感染

宇宙人

文字の大きさ
253 / 419

第7話

しおりを挟む
    ただ、純粋に恐ろしく、このままでは呑まれてしまうと、田辺は咄嗟に視線を下げた。その判断は正解だろう。人は、常に勢いと狂気に引き付けられてしまうものだ。
    それは、歴史を鑑みれば分かる。過去の大戦や外国の殺人鬼、犯罪者が祭り上げられる理由は、人間の深いところを知りたいという好奇心からだろう。だが、一度、陥ってしまえば、もう這い上がってくることはできない。
 田辺から見た野田は、もはや、そんな場所にまで到達しているように思えた。目的に、はっきりとした輪郭があるからこそ、余計に質が悪い。誰かに心酔するほどに、人は目的を見失う。

「悪魔に魂を売っただと?ふざけるな!そんなものは、ただの強弁だろうが!」 

 そう鼻息荒く言った斎藤に、野田は抑揚のない声で返す。

「その通りだ。だが、それがどうした?」

「......なんだと?」

「お前に分かるか?理不尽に唯一の女性を奪われた俺の気持ちが!悲しみが!辛さが!お前に分かるのか!それが、どれほど身を切る思いか!味わったことがあるのか!胸が押し潰され、裂かれるような痛みが!お前に分かるのか!......うぐっ!」

 野田は、口を抑えるが、指の隙間から吐瀉物が漏れだし、踞ると、盛大に吐き出した。噎せながらも、涙に濡れた瞳だけは、鋭利な刃物を連想させる。固い意思に裏付けされた強い眼力で、その場にいる男達の動きを止めた。ハンカチで口元を拭い、肩で息をしながら、すくっ、と立ち上がった。

「お前らには、到底、理解なんざ出来ないんだろうな......」

 鼻を鳴らし、覚束ない足取りで田辺へと歩み寄った野田は、何も言わずに右手を差し出す。
    田辺は俊巡しつつも、ゆっくりと掴んだ。

「田辺......俺が恨んでいるのは、お前ではない、東だけだ。だから、どうか、これ以上、俺の邪魔をしないでくれないか?ここで大人しくしていてくれれば、お前らに危害を加えないと約束する」 

「......だから、僕達をこの場所に連れてきた......そういうことですか?」

「そうだ。これが、この場所こそが俺の全てだ......もう、隠していることもない」

 田辺は、野田の背後にある檻を見る。新崎優奈は、相変わらず、声なき声を発しているだけだ。まるで、必死に生命にすがりつこうと、何もない空間に手を伸ばしているかのようだった。その姿が、とても痛々しい。
 記者は、現実を様々な人間に伝える仕事だが、果たして、これが現実なのだろうか。いや、悩むことなどなく、まごうことなき現実だ。しかし、認めたくはなかった。ここにきて、自身の心に僅かながらの罪悪感が芽生えていることを田辺は自覚している。始まりは、田辺が東を追い詰めたこと。振り返ればほんの一瞬の出来事のように思える。
    だが、終わらせるには、多数の犠牲が必要になる。ならば、いっそのこと、ここで終わりにするべきなのではないか。そうすれば、守るものがある浜岡も斎藤も、無事に帰せる。それで良いじゃないか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

三分で読める一話完結型ショートホラー小説

ROOM
ホラー
一話完結型のショートショートです。 短いけれど印象に残るそんな小説を目指します。 毎日投稿して行く予定です。楽しんでもらえると嬉しいです。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

意味が分かると、分からないと怖い話【体験談+】

緑川
ホラー
ショートショートの寄せ集め。 幻想的から現実味溢れるものなど様々、存在。 出来の良し悪しについては格差あるので悪しからず。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/14:『でんしれんじ』の章を追加。2026/1/21の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/13:『こえ』の章を追加。2026/1/20の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/12:『あけてはいけない』の章を追加。2026/1/19の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/11:『みきさー』の章を追加。2026/1/18の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/10:『つかまれる』の章を追加。2026/1/17の朝8時頃より公開開始予定。 2026/1/9:『ゆうじんのかお』の章を追加。2026/1/16の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/8:『ついてきたもの』の章を追加。2026/1/15の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...