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第18話
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八幡西警察署で幼い頃に見てきた父親の大きな背中と、最後に見た背中が脳裏で重なると同時に、裕介は頭を振り上げ、剥き出しなった頭蓋へと渾身の力で振り下ろした。骨と骨が衝突し、肉を押し潰す篭った音がする。引き上げた裕介の顔面は鮮血に染まっているものの、本人は落ち着いた調子で立ち上がる。そこに、到着した浩太が裕介の肩を叩いた。
「大丈夫か裕介!」
ビクリ、と肩を震わせた裕介は、数秒だけ黙然と俯いたまま浩太を見ようともせず、ただ動かなくなった死者を眺めていた。
その様子に、まさか噛まれてしまったのかと、浩太の顔付きが曇っていく。しかし、その顧慮を吹き飛ばしたのは、他でもない裕介本人だった。
「大丈夫です、浩太さん……ただ……」
裕介は、自身が手を掛けた死者を一瞥して言葉を切った。浩太が不安そうに先を促す。
「ただ……どうした?」
裕介は次々と撃ち抜かれていく死者の大群に無言で目を向ける。
裕介にとっては、誰とも知れぬ人々にも、当然ながら家族や友人がいたのだ。もしかしたら、その繋がりを持った人間へ怪物のように襲い掛かったり、襲われたりして今に至っているのかもしれない。
裕介は、今になって感染した父親が自身を撃てと迫った理由を理解できた。あのとき、日常へ戻ろうと口にした裕介に、父親は男として死ねなかった自分を人間として殺してくれと言った。死ねば怪物へ、人間として死ぬならば血を分けた息子の手で、それができるだけ、この現実と向き合えるだけ俺よりも強くなるんだ、と。
裕介は、再度、父親に視線を戻した。砕かれた頭蓋の下、濁りきった眼球から頬にかけて、僅かに涙の跡を見てとれる。激しい痛苦の中で流したものだろうが、そうも思えない裕介は、胸中で言った。
親父、俺……親父を越えていくよ。今までも、そして、この瞬間に巡り合わせてくれて、ありがとう。
すう、と鼻で息を吸って口から吐き出した裕介は、顔をあげる。その表情は憑物が落ちたような晴れやかな笑顔だった。
「……いや、なんでもないです。ほら、みんな乗り込んでますし、俺達も急ぎましょう」
そう言ってヘリコプターへと向き直った裕介の背中に、浩太も曖昧な声しか出せなかった。だが、声や表情からは、遠賀の工場で垣間見た裕介よりも、一段と力強さを感じられる。きっと、裕介の中で新たなものが動き出したのだろう。浩太は、それ以上の詮索をせず、ヘリコプターへと足を掛け振り返る。
広がる光景は死屍累々の地獄絵図、航空機の墜落事故、突如として起きた九州地方感染事件、絡み合った裏側、それら全てに決着がついたとは言えない。
だけど、彼らは、俺達は生き延びた。それだけで良いのだろう。どんな地獄でも世界に命ある限り、きっと未来は広がっていく。
浩太が、ハッチを閉めると、操縦士が改めてレバーを引いて機体を浮上させる。少しだけ高くなった視界を照らす夕日に真っ直ぐ照らされながら、浩太は小倉の街を一望して、静かに敬礼を送り続けた。
「大丈夫か裕介!」
ビクリ、と肩を震わせた裕介は、数秒だけ黙然と俯いたまま浩太を見ようともせず、ただ動かなくなった死者を眺めていた。
その様子に、まさか噛まれてしまったのかと、浩太の顔付きが曇っていく。しかし、その顧慮を吹き飛ばしたのは、他でもない裕介本人だった。
「大丈夫です、浩太さん……ただ……」
裕介は、自身が手を掛けた死者を一瞥して言葉を切った。浩太が不安そうに先を促す。
「ただ……どうした?」
裕介は次々と撃ち抜かれていく死者の大群に無言で目を向ける。
裕介にとっては、誰とも知れぬ人々にも、当然ながら家族や友人がいたのだ。もしかしたら、その繋がりを持った人間へ怪物のように襲い掛かったり、襲われたりして今に至っているのかもしれない。
裕介は、今になって感染した父親が自身を撃てと迫った理由を理解できた。あのとき、日常へ戻ろうと口にした裕介に、父親は男として死ねなかった自分を人間として殺してくれと言った。死ねば怪物へ、人間として死ぬならば血を分けた息子の手で、それができるだけ、この現実と向き合えるだけ俺よりも強くなるんだ、と。
裕介は、再度、父親に視線を戻した。砕かれた頭蓋の下、濁りきった眼球から頬にかけて、僅かに涙の跡を見てとれる。激しい痛苦の中で流したものだろうが、そうも思えない裕介は、胸中で言った。
親父、俺……親父を越えていくよ。今までも、そして、この瞬間に巡り合わせてくれて、ありがとう。
すう、と鼻で息を吸って口から吐き出した裕介は、顔をあげる。その表情は憑物が落ちたような晴れやかな笑顔だった。
「……いや、なんでもないです。ほら、みんな乗り込んでますし、俺達も急ぎましょう」
そう言ってヘリコプターへと向き直った裕介の背中に、浩太も曖昧な声しか出せなかった。だが、声や表情からは、遠賀の工場で垣間見た裕介よりも、一段と力強さを感じられる。きっと、裕介の中で新たなものが動き出したのだろう。浩太は、それ以上の詮索をせず、ヘリコプターへと足を掛け振り返る。
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