事、村など滅んでしまえば行き場を失ったユージンが戻ってくると考えたのだろう。
だが今、村は救われ、ユージンは騎士に叙任される事なくこの場に立っている。
そしてユージンは思う。眼前にあるムンの名前と表情と考えると、簡単に導き出せる言葉があるのだ。
――舐められてるよなァ。
山出しと思われ、軽く見られている。間違いなく。
それに、ふと見てみると、ムンは常に精剣を剣の姿で持ち歩く。
――合わないな、俺とは。そもそも。
特に身体的な苦痛を伴うものではないというが、ユージンはカラを帝凰剣のまま持ち歩く気はない。精剣を所有しているのは飽くまでもカラであり、ユージンは使わせてもらっている関係だ。
精剣と剣士には相性が存在する。
無関係同士では、女が精剣に変化しない。
変化させるには、信頼、隷属、愛情――それら人として生きる上で生まれてくる情動だ。
ユージンとカラの関係は信頼。
だがフミと精剣の関係は――、
「隷属……」
カラが口にしたのが、ムンと精剣の関係だ。
フミ配下の剣士と同様に、強大すぎる力を持った者は欲望に支配されるし、他人を踏みつけにする。
「……チッ」
ユージンの舌打ちは極々、小さかった。試合場に入っているのだから、既に二人の姿は大公をはじめ、陪観に招かれた貴族、諸侯が見ている。ユージンは仕官が目当てではないが、それでも大公の眼前で無様だと取られてしまう態度は取れない。
二人を急かすように陣太鼓が鳴った。
――前へ!
ユージンが前へ進む。歩くと足下の玉砂利がジャッジャッと耳に心地よい音を響かせる。土でないのは、大公の庭先であるから掃除する手間を考えての事だろうか。
適度に踏ん張りが利くが、油断すれば足を取られる地面だが、精剣を扱う分には関係ない。
「ムン、ユージン」
審判役の騎士が互いの間合いの外で二人を止めた。
「いざ両名とも、心置きなく大公殿下のため、存分に技を尽くされよ」
審判役の声は野天であってもよく通ったのだが、それでも小さく聞こえたのは、ユージンの心臓が早鐘を打ち始めたからだ。
剣士同士で戦った経験が、ユージンは薄い。
その胸の音を聞きながら、ユージンはそこで初めてムンの目を見た。
遂に――というべきだろうか。
それだけの緊張がある。
「抜剣――」
ユージンの静かな声で、カラから帝凰剣を抜いた。
構えながら緊張感を張る。徐々に高めるのではなく、一気に最大まで。
審判が定めた間合いに意味らしい意味は見出せない。精剣は刃物ではなく、スキルを操るタクトのようなものだ。相手の精剣に宿っているスキルが、一体、どのようなものであるかによって間合いなどどうとでも変わる。
――ファン。今、お前の事、尊敬したぜ。
帝凰剣を構えながら、ユージンは控えの場にいる少年の姿を思いうかべた。ファンが振るう非時に宿っているスキルは、雀の涙程度のダメージを無効にするだけだ。
そんな非時であるから、ファンは常に接近戦しか挑めない。ノーマルである事は一目瞭然であるから、強大な火力を大規模に展開できる精剣を持つ者は雑魚と断じたくなる。
ユージンの帝凰剣に宿っているオーラバードも、強大な火力と、また大きさ、数を変化させる事ができるという強力なスキルだが、それ故に縛られている。
――危機は好機でもあるッスよ。
不意にユージンはファンの声が聞こえたような気がした。
危機は好機でもある――。
これは、こちらの危機は相手の好機であるというような意味ではない。
――相手だって、相手のスキルが発動できない機を伺って、自分のスキルを発動させたいんスよ。
互いに同じ事を同じように考えているんだろう、とユージンの耳に届くファンの声はいった。
「そうだな」
この声は幻聴だと理解した上で、ユージンは小さく返事をした。
飽くまでも幻聴だ。
しかし長いとはいえない――短いとしかいえない付き合いしかないユージンであるが、ファンならばそういうという確信めいたものがある。
――敵の目的が分かってんなら、好機だな!
ユージンの思考法は、ファンの思考法と合致していた。ファンがノーマルの非時を手に、どれだけ強大なスキルを持っていようとも剣士の懐へ飛び込めるのは、御流儀が単なる武術ではなく教材だからだ。技だけでなく、その思考法までもが教えに含まれている。
「いざ――!」
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