果たされなかった約束

家紋武範

文字の大きさ
16 / 16

epilogue

しおりを挟む
 ローラはジョエルを棺に入れた。そして鍵のなくなった小さめの箱を顔の横に入れる。

「一体、何が入っているのかしらね? 中身はそんな大切なものでしたの? ねぇ、ジョエルさま。教えてください」

 ジョエルの遺体にしがみついて泣くローラに、彼女の子供たちは言う。

「気になるならお母さま、開けてしまえばいい」
「でも、鍵はもうないのよ?」

「簡単ですよ。工具を使えばすぐです。中身を傷付けずに開けれますよ」

 ローラは少しだけ考えたが、小さく頷いた。

「ええ。やってしまって。私、お父様の秘密を見てみたい。でもね、あなたたちはダメ。開けたらすぐに出て行って」
「はい、お母さま」

 子供たちは箱を取り囲んで、バールを使って簡単に箱をこじ開けた。そして中身を見ずに、部屋から立ち去ったのだ。
 ローラはそれをドキドキしながら開けると、そこには安っぽい銀の指輪と、一度くらいしか使われたことがない、毛糸の帽子と手袋が入っていた。

 ローラはそれを手に取って、さめざめと泣く。

「この毛糸の手袋も帽子も見覚えがある。だって、私がジョエルさまへとプレゼントしたマフラーを作る横で、お姉さまはこれらを作っておられましたもの。この指輪も、お姉さまが最後までつけていたものと同じ……。ねぇ、お姉さま。あなたは、とてもウソつきだったのね。あの生誕祭の日に、一緒にいたのは、一緒にいたのは……」

 ローラは泣きながら、細い腕を振り上げて床板をひとつだけ叩いて叫ぶ。

「バカ! バカ! お姉さまもジョエルさまもバカよ! 私がいくらジョエルさまを好きだったとしても、二人が愛し合ってるなら喜んで身を引いたわよ! それを、それを私を気遣って、心にもない結婚をするなんて!」

 ローラは、ジョエルの左手の薬指に嵌められた、自分たちの誓いの指輪を外し、銀の指輪を嵌めてやった。

「ジョエルさま。あなた、最初の頃とっても意地悪でしたわよね。つまりそういうわけでしょう? お姉さまとジョエルさまの間では、別れもなにもまとまっていなかった。でもある時からジョエルさまは吹っ切ったように私を愛してくださいました。きっとお二人の中で、死後のお約束をなすってたのだわ。だからこうして死出の旅にこれを持っていきたかったのね。分かるわよ。私はあなたの妻ですもの。ねぇ、ジョエルさま。今生では私、幸せでしたわ。それはお姉さまとあなたにたくさんの愛を貰ったから。ですから、来世ではお二人の邪魔はしません。そうですわね……、私のことは娘にでもしてくださいませ」

 そして、目を閉じているジョエルへと微笑んだのだった。





 それから時が流れて、ローラも死に、モンテローズの当主も代わってしまった時代。
 町の産院から、一つの産声が上がった。

「おおい、旦那。時計屋の旦那。生まれたよゥ。元気な男の子だい」

 産婆は、部屋の外にいた時計屋の主人へと呼び掛けると時計屋の主人は喜んで妻を労った。

「ありがとうソニア。良くやってくれた!」
「あなた。この子の名前、考えてくれてた?」

「もちろん。ウチのじいさまの代にはね、このモンテローズのご領主が勤めていた時期があったんだよ。そのご領主さまの腕が良くてね、そのかたのお名前を頂戴した」
「あら、なんというお名前?」

「ジョエルだよ。いい名前だろ?」
「本当だわ。あら。この子の手に、何か握られてない?」

「本当だ……。これは、指輪だよ。銀の指輪だ」
「へー! すごい。きっと幸運な子ね!」

 しかし、産婆は冷めたように言う。

「別にね、珍しいもんじゃないよ」
「そうですかね?」

「あたしゃ、この土地で三十年産婆をやってるけどね、他にも銀の指輪を持って産まれた子を知ってるよ。ほら、この角の花屋の子さ。名前はなんていったかねぇ? そうそう、シャロンの薔薇農園から名前を頂いたんだっけね。だから名前はシャロンだよ。たしか二歳の女の子になってるはずさ」
「へぇ。花屋の……。偶然ってあるもんですねぇ」





 花屋のシャロンと時計屋のジョエルはすくすく育ち、年頃になると互いを意識始めた。

「ねぇ、シャロンさん。今度の生誕祭は一緒に過ごしません?」
「いやよ。あなたはイヤらしいことしか考えてないもの」

「まさか、そんな気は……」
「ないのね?」

「ないです。ないない」
「あら、ないの?」

「それは……、あります」
「やだ、イヤらしい。向こうに行ってよ。シッシッ」

「いいや、行きませんよ。いいじゃないですか。一緒に過ごしましょうよ~」
「まったく。ハイハイ。何時にどこ?」

「では、あの時計台の下で17時に」
「分かった、分かった」

「そこでですね」
「うん」

「前に言っていた、産まれた時に持っていたという銀の指輪を持ち寄りましょうよ。それが二人の運命を繋ぐものなのか確かめたいです」
「ふーん。お前、ロマンチストだな。でも合わなかったらどうするの?」

「それは……その時は別の指輪をプレゼントします。ドキドキしますね」
「逆に運命じゃなかったとか思い知らされるようでいやだな~」

「まぁまぁ、そんなこと言わないで」

 そして二人はレストランの食事の後で、小さなチャペルへと向かい神の前で誓い合う。あの時の指輪を互いに嵌めあって──。

「本当に、お互いの指にピッタリですね」
「へー。きっと前世でも夫婦だったんだわ。私たち」

「前世でも、俺、平手で叩かれてたのかなぁ……」
「なんか言った!?」

「いいえ、まさか! 言うわけないでしょう?」
「だったら良いのよ」

「ねぇ、シャロン聞いて。前世なんてどうでもいい。俺は君が好き。愛してる。君に会えて最高の幸せだ。二人はこれから楽しいだけの毎日じゃない。時には喧嘩もし、寂しい夜を過ごすこともあるかもしれない。だけどね、君のその時が来るまで一緒にいる。このリングに誓うよ。これは俺たちの絆。俺たちの命。約束しよう。君を一生幸せにすると……」
「……ええ」

「愛してるよ、シャロン」
「私もよ、ジョエル」

 二人はリングに誓い合って、そして吉日に多くの人々に祝福されながら──、結婚した。





 それから数年経って、産院から産声が上がる。

「ありがとうシャロン。俺の子を産んでくれて……」
「凄い痛かったぞ。お前のせい!」

「それは──、ごめんなさい」
「まったく、男なんて楽なものね。後で百発殴るからな、覚悟しとけ」

「おいおい、怖いな」
「ところで、女の子の名前も考えてくれてたんでしょうね」

「もちろん。この子の名前はローラだよ」
「そう、可愛いでちゅねー、ローラ、よしよしよし」

 今まさに、あの時の約束は叶えられようとしている。一歩、一歩、二人の人生の先に進みながら……。
 今度こそ約束が違えられぬことを祈る。どうか神よ、彼らに永久とこしえの祝福を与えたまえ! 





 Fin
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

後妻の条件を出したら……

しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。 格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。 だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。 しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。 しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。 突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。 『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。 表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。

禁断の関係かもしれないが、それが?

しゃーりん
恋愛
王太子カインロットにはラフィティという婚約者がいる。 公爵令嬢であるラフィティは可愛くて人気もあるのだが少し頭が悪く、カインロットはこのままラフィティと結婚していいものか、悩んでいた。 そんな時、ラフィティが自分の代わりに王太子妃の仕事をしてくれる人として連れて来たのが伯爵令嬢マリージュ。 カインロットはマリージュが自分の異母妹かもしれない令嬢だということを思い出す。 しかも初恋の女の子でもあり、マリージュを手に入れたいと思ったカインロットは自分の欲望のためにラフィティの頼みを受け入れる。 兄妹かもしれないが子供を生ませなければ問題ないだろう?というお話です。

銀鷲と銀の腕章

河原巽
恋愛
生まれ持った髪色のせいで両親に疎まれ屋敷を飛び出した元子爵令嬢カレンは王城の食堂職員に何故か採用されてしまい、修道院で出会ったソフィアと共に働くことに。 仕事を通じて知り合った第二騎士団長カッツェ、副団長レグデンバーとの交流を経るうち、彼らとソフィアの間に微妙な関係が生まれていることに気付いてしまう。カレンは第三者として静観しているつもりだったけれど……実は大きな企みの渦中にしっかりと巻き込まれていた。 意思を持って生きることに不慣れな中、母との確執や初めて抱く感情に揺り動かされながら自分の存在を確立しようとする元令嬢のお話。恋愛の進行はゆっくりめです。 全48話、約18万字。毎日18時に4話ずつ更新。別サイトにも掲載しております。

政略結婚の指南書

編端みどり
恋愛
【完結しました。ありがとうございました】 貴族なのだから、政略結婚は当たり前。両親のように愛がなくても仕方ないと諦めて結婚式に臨んだマリア。母が持たせてくれたのは、政略結婚の指南書。夫に愛されなかった母は、指南書を頼りに自分の役目を果たし、マリア達を立派に育ててくれた。 母の背中を見て育ったマリアは、愛されなくても自分の役目を果たそうと覚悟を決めて嫁いだ。お相手は、女嫌いで有名な辺境伯。 愛されなくても良いと思っていたのに、マリアは結婚式で初めて会った夫に一目惚れしてしまう。 屈強な見た目で女性に怖がられる辺境伯も、小動物のようなマリアに一目惚れ。 惹かれ合うふたりを引き裂くように、結婚式直後に辺境伯は出陣する事になってしまう。 戻ってきた辺境伯は、上手く妻と距離を縮められない。みかねた使用人達の手配で、ふたりは視察という名のデートに赴く事に。そこで、事件に巻き込まれてしまい…… ※R15は保険です ※別サイトにも掲載しています

処理中です...