嘘つきな獣

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 ひとしきり泣いた後、シャロンは妙にすっきりした気分だった。
 まるで、これまで頭の中を覆っていた厚い雲が晴れたかのよう。

 「……少し落ちつかれましたか?」

 「はい……」

 おずおずと見上げると、慈しむように自分を見つめる深緑の瞳と目が合う。
 マヌエルは懐から出したハンカチで優しくシャロンの顔を拭いた。
 
 「あ、あの、貸していただければ自分でやります」

 泣いて、あやされて、お世話までされて。
 これでは本当に赤ちゃんではないか。

 「あなたは人に気を遣い過ぎです。もっと甘えた方がいい」

 「そんな事……これまでずっと甘えてばかり……守られてばかりでした」

 周囲は皆、守りたいもの、守るべきもののために戦っていた。
 (それなのに私は)
 不幸を嘆く事しかできなかったこれまでの自分を思い返すと嫌になる。

 「そんな事はありません。あなたはあなたのやり方で、大勢の人の心を救っている」

 「私が?」

 「ええ。ロートス兵が良い例です。生き残った者の多くは皆あなたのために投降したと言っても過言ではない」

 降伏は、誇り高き騎士たちにとってはこれ以上ない屈辱的な行為。
 けれど、彼らは誇りのために生命を散らすよりも、連れ去られたシャロンを心配し、まだ自分たちにはできる事があるのではないかと考えた。
 そしてその機会を待つために、あえて恥辱の道を歩む事を決めたのだ。

 「あなたが常日頃彼らに心を砕いていたからこそ起きた奇跡です。結果あなたは彼らだけでなく、彼らの家族をも救っている」

 「そんな……わたしにそんな力は……」

 「あなたが戻られた時のあの光景を、わたしは一生忘れないでしょう。そして改めて、なんとしてでもあなたを妃にしたいと強く思った」

 語られた言葉の中にマヌエルからの強い想いを感じ、シャロンは言葉に詰まった。

 「何でも重く深く考えるのはあなたの悪い癖ですね」

 マヌエルはさっきまでの真剣な表情とは打って変わって穏やかに微笑んだ。

 「今はただ、わたしに甘やかされてください。それだけでいい」

 甘やかされろと言われても、そんな経験がないからわからない。
 マヌエルは大人で、女性に接する動作も淀みない。
 きっと数々の経験を積み重ねていて、シャロンのような小娘の扱いくらい朝飯前なのだろう。
 (そんな人がどうしてわたしなんかを)
 考えれば考えるほどわからなくなる。

 「ほら、また難しい顔をしていますよ」

 折り曲げられた人差し指の関節が、シャロンの眉間をくるくると解す。
 
 「……食事、冷めてしまいましたよね……」

 「温め直しますか?」

 「いえ、そのままで。すべて頂きます」

 シャロンはマヌエルの膝から下り、食卓へと戻った。
 未だ混乱が続く中、料理人たちが心を込めて作ってくれたのだと思うと、残すわけにはいかなかった。
 料理はすっかり冷めてしまっていたが、それでもとても美味しく感じる。
 するとマヌエルも再び食卓につき、同じように料理を口に運び始めた。
  
 弾むような会話があったわけではない。
 けれど、二人の間に流れる静かな時間が、シャロンにはとても心地良かった。
 

 


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