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しおりを挟むマヌエルから向けられる視線は熱く、真剣だった。
このまま頷いてしまえば幸せになれるのだろうか。
けれどそう思う心とは裏腹に、頭の中にセシルの顔がチラついて、胸がチクチクと痛む。
「……正直に答えてくださると嬉しいのですが。もしかしてシャロン王女は、こんな事になっても尚、エドナの元婚約者に心があるのですか?」
「……わかりません……」
ただ結婚というものに恋焦がれていたのか、それとも彼自身に惹かれていたのか。
傷付けられながら激情をぶつけられた日々が胸に焼き付いて離れず、自分の心すらよくわからなくなってしまった。
こうしてマヌエルと二人きりでいる事を、セシルが知る由もないのだが、なぜか後ろめたく、責められているような気持ちになる。
実際この状況を彼が知れば、再びシャロンをねちねちと詰るのだろうが。
「泣かないで」
マヌエルの細く長い指が、シャロンの眦から流れ落ちる涙を掬う。
自分でも気付かぬうちに溢れ出た、感情の発露だった。
「……わたしにはもう、どうしたらいいのかわからないの……」
「シャロン王女」
マヌエルは、今にも崩れ落ちそうなシャロンに咄嗟に手を伸ばした。
彼が自分を抱きしめようとしている事に気付いたシャロンは、それを拒むように両手で制した。
「いけません」
誰かに支えられたい、甘えたい。
けれど、ほんの一時彼を利用して楽になったところで、目の前の問題が解決するわけではない。
「あなたは誰のものでもない、あなたのものだ。心のままに──我がままに生きて良い。思うさま欲しがれば良いのです」
そんな事許されない。
(けれど、セシル殿下はそうしたわ)
心のままにシャロンを奪い、こっちの気持ちなんてお構いなしに、思うさま欲しがった。
(それなら私は?)
マヌエルはシャロンの正式な婚約者だから、後ろ指をさされる事はない。
そして彼はシャロンに恋をしていると言った。
彼の腕に飛び込めば、真綿で包むように愛してくれるかもしれない。
ぼろぼろに傷ついたこの心を癒してくれるかも──
躊躇う必要などない。
シャロンを咎める権利は誰にもないのだから。
(でも、できないわ)
なぜならシャロンは彼を愛していない。
自分を慰めるために彼の気持ちを利用するなんてできないし、したくない。
けれど、そんなシャロンの複雑な心境など、マヌエルはとっくに理解していたようだ。
「自分のためにわたしを利用すればいい。それを嫌だなんて思いません」
「どうして……なぜそんなに優しくしてくださるの……?」
「あなたが愛おしい。だからどんな形でもいい。どうしてもあなたが欲しいのです」
彼もまた、セシルのように、我がままに生きているのだ。
マヌエルは再びシャロンに向かって手を伸ばす。
もう一度拒む事はできなかった。
「……こんなか細い身体に、いったいどれほどの苦しみを背負わされたのか」
繊細なガラス細工を胸の中にしまい込むように抱かれ、シャロンは素直に身体を預けた。
セシルとは違う、大人の男性の厚みのある身体に包まれ、その大きな安心感から涙とともに嗚咽が漏れる。
マヌエルはシャロンを抱え上げるとソファに移動し、膝の上でしっかりと抱き直した。
ぽんぽんと赤子をあやすように背を叩かれたシャロンは、マヌエルの胸にしがみつき、やがて声を上げて泣いたのだった。
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