一葉のコンチェルト

碧いろは

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星と太陽編2

【星と太陽編2】63:xx17年4月21日/4月25日

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【4月21日】

4月。
それは新しい季節、新しい一年の始まりとして認知されている月と言っていい。
新年という意味では異なるだろうが、この国の多くの環境にとって、
新しい年度として始まるこの時期は
ある意味では1月よりも一つの節目としての意味合いが大きい。

特に学業に従事している年齢層にとって、その時期の持つ意味合いは大きい。
ひとつ上の学年になり、学校内での立場や携わる部活動等でも責任が変わる。
さらにそれが最高学年ともなれば考えることも大きく変わる。

そんな4月の半ば、新しいクラスにも慣れ始めた頃だ。
今年高校三年生へと進級したましろは、自室の机の上に置いた一枚のプリントを見つめ、
頬杖をついてため息をはいた。

学習机の上に置いたB5サイズの用紙。
今日の午後にあった、特別ホームルームにて配られたものだ。
上部中央には「進学希望①」と書かれ、その下には進学希望か就職希望か、
進学希望であれば進学先の学校の記入欄があった。

 「進路……ねぇ」

ましろはぽつりと独り言を吐いた。

高校三年生といえば言うに及ばず、多くの場合では受験生という立場になる。
就職するケースももちろんあるが、
半数以上は大学や専門学校などへの進学を希望することが多いのが現代である。
ましろも当然、進学を検討している。
一方で、今日のホームルームで担任が話していた言葉が思い返される。

進学を希望しているのであれば、
進学先はあくまでその先にある仕事や、自身の将来を見越して検討するのが望ましい。

それはましろ自身も理解していることであった。
今まで進学とは少し異なる。
大学はあくまで通過点であり、その先の将来こそが正しい進路だ。
自身の成績や、その学校自体の魅力だけで決めることは早計。
ましろはそう考えていた。
つまるところ、人生の大きな岐路となるのが大学受験ということだ。

 「……どうしよっかなぁ……」

ぐっと天井を仰ぎながらため息交じりに口に出せば、
誰もいない室内で、キィと椅子だけがきしんだ音で返した。

ほんの数年前、中学の頃で考えれば、こんなにも悩まなかったろうと考えている。
しかし、中学から今日まで、あまりにもいろいろなことがあった。

   ___……静。

心の中で愛しい人の名前をつぶやく。

忘れられないのは、昨年のクリスマス。
静に連れられ、彼の馴染みのイタリアンレストランに食事に行った。
最初こそ慣れない場所に不安もわずかながらあったが、
中に入れば従業員である、力也、昇介、花梨の人柄や
静と彼らの親し気な様子に肩の力が抜けた。

彼らのことはましろも話だけは聞いていた。
静がとても世話になった人たちだと繰り返し言っており、
その親しげな様子に嘘偽りなかった。
静は彼らを前にして、心からリラックスしているようだったし、
彼らもまた、静を年の離れた弟のようにかわいがっている様子だった。

ある意味では身内のように感じているであろう彼らに対して、
静は自分を紹介し、言った。

   " 将来を決める時は、この店を使わせてもらうと思いますよ "

思い出すと頬が熱くなる。
青緑のまっすぐな眼差しで、射抜かれたと思ったのは二度目だ。
一度目はあの蝉しぐれの煩い、真夏の木漏れ日の下だった。
その時と同じ色の眼差しで、今度はより強い思いをもって。

その言葉の意味を、ましろは正しく理解していた。
理解してしまっていた。

天井から視線を机の上の用紙に戻す。
そしてもう一度ため息を吐き出した。これの提出期限は一週間後。
もちろんまだ一度目の提出であるから、今後変わっても問題はない。
しかし、ましろとしては、早々に決めて
それに向かって進みたいと考えている。
あまりコロコロと変えるのは、自分にあまり向いていない。

視線がふと、机の端に飾っているジュエリーラックに向けられる。
いくつものイヤリングやネックレス、ブレスレットなどの装飾品が
ひとつのインテリアのように並べられているそれ。
その中に光る、金のハートに小さい真珠がついたペンダントにそっと手を這わせた。
揺れるそれは室内の明かりでもひときわ輝いているように見える。

ましろは机に突っ伏し、視線を横にずらす。
ペンダントの揺れを見つめ、その向こうに、彼の姿を思い描いた。

 「……あなたの傍で、生きていきたいって、思ったんだよ、静」

幼い頃からの夢が、それによって、揺れてしまっている今でも。




【4月25日】

高校内にある武道場は、今日も鈍い響きを室内に広がらせていた。
数多くの部員が力強くその足で踏みこみ、それによって道場内は常にどこか震えを感じる。
ましろの通う公立鈴乃宮高校の剣道部は全国クラスの実力を持っている。
近郊の我こそはという実力者が集う高校として有名だった。
しかし、その実力は単なる天才の集まりというだけではなく、
日々の厳しい鍛錬と一人一人の努力が結実したことによる成果である。

部員たちは基礎打ちと呼ばれる稽古に入る。
人数が多いため半数ずつに分けてのそれが行われる中、
待機している部員たちはある部員へと視線をむけずにはいられなかった。

その部員はつい昨年までマネージャーとして自分たちを支えていてくれた。
本来は選手希望だったが、体調面でそれがかなわず、
マネージャーに従事しているということは皆知っていた。
その剣道への強い情熱もだ。

そして最近になり、彼女は選手として復帰した。
元々剣道をずっとやっていたが、彼女が剣道から離れていた期間は長い。
そのためいくら元が実力者であったとしても、というような考えを持つ部員が殆どだった。

しかし、それはあまりにも早計だった。

彼女から発せられる気合は周囲の空気を飲みこんでいる。
対峙する部員は息を飲んだ。
彼女の竹刀がぐっと握られる、と同時に、パーンという鋭い音が響いた。
あまりにも美しい曲線に部員たちは見惚れた。
面、胴、小手、という発声と共に繰り出されるそれぞれの打撃は、
いずれもお手本のように美しい型をしている。
それと同時に、彼女の発声には引き込まれるほどの力強さがあった。

もとよりマネージャーとして、ましろは自分たちを献身的に支え続けてくていた。
それによる感謝と敬意は皆等しく抱いていた。
しかしそれは彼女の一面に過ぎなかったと部員たちは深く感じ取った。
剣士としてこそ、彼女の真骨頂。
部員たちはその強さに、さらに深い敬意を抱いた。

基礎練習や地稽古等、部活の内容は進み、休憩時間になった。
ましろは面を外し、髪を抑えていた手ぬぐいをほどいた。
汗でしっとりとなっているそれを荷物の近くに置き、
代わりに汗拭き用のタオルを取り出して首や流れる汗を拭く。

 「よ、ましろ!」
 「隼人」

いつもの軽い調子で話しかけてきた彼は大層機嫌がいい。
もっとも剣道場にいるときの彼はたいていこういった様子だ。

 「見てたけど気合入りまくってんじゃん」
 「そりゃ気合も入る。周回遅れしまくりなんだから、こっちは」

中学3年の最初、ましろは大病に倒れた。
それ以降、ながく剣道から離れていたのだ。
もちろん、間接的には接していた。
家の道場では稽古を眺め、許可が下りるたびに少しずつ稽古を始め、
学校ではマネージャーとしてそれに関わり続けていた。
しかし、実際に剣士として復帰したのはつい最近の話だ。

 「最後の一年だけでも全力でやりたいしさ」
 「ま、そりゃそうだよな。俺でもそうだわ」

にべもなく同意してくれる隼人との会話は心地よい。

隼人は幼い頃から自分と同じ道場で切磋琢磨している。
共に打ち合ったことなど数知れない。
男女という性別の違いはあれど、剣道を愛し、その強さの高みを目指す姿勢は共通だ。
男女間の友情などと揶揄されることもあるが、
二人の間にあるのは明確な友情、あっても、ライバル心だけである。

思えば、闘病中も、隼人がこの道を照らしてくれていたように思う。
自分が大手術に臨まなければならない、となったとき、
道場に来た隼人はそのことを説明すると言ったのだ。

   " 待ってるからな、ましろ。絶対、負けんなよ "

拳を突き出し、まるで約束を告げるようにだ。
その後押しもあり、自分は迷うことなく、剣道の道へ戻ることを決めた。
勿論、元からそれに迷いがあったわけではないが、
誰かとの約束は歩く力を強くする。

隼人との約束は、間違いなく、ここに戻って来るための活力になった

ましろはふと自分の目の前に広がる景色を意識する。
戻りたかった景色が広がっている。
剣道の道着を身に着け、面をつけ、竹刀を握り、相手と向き合う。
その空気のただなかに、自分はいる。

 「……隼人」
 「ん?」
 「私、やっぱり剣道が好きだ」
 「おう」

突然なにを言い出すのか、という反論もない。
隼人は短く相槌を打ち、同じくその空気に浸る。

ましろは目の前の景色、幼い頃からあったこの光景こそ、
自分の帰る場所だと考えて疑わなかった。
ある意味ではそれは間違っていないのだ。

ずっと考えていることが再び心の奥に渦巻いている。

幼い頃から剣道は自分の身近にあった。
家が剣道場をやっているということ、
父が師範、母が師範代という環境で、ましろの日常にもそれはずっとあったものだ。
そして自分もまた、両親のようにその道に至ることに疑問はなかった。
子供の頃から、剣道を始めた頃から、
自分も両親のように強くなり、道場を継ぐことを目標としていたのだ。

家の一人娘だから、というわけではない。
両親が師範をしているから、というわけではない。
二人に憧れ、家業を愛しているからこそ、
それに見合った強さを得て、そこに至りたいと思ったのだ。

だが病気により、その道が絶たれそうになった。
けれど幸いそれは回避され、数年のブランクを経てついに戻ってきたのである。
幼い頃からの夢、剣道家となって実家を継ぐ。
その夢の道に戻ってこれたのであるから、迷いはない。

はずだった。

 「あ、そういや、明後日、道場に翔来るんだろ?」
 「ん?ああ、そう。父さんが言ってたけど、なんで知ってんの」
 「本人から聞いた」

隼人と翔は以前から親しい。
というよりも、隼人が翔を兄のように慕っている。
翔が隼人の扱いがうまい、ともいえるかもしれないが。

翔の名前に、ましろの心はまた少しざわついた。

 「明後日は部活休みだろ?
  ちょうどいいから、そっち行くわ」
 「ああ、いいんじゃないか。
  別に今更、父さんたちもお前が来るのにどうこうは言わないだろうし。
  まぁ、個別に連絡だけ入れといてよ」
 「おう、そうする」

いくら全国区の部活とはいえ、場所の兼ね合いで毎日あるわけではない。
そういったとき、隼人はよくましろの道場に顔を出していた。
隼人は高校に進級するにあたり、雪見道場を辞めている。
しかし、それはあくまで高校の部活に注力し
時間が取れないからというのが理由だ。
そういった学生は多く、両親も当然のように受け入れていた。
だが隼人の場合、休日や、部活がない日などは、出稽古という形で顔を出していた。
そのため彼が道場にやって来るのは珍しいことではない。

 「翔って、今、インストラクターやってるんだっけ」
 「らしいな。今度大学で指導するっつってた」

翔はもともとましろの道場にいた先輩にあたる人物だ。
静よりひとつ年上で、ましろ自身も、本格的に剣道を始めるにあたり、
先輩としてしっかりとした指導を受けた記憶がある。
自分にも他人にも厳しい人だった。
静や創には及ばずだったが、それでもその真摯な姿勢から、
将来有望とされていた剣士だった。

しかし、彼はまじめすぎた。
責任感と押しかかる期待、それに応えようと鍛錬を重ね過ぎ、
結果、オーバーワークによる大けがによって、選手生命が絶たれた。

それを聞いたときは、ショックだった。
その時はすでに彼は大学2年で、道場から足が遠のいて久しかった。
両親や隼人を含め、そのことを知ったのはすべてが終わってからだったのだ。

彼は一時かなり落ち込んでいた。
しかしそれでも気持ちを切り替え、インストラクターとして後進育成の道に舵を切った。
そしてそれは正解だったらしく、
もとより真面目で面倒見のいい性格も相まって、
順調にその道を進んでいるらしい。

   ___……オーバーワーク、か。

ましろは小さくため息を吐いた。

 「どうしたん?」
 「別に、なんでも」

そろそろ休憩終わりの号令がかかった。
ましろは隼人が不思議そうな顔をすることに気付かないふりをし、
荷物にタオルを片付け、新しい手ぬぐいを取り出す。

隼人はその様子を横目で見て、肩で小さく息を吐いた。

   ___静の言ってた通りじゃねーか。マジ、らしくねー。

本来の彼女であれば、溜息など自分の前であのようにつかない。
否、溜息はつくとしても、あのような誤魔化しはしない。

それに果たしてましろは気づいているのか。
隼人は昨日届いた、静からのメッセージを思い出していた。
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