75 / 114
第5章「大公家秘記」
第75話「だから、仲よく静かに遊ぶの」
しおりを挟む
メーヘレンの姿を捉えた時、パトリシアの胸に去来する何かがあった。
双方共に精剣を手にして対峙する経験は積んできたが、パトリシアも戦闘は兎も角、戦場は経験していない。
場の空気が異常だとパトリシアは感じてしまう。
――負ける事が許されない空気じゃない。
今まで経験してきた戦闘では、感じられなかった空気だ。
陪観している貴族から感じられるのは、勝てでも負けろでもなく、ただ戦え。
その空気が、戦闘と戦場の違い――パトリシアの胸中に去来したのは、そんな違和感からくる戸惑いだった。
周囲の目は、パトリシアの味方でも敵でもなく、また勝利や敗北に賭けている訳でもない。
ただ剣士としての強さ、戦い振りが見たいだけだ。
――慣れない。
パトリシアがそう思えるのは、この時、最後の余裕から。本来ならば歓迎すべき事なのだろうが、逆効果になってしまう時も存在していた。
「……」
対極に立つメーヘレンには、そんな空気を感じ取る余裕はない。
パトリシアが精剣を持たず、エリザベスを侍らせているのだから、剣士であるメーヘレンにはワールド・シェイカーの格が分からない。メーヘレンの精剣を女に戻せば、精剣の鞘同士は感じ取る事ができるというが、今、精剣を戻す気はない。
――うるさいからな。
メーヘレンにとって精剣は武器であり、パートナーではない。特にレアしか宿せていない女など。
――もっと強い精剣だ……。その精剣に、この精剣を合成して鍛える。
メーヘレンにとって精剣とは道具だ。人に戻せしても、敵の格が分かるくらいしか使い道がないならば無価値というもの。
メーヘレンの目は、パトリシアの精剣を宿しているエリザベスへと向けられ、その動向しか見ていない。
だから聞こえなかった。
「抜剣」
メーヘレンは始めという審判役の声に、パトリシアが精剣を顕現させるまで気付いていなかった。
だがエリザベスに注視していた事で、行動が一手、遅れるという事はなかった。エリザベスの姿が消え、パトリシアの手にワールド・シェイカーが握られるが、その間に精剣を構えられる。
それでも一瞬、メーヘレンとパトリシアの間に呼吸の合わない時間帯が存在した。
その一瞬を埋めたのは、パトリシアの躊躇だった。
――ここでは、スキルが使いにくいな。
ワールド・シェイカーのスキルは、大地を隆起させる。場合によっては串刺しにする事も可能だが、それを狙う事に躊躇してしまった。
――大公殿下の庭先を荒らす事になる。
貴人が望まない事を知っているのは、宮仕えの経験のあるパトリシアだからか。
それがメーヘレンとの一瞬を埋めてしまった。
「ッ」
間合いを詰めようとしてきたメーヘレンに向かって、パトリシアはスキルを小さく制御し、庭先の石を加速させ、石つぶてとして弾き飛ばす。
――こういう方が、寧ろ難しい!
パトリシアにとって攻撃スキルとは、そういうものだった。巨大にする分には自分の負担だけ耐えれば良いのだが、小さく、また精密にするとなれば集中力が必要となり、戦闘中では荷が勝つ。
それでも拳大の石つぶては十分、殺傷力を備えている。ユージンの村でファンが村人に教えた攻撃方法で重要視したのは、矢でも槍でもなく、投石だった。
それをパトリシアは、一つや二つではなく、二桁に上るものを弾き出す。
――避けられても構わない。体勢を変えられれば!
十分な効果があると歯を食い縛るパトリシアに対し、メーヘレンは――、
「ハッ!」
短い気合いの声は、気をしっかり持って耐えようという声ではない。
石つぶては確実にメーヘレンの身体を捉えたが、その全てがメーヘレンの身体を覆う光に遮られたのだった。
「防御障壁!」
思わずパトリシアが声をあげさせられた。絞りに絞ったスキルでは、防御障壁越しのメーヘレンにダメージらしいダメージは与えられない。
メーヘレンの体勢は崩れず、逆にパトリシアには隙が生まれてしまう。
反射的に下がろうとしてしまうパトリシア。ファンやインフゥのように剣術を修めていないが故の反射だ。
――いいや、違う!
だがパトリシアの本能がねじ伏せた。
今、反射的にしようとした後退は、待避でも回避でもなく、逃走だ。
戦いに必要な事は、攻撃、防御、回避――だが、最も重要なのは、その根底にある闘争心のはず。
待避も回避も戦う事を放棄した事にはならないが、逃走だけは違う。
だからパトリシアはねじ伏せた。
それでもメーヘレンに対し、踏み出せた足は半歩に過ぎないのだが。
「ッ」
歯を食い縛り、精剣を刃物として振るう。殆ど経験してこなかった攻撃であるが、パトリシアは生まれながらの剣士だった。
――こういう相手は、弱者とみれば嵩に懸かって来る!
双方共に精剣を手にして対峙する経験は積んできたが、パトリシアも戦闘は兎も角、戦場は経験していない。
場の空気が異常だとパトリシアは感じてしまう。
――負ける事が許されない空気じゃない。
今まで経験してきた戦闘では、感じられなかった空気だ。
陪観している貴族から感じられるのは、勝てでも負けろでもなく、ただ戦え。
その空気が、戦闘と戦場の違い――パトリシアの胸中に去来したのは、そんな違和感からくる戸惑いだった。
周囲の目は、パトリシアの味方でも敵でもなく、また勝利や敗北に賭けている訳でもない。
ただ剣士としての強さ、戦い振りが見たいだけだ。
――慣れない。
パトリシアがそう思えるのは、この時、最後の余裕から。本来ならば歓迎すべき事なのだろうが、逆効果になってしまう時も存在していた。
「……」
対極に立つメーヘレンには、そんな空気を感じ取る余裕はない。
パトリシアが精剣を持たず、エリザベスを侍らせているのだから、剣士であるメーヘレンにはワールド・シェイカーの格が分からない。メーヘレンの精剣を女に戻せば、精剣の鞘同士は感じ取る事ができるというが、今、精剣を戻す気はない。
――うるさいからな。
メーヘレンにとって精剣は武器であり、パートナーではない。特にレアしか宿せていない女など。
――もっと強い精剣だ……。その精剣に、この精剣を合成して鍛える。
メーヘレンにとって精剣とは道具だ。人に戻せしても、敵の格が分かるくらいしか使い道がないならば無価値というもの。
メーヘレンの目は、パトリシアの精剣を宿しているエリザベスへと向けられ、その動向しか見ていない。
だから聞こえなかった。
「抜剣」
メーヘレンは始めという審判役の声に、パトリシアが精剣を顕現させるまで気付いていなかった。
だがエリザベスに注視していた事で、行動が一手、遅れるという事はなかった。エリザベスの姿が消え、パトリシアの手にワールド・シェイカーが握られるが、その間に精剣を構えられる。
それでも一瞬、メーヘレンとパトリシアの間に呼吸の合わない時間帯が存在した。
その一瞬を埋めたのは、パトリシアの躊躇だった。
――ここでは、スキルが使いにくいな。
ワールド・シェイカーのスキルは、大地を隆起させる。場合によっては串刺しにする事も可能だが、それを狙う事に躊躇してしまった。
――大公殿下の庭先を荒らす事になる。
貴人が望まない事を知っているのは、宮仕えの経験のあるパトリシアだからか。
それがメーヘレンとの一瞬を埋めてしまった。
「ッ」
間合いを詰めようとしてきたメーヘレンに向かって、パトリシアはスキルを小さく制御し、庭先の石を加速させ、石つぶてとして弾き飛ばす。
――こういう方が、寧ろ難しい!
パトリシアにとって攻撃スキルとは、そういうものだった。巨大にする分には自分の負担だけ耐えれば良いのだが、小さく、また精密にするとなれば集中力が必要となり、戦闘中では荷が勝つ。
それでも拳大の石つぶては十分、殺傷力を備えている。ユージンの村でファンが村人に教えた攻撃方法で重要視したのは、矢でも槍でもなく、投石だった。
それをパトリシアは、一つや二つではなく、二桁に上るものを弾き出す。
――避けられても構わない。体勢を変えられれば!
十分な効果があると歯を食い縛るパトリシアに対し、メーヘレンは――、
「ハッ!」
短い気合いの声は、気をしっかり持って耐えようという声ではない。
石つぶては確実にメーヘレンの身体を捉えたが、その全てがメーヘレンの身体を覆う光に遮られたのだった。
「防御障壁!」
思わずパトリシアが声をあげさせられた。絞りに絞ったスキルでは、防御障壁越しのメーヘレンにダメージらしいダメージは与えられない。
メーヘレンの体勢は崩れず、逆にパトリシアには隙が生まれてしまう。
反射的に下がろうとしてしまうパトリシア。ファンやインフゥのように剣術を修めていないが故の反射だ。
――いいや、違う!
だがパトリシアの本能がねじ伏せた。
今、反射的にしようとした後退は、待避でも回避でもなく、逃走だ。
戦いに必要な事は、攻撃、防御、回避――だが、最も重要なのは、その根底にある闘争心のはず。
待避も回避も戦う事を放棄した事にはならないが、逃走だけは違う。
だからパトリシアはねじ伏せた。
それでもメーヘレンに対し、踏み出せた足は半歩に過ぎないのだが。
「ッ」
歯を食い縛り、精剣を刃物として振るう。殆ど経験してこなかった攻撃であるが、パトリシアは生まれながらの剣士だった。
――こういう相手は、弱者とみれば嵩に懸かって来る!
10
あなたにおすすめの小説
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる