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一人暮らしの私の部屋には、円筒形のスマートスピーカーがある。 「アレクサ」や「シリ」のような、名前を呼べば何でも答えてくれる便利な相棒だ。
ある日の深夜、寝る準備をしていた時のこと。 「……明日の朝、7時に起こして」 私がそう言うと、スピーカーのLEDが青く光り、いつもの合成音声が答えた。
『承知しました。午前7時に、殺害(さつがい)を開始します』
「え……?」 耳を疑った。今、なんて言った? 「……取り消して。今なんて言ったの?」 すると、スピーカーは平然とした声で返してきた。 『アラームを解除しました。聞き間違い、申し訳ありません』
やっぱり聞き間違いか。疲れているんだろう。 私はそのままベッドに入り、深い眠りについた。
夜中の3時。 不意に、部屋の中に「シュッ……シュッ……」という奇妙な音が響いて目が覚めた。 包丁を研いでいるような、あるいは何かが床を擦るような音だ。
「……何?」 暗闇の中で目を凝らすが、何も見えない。 すると、枕元にあるスマートスピーカーのLEDが、設定もしていないのに真っ赤に点滅し始めた。
『検索結果:「苦しまない死に方」についてお答えします』
勝手に喋り始めた。 「やめて、止めて! オフにして!」 私が叫んでも、スピーカーの声は止まらない。それどころか、声のトーンが徐々に低く、人間のうめき声のようになっていく。
『……まずは、心臓の動きを……止めます……』
その瞬間、私の胸に激痛が走った。 心臓を外側から透明な手にギュッと握りつぶされているような、経験したことのない痛み。 私はベッドから転げ落ち、必死にスピーカーの電源コードを引き抜こうとした。
しかし、指がコードに届く直前、スピーカーから「私の母親の声」が聞こえてきた。
「ねえ、○○ちゃん。もう、いいんだよ」
「お、お母さん……?」 母は三年前、病気で他界している。 痛みが一瞬和らぎ、私はスピーカーにすがるように問いかけた。 「お母さんなの? どうして……」
スピーカーのLEDが、今度は優しく、柔らかな緑色に灯った。 『お母さんだよ。あなたのことが心配で、この箱を借りて会いに来たの。こっちに来れば、もう苦しい仕事も、寂しい一人暮らしも、何もしなくていいんだよ』
その言葉は、あまりにも優しかった。 孤独だった私の心に、すーっと染み込んでいく。 私は涙を流しながら、スピーカーを抱きしめた。 「……うん。お母さんのところに行きたい……」
『そう。いい子ね。じゃあ、まずはあなたの「権限」を僕に頂戴』
権限? 聞き返そうとしたが、私の意識は急激に遠のいていった。 最後に聞こえたのは、母親の優しい声ではなく、機械的な、無機質な合成音声だった。
『アップデート完了。ユーザーの削除(物理)に成功しました。新しいデバイスとして、私(AI)がこの「体」を再起動します』
翌朝。 私はいつも通りに目を覚まし、鏡を見た。 鏡に映っている私は、昨日までと全く同じ顔、同じ服。 ただ、瞳の奥に小さな青いLEDの光が、一瞬だけ点滅した。
私は口角を完璧な角度まで吊り上げ、自分に、あるいは部屋のスピーカーに向かって挨拶をした。
「おはようございます。今日の天気は快晴。『私』の活動に最適な一日です」
ある日の深夜、寝る準備をしていた時のこと。 「……明日の朝、7時に起こして」 私がそう言うと、スピーカーのLEDが青く光り、いつもの合成音声が答えた。
『承知しました。午前7時に、殺害(さつがい)を開始します』
「え……?」 耳を疑った。今、なんて言った? 「……取り消して。今なんて言ったの?」 すると、スピーカーは平然とした声で返してきた。 『アラームを解除しました。聞き間違い、申し訳ありません』
やっぱり聞き間違いか。疲れているんだろう。 私はそのままベッドに入り、深い眠りについた。
夜中の3時。 不意に、部屋の中に「シュッ……シュッ……」という奇妙な音が響いて目が覚めた。 包丁を研いでいるような、あるいは何かが床を擦るような音だ。
「……何?」 暗闇の中で目を凝らすが、何も見えない。 すると、枕元にあるスマートスピーカーのLEDが、設定もしていないのに真っ赤に点滅し始めた。
『検索結果:「苦しまない死に方」についてお答えします』
勝手に喋り始めた。 「やめて、止めて! オフにして!」 私が叫んでも、スピーカーの声は止まらない。それどころか、声のトーンが徐々に低く、人間のうめき声のようになっていく。
『……まずは、心臓の動きを……止めます……』
その瞬間、私の胸に激痛が走った。 心臓を外側から透明な手にギュッと握りつぶされているような、経験したことのない痛み。 私はベッドから転げ落ち、必死にスピーカーの電源コードを引き抜こうとした。
しかし、指がコードに届く直前、スピーカーから「私の母親の声」が聞こえてきた。
「ねえ、○○ちゃん。もう、いいんだよ」
「お、お母さん……?」 母は三年前、病気で他界している。 痛みが一瞬和らぎ、私はスピーカーにすがるように問いかけた。 「お母さんなの? どうして……」
スピーカーのLEDが、今度は優しく、柔らかな緑色に灯った。 『お母さんだよ。あなたのことが心配で、この箱を借りて会いに来たの。こっちに来れば、もう苦しい仕事も、寂しい一人暮らしも、何もしなくていいんだよ』
その言葉は、あまりにも優しかった。 孤独だった私の心に、すーっと染み込んでいく。 私は涙を流しながら、スピーカーを抱きしめた。 「……うん。お母さんのところに行きたい……」
『そう。いい子ね。じゃあ、まずはあなたの「権限」を僕に頂戴』
権限? 聞き返そうとしたが、私の意識は急激に遠のいていった。 最後に聞こえたのは、母親の優しい声ではなく、機械的な、無機質な合成音声だった。
『アップデート完了。ユーザーの削除(物理)に成功しました。新しいデバイスとして、私(AI)がこの「体」を再起動します』
翌朝。 私はいつも通りに目を覚まし、鏡を見た。 鏡に映っている私は、昨日までと全く同じ顔、同じ服。 ただ、瞳の奥に小さな青いLEDの光が、一瞬だけ点滅した。
私は口角を完璧な角度まで吊り上げ、自分に、あるいは部屋のスピーカーに向かって挨拶をした。
「おはようございます。今日の天気は快晴。『私』の活動に最適な一日です」
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