175 / 419
第2話
しおりを挟む
「確か、野田さんの奥さんじゃなかったかい?それに......」
エレベーターの扉が完全に閉まるのと同時に、田辺は眉をあげた。
「そう、あのバラバラ殺人の被害者です。公園のゴミ箱から発見された遺体の頭部を見て以来、彼は殺人者を身を焦がすほどに恨み続けています。それは、もちろん僕もですが......」
浜岡は、田辺を横目で盗み見て、煮えたぎるほどの憤懣が胸中で渦を巻いており、それをどうにか堪えているのだろう、と感じた。野田への怒りなのか、殺人鬼への感情なのか、それは今、考えることではないだろう。
「当初、報道機関へ一斉にかけられた規制に僕は憤りを覚えると同時に、なんとも不甲斐ない気分になりました。しかし、その規制に了承したのは誰でもない、野田さん本人だったのです。個人的に追い掛けてはいましたが、結果は......」
「しかし、君の活躍があったからこそ、あの殺人鬼は逮捕された。その結果だけでは満足出来ないのかな?」
「......浜岡さんは、江戸川乱歩の二銭銅貨を読まれたことはありますか?」
謎を解いたと得意気に語り、相棒に俺より頭が悪いと認めろ、そう迫った男がいた作品だ。散々、暗号について饒舌に話していた男は、結局、その相棒に騙されていただけだった。掌の上で踊らされていたのだ。
田辺は、殺人鬼を追い掛け、翻弄され、まんまと自身の周辺を探られ、隙をついて奪われた。あまりに惨めな結果ではありませんか、とでも言いたいのだろう。
田辺は力無く笑う。
「話しがそれましたね。とにかく、彼は一度思い込んだら、自身を苦しめようとも、必ず遂行する男です。そんなところに僕は憧れ、僕の初恋の女性は惹かれたのでしょう。そして、彼もまた、僕らの事を常に考えてくれていた。そんな一途な彼だからこそ、逃げ場の無い現状に陥った際に、何をしでかすか分からない。だから、僕はどうしても彼の凶行を止めたいんです」
浜岡は声を低くして訊いた。
「......野田さんは、随分と困憊しているのかな」
「......ええ、間違いありません」
エレベーターが点滅表示を二階へと上げた。小さな唸りと共に動き出す。
「君の動機はよく分かったよ。いや、分かってはいたつもりだったけど、それは半分だけだったと言うほうが正しいのかな。しかし、君はその友人に罰を下すことになるけれど、躊躇はないんだよね?」
「ええ、彼とは決別しています」
その言葉に浜岡は、田辺には気づかれぬように微笑した。言動が矛盾していることに自覚がないのだろうか。田辺らしいといえば、その通りだが、どこまでも甘い奴だ。
「浜岡さん?」
神妙な面持ちで田辺が首を傾げている。
「ああ、すまないね。さて......田辺君も決意を新たにしたことだし、これからが本番と思って良いのかな?」
「ええ、これからです。頼んでいた資料は?」
「貴子さんの部屋に見張りをつけて置いているよ」
見張り、と田辺が片眉をあげると、エレベーターの扉が開いた。
のんびりと降りた浜岡は、田辺へと振り返る。
「まあ、気にしなさんな。どうせすぐに分かるし、信頼できる人だよ」
浜岡が言うなら間違いない。そんなことを考えながら、田辺は一歩踏み出す。
「では、始めましょうか。僕たちの戦いを」
国の中枢を相手に立ち回る。
待ち受ける数多の困難、途方もないように思えるほど巨大な障害に立ち向かう男達の、戦いの火蓋が切られようとしていた。
エレベーターの扉が完全に閉まるのと同時に、田辺は眉をあげた。
「そう、あのバラバラ殺人の被害者です。公園のゴミ箱から発見された遺体の頭部を見て以来、彼は殺人者を身を焦がすほどに恨み続けています。それは、もちろん僕もですが......」
浜岡は、田辺を横目で盗み見て、煮えたぎるほどの憤懣が胸中で渦を巻いており、それをどうにか堪えているのだろう、と感じた。野田への怒りなのか、殺人鬼への感情なのか、それは今、考えることではないだろう。
「当初、報道機関へ一斉にかけられた規制に僕は憤りを覚えると同時に、なんとも不甲斐ない気分になりました。しかし、その規制に了承したのは誰でもない、野田さん本人だったのです。個人的に追い掛けてはいましたが、結果は......」
「しかし、君の活躍があったからこそ、あの殺人鬼は逮捕された。その結果だけでは満足出来ないのかな?」
「......浜岡さんは、江戸川乱歩の二銭銅貨を読まれたことはありますか?」
謎を解いたと得意気に語り、相棒に俺より頭が悪いと認めろ、そう迫った男がいた作品だ。散々、暗号について饒舌に話していた男は、結局、その相棒に騙されていただけだった。掌の上で踊らされていたのだ。
田辺は、殺人鬼を追い掛け、翻弄され、まんまと自身の周辺を探られ、隙をついて奪われた。あまりに惨めな結果ではありませんか、とでも言いたいのだろう。
田辺は力無く笑う。
「話しがそれましたね。とにかく、彼は一度思い込んだら、自身を苦しめようとも、必ず遂行する男です。そんなところに僕は憧れ、僕の初恋の女性は惹かれたのでしょう。そして、彼もまた、僕らの事を常に考えてくれていた。そんな一途な彼だからこそ、逃げ場の無い現状に陥った際に、何をしでかすか分からない。だから、僕はどうしても彼の凶行を止めたいんです」
浜岡は声を低くして訊いた。
「......野田さんは、随分と困憊しているのかな」
「......ええ、間違いありません」
エレベーターが点滅表示を二階へと上げた。小さな唸りと共に動き出す。
「君の動機はよく分かったよ。いや、分かってはいたつもりだったけど、それは半分だけだったと言うほうが正しいのかな。しかし、君はその友人に罰を下すことになるけれど、躊躇はないんだよね?」
「ええ、彼とは決別しています」
その言葉に浜岡は、田辺には気づかれぬように微笑した。言動が矛盾していることに自覚がないのだろうか。田辺らしいといえば、その通りだが、どこまでも甘い奴だ。
「浜岡さん?」
神妙な面持ちで田辺が首を傾げている。
「ああ、すまないね。さて......田辺君も決意を新たにしたことだし、これからが本番と思って良いのかな?」
「ええ、これからです。頼んでいた資料は?」
「貴子さんの部屋に見張りをつけて置いているよ」
見張り、と田辺が片眉をあげると、エレベーターの扉が開いた。
のんびりと降りた浜岡は、田辺へと振り返る。
「まあ、気にしなさんな。どうせすぐに分かるし、信頼できる人だよ」
浜岡が言うなら間違いない。そんなことを考えながら、田辺は一歩踏み出す。
「では、始めましょうか。僕たちの戦いを」
国の中枢を相手に立ち回る。
待ち受ける数多の困難、途方もないように思えるほど巨大な障害に立ち向かう男達の、戦いの火蓋が切られようとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/14:『でんしれんじ』の章を追加。2026/1/21の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。
2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる