一葉のコンチェルト

碧いろは

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葉と灯台編

【葉と灯台編】57:xx16年12月23日

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なにか少しからかわれているような気もしているが、
店員が料理を運んできたことをきっかけに、乃亜はなんとか気持ちを持ち直した。

オリーブオイルとニンニクの良い香りを漂わせる海老とマッシュルームのアヒージョ、
トルティージャというらしいスペイン風オムレツ、
小イカのフリット、薄切りのタコが入ったジャガイモとパプリカ入りのサラダ、
そして魚介のパエリアがテーブルに並ぶ。

取り皿に取り分けようと手を小皿に伸ばしたが
それはさらりと奪われてしまった。
今日は本当に何もさせてくれないらしい。
申し訳ない気持ちにもなるが、
自分でやるといっても断られたので大人しく従うことにした。

外見の色鮮やかさから味が濃いような気がしたが
食べてみるとどれも素材の味を引き立たせるようなものが多く、
いずれもとても美味しい。
中でもメインとして注文された魚介のパエリアは旨味たっぷりで本当に美味しい。
家ではこうはいかない。

 「今でも家事は静と分担してるのか?」
 「はい。といっても、程々にですが。
  まだ腕が治りきってないので、兄さんも全面的に許してくれないんです」
 「まぁ、それはそうだろうな」

こればかりは乃亜も自分が悪い自覚があるので、粛々と受け入れるほかない。
静も大学が忙しいのは確かだが、それでも9月中は乃亜に家事禁止を笑顔で言い渡してきた。
夏の旅行で互いに以前よりハッキリ互いに言えるようになったと思う。
思うが、あの時は少々怖かった。

 「とてもいい笑顔で、家事禁止を言い渡されましたから……」
 「ふ、ふふ、あいつらしい」
 「でも10月にはいって、痛みも殆どなくなって、
  日常的な動きは出来るようになってましたから、
  今はもうだいぶ緩和されましたよ。
  普通に食事を作ったりも出来るようになりましたから」

今は基本的な動作にほぼ問題はない。
勿論、水をたっぷりいれた鍋を抱えたりといった腕に負荷がかかることは避けているが、
フライパンを使ったり、包丁を握るなどは問題ないのだ。
朝の弁当作りもすでに再開している。

 「ああ、それで今日はサポーターをつけてないのか」
 「あ、いえ……」

それはまた少し違う話である。
とはいえ否というのも少し違うような気がしたが、そうと気付いた時にはもう遅かった。

煉矢は首を傾げ、乃亜の否定の言葉の続きを待っている。

 「いえ、その……あ、も、持ってきてはいます。
  ただ……付け、たくなかったと、言いますか……」
 「付けたくなかった?」
 「……服に合わない、と、思って……。
  いえ、医療道具なんですから、当たり前だと思うんです。
  ただ、その、……付けたく、なくて……」
 「それは……、……っ」

自分でもうまく理解できていない感情の説明は難しい。
堂々巡りのような説明をしていると、
煉矢がなにかに気付いたのか息を飲んだ様子を見せた。
が、煉矢は額を押さえ込みなにかを耐えるように俯いている。

 「煉矢さん……?」
 「……いや、なんでもない。
  それより、まだ食べれそうなら、デザートでも頼むか?」
 「え、でも……」
 「せっかくだし頼むといい。俺もなにか頼むから」
 「……はい」

少し誤魔化すようにメニューを差し出された。
乃亜は疑問符を浮かべながらそれを受け取り、デザートのページを確認していく。

額を抱えていた顔をあげ、乃亜に視線を向ける。
額につけていた手で頬杖をつくように口元を覆う中、乃亜の先ほどの発言を思い返した。
おそらく乃亜は自覚していない。
サポーターを付けたくなかった。服に似合わないような気がしたから。
つまり綺麗に着飾った自分でいたかった、という現れだ。
多少思い上がりかもしれないが、
そういう姿で自分と今日を過ごしたかったということになる。
そういった構図が早々に想い至ってしまい、さしもの煉矢も照れざるを得ない。

今日の乃亜の装いが可愛らしいことなどとうに感じている。
ふわりとしたモカブラウンのニットにワインレッドのスカート。
広くあいた襟ぐりから見える白い肌には自分が送ったペンダントが揺れる。
銀髪をサイドで捻り、ラインストーンは横顔にきらきらと輝きを添えてさえいた。
もとより乃亜が可愛らしいのは承知していたが、今日はどこか大人びた美しさがあった。
本当はすぐにでもその装いについて告げたいところだが、
ことあるごとに真っ赤になって俯く様子を見ているし、
程々にせねばのぼせそうだと少し自制しているのだ。

乃亜はメニュー表を目で追ってどれにしようか考えているようだ。
明るい青緑の瞳がゆっくりと動いている。
少し首を傾げると、首のラリマーが揺れた。
露天商から買った、大して高くもないささやかなものを後生大事にしてくれているようだ。
そんな姿にどうしても口元はゆるむし、胸の奥にある想いは膨らんでいく。

 「……可愛いな」
 「?何かいいましたか?」

思わず口から本音が漏れたが、幸い聞き取れなかったようだ。
煉矢は笑い首を振る。

 「いや。それより決まったか?」
 「はい。この、カタラーナというのにします」
 「わかった」

差し出されたメニュー表を受け取り、煉矢もデザートを考える。
普段あまり甘いものは食べないが、今日ばかりはなにか甘さがほしい気分になった。




食事を終えた二人が店を出たのは、一時間以上経過してからのことだった。
穏やかな会話をしながら楽しむ食事は時間感覚をきれいに奪っていたようだ。
スマートフォンで確認すると時刻は19:00を過ぎたところだ。

 「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
 「いや、気に入ってくれたのならなによりだ。
  それより、まだ時間はあるな」
 「え?」

てっきり食事を終えてお開きかと思っていた。
煉矢も自身のスマートフォンで時刻を確認して言った。

 「この辺りはイルミネーションが綺麗だぞ。
  少し寒いが、よければ歩こう」
 「っ、はい……!」

断る理由も思いもない。
まだ一緒に過ごせるらしいことに、乃亜は笑って頷いた。

商業施設を出ると冬の風が全身を包む。
室内はずいぶんと温かかったと外に出た瞬間に気付いた。
腕にかけていたダッフルコートを着込んで、はぁ、と息を吐くと
白い吐息が口元で揺れた。

すぐ近くに東京駅の駅舎が見える。
あたたかみのある照明に照らされ、多くの人が
その姿を写真に撮ろうとスマートフォンを掲げているのが見えた。
広い道幅、まっすぐに伸びた道、その向こうに見える東京駅。
絵葉書のように美しい堂々としたたたずまいだ。
道幅が広いせいか、周囲に人がいても、さほど窮屈さや人の多さを感じない。

二人はその駅舎を眺め、ややあって背を向け歩き出した。

 「この間の文化祭でも、こんな雰囲気でした」
 「そういえば、お前の高校はこの時期だったな。
  今週だったんだろう?」
 「はい。後夜祭で、裏のチャペルが、あんな風にライトアップされたんです」

乃亜の高校はミッション系ということもあるのか、
文化祭の時期が一般的なそれよりも後ろの時期に行われている。
12月の第一週の期末試験が行われ、
そして終業式の直前となるタイミングで文化祭である「ステラ祭」が行われる。
つい先日、今週の火曜日にそれがあったばかりだ。

 「文化祭はどうだった?」
 「楽しかったですよ。
  他のクラスの演目もとても素敵でしたし、
  二年生の屋台や、クラブごとの屋台もとても楽しくて。
  三年生の研究発表も興味深くて面白かったです」
 「お前のクラスは合唱だったんだろう?
  ソロは上手く行ったか?」
 「ああ……はい、なんとか……」

学校の伝統らしく、一年生は大講堂での演目なにかしら行うことになっていた。
乃亜のクラスが受け持ったのは合唱。
その中でソプラノパートのソロをなぜか担当することになってしまった。
音楽教師ではなくクラス全員の満場一致となれば
否ということも出来ず、乃亜は聊か恥ずかしさも感じながら
それを歌い切ったのだ。

 「アメリカではピアノ、学校では歌か。
  本当に、音楽に関してお前はなんでもこなせそうだな」
 「いえ、さすがに触ったこともない楽器は無理です……」

逆に言うと触ったことがある楽器であればできるのでは。
煉矢はそう口に出掛けたが喉元でなんとか飲み込んだ。

 「でも……どんな形でも、音楽に触れられて、楽しかったです」
 「……なら、きっと最高の歌声を響かせていただろうな」
 「それは、どうでしょう?」
 「きっとそうだ。その気持ちが重なっているなら、
  あの時のようになっていたろうからな」
 「……はい」

あの時と言うのは、アメリカでのイベントの時だと乃亜にもわかった。
楽しいと思ったから、楽しく弾けた。
当時は理解しきれなかった自分の思いを、
今は確かに感じながら思い出すことができる。

 「乃亜」

煉矢に声をかけられ見上げると、彼は軽く顎で視線を促す。
そちらに目を向け、乃亜は瞳を大きく見開いた。

まるで光の道だ。
きらきらと輝くシャンパンゴールドの街路樹の道。
思わず息を吸い込みため息が漏れた。

 「綺麗です……」

ただただそうとしか言えない。
思わず立ち止まりそうになったが、先を促すように背に手が添えられた。
見上げると頷かれ、再び歩みを進める。

丸の内仲通りは輝く光の道となっていた。
輝く木々だけではない、その周囲の店も店内の明かりや、
看板の照明をつけ、また、窓ガラスがそれらの光を反射させ、
夜だというのにひどく明るい。
風に揺れるたびに木に巻き付いたLEDは揺れ、
本当にきらきらと輝いているように見えた。

また、道に面したビルの室内にはクリスマスツリーが光り、
クリスマスに準拠した飾りが、一層クリスマスの雰囲気を漂わせていた。

 「本当に綺麗です。
  こんなに綺麗な景色を見れるなんて、思いもしませんでした」
 「そこまで喜んでくれたのなら、連れてきた甲斐がある。
  だが、少し寒いだろう」
 「いえ、そこまでじゃないです」
 「あたたかいものでも飲むか。ちょうど売っているようだし」

時折キッチンカーや、カフェの店頭販売があったのは確認していた。
促されるままにキッチンカーに足を向ける。
車の傍にあるメニューが書かれたボードには
ホットのコーヒーやココア、グリューワインなどが売られている。

 「何にする?」
 「え、と……ではコーヒーで」
 「わかった」

煉矢は店員にホットコーヒーを二つと頼んだ。
そこではっと気づいたが、これくらい自分で頼めばよかった。
気付いても後の祭りだ。早々に煉矢は清算を済ませてしまった。
すぐ店員からホットコーヒーが提供される。
それを受け取り、ひとつを差し出される。
おすおずとそれを受け取る。
冷たくなった指先がジンと温まっていく。

 「あの、コーヒー代、お支払いしますから……」
 「悪いが断る。
  この程度お前に出させるつもりはない」

きっぱり断られた。
いつかのアメリカで出かけたときもそうだった。
しかし、本当になにもかも支払いを任せてしまっているようで申し訳がない。

分かるのだ。自分と煉矢では年齢という大きな隔たりがあって、
彼はもうすぐ大学を卒業する立場。
バイトもしていたようだし、蓄えは随分とあるらしい。
それに比べて自分はまだまだ子供だ。
そんな子供に支払わせるわけにはいかないという気持ちも理解できる。
だがそれに甘んじているのは、なにか嫌だった。

 「……ですが」
 「なら、いつかまた、俺にヴァイオリンを聴かせてくれ」
 「え……」

煉矢は微笑みながら、近くのベンチに腰かけた。
隣をぽんぽんとたたき、こちらに座るように訴える。
乃亜は少しためらいながら、その横に腰かけた。

 「最近よく思う。
  あのアメリカで過ごした日々で、
  お前のヴァイオリンを独占してた時間はひどく贅沢だった」
 「……そんな、ことは……」
 「あるんだ。
  帰宅して、練習がてらリビングで弾いていたのをずっと聴いていた。
  あの時間は、本当に心地よかった」

それを言うのなら乃亜とて心底同じ気持ちだ。
どんな理由であっても、深く想うこの人と同じ家で過ごした時間。
まるで夢のような一週間だった。
あの時も、夕食のあとにこうして一緒にコーヒーを飲んでいた。
そして時折、見守られながら、ヴァイオリンの練習をしていた。

 「だからまた、腕が治って、
  自信をもってヴァイオリンを弾けるようになったらでいい。
  その時に、また聴かせてくれ」
 「……でも、私のヴァイオリンに、そんな」
 「乃亜」

それほどの価値があるとは思えない。
そう口にしようとした言葉がさえぎられ名を呼ばれる。
そちらを見れば、ひどく優しい顔でこちらを見ている。
赤い瞳が細められ、少し目元が赤く見えるのは、寒さのせいだろうか。

 「俺にとっても大切なものなんだ。
  ……特に、あの曲はな」
 「……っ」

目を見開くと同時に、頬に熱がこもる。
あの曲、と言われて思いつく曲は一つしかない。
同じ曲のオルゴールは、大切に自室の机の上に置いている。
たくさんの感謝と、密かな想いを込めた曲を、同じく大切だと言ってくれることが嬉しく
本日何回目か分からないほどに心音が大きく鳴った。
胸の内の想いがまた膨れ上がっていく。

 「だから、いつかまた、聴かせてくれ」
 「……はい、必ず」

その膨れ上がる想いのままに、乃亜は満面の笑みを浮かべる。

きらきらと輝く街路樹の下で、
二人は微笑み、互いに見つめ合い続けていた。
やがてふっと笑いあうまでのわずかな時間だったが
それまでは、周囲の人々のさざめきも、
街の音も、イルミネーションの輝きさえも、二人の間を阻むものはなにもなく、
ただ、互いへの想いだけがそこにあり、
まるで世界に二人だけのような、そんな錯覚さえ、抱いた。

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