嘘つきな獣

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 シャロンが塔に入れられてから一週間が過ぎた。

 初日のことがあり、夜を迎えるたびに怯えていたシャロンだったが、セシルはあの日以来一度も姿を見せていない。

 侍女たちは相変わらず無口でぎこちないが、毎朝やってきてはシャロンの世話を焼く。
 日に二度の食事と、午前と午後一度ずつ設けられるお茶の時間。
 食事も菓子も、ロートスで食していたものに比べると、見た目も味も地味で素朴だった。
 けれど肉も魚も新鮮で臭みがなく、シンプルな味付けがより一層食材の良さを引き立たせていた。
 食事の量は少な目で品数が多く、いつも温かい状態で提供された。
 そして室内の掃除は細部まで行き届き、ベッドのシーツは毎日交換される。
 監禁されているという事を除けば、ロートスでの暮らしとあまり変わらない。
 奴隷のような日々を強いられるのではと思っていたシャロンの予想は見事に外れた。

 「シャロン様、何か不自由がございましたらお申し付けください」

 エイミーは毎日決まりごとのように聞いてくる。
 今の状態に不自由はないが、ただただ気味が悪い。
 エドナは……セシルは自分をどうするつもりなのだろう。
 エイミーの名を聞いた日、それとなく尋ねてみたのだが、彼女は口ごもるばかりで結局答えは返ってこなかった。
 ここに来る侍女たちは一様に淡々と仕事をこなすだけで口を開かない。
 もしかしたら余計なことを漏らさないようにと口止めをされているのかもしれない。
 だとしたら、シャロンが詮索しようとすればするほど彼女たちを苦しめることになる。
 どのみち自分の命運はセシルが握っているのだ。
 それならもうすぐ下されるであろう沙汰をただ黙って受け入れればいい。
 これまでだってそうだった。
 シャロンの人生は、シャロンのものではないのだ。
 午後、エイミーがいつものようにワゴンに乗せたティーセットを運んできた。
 紅茶の注がれたカップの中には薄くスライスされたレモンと青いビオラの花が浮いている。
 ロートスでは砂糖とミルクを入れて飲むのが一般的であるため、初めてこれを見たときは芸術品のようだと驚いた。
 可憐なビオラがたゆたう様を眺めていると、なにやら扉の外が騒がしい。
 一瞬セシルが来たのかと思い身体が硬直したが、入室してきたのは初めて見る顔の女性だった。

 「ごきげんよう。突然お邪魔してごめんなさいね。ねえ、そこのあなた。私にもお茶をもらえるかしら」

 女性は、さながら女主人のような口調で矢継ぎ早に言うと、テーブルを挟んでシャロンの目の前に座った。
 シャロンよりも幾分年下だろうか。
 やや幼さの残る愛らしい容姿をしている。

 「初めまして。ヘイルズ公爵家の長女アイリーンと申します」

 表情は微笑んでいるが、友好的な雰囲気をまるで感じられない。
 シャロンはヘイルズという名に聞き覚えがあった。
 確かセシルと正式に婚約を結んだ日、立会人としてロートスに来ていた使者の中にそのような名前の者がいた。
 おそらく王家に近しい重臣なのだろう。
 アイリーンは、エイミーが急いで用意した茶を礼も言わず一口含むと、再び口を開いた。

 「セシル様が捕虜を連れ帰ったと聞いて驚きました。でもそれがまさかシャロン王女だったなんて」

 ふふ、と笑うアイリーンの目に、嘲りの色が見える。
 それはあっさりと落とされてしまったロートスに対してか、それとも──

 「お金に目が眩んでエウレカの王子に乗り換えたんですもの……気の毒だけど、当然の報いですわ」

 「わ、私はそんなこと──」

 「セシル様と側近の皆さまも、シャロン様の事を“売女”って言ってたわ。でも本当にその通り」

 相手の富と名誉を天秤にかけて嫁ぎ先を選ぶなんて、同じ女として許せないし、汚らわしいとアイリーンは続けた。
 内容は辛辣なのに、まるで世間話でもするかのような軽い口調だった。

 「それで……お得意の色目遣いか何かでさっそくセシル様を誘惑したのかしら?」

 ──なんて失礼な
 カッと頭に血が上るのを必死で堪えた。
 誘惑なんて、そんな事はしていない。
 シャロンは無理矢理身体を暴かれた、いわば被害者だ。
 それなのに── “売女”なんて
 本当にセシルはシャロンをそのように形容したのだろうか。
 そしてそれをなぜ彼女が知っていて、わざわざシャロンを辱めるのか。
 悔しさと悲しさがないまぜになりながらも、必死でアイリーンの真意を探った。

 「まあ、そんなに怖い顔なさらないで。私、シャロン様の助けになれればと思って」

 「助け?」

 「ええ。実は私、セシル様とは恋人同士なんです。あぁ、でもこの事は公にはしていないんです。だからシャロン様の胸にしまっておいてくださいね」

 予想もしなかった言葉に、シャロンは言葉を失った。
 恋人同士?誰が?セシルとアイリーンが?
 他の男に乗りかえたとシャロンを詰ったあのセシルに、恋人が?
 混乱し、青ざめるシャロンの様子を見て、アイリーンは愉悦の表情を浮かべた。
 
 「シャロン様も、こんな所に閉じ込められたままなんて嫌でしょう?だからね、私からセシル様にとりなしてさしあげようと思って」

 「とりなす、とは」

 「こうなった以上、祖国に帰してさしあげるのは無理だけど、囚われの身よりずっといい環境に身を置くことは可能だわ」

 アイリーンはまるで自身が救世主にでもなったかのような、やや陶酔した表情でとんでもないことを告げた。
 
 「セシル様にお願いして、下賜という形でエドナの有力貴族の元に嫁げばいいのよ!」



 
 
 
 

 

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