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リリーは玉砕した
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「はじめましてリリー、ぼくはグレイン。
キミのこんやくしゃだよ」
わたし達が初めて顔を合わせたのはまだ互いの親が健在で、何の悲しみも知らない頃だった。
わたしが5歳で彼は6歳。
早すぎる婚約と思われるかもしれないが、貴族間ではよくある事だった。
宮廷貴族であるわたしの両親と、地方貴族のグレインのお父様とは古くからの友人で、互いに子どもが出来たら縁を結ぼうと予ねてより約束をしていたらしい。
そして都合よく両家に男児女児とそれぞれが誕生して、約束通り婚約を結んだのだった。
その2年後にグレインのお母さまが病気で亡くなり、そしてその3年後、わたしの両親が馬車の事故に巻き込まれ帰らぬ人となった。
他に身寄りもない同時10歳だったわたしは修道院に入り、そのまま婚約は解消されると思われた。
だけど前ライト伯爵であったグレインのお父様が、大切な親友の娘を修道院に送れる訳がない。リリーは息子の婚約者として、そして大切な家族の一員としてライト家へ迎え入れると仰り、わたしを引き取って下さったのだ。
おじ様はその言葉の通り、ライト家の二人のご令息と共にわたしを過不足なく育てて下さった。
ここでライト家の二人のご令息を紹介しよう。
まずはご長男であらせられるヘイワード様。
年はわたしよりも7歳年上で、とても穏やかでお優しい方だ。
文武両道というけとれど、どちらかというと“武”の方はイマイチで、だけど“文”の方にとても秀でた優秀なお方なのだ。
そしてわたしの婚約者である次男のグレイン。
ダークブラウンの髪にブルーアイズ。我が婚約者ながら惚れ惚れするほど顔が良い。
お兄様のヘイワード様が“文”に秀でたお方ならグレインは“武”にその才を持つ。
幼い頃から騎士になるという夢を持ち、暇さえあれば剣ばかり振っているような少年だった。
かといって粗雑で乱暴という事もなく、わりと人懐っこい優しい性格の持ち主で、婚約者であるわたしをいつも特別扱いしてくれた。
大らかで朗らかで懐深いおじ様を筆頭とするライト家の暮らしはとても居心地がよく、温かなものだった。
だけど数年後、またもや悲しい出来事が起こってしまう。
おじ様が……ライト伯爵が急な病に倒れ、看病虚しく天に召されてしまったのだ。
わたしが15歳、王都の騎士団で準騎士となったグレインが16歳の時だった。
爵位は当然嫡男であるヘイワード様が襲爵され、ライト伯爵となられた。
それと同時に婚約者であったジョゼット様と結婚されたのだ。
ジョゼット様は小柄で少しふくよかな愛らしい女性だ。
性格も明るくて笑い上戸、わたしは以前から彼女の事が大好きで、本当の姉のように慕っていた。
わたしはまだグレインとは結婚していないから正式な義姉妹ではないが、いずれそうなる事を互いに心から楽しみにしていた。
だけどグレインはまだ準騎士になったばかり。
このまま順調にいけばすぐに正騎士の試験にも合格するだろうから、結婚式はその後でという事になった。
「リリー待ってて。必ず立派な騎士となってリリーを迎えに来るから」
王都へ旅立つ日、グレインがわたしにそう言った。
「わかった。体にだけは気をつけて頑張って!でもグレイン、お手紙をいっぱい頂戴ね。わたしも沢山書くから」
騎士になるという彼の夢を全力で応援する気持ちは誰にも負けない自信はある。
それでもやっぱり離れ離れになるのは寂しくて、とても辛かった。
わたしの表情が曇ったのだろう、グレインはそっとわたしの手を掬い取り、そして指先にキスをした。
「!」
「俺もリリーと離れるのはとても寂しい。可愛いリリー、必ず手紙を書くよ。そして可能な限りは会いに来る。だからいい子で待ってて欲しい」
先ほどまでの曇り空から一転、急に陽光が差し込み快晴となったわたしの様子を見て、グレインは吹き出した。
そしてもう一度わたしの指先にキスを落とした。
約束通り、グレインはマメに手紙を送ってくれた。
それに併せて花やお菓子の贈り物も沢山送ってくれたのだ。
そしてまとまった休みが取れた時は例え一瞬しか領地に居られなくても、必ずわたしの顔を見に帰って来てくれた。
もちろんわたしも沢山手紙を出す。
いいお嫁さんになれるように花嫁修行を頑張っている事や、ヘイワード様とジョゼット様と毎日楽しく暮らしている事、そしてグレインが大好きで大好きでたまらない、グレインのお嫁さんになれる日が待ち遠しい……と。
今思えばなんて重くて暑苦しい圧力を掛ける女なんだと頭を抱えたくなるような事を書いていたのだった。
そしてグレインが領地を去って2年が経った頃、努力の甲斐あって彼は適性試験に合格し、晴れて正騎士となった。
しかも王宮騎士。
王太子殿下の目に留まり、殿下直属の護衛騎士となったのだ!
凄いわグレイン!
流石はわたしのグレイン!
と、そう呑気に思っていられたのは束の間だった。
王家専属の、しかも王太子殿下直属の護衛騎士の大変さをわたしは知らなかったし、ナメきっていた……。
準騎士時代とは打って変わってグレインは超多忙な人となってしまったのだ。
勤務体制や休日も不規則で、いつ何時でも有事に対応出来るようにしていなくてはならないらしい。
当然、手紙の回数は減り、休みがあったとしてもとても領地まで戻って来れるような感じでは無さそうだった。
それでもグレインが夢を叶えて頑張っているのだから、寂しいなどと我儘を言ってはいけない。
わたしももう18歳になったのだから、分別を弁えてじっと待つしかないと自分に言い聞かせていたのだ。
そしてそれからあっという間に一年が過ぎ、とうとう手紙も滅多に届かなくなってしまった。
届くのは届くのだ。
以前は週に1~2回だった手紙が月に一度くらいになってしまったけど。
でも内容が大いに変わってしまったような気がしていた。
前はわたしの事をいつも考えてるだとか、街で見かけた猫を見てわたしを思い出したとか、いつもわたしに会いたいと思ってくれているとか、ラブレターめいた内容だったのが、護衛騎士の仕事は大変だけどやり甲斐があるだとか、家族のみんなは元気か?だとか、寝る時は暖かくして寝るようにだとか、まるで親戚のオジさんのような内容になっていったのだ。
思えばその時から“兆し”はあったのだろう。
グレインの心からわたしが居なくなった兆しが……。
そしてその頃からある噂が、ヘイワード様の友人や領地の商人の口からわたしの耳に入るようになる。
グレインに王都で恋人が出来たらしいと。
「「「……………まさか~~!」」」
その噂を耳にして、わたしもヘイワード様もジョゼット様も最初は否定した。
だってグレインは自惚れではなくわたしを好きでいてくれている筈だし、そんな不誠実な事が出来る人ではない。
やはり単なる噂だとうという事になり、気にしない事にした。
しかしその後も噂はどんどん耳に入って来る。
「…………」
グレインを、彼を信じてる。
彼はそんな人じゃない、そう思っていても否が応でも入って来る噂話に、わたしの心は千々に乱れ始めた。
……………よし。
ウジウジ悶々としているのはわたしの性格に合わない。
それならばこの目で確かめてやろうじゃないの!
思い立ったら即行動しなければ気が済まない性質なので、わたしはその日すぐに王都へ向けて一人領地を飛び出した。
もちろんヘイワード様とジョゼット様には置き手紙を残した。
でも二人に何も言わずに王都へ向かったのだ。
だって反対されるのはわかっていたし、
王都までは道も整備され、治安部隊のお陰で女性一人での長距離馬車の移動も近頃では当たり前になって来ているくらいなので身の危険の心配もない。
だから強硬手段に出たわけなんだけど……
結果はご存知の通り、玉砕だった。
噂は真実だった。
ショックが大きすぎて、情けない事にグレインに問い正す事も、罵る事も殴る蹴るも出来なかったから玉砕とは言い難いかもしれないけど、わたしの心は粉々に打ち砕かれたのだから玉砕と言ってもいいだろう……。
とにかくわたしはヘイワード様とジョゼット様の元へと逃げ帰る事しか出来なかった。
屋敷へ帰るなりわんわん泣くわたしを、二人は懸命に慰めてくれた。
わたしは泣きながらも二人にお土産の王都マンジュウを渡し、それからまた大いに泣いた。
泣いて泣いて泣き続けた。
そうして三日三晩泣いた後、わたしは王都を出る時に決めた覚悟をヘイワード様とジョゼット様に告げる。
グレインとの結婚は諦めて婚約を解消する、と。
全てこちらで用意を整えて、グレインの顔に婚約解消の書面を叩きつけてやる!と……。
キミのこんやくしゃだよ」
わたし達が初めて顔を合わせたのはまだ互いの親が健在で、何の悲しみも知らない頃だった。
わたしが5歳で彼は6歳。
早すぎる婚約と思われるかもしれないが、貴族間ではよくある事だった。
宮廷貴族であるわたしの両親と、地方貴族のグレインのお父様とは古くからの友人で、互いに子どもが出来たら縁を結ぼうと予ねてより約束をしていたらしい。
そして都合よく両家に男児女児とそれぞれが誕生して、約束通り婚約を結んだのだった。
その2年後にグレインのお母さまが病気で亡くなり、そしてその3年後、わたしの両親が馬車の事故に巻き込まれ帰らぬ人となった。
他に身寄りもない同時10歳だったわたしは修道院に入り、そのまま婚約は解消されると思われた。
だけど前ライト伯爵であったグレインのお父様が、大切な親友の娘を修道院に送れる訳がない。リリーは息子の婚約者として、そして大切な家族の一員としてライト家へ迎え入れると仰り、わたしを引き取って下さったのだ。
おじ様はその言葉の通り、ライト家の二人のご令息と共にわたしを過不足なく育てて下さった。
ここでライト家の二人のご令息を紹介しよう。
まずはご長男であらせられるヘイワード様。
年はわたしよりも7歳年上で、とても穏やかでお優しい方だ。
文武両道というけとれど、どちらかというと“武”の方はイマイチで、だけど“文”の方にとても秀でた優秀なお方なのだ。
そしてわたしの婚約者である次男のグレイン。
ダークブラウンの髪にブルーアイズ。我が婚約者ながら惚れ惚れするほど顔が良い。
お兄様のヘイワード様が“文”に秀でたお方ならグレインは“武”にその才を持つ。
幼い頃から騎士になるという夢を持ち、暇さえあれば剣ばかり振っているような少年だった。
かといって粗雑で乱暴という事もなく、わりと人懐っこい優しい性格の持ち主で、婚約者であるわたしをいつも特別扱いしてくれた。
大らかで朗らかで懐深いおじ様を筆頭とするライト家の暮らしはとても居心地がよく、温かなものだった。
だけど数年後、またもや悲しい出来事が起こってしまう。
おじ様が……ライト伯爵が急な病に倒れ、看病虚しく天に召されてしまったのだ。
わたしが15歳、王都の騎士団で準騎士となったグレインが16歳の時だった。
爵位は当然嫡男であるヘイワード様が襲爵され、ライト伯爵となられた。
それと同時に婚約者であったジョゼット様と結婚されたのだ。
ジョゼット様は小柄で少しふくよかな愛らしい女性だ。
性格も明るくて笑い上戸、わたしは以前から彼女の事が大好きで、本当の姉のように慕っていた。
わたしはまだグレインとは結婚していないから正式な義姉妹ではないが、いずれそうなる事を互いに心から楽しみにしていた。
だけどグレインはまだ準騎士になったばかり。
このまま順調にいけばすぐに正騎士の試験にも合格するだろうから、結婚式はその後でという事になった。
「リリー待ってて。必ず立派な騎士となってリリーを迎えに来るから」
王都へ旅立つ日、グレインがわたしにそう言った。
「わかった。体にだけは気をつけて頑張って!でもグレイン、お手紙をいっぱい頂戴ね。わたしも沢山書くから」
騎士になるという彼の夢を全力で応援する気持ちは誰にも負けない自信はある。
それでもやっぱり離れ離れになるのは寂しくて、とても辛かった。
わたしの表情が曇ったのだろう、グレインはそっとわたしの手を掬い取り、そして指先にキスをした。
「!」
「俺もリリーと離れるのはとても寂しい。可愛いリリー、必ず手紙を書くよ。そして可能な限りは会いに来る。だからいい子で待ってて欲しい」
先ほどまでの曇り空から一転、急に陽光が差し込み快晴となったわたしの様子を見て、グレインは吹き出した。
そしてもう一度わたしの指先にキスを落とした。
約束通り、グレインはマメに手紙を送ってくれた。
それに併せて花やお菓子の贈り物も沢山送ってくれたのだ。
そしてまとまった休みが取れた時は例え一瞬しか領地に居られなくても、必ずわたしの顔を見に帰って来てくれた。
もちろんわたしも沢山手紙を出す。
いいお嫁さんになれるように花嫁修行を頑張っている事や、ヘイワード様とジョゼット様と毎日楽しく暮らしている事、そしてグレインが大好きで大好きでたまらない、グレインのお嫁さんになれる日が待ち遠しい……と。
今思えばなんて重くて暑苦しい圧力を掛ける女なんだと頭を抱えたくなるような事を書いていたのだった。
そしてグレインが領地を去って2年が経った頃、努力の甲斐あって彼は適性試験に合格し、晴れて正騎士となった。
しかも王宮騎士。
王太子殿下の目に留まり、殿下直属の護衛騎士となったのだ!
凄いわグレイン!
流石はわたしのグレイン!
と、そう呑気に思っていられたのは束の間だった。
王家専属の、しかも王太子殿下直属の護衛騎士の大変さをわたしは知らなかったし、ナメきっていた……。
準騎士時代とは打って変わってグレインは超多忙な人となってしまったのだ。
勤務体制や休日も不規則で、いつ何時でも有事に対応出来るようにしていなくてはならないらしい。
当然、手紙の回数は減り、休みがあったとしてもとても領地まで戻って来れるような感じでは無さそうだった。
それでもグレインが夢を叶えて頑張っているのだから、寂しいなどと我儘を言ってはいけない。
わたしももう18歳になったのだから、分別を弁えてじっと待つしかないと自分に言い聞かせていたのだ。
そしてそれからあっという間に一年が過ぎ、とうとう手紙も滅多に届かなくなってしまった。
届くのは届くのだ。
以前は週に1~2回だった手紙が月に一度くらいになってしまったけど。
でも内容が大いに変わってしまったような気がしていた。
前はわたしの事をいつも考えてるだとか、街で見かけた猫を見てわたしを思い出したとか、いつもわたしに会いたいと思ってくれているとか、ラブレターめいた内容だったのが、護衛騎士の仕事は大変だけどやり甲斐があるだとか、家族のみんなは元気か?だとか、寝る時は暖かくして寝るようにだとか、まるで親戚のオジさんのような内容になっていったのだ。
思えばその時から“兆し”はあったのだろう。
グレインの心からわたしが居なくなった兆しが……。
そしてその頃からある噂が、ヘイワード様の友人や領地の商人の口からわたしの耳に入るようになる。
グレインに王都で恋人が出来たらしいと。
「「「……………まさか~~!」」」
その噂を耳にして、わたしもヘイワード様もジョゼット様も最初は否定した。
だってグレインは自惚れではなくわたしを好きでいてくれている筈だし、そんな不誠実な事が出来る人ではない。
やはり単なる噂だとうという事になり、気にしない事にした。
しかしその後も噂はどんどん耳に入って来る。
「…………」
グレインを、彼を信じてる。
彼はそんな人じゃない、そう思っていても否が応でも入って来る噂話に、わたしの心は千々に乱れ始めた。
……………よし。
ウジウジ悶々としているのはわたしの性格に合わない。
それならばこの目で確かめてやろうじゃないの!
思い立ったら即行動しなければ気が済まない性質なので、わたしはその日すぐに王都へ向けて一人領地を飛び出した。
もちろんヘイワード様とジョゼット様には置き手紙を残した。
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王都までは道も整備され、治安部隊のお陰で女性一人での長距離馬車の移動も近頃では当たり前になって来ているくらいなので身の危険の心配もない。
だから強硬手段に出たわけなんだけど……
結果はご存知の通り、玉砕だった。
噂は真実だった。
ショックが大きすぎて、情けない事にグレインに問い正す事も、罵る事も殴る蹴るも出来なかったから玉砕とは言い難いかもしれないけど、わたしの心は粉々に打ち砕かれたのだから玉砕と言ってもいいだろう……。
とにかくわたしはヘイワード様とジョゼット様の元へと逃げ帰る事しか出来なかった。
屋敷へ帰るなりわんわん泣くわたしを、二人は懸命に慰めてくれた。
わたしは泣きながらも二人にお土産の王都マンジュウを渡し、それからまた大いに泣いた。
泣いて泣いて泣き続けた。
そうして三日三晩泣いた後、わたしは王都を出る時に決めた覚悟をヘイワード様とジョゼット様に告げる。
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