【本編完結】アルウェンの結婚

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
1 / 62

プロローグ

しおりを挟む




 貞淑さを表すかのような、精緻せいちに織られたレースが首元まで覆う花嫁衣裳に身を包み、祭壇までの道を歩く。
 本当なら、ドレスもヴェールも宝石も、まったく違うものを身に着けるはずだった。

 そして嫁ぐ相手も──この人ではなかったのに。
 
 祭壇の前に立つ新郎から放たれる威圧感に、アルウェンは身の縮む思いだった。

 「偉大なるハイリンデン帝国の若き太陽、サリオン・アグラミア・ハイリンデン皇太子殿下。貴殿はシャトレ侯爵令嬢アルウェンを妻とし、守り、慈しむことを誓いますか」

 司祭の問いかけに、新郎から返事はない。
 その代わりと言うべきか、新郎から新婦に向けられたのは、凍りつきそうなほど冷たい視線。
 この様子から、彼がアルウェンのことをお気に召さなかったのは明白だ。
 異様な空気に、列席者がざわつき始める。

 「……誓おう」

 不服そうに、ひと言だけ。
 しかしよく通るその声は、天井の高い聖堂内に静かに響き渡った。

 「アルウェン・ド・シャトレ候爵令嬢。本日をもってシャトレ侯爵家の籍より抜け、このハイリンデン帝国の若き太陽、サリオン皇太子殿下の妃となり、生涯を捧げることを誓いますか」

 誓えない。誓いたくない。
 けれどもう、本当に逃げられないのだ。

 「……わたくし、アルウェン・ド・シャトレは、本日をもってシャトレの名を捨て、サリオン皇太子殿下の妃となり、生涯を捧げることを誓います……」

 結婚証明書にサインする手が震える。
 けれど、先に記された新郎の流れるような美しい筆跡からは、動揺などといったものは一切感じられなかった。

 「ここに、ふたりが夫婦となったことを認めます」

 司祭の宣誓に、聖堂内の列席者から歓声が上がる。
 振り返ると、親族席に座る家族が見えた。
 満面の笑顔で拍手を送る父母と妹。
 そして妹の隣には、アルウェンが結婚するはずだった初恋の人が立っていた。
 (ユラン様……!)
 悲しくて切なくて、胸が握りつぶされるようだった。
 
 「過去はすべて捨てるよう言ったはずだが」
 
 歓声に交じり、頭上から聞こえた声に思わず顔を上げると、肉食獣のように獰猛な金色の瞳と目が合った。
 
 「申し訳ありません。少し感傷的になっただけです」

 「どうでもいい。俺は人の手垢がついたものに興味はないのでな」

 愛する人を奪われ、新たに愛を育む未来も残されていない。

 ──私はここで、どうやって生きていくのだろう

 アルウェンは、新郎新婦のために撒かれたフラワーシャワーの花びらを、まるで他人事のように眺めていた。




しおりを挟む
感想 106

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。

クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。 そんなある日クラスに転校生が入って来た。 幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新不定期です。 よろしくお願いします。

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

さよなら初恋。私をふったあなたが、後悔するまで

ミカン♬
恋愛
2025.10.11ホットランキング1位になりました。夢のようでとても嬉しいです! 読んでくださって、本当にありがとうございました😊 前世の記憶を持つオーレリアは可愛いものが大好き。 婚約者(内定)のメルキオは子供の頃結婚を約束した相手。彼は可愛い男の子でオーレリアの初恋の人だった。 一方メルキオの初恋の相手はオーレリアの従姉妹であるティオラ。ずっとオーレリアを悩ませる種だったのだが1年前に侯爵家の令息と婚約を果たし、オーレリアは安心していたのだが…… ティオラは婚約を解消されて、再びオーレリア達の仲に割り込んできた。 ★補足:ティオラは王都の学園に通うため、祖父が預かっている孫。養子ではありません。 ★補足:全ての嫡出子が爵位を受け継ぎ、次男でも爵位を名乗れる、緩い世界です。 2万字程度。なろう様にも投稿しています。 オーレリア・マイケント 伯爵令嬢(ヒロイン) レイン・ダーナン 男爵令嬢(親友) ティオラ (ヒロインの従姉妹) メルキオ・サーカズ 伯爵令息(ヒロインの恋人) マーキス・ガルシオ 侯爵令息(ティオラの元婚約者) ジークス・ガルシオ 侯爵令息(マーキスの兄)

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

処理中です...