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5 焦り
しおりを挟む「リアン!」
砦で見張り台に登る準備をしていた俺を、後から来たタニアが呼んだ。
両手を顔の前で合わせている。
「ごめん。フィンリーなんだけど。ちょっと脅したら倒れちゃった……」
一瞬で血の気が引いた。
「倒れた?!脅したって、何をした?!
まさか弓を向けたのか?魔物を撃つ弓を。フィンリーに」
思わずタニアの両腕を掴んで揺さぶった。
タニアは身をよじって俺の手を払いのけ
「まさか!そんなことするわけないでしょ!」と叫んだ。
「ばったり出会ったんだけど。
あの子が私を見るなり逃げようとしたからムッとして。
ちょっと意地悪したくなったの。
だからあの子に近づいて行ったのよ。
《ねえ、リアンは帰ってきた?》って笑って言ってね。
そうしたらあの子、真っ青になって。
両手で頭を押さえたと思ったら悲鳴をあげて、気を失って倒れちゃって。
……それは悪かったとは思うけど。でもあの子も失礼じゃない?」
「何だそれ!フィンリーはお前が苦手なんだよ。知ってるだろう!」
「怖がられていることは知ってるわよ。
でも、そこまでだなんて誰が思うのよ。いくらなんでも酷いわ。
私があの子に何をしたって言うのよ。何もしてないでしょう」
「それで?!どうしたんだ!」
「……フィンリーの悲鳴を聞きつけてきたらしいグレンに後を任せたわ」
タニアは不貞腐れたように言った。
俺は息を呑んだ。
「任せた?!グレンに?!」
「だって私、ここに来る途中だったのよ。これから任務。
見張りが遅れるわけにいかないわ。絶対にね。
フィンリーに構っていられないじゃないの。
―――ダメだった?」
「ダメに決まってるだろう!
グレンは男で……しかもここに来てまだ三月と経っていない奴だぞ?」
「同僚よ?信用しなさいよ」
俺は舌打ちした。
グレンは俺たちと同じ兵士だ。同僚だ。
ここに来てまだ三月と経っていないが、腕もいい。それは認めている。
だが、俺は気に入らない。
理由は奴の、フィンリーを見る目だ。
普段は何があっても動じない、静かというか冷めているというか。
そんな目をしている癖に、フィンリーを見る時だけ奴の目はあたたかい。
あれは愛おしい者を見るときの眼差しだ。俺にはわかる。
居ても立っても居られず、向きを変え走り出そうとした俺の腕をタニアが掴んだ。
「どこに行くのよ!
まさかフィンリーのところに行く気?
大袈裟よ。ちょっと気を失っただけだもの。すぐに目を覚ますわよ。
きっともう家にいるわ。大丈夫よ」
「見てくる!」
「――リアン。そんなこと許されないってわかってるでしょう?
見張りが欠けるなんて絶対に駄目よ。
貴方が抜けたことで、何かあったらどうする気?
私たちには魔物から皆を守るという大切な任務があるのよ?」
俺は言葉に詰まった。
タニアはしばらくじっと俺を見て。
やがて決心したように言った。
「……ねえ。もうあの子のお守りはやめにしたら?」
「は?」
「この村で暮らすのはみんな魔物に怯えない強い者だけよ。
兵士だけじゃないわ。
この村にいるのは大切なものを、人を奪った魔物と戦おうとする人ばかり。
似合わないのよ。この村に。貴方に。
貴方の後ろに隠れてばかりいるような、か弱いあの子は」
「やめろ。
それ以上あいつを悪く言えば、いくらお前でも許さない」
そう言ったが、すでに許せないほど腹が立っていた。
だが。睨みつけたというのに、タニアは何故か笑い出した。
「――なんだ。貴方、ちゃんとあの子のこと好きなのね」
「何?」
「嫌々なのかと思っていたわ。
あの子が貴方にくっついて離れないから仕方なく世話をして。
結婚だって、その延長でするのかと思っていたのよ」
空いた口が塞がらなかった。
「そんなわけないだろう。なんでそんな誤解を――」
「――するでしょう。
貴方ときたら、あの子の話をしても面白くなさそうに仏頂面してるし。
とても喜んで結婚するようには見えなかったのよ」
「仏頂面で悪かったな。俺を幾つだと思ってるんだ。
嬉々としてあいつの話をして、満面の笑みで結婚するんだと言えというのか?」
「好きな女の子の話くらい笑ってしなさいよ。
いつもあの子のことは話題にしたくないって顔しちゃって。全く」
……思い当たることがあった。
だが、仕方がないだろう。
どいつもこいつも最初の、俺にくっついて離れなかったフィンリーの話を持ち出して、俺を揶揄ったからだ。
話題にされたくなくて当然じゃないのか。
タニアはますます笑った。面白そうに。
「照れてたんだ。困った人ね。
誤解しているのは、きっと私だけじゃないわよ。
貴方が面倒を見てやっていたあの子と、なし崩しで結婚すると思ってる人。
多いと思うわ」
「……なし崩しで結婚するわけないだろう」
「だからそう見えたのよ。貴方の仏頂面のせいでね。
もう。やだわ。
じゃあ私が付け入る隙なんて全くなかったんじゃない」
「は?」
「あーあ。馬鹿らしい。さっさと忘れて次に行こう」
「……タニア……」
「なあに?あ、気づいてなかったの?鈍いのね」
「俺たちは……同僚で」
「そうよ、良き同僚。良き相棒。
でも私は兵士だけど、女でもあるんだけど。知らなかった?」
「……その。すまない……。俺は――」
「――いいわよ。
気づかなくても仕方がないわよねえ。フィンリーにぞっこんじゃあ」
「ぞっこんて……。そんなんじゃ――」
――ない、と言おうとして。
顔の熱さに気づいた俺は思わず口に手をあてた。
タニアは呆れたようにふう、と息を吐いた。
「ごちそうさま。
そういう顔を見せてくれてたら私も勘違いすることはなかったんだけどなあ。
もういいけど。さあ、任務に着くわよ。良き相棒さん」
「……ああ」
なんと言っていいのかわからずタニアの背中に頭を下げた。
俺は勝手に理解している気になっていただけだったのだ。タニアのことを。
想いに気づきもせずにいたくせに。
酷いことをしていたと思う。
タニアは両手を上げ大きく伸びをすると、吹っ切ったように言った。言ってくれた。
「フィンリーに会ったら謝るわね。
勘違いしてて、悪いことしたって」
「…………すまない……」
謝らなきゃいけないのは俺だった。
タニアにも。そしてフィンリーにも。
無性にフィンリーに会いたかった。
会いたい。
顔を見て謝って、そして仲直りがしたい。
「それにしても。
フィンリーったら、やるわね。リアンを骨抜きにするなんて」
前を行くタニアがさも感心したように言った。
俺は再び燃えるように熱くなった顔を手で押さえた。
「……もう勘弁してくれ……」
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