67 / 419
第12話
しおりを挟む
「こんな話があります。とある男性が発見され、身元を調べると、二十年も前に死亡した男性だった。しかし、彼は生きています。そして、なによりも異常だったのは、いくら質問しようと、聾唖者のように声にならない声を出していたという点でした」
「......詐欺の類か?」
障害者を死亡したとして扱い、多額の金額を得る、今で言う保険金詐欺というものだ。だが、田辺に、いいえ、ときっぱりと否定された野田は、猜疑を込めたように眉間を狭める。
九州地方感染事件に直結しそうな話しだけに、野田も慎重になっているようだ。田辺は、気にもしていない体裁を装い続ける。
「警察は、保護した男性を調べました。そして、ある農場にいきつき、彼らは驚くべき光景を目の当たりにします」
乾いた喉にビールを少量だけ流す。ボロを出さないように意識した話は、緊迫した空気も手伝ってか、存外、疲労が溜まるものだ。
「その農場では、保護した男性と同じ状態の人達が働いていました。事態を重く見た警察は、農場の主を逮捕し、詰問した所、彼らは、一度死んで甦った人間だと供述します」
途端、野田は吹き出した。真実味を欠いた与太話だと判断したのだろう。信じられる筈がない。
「記者会見の場といい、今といい、お前は妄想癖でもついたのか?いや、良い息抜きにはなったよ。こんなに笑ったのは久しぶりだ」
くっくっ、と喉の奥を鳴らす。話し半分どころか、まるで漫才でも見ているような笑い方だった。
大理石のテーブルに置いていたグラスが、叩かれた振動で水滴を落とす様を見ていた田辺は、低い声で吐息でも漏らすように呟く。
「テトロドトキシン......」
野田の爆笑が、ぴたりと止まり、眉をひそめた。
「......なに?」
「彼らには、揃って使用された粉があったんです。その成分を学者が調べたところ、テトロドトキシンが検出されたそうです。野田さんなら、これがどういう意味か理解できるでしょう?」
神経毒のテトロドトキシンは、神経の伝達を遮断し、麻痺を起こす。これにより、脳からの呼吸に関する指令が遮られてしまい、呼吸に障害が起きてしまい、それが死につながる。
しかし、早急に人工呼吸といった処置がなされれば救命率は高い。けれど、その話しを聞く限りでは、奴隷のような扱いを受けていたのだろう。そんな人間に対し、人工呼吸を行う訳がない。うまく分量を調整し、服用させ、仮死状態に陥らせる。目覚めた時には、酸欠により脳が深刻なダメージを受けてしまい、生き返った時に異常をきたす。結果、能動的な活動出来なくなるだろう。
考えることも、話すことも出来ず、心を無くし、身体が朽ちるまで、ただ働かされる。
野田は、それがもしも、自らに行われたらと想像する。あまりのおぞましさに両手で口を塞いだ。そして、限りなく近いことの片棒を担いでいる事実から吐き気を覚えた。
そんな野田を、黙然と眺めていた田辺は、ある確信を持った。
「......野田さん、世界には沢山の謎がありますが、僕は全てこういった事実が隠されていると考えています。今回もそうです。なんの薬品が漏洩したかなどはどうでも良い。そんなのは、偉い学者先生に任せます。今回の一件、テロリストにしては、あまりに杜撰すぎる。僕は、必ずこの事故を操作していた人間がいると考えています」
「......それに俺が関与しているとでも言いたいのか?」
「まさか、そんなことはありませんよ」
残った半分を一息で飲み干した。舌を通る冷えた感触は、まるで、田辺の心境を表しているかのように冷たい。
「しかし、聞かせて頂きたい事はあります。野田さん、ここからは友人ではなく厚労省の代表として答えてもらえますか?僕は、あなたを疑いたくはない......」
「......なんだ?」
野田は、もうグラスに注がれた黄金色のビールに手をつけてすらいなかった。両手を組み、上半身をソファーの背凭れに預ける。
一息に、田辺が言った。
「あなたは、この事件に関わっていませんよね?」
「......やはり、疑っているんじゃないか。俺は関わっていない」
田辺は、目尻を落とし、胸中で囁いた。
相変わらず、嘘をつく時、瞬きの回数が増える癖がなおっていませんね。
「分かりました。よく分かりましたよ、野田さん」
田辺は、グラスに瓶を傾け、野田に瓶を渡し、すっ、と持ち上げる。
「......乾杯しませんか?僕達の新たな旅立ちとこれからに」
野田は、本当に人が変わったようだ、と豪快に笑い、グラスを持ち上げた。二人のグラスがぶつかり、発っした戛然は、田辺にとっての訣別の音色となった。
「......詐欺の類か?」
障害者を死亡したとして扱い、多額の金額を得る、今で言う保険金詐欺というものだ。だが、田辺に、いいえ、ときっぱりと否定された野田は、猜疑を込めたように眉間を狭める。
九州地方感染事件に直結しそうな話しだけに、野田も慎重になっているようだ。田辺は、気にもしていない体裁を装い続ける。
「警察は、保護した男性を調べました。そして、ある農場にいきつき、彼らは驚くべき光景を目の当たりにします」
乾いた喉にビールを少量だけ流す。ボロを出さないように意識した話は、緊迫した空気も手伝ってか、存外、疲労が溜まるものだ。
「その農場では、保護した男性と同じ状態の人達が働いていました。事態を重く見た警察は、農場の主を逮捕し、詰問した所、彼らは、一度死んで甦った人間だと供述します」
途端、野田は吹き出した。真実味を欠いた与太話だと判断したのだろう。信じられる筈がない。
「記者会見の場といい、今といい、お前は妄想癖でもついたのか?いや、良い息抜きにはなったよ。こんなに笑ったのは久しぶりだ」
くっくっ、と喉の奥を鳴らす。話し半分どころか、まるで漫才でも見ているような笑い方だった。
大理石のテーブルに置いていたグラスが、叩かれた振動で水滴を落とす様を見ていた田辺は、低い声で吐息でも漏らすように呟く。
「テトロドトキシン......」
野田の爆笑が、ぴたりと止まり、眉をひそめた。
「......なに?」
「彼らには、揃って使用された粉があったんです。その成分を学者が調べたところ、テトロドトキシンが検出されたそうです。野田さんなら、これがどういう意味か理解できるでしょう?」
神経毒のテトロドトキシンは、神経の伝達を遮断し、麻痺を起こす。これにより、脳からの呼吸に関する指令が遮られてしまい、呼吸に障害が起きてしまい、それが死につながる。
しかし、早急に人工呼吸といった処置がなされれば救命率は高い。けれど、その話しを聞く限りでは、奴隷のような扱いを受けていたのだろう。そんな人間に対し、人工呼吸を行う訳がない。うまく分量を調整し、服用させ、仮死状態に陥らせる。目覚めた時には、酸欠により脳が深刻なダメージを受けてしまい、生き返った時に異常をきたす。結果、能動的な活動出来なくなるだろう。
考えることも、話すことも出来ず、心を無くし、身体が朽ちるまで、ただ働かされる。
野田は、それがもしも、自らに行われたらと想像する。あまりのおぞましさに両手で口を塞いだ。そして、限りなく近いことの片棒を担いでいる事実から吐き気を覚えた。
そんな野田を、黙然と眺めていた田辺は、ある確信を持った。
「......野田さん、世界には沢山の謎がありますが、僕は全てこういった事実が隠されていると考えています。今回もそうです。なんの薬品が漏洩したかなどはどうでも良い。そんなのは、偉い学者先生に任せます。今回の一件、テロリストにしては、あまりに杜撰すぎる。僕は、必ずこの事故を操作していた人間がいると考えています」
「......それに俺が関与しているとでも言いたいのか?」
「まさか、そんなことはありませんよ」
残った半分を一息で飲み干した。舌を通る冷えた感触は、まるで、田辺の心境を表しているかのように冷たい。
「しかし、聞かせて頂きたい事はあります。野田さん、ここからは友人ではなく厚労省の代表として答えてもらえますか?僕は、あなたを疑いたくはない......」
「......なんだ?」
野田は、もうグラスに注がれた黄金色のビールに手をつけてすらいなかった。両手を組み、上半身をソファーの背凭れに預ける。
一息に、田辺が言った。
「あなたは、この事件に関わっていませんよね?」
「......やはり、疑っているんじゃないか。俺は関わっていない」
田辺は、目尻を落とし、胸中で囁いた。
相変わらず、嘘をつく時、瞬きの回数が増える癖がなおっていませんね。
「分かりました。よく分かりましたよ、野田さん」
田辺は、グラスに瓶を傾け、野田に瓶を渡し、すっ、と持ち上げる。
「......乾杯しませんか?僕達の新たな旅立ちとこれからに」
野田は、本当に人が変わったようだ、と豪快に笑い、グラスを持ち上げた。二人のグラスがぶつかり、発っした戛然は、田辺にとっての訣別の音色となった。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/14:『でんしれんじ』の章を追加。2026/1/21の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる