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しおりを挟む筋の通った高い鼻にすっきりとした顎。
夜に煌めく月の光を編み上げたような柔らかな銀の髪に、透き通る青灰色の瞳。
身長は高いが、思っていたほど身体は大きくない。
【戦神】というよりは、美を司る男神のようだ。
「なんだ?」
「いえ、こんなに間近でお顔を見るのは初めてなので……その、失礼いたしました」
思わず見惚れてしまったなんて、口が裂けても言えない。
アルウェンは慌ててサリオンから視線を外した。
「腹は空いているか」
テーブルの上に並んでいたのは美味しそうに湯気を立てる料理の数々。
結婚祝いの晩餐というよりは、手の込んだ家庭料理といったメニューだ。
ユランと破談になってからというもの、食欲が湧かなかったアルウェンだったが、サリオンの問いかけに『くぅぅ』と可愛らしくお腹が主張した。
なぜこんな大事な時にやる気を出すのか。
自分の胃腸が恨めしかった。
「あ、あの……」
穴があったら入りたい。
身体中の熱が一気に顔に集まって、火を噴いたように熱くなる。
「遠慮するな。どうせ今日までろくに食べていないのだろう」
どうしてそんなことを知っているのだろう。
サリオンは不思議顔のアルウェンを横目に、侍従にワインを持ってくるよう告げた。
「呑めるか?」
手に持った瓶の口を向けられ、返答に詰まる。
アルウェンは酒が嫌いなわけではないのだが、強くない。
けれどこういう時は黙って付き合わなければならないことも、重々承知している。
「無理強いはしない。呑みたくないのならそう言え」
アルウェンの気持ちを知ってか知らずか、サリオンは選択肢をくれた。
アルウェンには、それがとても意外に感じられた。
「少しだけいただいてもよろしいでしょうか。あまり強くないので」
伏し目がちにサリオンを見ると、彼はアルウェンの前に置かれたグラスにワインを注いだ。
それも少なめに。
「祝いの晩餐……とまでいかなくて悪いな。今は先の戦争での復興を優先したいから」
「承知しております。殿下のご判断に異存はございません」
「そうか」
アルウェンは、グラスに注がれたワインに口をつけた。
渋みが少なくてほんのり甘い味わいに、思わず声が出る。
「美味しい……」
「気に入ったなら遠慮なく呑め」
サリオンは、再びアルウェンのグラスにワインボトルを傾けた。
なんだか調子が狂う。
目の前の彼は、【ハイリンデンの戦神】、【戦場以外の場でも気性が荒く、気にいらない者は容赦なく粛清する】というあの噂とはまったく違う。
「なんだ?」
「いえ、あの……」
「言いたいことがあるならはっきり言え。猫を被る女は嫌いだ」
皇太子に気に入られんと、ご機嫌取りに熱心な女性たちに囲まれてきた彼の立場からすると、それも当然の言い分だ。
しかし内容が内容なだけに、そのまま伝えて良いものか。
アルウェンは少しの間逡巡した。
(……機嫌を損ねないようにと、色々取り繕うのは逆効果かもしれないわね)
彼に信頼されるためには、自分の人間性をさらけ出さなければいけないような、そんな気がした。
「世間で噂されている人物像とは随分違う雰囲気に、ただただ驚いております」
「噂?ああ……サウラ妃が流したデマか」
「デマ……なのですか?」
「あのな、気に入らないからとその都度臣下を手にかけていれば、もっと大事になってるはずだろう?それに、そんな愚息を父上が立太子することもなかったはずだ」
「確かに、おっしゃる通りです」
「正当な理由があって処罰した者が、たまたまサウラ妃周辺の人間だったというだけの話だ」
なるほど。
皇太子をよく思わない第二妃が、同胞を殺された恨みから嘘の噂を吹聴した──よくある話だ。
「俺が世間で噂されているような残虐非道な人間かどうかは自分ではわからない。だが、おまえの事情については知っていてあえて止めなかった」
アルウェンの胸が、ドクンと大きく音を立てた。
「……なぜでしょうか」
人の手垢がついた女が嫌だというのなら、シンシアを選ぶべきだった。
それなのに彼がアルウェンを娶った理由はなんだったのだろう。
「シャトレ侯爵家の娘であれば誰でもよかったし、それに対する対応の仕方は、今後シャトレ侯爵家を図るひとつの指針になるだろうと思ったからだ」
自身の結婚という一大事でさえ、彼にとっては政略のひとつでしかない。
彼のような立場に生まれれば当たり前のことだが、それにしても不満や後悔などという負の感情が一切見当たらない。
父母の対応が見たかったと言い切れるあたりも、いっそ清々しいほどだ。
「恨み言があるなら今日だけは聞いてやる」
「それは、良心の呵責ですか?」
「違う。今日ですべて終わらせろと言っている」
終わらせた先になにがあるのだろう。
ただお飾りの妃としての日々だろうか。
「ご心配は無用です。家を出る時に、すべて捨ててまいりました」
ヴェールを引き裂いたあの瞬間、すべてが終わったのだ。
潔い返答が意外だったのか、サリオンはほんの少し面食らったような表情でアルウェンを見つめた。
「それと、殿下には恨み言ではなく、お願いがございます」
「なんだ。なにか欲しい物でもあるのか?」
「はい。ですが、殿下が今お考えのような宝石などでは決してございません」
言い当てられたことが面白くないのか、サリオンは眉を顰めた。
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