ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜

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第2章 自由への道

第17話 地味で素朴でささやかな魔法

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「もちろんよ」

 ダリルの問いに、アイセルは即答した。

「あなたは私たちの亡命を請け負うと言ったわ。
 その言葉を信じる」

 彼女の言葉にエラルドも頷く。
 そもそも、もしもダリルがアイセルを国に差し出すつもりがあるなら、出会ったその日に彼女を捕えたはずだ。

 だが、彼はそうしなかった。
 二人を試しながらも、チャンスを与えたのだ。

「完全に信用することはできない。だが、今はあなたを頼るしかないのも事実だ」

 エラルドの硬い声に、ダリルが頷く。

「それでいい。信用は必要ない。金貨五十枚分、しっかり俺を利用しろ」

 扉の外からは、兵士の足音が迫ってきている。

「行くぞ」

 エンゾの先導で、アイセルとエラルド、そしてダリルは地下へと続く扉に飛び込んだ。



 地下通路の中はグネグネと曲がりくねっているし、分かれ道ばかりだった。また、途中には岩に見せかけた扉もあって、たとえ追手が地下通路の入り口を見つけたとしても追いつくことは不可能だと思われた。
 だからといって油断するわけにもいかない。
 途中で小休止を挟みはしたが、一行はほとんど休まず地下通路の中を進んだ。

 そして彼らが地上に出たのは、それから一日と半日後のことだった。

 地下通路の出口は、ノックスリーチの南の山中の洞窟に続いていた。
 洞窟の中には食べ物や着替えなど、旅に必要な物資が木箱に入って積まれていた。さらに、寝床まで準備されている。

「いったん、ここで休もう。といっても、埃っぽい毛布しかないがな」

 ダリルが木箱の中から人数分の毛布を出したが、彼の言う通りどれも埃っぽい。それに長期間箱の中に詰め込まれていたらしく、ぺたんこに潰れている。

 それを見たアイセルは、

「それなら私にまかせて!」

 懐から生贄日記を取り出した。

「アイセル様!」

 咄嗟にエラルドが彼女の手元を隠すように身体を割り込ませた。

「どうしたのよ」
「その日記のことは黙っていた方がいいのでは?」
「あら。これから彼らに助けてもらうのよ? 隠し事はフェアじゃないわ」

 彼女の言うことにも一理あるが、ダリルの方も何やら隠し事があるように見えるし、こちらがすべてを明かす必要はないとエラルドは考えていた。

「それに、埃っぽい毛布は嫌よ」

 その気持ちも分かる。
 彼女の手元には、この問題を解消する手段があるのだ。それを使わないのは惜しいと思うのは当然だ。

(……逃げていれば、いずれ魔法を使わなければならない場面もあるだろう。先に魔法についてダリルに情報共有しておくのは悪いことではない、か)

 エラルドが心の中で納得している間に、アイセルは日記のページをめくり始めていた。

「ちょっと待ってね。確か……あったわ!」

 真ん中ぐらいのページを開き、細い指で文字をなぞる。

「“ふかふかになれ”」

 アイセルが唱えると、毛布がぽわんと音を立てた。同時に毛がふわふわにふくらみ、埃っぽかった嫌な匂いも消え失せる。代わりに、毛布からはお日様の匂いがした。

「『毛布をふかふかにする魔法』ですって。便利ねぇ」

 感心するアイセルの向かいでは、ダリルとエンゾが驚きに固まっている。

「驚いたな。……魔法か」



 * * *



 全員でゆっくり話ができたのは、その日の晩になってからのことだった。

 歩き疲れていたので、とにかく休息が必要ということで意見が一致したからだ。
 彼らはふかふかになった毛布に包まれて、日が沈むまでぐっすり眠った。
 ただし、男三人はくじ引きで決めた不寝番を交代でこなした。
 とはいえ、夕飯の時間になればそれなりに体力も回復したのだった。

 夕飯は洞窟に保存してあった食料をエンゾが調理してくれた。厳つい見た目とは裏腹に、なかなか繊細な味付けの料理が出てきたのでアイセルもエラルドも驚いた。

 温かい料理を囲んで最初に話題に上ったのは、やはりアイセルの魔法のこと。
 実は料理を始めるときにも、アイセルが『鍋の火を中火に保つ魔法』を使ったのだ。おかげで、エンゾは完璧な火加減で調理することができた。

「なるほどなぁ」

 アイセルが生贄日記の来歴を話すと、ダリルは感心したように頷いた。

「それで、“青い月のカクテル”のことも知っていたわけか」
「ええ。二代前の生贄が、記録を残してくれていました」

 そのページを覗き込んだダリルが、また一つ頷く。

「亡命仲介人の仕事は、師匠から受け継いだ。その師匠にも師匠がいた。その誰かが、この生贄と会ったんだろう。……結局、逃げなかったようだが」

 二代前の生贄の日記には、ノックスリーチで亡命仲介人と接触した三日後に王都に帰ったと記録されている。
 結局、契約しなかったようだ。

「それにしても、やたらページ数が多くないか?」

 アイセルがパラパラと日記をめくるのを見て、ダリルが首を傾げた。
 生贄日記はアイセルの手のひらに載せられるくらいの大きさの、小さな手帳だ。

(言われてみれば)

 見た目よりもページが多いように見える。

「この日記自体にも、魔法がかかっているみたいなの」

 言いながら、アイセルは最初の方のページを開いて見せた。

「『日記のページ数を圧縮する魔法』ですって。おかげで日記が軽く済んでいるから助かるわ」

 生贄日記は、本来はもっと重いはずなのだ。それが魔法によって圧縮され、華奢なアイセルでも簡単に持ち運びができるサイズに収まっているという。

「ほほーう」

 ダリルはさらに興味深そうに日記を覗き込んだ。

「俺の国でも魔法が使われることはあるが、こういう地味な魔法はあまり見たことがないな」
「オアシリカでは、今でも魔法が伝わっているのですか?」
「オアシリカだけじゃない。世界中どの国にも魔法使いや魔女がいる。どの国でも、彼らの魔法は国防の要として機能しているんだ」
「国防の要、ということは……」
「魔法とは通常、戦う手段として用いられる」

 これには驚いた。
 生贄日記に載っている魔法は戦う手段とは程遠い、地味で素朴でささやかな魔法ばかりだったからだ。

(いや、『睾丸を締め上げる魔法』だけは別だが)

 思い出してエラルドの背筋がわずかに震えた。

「ふむ」

 ダリルが顎に手を当てて考え込んだ。

「……日記に載っている魔法の方が、魔法の本来の形に近いような気もするな」
「本来の形、ですか?」

 アイセルの問いにダリルが頷いた。

「魔法とは、人の願いが生み出した奇跡だ」

 パチッと薪の爆ぜる音がして、同時にダリルの顔を照らしていた炎の明かりが揺れた。

「我が国の伝承では、人の願いを叶えるために生み出されたものが魔法だと言い伝えられている。だから、人を殺す魔法よりも『毛布をふかふかにする魔法』の方が、よっぽどそれらしいのかもしれない」

 エラルドには魔法のことはよく分からない。他所の国の事情も分からない。

 だが、確かに彼の言う通りだと思った。

 生贄日記に載っている魔法は全て、過去の生贄たちの願いを叶えるために、そこに記録されたものだから。



 * * *



 翌日、一行は次の街を目指して出発した。

「差し当たっての目的地は、南の国境沿いの街・アステラルだ」

 アステラル、その名前にアイセルの肩がピクリと揺れた。

「『証明の門』の街ですね」
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