俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香

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67話 さっむぅ①

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「さっむぅ」


 あまりの寒さに目が覚めた。
 異世界に転移して向こうで10年、こっちに戻った直後に隕石落下や津波などの災害に襲われて、酷い状況の中、仲間と合流しながら茨城のカンさんの自宅へ皆で身を寄せた。

 今がいつだったかなんて気にしていられなかったし、気にしてもしょうがない状況ではあったんだが、だが確か7月には入ってたよな?

 一応スマホのカレンダーで確認した。うん、やはり7月だ。
 いや、これ、7月と思えない寒さだぞ?吐く息が白い。過去に「冷夏」と呼ばれた夏もあったが、冷夏ってここまで寒かったか?

 んん~、異世界に行く前の数年くらいは「猛暑」が続いていたよな。ここまで涼しい夏は久しぶり……、いや、初めてか?

 窓から空を見上げると分厚い雲に覆われて太陽が見えない。夏の入道雲でも台風の積乱雲でもない、ただただ分厚い灰色の空だ。
 隕石落下の影響で地球の気候が変わったのだろうか?

 雪は降っていないが、畑に霜が降りていないか?いや、路面が凍結してるよな?
 カンさんちの庭から外を見るとアスファルトがカチコチ、側溝を流れていた水も凍っていた。

 アスファルトに一歩踏み出すと、見事につるりと足が滑って尻を着いた。尻餅をつくと言うよりそのまま尻で滑っていく。路面が若干傾斜していたのか?

 止まろうと尻で滑りながら身体を捻ると、回転がかかった。両手両足を万歳した体勢で尻で回転する。いや、したくてしているのでは断じてない。

 誰か、誰か止めて。


「カオるん、尻で滑るのやめろw」
「でも綺麗な回転ね」

 庭からミレさんと芽依さんが顔を出していた。


「フィギュアスケートでケツターンとかあったか?」

「転んだだけだ! ミレさん、止めてくれぇ」


 と言うか、ここら辺の氷って凄くすべすべツルツルなんだな。上げていた両手両足を下ろして大の字になった。摩擦で止まれ!と思ったのだが、大の字のまま3回回転してから漸く止まった。

 見ていたらしいマルクと翔太が、勢いよく道路へ尻で飛び出して回っていた。


「楽しいー、何これー、わはははは」
「面白ぉーい、手をついたら負けだからね」


 子供は元気があって羨ましいな。
 俺は立ち上がろうとするが、また滑りそうで上手く立ち上がれない。あ、ヤバイ。正座の体勢のままゆっくりと滑り出す。
 困ったな、スパイクだっけか?靴の底に棘があるやつ、そんな靴は持っていない。何か良い物はないかとアイテムボックスを探った。

 あった。
 これでいいや。
 おれはSLS(シルバーロングソード)を出して、剣の先を氷に突き刺しながらようやく立ち上がった。
 さらにもう一本出して、スキーのストックのように両手でSLSを地面に刺しながら少しずつ進み、カンさんちの庭に戻った。


「ぶはっ!はははは カオるん、剣の使い方が間違ってるぞw   SLSは剣であってスキーストックじゃないぞ」


 ミレさんがまだ大笑いをしていた。

 庭にはタウさんらも出て来ていた。


「寒くて目が覚めました。これは……」

「今って7月よね?」

「カンタさん、茨城って7月はもう冬なの?」

「いや、俺も茨城に20年住んでたけど7月は普通に夏だったぞ?」

 カンさんが答える前につい口を挟んだ。千葉県寄りだったとは言え一応俺も茨城県民だったからな。ちゃんと住民票も茨城だ。
 マルクや翔太は外の道路を滑って遊んでいたが、タウさんらは庭の小さな畑集まっていた。

 そこには季節の野菜が少しだけ植えてあり、料理の祭によくそこから採って使っていた。
 それが今は土の部分には完全に霜が降り、伸びていた枝や実は氷ついているように見えた。ちなみにカンさんちの敷地内は土の部分も芝生も霜でザックザクだった。


「こんな事は今まで無かったんですが……」


 カンさんは凍った小さいトマトを摘み取った。


「気温が急激に下がったんでしょうか……」

「だとしたらまずいですね。食糧危機に拍車がかかります。僕らのアイテムボックスの中の食糧にも限りがあります」

「そうだな、直ぐにジリ貧になるな」


 ミレさんはもう大笑いはしておらず、かなり深刻な顔になっていた。
 僕らは一旦母家の中へと戻った。朝食を取りながら今後について話す事になった。カンさんは、大きなストーブを母家の台所と、皆が集まる居間に設置していた。

 台所の方のストーブは、懐かしいダルマストーブだ。まさか、石炭とかコークスか?今時の若者はコークスなんて知らんだろうな。


「カンさん、そのストーブはコークスか?」

「いや、まさか。今時コークスは手に入り難いですよ。普通に薪です」


 うおぅ、薪ストーブ!それはそれでテンションが上がるな。カンさんは鉄の筒状の物を台所の壁の穴に繋げていた。煙突かぁ。


「カンさん、ストーブで干し芋焼こうぜ」

「いいですねぇ、干し芋」

「朝食の後にしてくださいね」


 タウさんの奥さんの有希恵さんに叱られた。ちょっとだけ炙った干し芋は美味いんだよ。
 居間のストーブは大きいが、薪ではなく石油ストーブだそうだ。


「石油はどこで手に入れるんだ?」

「近くのガソリンスタンドですよ。冬はよく車で売りに来るんですよ。高齢者のひとり暮らしだと買いに行くのもひと苦労ですからね」

「あとで、ひとり暮らしの高齢者の家を訪ねた方が良いですね」


 何故だろうと思ったが、その後に続いたタウさんの言葉にギョッとした。


「この急激な気温低下で亡くなっている人が出たかも知れない」

「……そうですね。消防団と手分けして回ってみます」


 子供達が戻って来たので直ぐに朝食になった。


「食べながらでいいので聞いてください。まず現在の状況をご説明します」


 タウさんの話は洞窟拠点が生活可能な程度まで仕上がっている事に触れた。
 俺たちは荷物を運び込んである。いつでも洞窟に移れる。ただ町の人達は現在はまだ自宅住まいである。


 「ちょっといいか?タウさん、この寒さ、洞窟ではどうなんだ?そもそも洞窟内に電気コンセントの差し込み口とか無いだろ? この状態での移動は厳しくないか?」


 ミレさんが俺の思ってた事を先に口にした。
 カンさんちのように薪ストーブや石油ストーブなら洞窟に持ち込めるが、今時のうちの電気ストーブやガスストーブは、洞窟には持ち込めない。俺はコタツで冬の寒さを凌いでいたが、コタツも挿すコンセントがないとただの寒い箱だ。


 「洞窟内の寒さについてですが、先程皆さんが朝食の準備をしている間に確認に行って来ました。洞窟内はそこそこ暖かったです。暖かいと言うよりは寒くない、程度ですが」


 なるほど、洞窟は夏涼しく冬暖かいと聞いた覚えがある、ような無いような?


「それと電気の件ですが発電機を持ち込んでありますので問題は無いです」

「でも発電機と言ってもカンさんちにあるあの一台きりだよな?うちらだけなら充分だが、町の人らが避難してきたら賄えないだろう」


 ミレさん、流石だ。


「その件も問題ありません」


 タウさんがカンさんを見て頷いてから話を続けた。


「カンさんの職のMCN、メカニックなんですがこの職のスキルが凄く役立ちました」


 うん?カンさんの職?……ああ、俺の派遣『HKN』と同じような感じで、確かカンさんは『MCN』、タウさんがええと、あ、そうそう、『DIK』だ、大工。

 そっか、カンさんはメカニックなのか。…………、俺と違ってカッコいいぞ?俺なんてハケンだからな。……あれ、なんだろう、涙が。
 ミレさんがティッシュをくれた。 ずびびびっ。鼻をかんだ。


「ええと、大丈夫ですか、カオるん? 話を続けますね。カンさんのMCNのスキルですが、『構築』と『修復』のふたつがあります。修復は文字の通り、壊れた物を修復出来るスキルです。そして構築は物を構築、つまり作り出せます」

「それ、凄い」
「凄いわね」

 女性陣から驚きの声があがる。
 カンさんが……俺の手の届かない存在になってしまった。グスン。
 ミレさんがまたティッシュをくれた。マルクがギュッと抱きついて来た。


「あの、カオるん?カオるんの方がずっと凄いですよ?」

「……いいんだ、カンさん。……時々でいいから俺が友であった事を思い出してくれ」

「カオるん! 僕らはずっ友ですよ!」

「カンさんんん!」

「はい、その辺で。話続けますよ?」


 あ、タウさんにバッサリと切られた。


「それでカンさんの『構築』スキルですが、材料が必要になります。『修復』にも材料は必要ですが『構築』はそれなりの量が必要になります」

「材料ってのはどんな物なんだ?」

「主に鉄系ですね。カンさんが構築出来るのは実際の仕事で関わっていた物が殆どなのかな?」

「ええ、そうです。見た事がない物、作りが想像出来ない物は作れません。僕は住宅設備関係の仕事でしたので、例えば今回必要になるストーブは作れます。電気ストーブ、ガスストーブ、石油ストーブ、ダルマストーブ、どれもOKです。普段から修理に伺っていたりしましたから。勿論、発電機もです」

「なるほど」

「ただ、材料が足らず、発電機は作れませんでした。庭のプレハブにあったいらない鉄屑を使ったのですが『材料が不足しています』とアナウンスが出ました」

「材料かぁ」
「鉄系を探しに行きますか」

「鉄屑がどんなのかわからんけど、俺、アイテムボックスに流れて来た車とか山ほど入ってるぞ?」


 そうなのだ、日比谷で職場の周りをウロウロしていた時に流れて来たゴミを収納しまくった。


「塩水に浸かった車が使えるかわからんが、後で出してみる」

「カオるん、ありがとうございます。多分大丈夫だと思います。使えると思います」


 そうか、何でも拾っておいてよかった。


「話が少し逸れました。町内の人にどこまで打ち明けるか。それについてはいかがでしょうか」

「はい」


 俺は手を上げた。


「カオるん、どうぞ?」

「うん、あのさ、単なる俺の考えっつか……、あまり考えてない意見なんだが、打ち明けなくていいんじゃないか?」

「それは、私たちだけの秘密に徹すると言う事ですか?」

「あ、いや、秘密とかじゃなくて、わざわざ打ち明けなくていいかなぁってさ。聞かれたら答える感じか? 打ち明けて町民全員を説き伏せる必要とか義務とか、俺らにはないかな。そりゃ大事な人とかは納得してもらえるまで説明もするけど、地域全員?見ず知らずの人にも? それはかなりの足枷かなぁ」


 自己中心的な考えだったか、皆が呆れたのか誰も声を上げなくなった。俺……嫌われたかな。


「ちょっと、驚きました。カオるんの事だから、全ての人に全てを打ち明けて、全てを救いたいと言うのかと思ってました」

「いや、俺、そんな聖人君主じゃないぞ? いつも自分の周りの幸せしか考えてない」

「ふふふ、カオさん善い人ですね、あなた」


 有希恵さんがタウさんにニッコリと微笑んでいた。


「そうなんですよ、カオるんは自慢の仲間です」


 え、ちょっ待って、何でそんな話に?


「カオるんさぁ、いつも周りの幸せを考えるって大変な事だぞ?」

「え、普通だよな? ミレさんだって芽依さんや真琴ちゃんの事考えるだろ?カンさんだって翔太くんの事……」


 俺の発言に嫌われたのでない事はわかったが、何故微笑まれているのか不明だ。


「って事は、普通に隠さず振る舞って、聞かれたら答えるって事か。異世界転移した事をか?」

「全部話したい人には全部話す、そうじゃない場合はテキトーだな」

「カオるん、魔法使ってるとこを見られたらなんて?」

「何で手から明かりが出るんだ?と聞かれたら、何でですかね?いつに間にか出てましたって言う。だってさ、俺にもわからんよ、何で魔法が、どうやって魔法が手から出るのか。あ、手から出てるかも知らん」

「確かになぁ」

「そうですね」

「神さまの話もしたい時はするし、毎回神様の話をすると宗教みたいで嫌ですね」

「だろう?」

「ふむ。では町民に対してはそう言う対応で良いですね。次は食糧の件です」



 食糧の件。今朝の寒さが今後の俺たちにどんな影響を及ぼすのか。
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