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しおりを挟む「……不格好で、本当にごめんなさい……」
負傷兵が集められた部屋の中に、シャロンの絶望的な声が響いた。
この大変な時に、自分だけのんびり部屋で休んでいるわけにはいかない。
そう思い、手伝いを申し出たまではよかったのだが、経験不足に元来の不器用さも手伝い、逆に怪我人に気を遣わせる事態に陥っていた。
「そんなことありません。ちゃんと患部が覆われてますから。初めてなのにとてもお上手ですよ」
現在この部屋の中で一番気を遣っている男──ボロ巾を巻かれたのかと思うほどみすぼらしい処置を施された兵士が、腕を掲げて見せながらシャロンを励ましていた。
「姫さま、何事も練習あるのみです。ですが彼の言う通り、初めてにしては上出来ですよ」
横の患者を診ていた医師が加勢する。
「そうでしょうか……」
これでは逆に、治療の邪魔になっているのではないだろうか。
シャロンは辺りを見回すが、人手は明らかに足りておらず、部屋のあちこちで水や痛み止めを求めて手を上げる負傷兵の姿が見える。
めげてなどいられない。
シャロンは気を取り直し、水差しを手に室内を回る。
部屋の外がにわかに騒がしくなり、何事かと声のする方に視線をやると、こちらに向かって歩いて来るマヌエルの姿が目に入った。
(いけない!)
シャロンは、彼と夕食の約束をしていたことを思い出した。
「申し訳ありま──」
マヌエルは、咄嗟に立ち上がって謝ろうとするシャロンを手で制した。
「私も手伝いましょう」
彼はそう言うと医師の指示を仰ぎ、創傷を治療中の患者の血に濡れた包帯を、慣れた手つきで交換していく。
あっという間に美しい結び目が出来上がり、シャロンの口から思わず感嘆の声が漏れた。
「お上手なのですね」
「昔っから怪我ばかりしてましたからね」
過去を思い出しているのか、マヌエルの口元は柔らかく綻んだ。
「そんなに鍛錬に励んでいらしたのですか?」
「いえ、全然。訓練なんて大嫌いで、毎日王宮を抜け出しては野山を駆け、海で泳いでました」
子どもの頃は相当やんちゃだったというマヌエルの口から語られたのは、木から落ちては骨折し、海では巨大魚を銛で突こうとして逆に襲われ、山の斜面から転がり落ちて傷だらけになるなど、今の彼からは想像もつかない話ばかり。
「島国の子どもは皆そんなものです。魚に喰われかけた時は、さすがに肝を冷やしましたが」
「マヌエル殿下にそんな時期があったなんて、信じられません」
「男は皆子どもですよ。なあ?」
マヌエルが、二人のやり取りを聞いていた兵士たちに同意を求めると、皆歯を見せて笑った。
「マヌエル殿下のおっしゃる通りです。男は永遠に五歳前後の心を持ち合わせていると思われたほうがいい」
「姫さま、この城の近くにも、男なら誰しも一度は訪れる有名な根性だめしの場所があるんですよ」
「あ、それ!【森の館】と【ソノレの絶壁】だろ。俺も行ったわ」
「俺も俺も!母ちゃんにとっ捕まって『二度と行くな』って拳骨くらったなぁ」
さっきまで重苦しい雰囲気だった室内が、打って変わって明るく賑やかになる。
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エウレカの王子は良い人っぽいけど、セシルとの拗らせを引き起こした出来事が解決しない限りは誰も信用出来ないね‥
表では優しくして裏で糸を引いてても分かんないから‥
シャロンには幸せになって欲しいけど一つだけ‥どの角度から攻めても、やっぱセシルとの元さやは絶対嫌だわーー!
元鞘好物ですけど!でもセシルは無いわーー!!
続きを楽しみにしています😅
元サヤは一度別れた恋人同士が再びやり直す事なので……セシルとシャロンは政略上の婚約で尚且つ無理矢理でしたから、元サヤというより何て言うのが正しいんでしょうね……🤔むむむ
さてさて本編では二人の男がもうすぐバチバチしそうです。
最後までお楽しみいただけるよう頑張ります。
どこまで真実なのかは不明ですが、ここにも説明が足りなさ過ぎて娘を不幸に陥れたアホ父がいる…
そうですね〜ʕ•ᴥ•ʔ
いくらなんでも言葉が足りなさすぎて……シャロンもすぐには受け入れられないでしょうね……
続きありがとうございます🍀
マヌエル殿下にシャロンを幸せにして欲しいです。
セシルは幼く、弱い。シャロンを守れない。
本人の気持ちはどうあれ酷すぎです。
シャロンは幸せになって欲しいです。
こちらこそ、更新不定期なこの物語を追ってくださってありがとうございますʕ•ᴥ•ʔクマー✨️
現金なもので、やはりご感想いただくとやる気になります……!
シャロンの今後は……どうしましょうね……