【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜

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第1部 - 第3章 勤労令嬢と秘密の仕事

第28話 秘密

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魔石炭コールの情報が売買された。相手は魔大陸の商人だ。さらに、ハワード・キーツが消えた」

 アレンが声をひそめて言った。
 時間はすでに夜になろうとしているが、首都ハンプソムの街道はにぎやかなままだ。その中を、ジリアンとアレンを乗せた馬車が郊外へ向けて走っている。

「……トカゲのしっぽ切りが、はじまったってことね」
「その通りだ」

 オニール男爵家の専属家庭教師を経て王立魔法学院の助教になった男、ハワード・キーツ。彼は貴族派とオニール男爵との繋ぎ役だったということで間違いない。それが消えたということは、オニール男爵がことを意味する。

魔石炭コールの情報を取引したのは、オニール男爵の独断?」
「そうだろうな。魔石炭コールの開発は国家事業だ。その情報を売るなんて、一線を超えている。見つかれば言い逃れはできない国家反逆罪だ。さすがの貴族派も、こんな下手は打たないだろう」
「そうね。得をしたのは大金を得たオニール男爵と、情報を得た商人だけだもの。目先の利益のために、こんな馬鹿なことをするなんて……」
「だから、貴族派に切られたってことだ。まあ、ハワード・キーツが消えたのは今朝のことだ。オニール男爵本人は、切られたことにまだ気づいてない」
「ハワード・キーツには、誰かが張り付いていたのね?」

 王室が密偵みっていを差し向けていたのだろう。そうでなければ、こんなに早く貴族派の動きに気づくはずがない。

「そういうこと。今朝、部屋がもぬけのからになっているのが見つかった。持ち物も何もかも消えていて、手がかりすらない」
「不自然な消え方、ということね」
「ああ。そっちの捜索は、とりあえず保留だな」

 もともと、しっぽを掴ませないやり手だったのだ。ハワード・キーツを追っても、結局なにもつかめないだろう。それよりも、目下の問題となっているオニール男爵の対応をするということだ。

「でも、どうして私?」
「ん?」
「これから、オニール男爵の取引現場に行くのよね? どうして私を同行させるの? 勅命ちょくめいまで使って」
魔石炭コールの情報を売ったのは、ジリアン・マクリーンだと主張する一派がいるんだ」
「え!?」

 寝耳に水だ。

「そんな戯言ざれごとに耳を貸す閣僚かくりょうはいないから安心しろ。問題は、そういう馬鹿げたことを言い出す人間が存在するってことだ」

 一瞬、空気がひりついた。アレンは怒っているのだ。

「だから、お前を連れて行く。お前の手で落とし前をつけるんだ」
「だけど、一介の学生でしかない私やあなたが、こんな政治的な仕事をうだなんて……。そうよ。そんなことよりも!」
「なんだよ」
「あなた、何者なの?」

 ここまでアレンに言われるがままになっていたが、そもそもの謎が明かされていない。

「どうして、あなたが王の勅旨ちょくしを伝えに来たの? そもそも、学生のあなたが、どうしてこんなことを?」

 その問いに、アレンはニコリと笑った。

「今は教えられないな」
「どうして?」
拝謁の儀社交界デビューまでは、秘密にする約束なんだ」
「誰と約束したのよ」
「マクリーン侯爵」

 ますます訳が分からなくて、ジリアンは首を傾げた。

「まあ、あんまり深く考えるなって。俺って、実は国王陛下から直接仕事を頼まれるような、すごい奴なんだってこと。そもそも、俺は学院の生徒やってるけど大学は卒業してるからな?」
「そういえば」
「ちゃんと話すから」
「ほんとに?」
「ああ。拝謁の儀社交界デビューが終わったらな」
「もう」
「ちなみに、調べたんだろ? モナハン伯爵家について」
「まあ」
「どうだった?」
「何も分からなかったわよ。王妃殿下のご実家の親戚筋だってことがわかっただけ」
「それで? ジリアンの予想は?」
「うーん。代々、王室の裏の仕事を請け負ってきた家門、とか。ありそうかなって思ってるんだけど」
「おお。なかなかするどい予想だな」
「……あなた、面白がってるわね?」
「バレたか?」
「もう!」

 ふざけ合いながら、ジリアンは内心ではホッとしていた。
 先日のバルコニーの一件以降、こうしてアレンと二人きりになるのは初めてだったから。

(あれは、気のせい。もしくは気の迷い。だから、アレンもいつも通りで何も言わないんだわ)

 ジリアンは、そう結論付けることにしたのだった。




 約1時間後、二人は馬車を降りた。誰にも気づかれずに取り引き現場に潜入する必要があるからだ。
 取り引きを中止させるわけにはいかないので、大々的に騎士団を動かすことはできない。少数の騎士たちがバラバラに移動してこの近くに待機する手はずにはなっているが、実際に動くのはジリアンとアレンの二人だけだ。今夜は護衛騎士であるノアも同行していない。

「魔大陸との交易は、別に犯罪でもなんでもない。オニール男爵をしょっぴくためには、それ以上の何かをやってるっていう証拠が必要だ」
「結局、そこの詳細は分かっていないのね?」
「そう。けっこう慎重なんだよ、あいつ。だけど、今夜の取り引きは特別らしい」
「特別?」
魔大陸あっちの商団のお偉方が入国しているって情報が入ったんだ。黒い噂のある奴らしいから、なんかヤバいものを取引するんじゃないかって」
「その情報って……」

 簡単に手に入る情報ではない。魔大陸の商人界隈かいわいに詳しい人物からもたらされた情報だ。それは、つまり。

「そ。魔大陸の外交官から入った情報だ。手にあまるから、ここらで始末したいらしいな」

 そのセリフに、ジリアンはこめかみを押さえた。

(外交問題まで……。ますます複雑な事案じゃないの。どうして、こんなことに私なんかが……)

「お前、私なんかって思ってるだろ?」
「え?」
「国王陛下は、お前になら任せられると思って任せたんだからな」
「……うん」

 話しながらも、二人は取引現場に到着した。
 閑散かんさんとした、倉庫街。

「こっちだな」

 アレンが手元の地図と倉庫の壁にかかげられているプレートを見比べている。

隠蔽いんぺい魔法をかけるわ」
「助かる」

 一時的に、人の姿を見えなくする魔法だ。ただし、見えなくなるだけで音や臭いは伝わってしまうので注意が必要。

「行こう」
「うん」

 その倉庫は、真っ暗な倉庫街の中で一軒だけ灯りがついていたのですぐに分かった。中には数人の男たち。黒いフードをかぶった男たちの顔が一瞬だけ見えた。

(人間じゃない)

 種族まではわからないが、魔族であることは間違いないだろう。
 そして、オニール男爵の姿もあった。

 倉庫の外から『千里眼せんりがん』でのぞこうとしたが、できなかった。『千里眼』は万能ではない。距離が離れていれば漠然とした事実しか把握できないのだ。そこで、ここまで近づいてから覗こうとしたわけだが。

「倉庫の壁に妨害する魔法がかけられているのかも。魔大陸の魔法だと思う」
「中に入れば見えるか?」
「たぶん」
「よし」

 アレンが短剣を取り出した。ジリアンもそれにならう。そして、彼の合図で裏口から中へ。おあつらえ向きに、積んであった木箱の陰に隠れることができた。
 
(ここまでしか近づけないわね)

 あまり近づいては気配で気づかれてしまう。しかし、ここからでは取り引きの様子は見えないし、話し声も判然としない。

(でも、この距離なら、はっきり見えるし音も拾える)

 ジリアンは目を閉じて集中した。まぶたの裏に映る景色が移り変わり、誰かの手元が映し出される。

(見えた!)

 同じように耳にも集中すれば、彼らの話し声も聞こえてきた。

(よし)

 さらにアレンの手を握った。彼にも映像と音声を共有できるよう、イメージする。
 すると、あらかじめ決めておいた合図があった。『見える、聞こえる』と。

「それでは、今回はこの金額で」
「よいでしょう」

 魔族の男性のセリフに、オニール男爵が尊大そんだいな態度で返事をしている。

「悪くない取り引きでした」
「ええ。我々にとっても、あなた方にとっても」
「しかし、取り扱いには注意してくださいよ」
「もちろん。信頼できる相手にしか、売りませんとも」
「信頼、ねえ」

 魔族の男性が、それを手にとった。
 重厚な作りの、革製の四角いカバン。その中に、黒く輝く石が入っている。

(あれは、何?)

 磨き上げられた宝石だ。それが、不気味な黒い輝きを放っている。

「これまでには、どなたにお売りになったんですか?」
「まずは、わしの娘が使わせていただきました」
「ほう。いかがでしたか?」
「魔力量が格段に跳ね上がりましてな。複雑な魔法も使えるようになったのだから、驚きました」
「そうでしょうね。我々の作る『魔法石』は、一級品ですから」

(魔法石!?)

 それは、魔大陸で採掘さいくつされる希少な宝石だ。
 石自体が多量の魔力を持つ『魔法石』は、主に魔法使いの力を底上げすることに使われる。

(でも、黒い『魔法石』なんて……)

 本来、『魔法石』はその魔力の属性の色を持っているはずだ。火属性の赤、水属性の青、風属性の緑、土属性の茶。
 黒い『魔法石』など、聞いたことがない。
 アレンも同じ疑問を持ったのだろう。首を傾げているのが伝わってくる。



「……ネズミが2匹」



 不意に、背後から声が聞こえた。
 慌てて『千里眼』を解いて振り返れば、そこには一人の男が立っていた。その榛色ヘーゼル双眸そうぼうが、はっきりとジリアンとアレンを見ている。

隠蔽いんぺい魔法を、見破られている!)

 その顔には見覚えがあった。王立魔法学院の、『魔法医療学』の助教。

「ハワード・キーツ!」

 アレンが呼ぶのと同時に、二人の視界が真っ黒に染まった──。
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