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episode10
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憤りのまま床を叩きつけ、そのまま──。俺はどのくらい時間が経ったか分かっていなかったが、本宅の使用人がやってきて呼んでいることで気付いた。
「坊っちゃん、坊っちゃん」
「ん……? ピーターか……」
「ええ私めです、坊っちゃん。旦那さまがお呼びです。至急本宅に来て正装して応接室に来るようにと……」
「そうか、分かった」
それで伯爵さまが来たことが分かった。俺は舗装もされていない私道を歩いて本宅へと行く。玄関を開けると、兄のブライアンが腕組みして待っていた。
「ジョエル。お前一体何をしたんだ? 伯爵さまがお前目当てで来られるなんて。何か盗んだりしたのかよ。バカかお前。せっかく就職したと言っても、そんなことしたらお前だけでなく、我が家だって破滅だというのに」
兄はまったく分かってない。俺は何も言わず、自分の部屋に行こうとすると、兄はそのままくっついてきた。
「おいおいだんまりかよ、まったく。まあいいさ。一緒に謝ってやる。さっさと着替えろ。おじいさまの代とは言え血縁だ。誠心誠意謝れば許してくれる、さ」
そう言いながら俺の背中をポンと叩いた。兄らしいと言えば兄らしい。まあ伯爵さまがどんなことを言ってくるかだ。いずれにしても何も起きないということはないだろう。
自室で伯爵さまに会うための正装をする。これは本来シャロンさんとの結婚を許して貰うためだったのにと苦笑した。
着替え終わり、兄に率いられながら応接室に行った。中には伯爵さまと父が談笑しているようだ。兄は控えめにドアをノックした。
「誰か?」
「父上、私です。ブライアンです。ジョエルを連れてきました」
「そうか、入りたまえ」
兄は入るなり、深く深く伯爵さまへと頭を下げたので、俺も同じようにした。兄はそのまま伯爵さまへと言う。
「この度は不肖の弟が、ご迷惑をお掛け致しまして誠に申し訳ございません。私の監督不行き届きでございます。よく言って聞かせますので、平にご容赦願います。弟はまだ17歳で分別がつかず、まだ一人前ではございません。最近就職しまして、ようやく、世間のことが分かり始めたばかり。その辺をご考慮なされまして、特別の配慮くださいますよう──」
そこまで言う兄を父は止めた。
「おいおい、ブライアン。早合点するな」
「え?」
「ジョエル、こっちに来たまえ」
「はい」
俺は父の元に歩みを進めると、伯爵さまはソファーから立ち上がって、俺に握手を求めてきた。
「ジョエルか、久しぶりだな。前に会ったのはこんなに小さな時だった」
「はい。お久しぶりです、閣下」
「そなた、今朝がた我が娘ローラを家に迎え入れたそうだな。相違あるか?」
「いえ、その通りです」
後ろでは兄が『うえ!?』とすっとんきょうな声を上げていた。
「ローラはそなたを好いており、婿に欲しいそうだ。そなたは儂とは血縁だし、歳だって申し分ない。異存なかろう」
異存だらけだ。異存だけ──。しかし、シャロンさんはローラと一緒になれと言った。ローラは俺が婿に欲しいのだ。どうにもならない。断ろうともシャロンさんは俺の元には来てくれないのだ。俺は奥歯を噛んでから言った。
「異存ありません。きっとローラさんを幸せにしてみせます」
伯爵さまは、笑顔でポンと俺の肩を叩いた。
「おお、そうか。ローラが言うにはな、自分だけがそなたを好きで、一方的かもしれないから、誠意として伯爵位を辞し、そなたに譲りたいのだと」
「え?」
「うむ、であるから、そなたを養嗣子として迎えたい」
すると兄は卒倒せんばかりに驚いて、またもや声を上げた。
「はわわわわ、ジョエルが、養嗣子、で、ございますか!?」
それに伯爵さまは笑顔で答える。
「そうだ。そして儂と妻は、妻の実家のほうにある療養所の近くに別荘を建て、そこで余生を迎えるつもりだ。それはローラとジョエルの結婚式の後、すぐにだ」
「はわわわわ、ジョエルがすぐに伯爵さまに……」
兄は泡を噴きそう。そりゃそうだろう。俺だって驚きだ。いくら血縁だからと言ってすぐに伯爵位を譲られるなんて。普通の男なら一も二もなく飛び付いてしまう条件だ。
「閣下のお心、図り知れません。ただその御手にすがるばかり」
「うむ。早速結婚式の準備に取りかかろう。後見人には、そなたの父ビルと、ローラの姉シャロンが就く。君はシャロンを知っているかね?」
「はい。西の使用人館におりましたので、挨拶など交わしました。私と二つ上の閣下の庶子の娘さんと理解しております」
「おう、だったら話が早い。ではよろしく頼む。吉日を以て結婚式を執り行おう」
「はい。お義父様よろしくお願いいたします」
伯爵さまは、それだけ言うとお屋敷に帰っていったので、俺は父や兄たちとお見送りした。その後の兄は、今までにないテンションだった。
「うおい! ジョエル、お前うまくやったなぁ。うーん、もうジョエルとは呼べんな、まさにご令嗣さまだ。いや、結婚したら伯爵さまとなるのかぁ。まさか弟を閣下と呼ぶ日が来るなんて思ってもみなかった。うーむ」
「いえ、別にジョエルのままでいいです」
「そうもいかん。俺はまだ父から爵位を嗣いでもいないしな。俺なんてまだ子爵の子なだけだよ。はー、これからはそちらのお屋敷にご挨拶に行くのが楽しみだな。お屋敷にはたくさんの貴族の方々も出入りなさるだろう。きっと婦人たちは俺がジョエルと気安いのでうわさなさるね。閣下のお隣におられるのは? あれはアートル子爵で閣下の実のお兄様なのだとか。まあ、様子のいい方で驚いてしまうわ。お近づきになりたいですわ。なんて言われたらどうしよう、どうしよう……」
浮かれる兄とは裏腹に、当の本人である俺は復讐心でいっぱいだった。
伯爵となる、伯爵となる──。
そしたらこの領地で最高の権力者だ。ローラをぞんざいに扱い、シャロンさんには俺と他領に逃げていれば良かったと、散々思わせてやる……!
その後は、その後は……、ああ、クソ! シャロン……。
「坊っちゃん、坊っちゃん」
「ん……? ピーターか……」
「ええ私めです、坊っちゃん。旦那さまがお呼びです。至急本宅に来て正装して応接室に来るようにと……」
「そうか、分かった」
それで伯爵さまが来たことが分かった。俺は舗装もされていない私道を歩いて本宅へと行く。玄関を開けると、兄のブライアンが腕組みして待っていた。
「ジョエル。お前一体何をしたんだ? 伯爵さまがお前目当てで来られるなんて。何か盗んだりしたのかよ。バカかお前。せっかく就職したと言っても、そんなことしたらお前だけでなく、我が家だって破滅だというのに」
兄はまったく分かってない。俺は何も言わず、自分の部屋に行こうとすると、兄はそのままくっついてきた。
「おいおいだんまりかよ、まったく。まあいいさ。一緒に謝ってやる。さっさと着替えろ。おじいさまの代とは言え血縁だ。誠心誠意謝れば許してくれる、さ」
そう言いながら俺の背中をポンと叩いた。兄らしいと言えば兄らしい。まあ伯爵さまがどんなことを言ってくるかだ。いずれにしても何も起きないということはないだろう。
自室で伯爵さまに会うための正装をする。これは本来シャロンさんとの結婚を許して貰うためだったのにと苦笑した。
着替え終わり、兄に率いられながら応接室に行った。中には伯爵さまと父が談笑しているようだ。兄は控えめにドアをノックした。
「誰か?」
「父上、私です。ブライアンです。ジョエルを連れてきました」
「そうか、入りたまえ」
兄は入るなり、深く深く伯爵さまへと頭を下げたので、俺も同じようにした。兄はそのまま伯爵さまへと言う。
「この度は不肖の弟が、ご迷惑をお掛け致しまして誠に申し訳ございません。私の監督不行き届きでございます。よく言って聞かせますので、平にご容赦願います。弟はまだ17歳で分別がつかず、まだ一人前ではございません。最近就職しまして、ようやく、世間のことが分かり始めたばかり。その辺をご考慮なされまして、特別の配慮くださいますよう──」
そこまで言う兄を父は止めた。
「おいおい、ブライアン。早合点するな」
「え?」
「ジョエル、こっちに来たまえ」
「はい」
俺は父の元に歩みを進めると、伯爵さまはソファーから立ち上がって、俺に握手を求めてきた。
「ジョエルか、久しぶりだな。前に会ったのはこんなに小さな時だった」
「はい。お久しぶりです、閣下」
「そなた、今朝がた我が娘ローラを家に迎え入れたそうだな。相違あるか?」
「いえ、その通りです」
後ろでは兄が『うえ!?』とすっとんきょうな声を上げていた。
「ローラはそなたを好いており、婿に欲しいそうだ。そなたは儂とは血縁だし、歳だって申し分ない。異存なかろう」
異存だらけだ。異存だけ──。しかし、シャロンさんはローラと一緒になれと言った。ローラは俺が婿に欲しいのだ。どうにもならない。断ろうともシャロンさんは俺の元には来てくれないのだ。俺は奥歯を噛んでから言った。
「異存ありません。きっとローラさんを幸せにしてみせます」
伯爵さまは、笑顔でポンと俺の肩を叩いた。
「おお、そうか。ローラが言うにはな、自分だけがそなたを好きで、一方的かもしれないから、誠意として伯爵位を辞し、そなたに譲りたいのだと」
「え?」
「うむ、であるから、そなたを養嗣子として迎えたい」
すると兄は卒倒せんばかりに驚いて、またもや声を上げた。
「はわわわわ、ジョエルが、養嗣子、で、ございますか!?」
それに伯爵さまは笑顔で答える。
「そうだ。そして儂と妻は、妻の実家のほうにある療養所の近くに別荘を建て、そこで余生を迎えるつもりだ。それはローラとジョエルの結婚式の後、すぐにだ」
「はわわわわ、ジョエルがすぐに伯爵さまに……」
兄は泡を噴きそう。そりゃそうだろう。俺だって驚きだ。いくら血縁だからと言ってすぐに伯爵位を譲られるなんて。普通の男なら一も二もなく飛び付いてしまう条件だ。
「閣下のお心、図り知れません。ただその御手にすがるばかり」
「うむ。早速結婚式の準備に取りかかろう。後見人には、そなたの父ビルと、ローラの姉シャロンが就く。君はシャロンを知っているかね?」
「はい。西の使用人館におりましたので、挨拶など交わしました。私と二つ上の閣下の庶子の娘さんと理解しております」
「おう、だったら話が早い。ではよろしく頼む。吉日を以て結婚式を執り行おう」
「はい。お義父様よろしくお願いいたします」
伯爵さまは、それだけ言うとお屋敷に帰っていったので、俺は父や兄たちとお見送りした。その後の兄は、今までにないテンションだった。
「うおい! ジョエル、お前うまくやったなぁ。うーん、もうジョエルとは呼べんな、まさにご令嗣さまだ。いや、結婚したら伯爵さまとなるのかぁ。まさか弟を閣下と呼ぶ日が来るなんて思ってもみなかった。うーむ」
「いえ、別にジョエルのままでいいです」
「そうもいかん。俺はまだ父から爵位を嗣いでもいないしな。俺なんてまだ子爵の子なだけだよ。はー、これからはそちらのお屋敷にご挨拶に行くのが楽しみだな。お屋敷にはたくさんの貴族の方々も出入りなさるだろう。きっと婦人たちは俺がジョエルと気安いのでうわさなさるね。閣下のお隣におられるのは? あれはアートル子爵で閣下の実のお兄様なのだとか。まあ、様子のいい方で驚いてしまうわ。お近づきになりたいですわ。なんて言われたらどうしよう、どうしよう……」
浮かれる兄とは裏腹に、当の本人である俺は復讐心でいっぱいだった。
伯爵となる、伯爵となる──。
そしたらこの領地で最高の権力者だ。ローラをぞんざいに扱い、シャロンさんには俺と他領に逃げていれば良かったと、散々思わせてやる……!
その後は、その後は……、ああ、クソ! シャロン……。
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