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しおりを挟む悪夢のような夜が明け、カーテンの隙間から漏れる朝日に目を細める。
(今……何時なのかしら……)
身体がひどく重い。
寝返りを打った瞬間、鈍く痛んだ下腹部が、昨夜の記憶を呼び起こした。
(そうだった……昨夜……私……)
『くそっ!!』
セシルが去り際に言い放った言葉が頭の中で木霊する。
燃え滾る炎のような熱を抱えたまま、彼はあの後どうしたのだろう。
──また今夜も来るのだろうか
そしてシャロンを罵りながら、再び乱暴な行為に及ぶのか。
「……お目覚めになられましたか?」
遠慮がちに声を掛けてきたのは昨夜シャロンを介抱してくれた侍女だった。
どうやらシャロンが自然に目覚めるのを待っていたようだ。
そしてシャロンが起きているとわかると、部屋には昨日と同じ顔ぶれがやってきた。
おそらく彼女たちはシャロンの世話係に任命されたのだろう。
(戦利品の世話係なんて気の毒に)
本来王族の側に侍るのは栄誉な事で、一介の侍女にとっては大出世だ。
しかしそれはあくまでシャロンが嫁してきた王女、即ち未来の王妃である場合だけ。
囚われの身である今のシャロンへ仕えろと言われた時の彼女たちの落胆の様子が目に浮かぶ。
侍女は洗顔など朝の支度が一通り済んだ頃合いで、着替えを持ってきた。
目の前に差し出されたのはエドナ特有の、全体に花の刺繍が施されたドレス。
色柄だけでなく、胸元や袖のデザインがロートスのものとは大きく異なるそれは、暗に祖国の事は忘れろと言われているような気がしてならなかった。
支度を終えて移動すると、朝食の用意がされていた。
昨日のような軽食ではなく、たっぷりのバターが添えられた、香ばしい匂いのする焼き立てのパン。
そのほかには腸詰めにゆで卵、彩り華やかなサラダがあった。
ドレスといい、およそ【戦利品】に与えられる環境とはほど遠い。
しかしこれもすべて自分が王女という身分だからなのだろう。
侵略を正当化、もしくは諸国に対し体面を保ちたいエドナ側の意図が透けて見えるようだとシャロンは思った。
シャロンが席に着くと、侍女はワゴンに載った鍋からスープをよそい、目の前に置いた。
彼女以外の侍女は皆役割分担が決まっているのか、自分の仕事が終わると足早に部屋から去っていった。
「お気に召さない食べ物などありましたらおっしゃってください」
ぎこちない笑顔。だが愛想がいいとは言えないまでも、どうやら彼女はシャロンに対して悪感情は抱いていないようだ。
「……あなた、お名前は何て言うの?」
シャロンの問いに侍女は驚いた顔をした。
「え、あ、あの」
慌てたような様子から察するに、何か粗相をしてしまったかと心配しているのだろう。
「心配しないで。ただ知りたいだけ、本当にそれだけだから」
「エイミーと申します」
「そう。エイミー、昨夜はあまり眠れていないのでしょう。色々とありがとう」
シャロンの言葉にエイミーは言葉を詰まらせた。
きっと、昨夜のシャロンの有り様が脳裏に浮かんだのだ。
せっかく用意してくれた朝食に手を付けないのも申しわけない。
力の入らぬ手でスプーンを持ち、スープを掬う。
透き通った琥珀色の温かい液体が、喉から順に身体の芯に向かって流れ込み、末端へと熱を届けてくれる。
もうひと匙、スプーンをくぐらせようとした瞬間、どこからか落ちてきた水滴がスープの表面を揺らした。
「あ……」
咄嗟に反応したエイミーの視線から、それが自分の瞳からこぼれ落ちた涙だと知る。
「ふ……うっ……!」
スープの温かさに、身体だけでなく張りつめていた心まで緩んでしまったようだ。
シャロンは自分を襲った理不尽に堪えきれず、ただ泣いた。
エイミーは黙ったまま、シャロンが泣き止むまでその弱々しい背中をさすっていた。
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