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第3話:投資終了の夜――もぬけの殻の公爵邸
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パチン、と音がした。
それは、公爵邸の廊下を照らしていた魔導灯が、一斉にその寿命を終えた合図だった。
アデライドが開発し、商会を通じて無償で提供していた「高効率魔石」の供給が止まったのだ。
「な、なんだ!? 灯りをつけろ! 誰か!」
真っ暗闇に沈んだ食堂で、レオポルドの怒声が響く。
だが、返ってくるのは冷たい静寂と、隙間風がカーテンを揺らす音だけだった。
レオポルドは手探りで壁を伝い、厨房へと向かった。
そこには、いつもなら夜食の準備に余念がない料理人たちがいるはずだった。
しかし、辿り着いた厨房に人影はない。
それどころか、棚にあったはずの銀器も、高価なスパイスの小瓶も、あらかた消え失せていた。
「……あいつら、逃げたのか? 僕を置いて……!?」
そこへ、背後から泣きべそをかいたカトリーヌが這い寄ってきた。
彼女の美しいはずのドレスは、暗闇でどこかに引っ掛けたのか、無残に裂けている。
「レオ様ぁ……っ、お風呂のお湯が出ませんわ! それに、部屋の魔導ヒーターも冷たくなって……。私、寒くて死んでしまいます!」
「うるさい! そんなことは僕が知ったことか!」
レオポルドはカトリーヌの手を乱暴に振り払った。
先刻まで「守ってあげたい」と思っていた愛らしい仕草が、今はただ、自分の無能さを煽る不協和音にしか聞こえない。
二人は暗闇の中、震えながら地下の魔導炉室へと向かった。
屋敷全体の魔力を司る巨大な装置。そこに装填されているはずの魔石を確認するためだ。
だが、そこにあったのは、空っぽの装填口だった。
「そんな……魔石がない。すべて、抜かれている……」
アデライドは、去り際にこう言った。
『私の商会が独占契約を握っております』。
つまり、この屋敷にあるすべての魔導具は、彼女からの『リース品』に過ぎなかったのだ。
使用人たちはアデライドから「自分の給与分として、リース品の魔石を回収して良い」と許可を得ていたのである。
「レオ様……お腹が空きましたわ。何か、何か食べるものを……」
カトリーヌが縋り付くが、レオポルドには火を起こす魔法も、パンを焼く技術もない。
彼はただ、冷え切った厨房の床に座り込み、ガチガチと歯を鳴らすことしかできなかった。
一方、その頃。
公爵領の境界を越えようとする馬車の中は、甘い紅茶の香りに包まれていた。
アデライドは、揺れる車内でも一点の乱れもなく、膝の上に広げた分厚い書類に目を通している。
それは、彼女が唯一屋敷から持ち出した『公爵領・真実の帳簿』だった。
「……ふむ。やはり。ここ五年間の鉱山収益、半分以上がレオポルドの遊興費に横流しされていますわね」
彼女は手にしたペンで、無慈悲に赤い線を引いていく。
アデライドにとって、この書類はもはや過去の遺物ではない。
明日、王立銀行が差し押さえを行う際の、最上の『証拠物件』となるのだ。
「アデライド様、間もなく国境です。帝国の騎士団が、予定通りお迎えに上がっております」
御者の声に、アデライドは窓の外へ目をやった。
そこには、月の光を浴びて黒光りする、帝国の漆黒の重装騎兵たちが整列していた。
その中央。一際立派な馬に跨る男が、こちらを見て不敵に口角を上げる。
帝国の皇帝直属軍総帥――。
アデライドは、手元に残った最後の一枚、レオポルドとの『結婚指輪』を窓から外へと放り捨てた。
金色の輪が、夜の闇に吸い込まれ、二度と戻らない放物線を描く。
「さようなら、無能な負債。……さあ、新しいビジネスを始めましょうか」
馬車は速度を上げ、夜の帳を切り裂いて、光り輝く帝国のゲートへと吸い込まれていった。
それは、公爵邸の廊下を照らしていた魔導灯が、一斉にその寿命を終えた合図だった。
アデライドが開発し、商会を通じて無償で提供していた「高効率魔石」の供給が止まったのだ。
「な、なんだ!? 灯りをつけろ! 誰か!」
真っ暗闇に沈んだ食堂で、レオポルドの怒声が響く。
だが、返ってくるのは冷たい静寂と、隙間風がカーテンを揺らす音だけだった。
レオポルドは手探りで壁を伝い、厨房へと向かった。
そこには、いつもなら夜食の準備に余念がない料理人たちがいるはずだった。
しかし、辿り着いた厨房に人影はない。
それどころか、棚にあったはずの銀器も、高価なスパイスの小瓶も、あらかた消え失せていた。
「……あいつら、逃げたのか? 僕を置いて……!?」
そこへ、背後から泣きべそをかいたカトリーヌが這い寄ってきた。
彼女の美しいはずのドレスは、暗闇でどこかに引っ掛けたのか、無残に裂けている。
「レオ様ぁ……っ、お風呂のお湯が出ませんわ! それに、部屋の魔導ヒーターも冷たくなって……。私、寒くて死んでしまいます!」
「うるさい! そんなことは僕が知ったことか!」
レオポルドはカトリーヌの手を乱暴に振り払った。
先刻まで「守ってあげたい」と思っていた愛らしい仕草が、今はただ、自分の無能さを煽る不協和音にしか聞こえない。
二人は暗闇の中、震えながら地下の魔導炉室へと向かった。
屋敷全体の魔力を司る巨大な装置。そこに装填されているはずの魔石を確認するためだ。
だが、そこにあったのは、空っぽの装填口だった。
「そんな……魔石がない。すべて、抜かれている……」
アデライドは、去り際にこう言った。
『私の商会が独占契約を握っております』。
つまり、この屋敷にあるすべての魔導具は、彼女からの『リース品』に過ぎなかったのだ。
使用人たちはアデライドから「自分の給与分として、リース品の魔石を回収して良い」と許可を得ていたのである。
「レオ様……お腹が空きましたわ。何か、何か食べるものを……」
カトリーヌが縋り付くが、レオポルドには火を起こす魔法も、パンを焼く技術もない。
彼はただ、冷え切った厨房の床に座り込み、ガチガチと歯を鳴らすことしかできなかった。
一方、その頃。
公爵領の境界を越えようとする馬車の中は、甘い紅茶の香りに包まれていた。
アデライドは、揺れる車内でも一点の乱れもなく、膝の上に広げた分厚い書類に目を通している。
それは、彼女が唯一屋敷から持ち出した『公爵領・真実の帳簿』だった。
「……ふむ。やはり。ここ五年間の鉱山収益、半分以上がレオポルドの遊興費に横流しされていますわね」
彼女は手にしたペンで、無慈悲に赤い線を引いていく。
アデライドにとって、この書類はもはや過去の遺物ではない。
明日、王立銀行が差し押さえを行う際の、最上の『証拠物件』となるのだ。
「アデライド様、間もなく国境です。帝国の騎士団が、予定通りお迎えに上がっております」
御者の声に、アデライドは窓の外へ目をやった。
そこには、月の光を浴びて黒光りする、帝国の漆黒の重装騎兵たちが整列していた。
その中央。一際立派な馬に跨る男が、こちらを見て不敵に口角を上げる。
帝国の皇帝直属軍総帥――。
アデライドは、手元に残った最後の一枚、レオポルドとの『結婚指輪』を窓から外へと放り捨てた。
金色の輪が、夜の闇に吸い込まれ、二度と戻らない放物線を描く。
「さようなら、無能な負債。……さあ、新しいビジネスを始めましょうか」
馬車は速度を上げ、夜の帳を切り裂いて、光り輝く帝国のゲートへと吸い込まれていった。
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