感染

宇宙人

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第12話

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「こんな話があります。とある男性が発見され、身元を調べると、二十年も前に死亡した男性だった。しかし、彼は生きています。そして、なによりも異常だったのは、いくら質問しようと、聾唖者のように声にならない声を出していたという点でした」

「......詐欺の類か?」

 障害者を死亡したとして扱い、多額の金額を得る、今で言う保険金詐欺というものだ。だが、田辺に、いいえ、ときっぱりと否定された野田は、猜疑を込めたように眉間を狭める。
 九州地方感染事件に直結しそうな話しだけに、野田も慎重になっているようだ。田辺は、気にもしていない体裁を装い続ける。

「警察は、保護した男性を調べました。そして、ある農場にいきつき、彼らは驚くべき光景を目の当たりにします」

 乾いた喉にビールを少量だけ流す。ボロを出さないように意識した話は、緊迫した空気も手伝ってか、存外、疲労が溜まるものだ。

「その農場では、保護した男性と同じ状態の人達が働いていました。事態を重く見た警察は、農場の主を逮捕し、詰問した所、彼らは、一度死んで甦った人間だと供述します」

 途端、野田は吹き出した。真実味を欠いた与太話だと判断したのだろう。信じられる筈がない。

「記者会見の場といい、今といい、お前は妄想癖でもついたのか?いや、良い息抜きにはなったよ。こんなに笑ったのは久しぶりだ」

 くっくっ、と喉の奥を鳴らす。話し半分どころか、まるで漫才でも見ているような笑い方だった。
 大理石のテーブルに置いていたグラスが、叩かれた振動で水滴を落とす様を見ていた田辺は、低い声で吐息でも漏らすように呟く。

「テトロドトキシン......」

 野田の爆笑が、ぴたりと止まり、眉をひそめた。

「......なに?」

「彼らには、揃って使用された粉があったんです。その成分を学者が調べたところ、テトロドトキシンが検出されたそうです。野田さんなら、これがどういう意味か理解できるでしょう?」

 神経毒のテトロドトキシンは、神経の伝達を遮断し、麻痺を起こす。これにより、脳からの呼吸に関する指令が遮られてしまい、呼吸に障害が起きてしまい、それが死につながる。
    しかし、早急に人工呼吸といった処置がなされれば救命率は高い。けれど、その話しを聞く限りでは、奴隷のような扱いを受けていたのだろう。そんな人間に対し、人工呼吸を行う訳がない。うまく分量を調整し、服用させ、仮死状態に陥らせる。目覚めた時には、酸欠により脳が深刻なダメージを受けてしまい、生き返った時に異常をきたす。結果、能動的な活動出来なくなるだろう。
 考えることも、話すことも出来ず、心を無くし、身体が朽ちるまで、ただ働かされる。
    野田は、それがもしも、自らに行われたらと想像する。あまりのおぞましさに両手で口を塞いだ。そして、限りなく近いことの片棒を担いでいる事実から吐き気を覚えた。
 そんな野田を、黙然と眺めていた田辺は、ある確信を持った。

「......野田さん、世界には沢山の謎がありますが、僕は全てこういった事実が隠されていると考えています。今回もそうです。なんの薬品が漏洩したかなどはどうでも良い。そんなのは、偉い学者先生に任せます。今回の一件、テロリストにしては、あまりに杜撰すぎる。僕は、必ずこの事故を操作していた人間がいると考えています」

「......それに俺が関与しているとでも言いたいのか?」

「まさか、そんなことはありませんよ」

 残った半分を一息で飲み干した。舌を通る冷えた感触は、まるで、田辺の心境を表しているかのように冷たい。

「しかし、聞かせて頂きたい事はあります。野田さん、ここからは友人ではなく厚労省の代表として答えてもらえますか?僕は、あなたを疑いたくはない......」

「......なんだ?」

 野田は、もうグラスに注がれた黄金色のビールに手をつけてすらいなかった。両手を組み、上半身をソファーの背凭れに預ける。
 一息に、田辺が言った。

「あなたは、この事件に関わっていませんよね?」

「......やはり、疑っているんじゃないか。俺は関わっていない」

 田辺は、目尻を落とし、胸中で囁いた。
 相変わらず、嘘をつく時、瞬きの回数が増える癖がなおっていませんね。

「分かりました。よく分かりましたよ、野田さん」

 田辺は、グラスに瓶を傾け、野田に瓶を渡し、すっ、と持ち上げる。

「......乾杯しませんか?僕達の新たな旅立ちとこれからに」

 野田は、本当に人が変わったようだ、と豪快に笑い、グラスを持ち上げた。二人のグラスがぶつかり、発っした戛然は、田辺にとっての訣別の音色となった。
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