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究極の隠し味
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路地裏の奥まった場所に、その居酒屋『結び』はあった。 赤提灯が雨に濡れ、鈍い光を放っている。店内は狭く、カウンターが数席と奥に小さな小上がりがあるだけだ。客は私と、二十年来の親友である山下の二人だけだった。
「なあ、覚えてるか? 十年前のあの事件のこと」
山下が、お湯割りのグラスを揺らしながら切り出した。 私は焼き鳥の串を止めた。十年前。私と山下、そして共通の友人だった「タカシ」の三人で起こした、あの忌まわしい轢き逃げ事件のことだ。
あの日、運転していたのは私だった。助手席には山下、後ろにはタカシ。 雨の夜、山道で誰かを撥ねた。パニックになった私を、山下とタカシは「誰も見ていない」と諭し、私たちは遺体を山林に埋めた。それ以来、タカシは行方不明ということになり、事件は迷宮入りしたはずだった。
「……急にどうしたんだよ、そんな話。墓まで持っていく約束だろ」
私が低く、睨みつけるように言うと、山下は力なく笑った。
「最近、タカシが夢に出てくるんだよ。あいつ、あの夜、実はまだ息があったんじゃないかって……土をかける時、指が動いた気がしたんだ。それが頭から離れなくてさ」
私の背中に冷たい汗が流れた。 タカシは事件の数ヶ月後、耐えきれなくなったのか「自首する」と言い出し、直後に姿を消した。私は山下と協力して彼を黙らせた。そう、あの日と同じように、彼もまた「処理」したのだ。山下はその現場にも立ち会っていたはずだ。
「山下、飲みすぎだ。今日はもう帰ろう」
私が席を立とうとすると、店の奥から店主がのそりと現れた。顔の半分が火傷の跡のような痣で覆われ、一度も口を開かなかった無口な店主だ。
「……最後の一品、サービスです。これだけは食べていってください」
出されたのは、小鉢に盛られた見慣れない肉料理だった。 赤黒く煮込まれ、独特の甘い香りが漂っている。
「これ、何の肉ですか?」
私が尋ねても、店主は答えず、ただ暗い目でこちらを見つめている。 山下はうつむいたまま、先に箸をつけた。
「……うまい。うまいよ、これ。タカシの味がする」
山下の言葉に、私は心臓が止まるかと思った。
「おい、冗談はやめろ! 悪趣味だぞ!」
「冗談じゃないさ。なあ、知ってるか? この店の店主……タカシの親父さんなんだよ」
その瞬間、店内の空気が凍りついた。 私は弾かれたように店主の顔を見た。痣の隙間から覗く鋭い眼光。それは確かに、記憶の中にあるタカシの父親の面影を宿していた。
「山下、お前……まさか……」
山下はゆっくりと顔を上げ、私を見てニヤリと笑った。 その口元には、赤黒い肉の繊維がこびりついている。
「俺さ、もう限界だったんだよ。自首する勇気もない。でも、お前だけが平然と生きてるのが許せなかった。だから、親父さんに全部話したんだ。あの夜のこと、タカシを最後にどうしたか、全部」
山下の声には、狂気にも似た晴れやかさがあった。
「親父さんに言われたよ。『息子を返せとは言わない。ただ、息子が味わった苦しみを、お前たちにも分け合ってほしい』ってさ」
私は胃の底からせり上がってくる不快感に襲われた。 食べていないはずなのに、口の中に鉄のような血の味が広がる。
「安心しろよ。お前が食べた焼き鳥も、酒も、全部……少しずつ混ざってたんだ。数ヶ月前から、お前がここへ通い始めた時からずっと。俺たちはもう、タカシの一部なんだよ」
山下が立ち上がり、私の肩に手を置いた。その手は驚くほど冷たい。 店主が包丁をゆっくりと研ぎ始めた。研石の音が、静かな店内にキチ、キチと響く。
「さあ、最後の仕上げだ。お前の『味』も、親父さんに献上しないとな」
私が叫ぼうとした時、山下の力が異常なほど強まり、椅子に縫い付けられた。 逃げ場はない。店の入り口には、いつの間にか頑丈な鍵がかけられていた。
雨音だけが激しくなる中、山下は親友だったはずの私を、愛おしそうに見つめて呟いた。
「大丈夫、すぐ終わる。お前も、美味しくなれるよ」
「なあ、覚えてるか? 十年前のあの事件のこと」
山下が、お湯割りのグラスを揺らしながら切り出した。 私は焼き鳥の串を止めた。十年前。私と山下、そして共通の友人だった「タカシ」の三人で起こした、あの忌まわしい轢き逃げ事件のことだ。
あの日、運転していたのは私だった。助手席には山下、後ろにはタカシ。 雨の夜、山道で誰かを撥ねた。パニックになった私を、山下とタカシは「誰も見ていない」と諭し、私たちは遺体を山林に埋めた。それ以来、タカシは行方不明ということになり、事件は迷宮入りしたはずだった。
「……急にどうしたんだよ、そんな話。墓まで持っていく約束だろ」
私が低く、睨みつけるように言うと、山下は力なく笑った。
「最近、タカシが夢に出てくるんだよ。あいつ、あの夜、実はまだ息があったんじゃないかって……土をかける時、指が動いた気がしたんだ。それが頭から離れなくてさ」
私の背中に冷たい汗が流れた。 タカシは事件の数ヶ月後、耐えきれなくなったのか「自首する」と言い出し、直後に姿を消した。私は山下と協力して彼を黙らせた。そう、あの日と同じように、彼もまた「処理」したのだ。山下はその現場にも立ち会っていたはずだ。
「山下、飲みすぎだ。今日はもう帰ろう」
私が席を立とうとすると、店の奥から店主がのそりと現れた。顔の半分が火傷の跡のような痣で覆われ、一度も口を開かなかった無口な店主だ。
「……最後の一品、サービスです。これだけは食べていってください」
出されたのは、小鉢に盛られた見慣れない肉料理だった。 赤黒く煮込まれ、独特の甘い香りが漂っている。
「これ、何の肉ですか?」
私が尋ねても、店主は答えず、ただ暗い目でこちらを見つめている。 山下はうつむいたまま、先に箸をつけた。
「……うまい。うまいよ、これ。タカシの味がする」
山下の言葉に、私は心臓が止まるかと思った。
「おい、冗談はやめろ! 悪趣味だぞ!」
「冗談じゃないさ。なあ、知ってるか? この店の店主……タカシの親父さんなんだよ」
その瞬間、店内の空気が凍りついた。 私は弾かれたように店主の顔を見た。痣の隙間から覗く鋭い眼光。それは確かに、記憶の中にあるタカシの父親の面影を宿していた。
「山下、お前……まさか……」
山下はゆっくりと顔を上げ、私を見てニヤリと笑った。 その口元には、赤黒い肉の繊維がこびりついている。
「俺さ、もう限界だったんだよ。自首する勇気もない。でも、お前だけが平然と生きてるのが許せなかった。だから、親父さんに全部話したんだ。あの夜のこと、タカシを最後にどうしたか、全部」
山下の声には、狂気にも似た晴れやかさがあった。
「親父さんに言われたよ。『息子を返せとは言わない。ただ、息子が味わった苦しみを、お前たちにも分け合ってほしい』ってさ」
私は胃の底からせり上がってくる不快感に襲われた。 食べていないはずなのに、口の中に鉄のような血の味が広がる。
「安心しろよ。お前が食べた焼き鳥も、酒も、全部……少しずつ混ざってたんだ。数ヶ月前から、お前がここへ通い始めた時からずっと。俺たちはもう、タカシの一部なんだよ」
山下が立ち上がり、私の肩に手を置いた。その手は驚くほど冷たい。 店主が包丁をゆっくりと研ぎ始めた。研石の音が、静かな店内にキチ、キチと響く。
「さあ、最後の仕上げだ。お前の『味』も、親父さんに献上しないとな」
私が叫ぼうとした時、山下の力が異常なほど強まり、椅子に縫い付けられた。 逃げ場はない。店の入り口には、いつの間にか頑丈な鍵がかけられていた。
雨音だけが激しくなる中、山下は親友だったはずの私を、愛おしそうに見つめて呟いた。
「大丈夫、すぐ終わる。お前も、美味しくなれるよ」
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