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しおりを挟む「遠路ご苦労でした。私は長男の瑛久です」
瑛久と名乗った青年は、同席者の紹介を始めた。
「母の珠子、妹の鈴子、そしてうちの番頭の大多喜」
女性二人は紫乃に挨拶一つせず、紹介の最中も終始蔑むような視線を向けてきた。
それもそのはず、珠子にとって紫乃は夫の愛人になる女で、鈴子にとっては嫌悪の対象であろうから。
「古川紫乃でございます」
紫乃は再び深く頭を下げる。
しかし、やはり女性二人からはなんの声掛けもなく、視線は厳しいままだった。
「実は……当主である父は、現在病に臥せっていまして。それでこのように私が上座に座っているというわけです」
瑛久によれば、当主の茂は命にかかわる病ではないが、大事を取って入院しているのだという。
それならば、自分が妾としておつとめするのはまだ先の話だろう。
紫乃は密かにほっと胸を撫で下ろした。
「ねえお兄様、私は今でも反対よ。こんなのってあんまりだわ!」
「そうよ。蒔子さんの気持ちを考えると胸が痛いわ」
突如、興奮気味に声を上げた母と妹に、瑛久は驚く様子もなく、冷静に答えを返した。
「これは父と私で話し合い、決めたことだ。私の決心は変わらない。それでも納得できないというのなら、あとは父に言ってくれ」
そう言われてしまっては、珠子も鈴子も押し黙るしかない。
この時代、民法に定められた家制度において、家長の決定は絶対だった。
(けれど、『蒔子さん』とはいったい誰の事かしら……?)
結局父とはあれきりで、水無瀬家の家族構成や、詳しい内情などは聞けずじまいだった。
もう一人姉か妹でもいるのだろうか。
考えを巡らせる紫乃に気付いた瑛久が、口を開く。
「……ここにいない者がもう一人います。名前は蒔子。私の妻です」
なるほど。瑛久の歳は見た感じ二十代後半といったところ。
妻帯していてもおかしくない年齢だ。
けれど紫乃は疑問に思った。
(なぜ、その蒔子さんが可哀想なんて話になるのだろう)
こういう場合、妾が来ることで哀れまれるべきは、当主の妻である珠子ではないだろうか。
なぜ瑛久の妻である蒔子が?
「蒔子には必ず納得してもらうので、お気になさらずに。あなたはただ、この屋敷の中で健やかにお過ごしくださればいい」
蒔子は、義母の心中を思いやり、腹を立てているのだろうか。
先ほどの珠子の発言からも、嫁姑の仲は良さそうだ。
とにかく、紫乃は自分の意志でここを去ることはできないのだから、せめて人目に触れぬよう、大人しくしているしかない。
これまでと何も変わりはしない。
いや、「健やかに」というくらいだ。
きっと食事の面は保証してくれるのだろう。
それなら古川の家での暮らしよりはましなのかも。
生前、妾であった母の暮らしは豊かだった。
生きるためと割り切ることさえできれば、妾の生活も、思ったよりひどいものにはならないかもしれない。
「キヨ、いるか?」
「はい」
瑛久の声掛けに、閉じられた障子の向こうから、ここまで紫乃を案内してくれた女性の声が聞こえた。
「紫乃さんを離れに案内してくれ」
「かしこまりました」
静かに障子が開かれる。
「紫乃さん」
「は、はい」
「お疲れかと思います。今日はゆっくり休んでください」
「ありがとうございます」
「私は明日、伺いますので」
「はい……?」
伺う、とは何か用件があるのだろうか。
(もしかしたら、妾として水無瀬家に入るにあたって、細かい条件などの取り決めがあるのかしら)
しかし紫乃とは対照的に、珠子と鈴子の纏う空気は、これまで以上に緊張感あるものへと変わった。
ふたりの様子に疑問を抱きつつも、紫乃は促されるままに部屋をあとにしたのだった。
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※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。
※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。
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