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16 名誉回復
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すっかり聞き慣れたツバメ亭のドアベルの音が客の訪いを告げる。
だけどそこに姿を表した異質な存在に、店にいた誰もが目を見張り、そして言葉を失った。
紛争で一躍脚光を浴び、その後表舞台から姿を消した英雄が、地方の鄙びた港街の食堂に現れたのだから仕方がないと思う。
しかも誰もが新聞で目にした英雄然とした王宮騎士団の礼服ではなく、下級騎士が身に纏う騎士の平服姿。
それでも隠しきれない常人とは異なる気配は、彼の出自ゆえかそれとも数々の激戦を乗り越えてきたからなのだろうか。
とにかく彼が、クライブ・オーウェンがツバメ亭を訪れたとき、息をのんだのは私だけではなかったということ。
なぜ、どうして。
繰り返される疑念を心の隅に追いやって、私は平静として接客をした。
『いらっしゃいませ。……ご注文はいかがしましょう』
店主も女将さんも常連客たちも、固唾をのんで私たちを見つめた。
ここにいる誰もが、私の最愛の息子の姿を知っている。
そしてその息子に瓜二つな……本当は息子の方が父親である彼に瓜二つというべきなんだろうけど、とにかくフィンリーにそっくりな男に接する私に皆が刮目していたの。
クライブはメニュー表を閉じながら、穏やかな声で私に告げる。
『キャロットケーキとコーヒーを』
『……かしこまりました』
私はいちいち動揺する心を無理やり落ち着かせ、キャロットケーキの用意をする。
料理ではない、デザート類や飲み物のサーブは私の担当だから。
ガラス張りの小さな保冷庫からキャロットケーキを取り出す私の一挙一動を、クライブがじっと見つめているのを感じる。
彼は……気づくのかしら。
このキャロットケーキを作ったのは私だと。祖母のレシピのキャロットケーキだと、気づくのかしら……。
そんなことを思いながらクライブの席にキャロットケーキとコーヒーを運んだ。
『お待たせいたしました』
『ありがとう』
私は給仕として正しく客と接し、テキパキと店内で仕事をする。
平時と違うのは、いつもはあんなにお喋りな店主も常連客たちも誰ひとりとして言葉を発さずに、黙々と調理をしたり食事をしていることだったわ。
そしてキャロットケーキを口に運んだクライブがつぶやいた言葉が静かな店内に響く。
『ミルチアのキャロットケーキだ……』
彼に背を向けてグラスを乾拭きしていた私は、その言葉を耳にして堪らず目を閉じた。
『ミルチアちゃん……』
女将さんが私を気遣う声がする。
もう逃げてはいけない、逃げられない。
そう思った。
やがてキャロットケーキを食べ終えたクライブが私に向かって言う。
『ミルチア。……話がしたい』
それを聞いたみんなが一斉に私に視線を向けた。
『……わかりました』
私がそう応えたと同時に、店内が騒然となる。
『ミルチアちゃん!二階!二階を使いなっ!』
『今すぐ休憩に入っていいから!』
『俺たちが食器は片付けとくよ!』
『テーブルもちゃんと拭き清めとくからっ』
『お使いにも行っとくよ!』
『何かあったら大声出すんだぞっ!』
『英雄様サインを下されっ』
口々に告げられるみんなの言葉に、私は眉尻を下げながら会釈した。
そしてクライブを連れて店の二階へと上がる。
私もよく休憩に使わせてもらう空き部屋に彼を案内した。
クライブには室内に置かれた小さなソファーに座ってもらい、私は丸椅子に腰掛けた。
フィンリーを店に連れてきたときはお昼寝用に使わせてもらうソファーに、今は彼が座っている光景に複雑な気持ちになりながら、私は尋ねた。
『どうして……ツバメ亭がわかったんですか』
『ごめん、昨日……後を追って、それでキミがこの店に入っていくのを見たんだ』
……逃げきれてなかった。
土地勘を活かし、地の利を活かし逃げたつもりだったけど、全然逃げきれてなかった。
さすがは救国の英雄……。
なんて感心している場合ではないので、私はさらに彼を追及する。
『それ以前にどうしてセントクレアに?私がここにいると知っていたんですか?それとも単なる偶然?』
『王都からの出入記録でおおよその場所を特定し、魔力を辿った。でもそれだけだ、プライベートに関わることまでは調べていない』
『……本当に?あなたなら簡単に調べられるじゃない……元諜報員なんだから』
『やはり……知られていたんだな……』
『路地裏で、本当に偶然に。あなたがお仲間の方と話しているのを聞いてしまったの』
『……路地裏……。あぁ、あのときか……』
思い当たる節があるクライブがそう言い、そして真っ直ぐに私を見た。
『任務を持ってキミに近づいたのは確かだ。だけど誓って、今のキミの調査は行っていない。任務でもないのに、いや、任務であっても無断でそんな、尊厳を損なうような……』
目を逸らさずに、真摯に私に告げるその姿からは嘘をついているようには感じられない。
諜報員だった人を信じてよいものかと思うけど、どうしても彼が嘘をついているようには見えなかった。
私は心の内で深く安堵した。
移住先がセントクレアであることのみを知って彼がここにきたというなら、フィンリーの存在は知られていないはず。
だけどそれならなぜ探したのか、なぜ会いにきたのか、新たな疑問が頭に浮かぶ。
それを察したらしいクライブが、先回りをして私に言った。
『私書箱に送ってくれただろう。国が……宰相が秘密裏に手に入れるよう俺に命じた、キミの祖父殿の術式を……』
私は黙って頷く。
それを見て、彼が悲しげに苦笑する。
『王都に戻り、真っ先にキミに会いに行ったんだ。だけど、アパートの部屋にはもう別の住人が住んでいた。それで、キミから何か手紙が届いてるんじゃないかと慌てて私書箱を見に言ったんだ』
そこで私が密かに送った封書を見つけ、クライブは私に目的を知られていたと理解したらしい。
『頭が真っ白になったよ……。打ち明ける前に知られていたことに、それでキミが姿を消したことに絶望した。俺にそんな資格はないというのに……』
だからこそ、自分は託されたのだと思ったと彼は言った。
『キミが祖父殿の無実を信じているのは言葉の端々から分かっていた。その嫌疑を晴らす術もなく、諦めていたことも』
当時を思い出して遣る瀬ない気持ちをなる私の耳に、
『ならば、俺が晴らそうと思った』
というクライブの言葉が届いた。
私に託されたこの術式を、信用できる機関にて独自に解析することにしたという。
諜報員であった頃の伝手と、英雄としての立場をフルに活用して、先入観も忖度も微塵もない第三者に一から調べ直してもらったのだとか。
そして……。
『そして、これが国が危惧していた禁忌の術式ではないことが証明された。残念ながらその術式が未完成であったことも解ったけれど』
『本当に……?』
俄には信じ難く唖然とする私に、クライブはとても……とても優しい声で言った。
『ああ。じきに公表され、キミの祖父殿の名誉は回復される。祖父殿が心血を注いで構築しようとしていた術式は、忌まわしきものではなく、家族の愛に満ちた優しい魔法だったよ』
•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆
(▭-▭)✧
次回、優しい魔法
祖父が本当に実現したかった魔法とは……。
だけどそこに姿を表した異質な存在に、店にいた誰もが目を見張り、そして言葉を失った。
紛争で一躍脚光を浴び、その後表舞台から姿を消した英雄が、地方の鄙びた港街の食堂に現れたのだから仕方がないと思う。
しかも誰もが新聞で目にした英雄然とした王宮騎士団の礼服ではなく、下級騎士が身に纏う騎士の平服姿。
それでも隠しきれない常人とは異なる気配は、彼の出自ゆえかそれとも数々の激戦を乗り越えてきたからなのだろうか。
とにかく彼が、クライブ・オーウェンがツバメ亭を訪れたとき、息をのんだのは私だけではなかったということ。
なぜ、どうして。
繰り返される疑念を心の隅に追いやって、私は平静として接客をした。
『いらっしゃいませ。……ご注文はいかがしましょう』
店主も女将さんも常連客たちも、固唾をのんで私たちを見つめた。
ここにいる誰もが、私の最愛の息子の姿を知っている。
そしてその息子に瓜二つな……本当は息子の方が父親である彼に瓜二つというべきなんだろうけど、とにかくフィンリーにそっくりな男に接する私に皆が刮目していたの。
クライブはメニュー表を閉じながら、穏やかな声で私に告げる。
『キャロットケーキとコーヒーを』
『……かしこまりました』
私はいちいち動揺する心を無理やり落ち着かせ、キャロットケーキの用意をする。
料理ではない、デザート類や飲み物のサーブは私の担当だから。
ガラス張りの小さな保冷庫からキャロットケーキを取り出す私の一挙一動を、クライブがじっと見つめているのを感じる。
彼は……気づくのかしら。
このキャロットケーキを作ったのは私だと。祖母のレシピのキャロットケーキだと、気づくのかしら……。
そんなことを思いながらクライブの席にキャロットケーキとコーヒーを運んだ。
『お待たせいたしました』
『ありがとう』
私は給仕として正しく客と接し、テキパキと店内で仕事をする。
平時と違うのは、いつもはあんなにお喋りな店主も常連客たちも誰ひとりとして言葉を発さずに、黙々と調理をしたり食事をしていることだったわ。
そしてキャロットケーキを口に運んだクライブがつぶやいた言葉が静かな店内に響く。
『ミルチアのキャロットケーキだ……』
彼に背を向けてグラスを乾拭きしていた私は、その言葉を耳にして堪らず目を閉じた。
『ミルチアちゃん……』
女将さんが私を気遣う声がする。
もう逃げてはいけない、逃げられない。
そう思った。
やがてキャロットケーキを食べ終えたクライブが私に向かって言う。
『ミルチア。……話がしたい』
それを聞いたみんなが一斉に私に視線を向けた。
『……わかりました』
私がそう応えたと同時に、店内が騒然となる。
『ミルチアちゃん!二階!二階を使いなっ!』
『今すぐ休憩に入っていいから!』
『俺たちが食器は片付けとくよ!』
『テーブルもちゃんと拭き清めとくからっ』
『お使いにも行っとくよ!』
『何かあったら大声出すんだぞっ!』
『英雄様サインを下されっ』
口々に告げられるみんなの言葉に、私は眉尻を下げながら会釈した。
そしてクライブを連れて店の二階へと上がる。
私もよく休憩に使わせてもらう空き部屋に彼を案内した。
クライブには室内に置かれた小さなソファーに座ってもらい、私は丸椅子に腰掛けた。
フィンリーを店に連れてきたときはお昼寝用に使わせてもらうソファーに、今は彼が座っている光景に複雑な気持ちになりながら、私は尋ねた。
『どうして……ツバメ亭がわかったんですか』
『ごめん、昨日……後を追って、それでキミがこの店に入っていくのを見たんだ』
……逃げきれてなかった。
土地勘を活かし、地の利を活かし逃げたつもりだったけど、全然逃げきれてなかった。
さすがは救国の英雄……。
なんて感心している場合ではないので、私はさらに彼を追及する。
『それ以前にどうしてセントクレアに?私がここにいると知っていたんですか?それとも単なる偶然?』
『王都からの出入記録でおおよその場所を特定し、魔力を辿った。でもそれだけだ、プライベートに関わることまでは調べていない』
『……本当に?あなたなら簡単に調べられるじゃない……元諜報員なんだから』
『やはり……知られていたんだな……』
『路地裏で、本当に偶然に。あなたがお仲間の方と話しているのを聞いてしまったの』
『……路地裏……。あぁ、あのときか……』
思い当たる節があるクライブがそう言い、そして真っ直ぐに私を見た。
『任務を持ってキミに近づいたのは確かだ。だけど誓って、今のキミの調査は行っていない。任務でもないのに、いや、任務であっても無断でそんな、尊厳を損なうような……』
目を逸らさずに、真摯に私に告げるその姿からは嘘をついているようには感じられない。
諜報員だった人を信じてよいものかと思うけど、どうしても彼が嘘をついているようには見えなかった。
私は心の内で深く安堵した。
移住先がセントクレアであることのみを知って彼がここにきたというなら、フィンリーの存在は知られていないはず。
だけどそれならなぜ探したのか、なぜ会いにきたのか、新たな疑問が頭に浮かぶ。
それを察したらしいクライブが、先回りをして私に言った。
『私書箱に送ってくれただろう。国が……宰相が秘密裏に手に入れるよう俺に命じた、キミの祖父殿の術式を……』
私は黙って頷く。
それを見て、彼が悲しげに苦笑する。
『王都に戻り、真っ先にキミに会いに行ったんだ。だけど、アパートの部屋にはもう別の住人が住んでいた。それで、キミから何か手紙が届いてるんじゃないかと慌てて私書箱を見に言ったんだ』
そこで私が密かに送った封書を見つけ、クライブは私に目的を知られていたと理解したらしい。
『頭が真っ白になったよ……。打ち明ける前に知られていたことに、それでキミが姿を消したことに絶望した。俺にそんな資格はないというのに……』
だからこそ、自分は託されたのだと思ったと彼は言った。
『キミが祖父殿の無実を信じているのは言葉の端々から分かっていた。その嫌疑を晴らす術もなく、諦めていたことも』
当時を思い出して遣る瀬ない気持ちをなる私の耳に、
『ならば、俺が晴らそうと思った』
というクライブの言葉が届いた。
私に託されたこの術式を、信用できる機関にて独自に解析することにしたという。
諜報員であった頃の伝手と、英雄としての立場をフルに活用して、先入観も忖度も微塵もない第三者に一から調べ直してもらったのだとか。
そして……。
『そして、これが国が危惧していた禁忌の術式ではないことが証明された。残念ながらその術式が未完成であったことも解ったけれど』
『本当に……?』
俄には信じ難く唖然とする私に、クライブはとても……とても優しい声で言った。
『ああ。じきに公表され、キミの祖父殿の名誉は回復される。祖父殿が心血を注いで構築しようとしていた術式は、忌まわしきものではなく、家族の愛に満ちた優しい魔法だったよ』
•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆
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次回、優しい魔法
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