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第36章:隠された宝物
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第3巻
夜明けの空がオレンジ色に染まり始めた頃、俺たちはファネアの街を後にした。
朝の風が師匠のマントを揺らし、腰まで伸びた俺の髪も軽く揺らした。
逃げているわけでも、誰かを追っているわけでもない。
今回はただ、次の目的地へ向かって歩いているだけだった。
「宮殿を出て五年……どれくらい変わったのかな」
リリアは自分の荷物が入った袋の紐を締めながら言った。
「たくさん変わってると思うよ」
俺は答えた。
「ここからそう遠くない山に、隠された宝があるって話も聞いたし」
「それ、旅人を盗み聞きしてた時に聞いたんでしょ?」
師匠は口元の髭を皺ませながら笑った。
「盗み聞きじゃない…ただ情報を集めてただけ。あれは“戦略的観察”って言うんだよ」
俺は視線をそらしながら言い返す。
師匠は小さく笑ったが、すぐに真面目な表情に戻った。
「五年あれば、子供は武器になるか、折れるかだ。生き残れる者は少ない……だがお前は生き残った」
誇っているのか、心配しているのか分からなかったが、確かにその通りだった。
都へ続く道は以前よりも賑やかだった。
都へ向かっているというより、道中が商人の荷馬車や武装した旅人、護衛付きの商隊で埋まっていた。
みんな急いでいるように見えた。まるで何かに追われているかのように。
商人って本当に理解できない。
「前に宮殿を出た時は、旅人なんてこんなにいなかったよね」
リリアが言った。
「確かにな」
師匠は答えた。
「旅人が増えると危険も増えるしな。しかもまだ朝だ」
旅人の集団に紛れながら歩いていると、ひそひそ声が耳に入ってきた。
「ここからそう遠くない場所に隠された宝があるらしい」
「北の山じゃない?あそこなら盗賊と魔物だらけだぞ」
「いや違う、白塔の方だ。なんかあったらしい…」
それ以上は聞かなかった。
他の旅人からも聞いた話だったので、俺の頭に残ったのはただ一つの言葉。
「盗賊だらけの山」
俺はフードをかぶった。
他の旅人と目が合って余計な注目を集めたくなかった。
道の途中、古い橋の近くで休憩を取った。
師匠は赤い印が書かれた地図を広げた。
「順調にいけば、一ヶ月で都に着く」
師匠は言った。
「ゴブリンとか魔物とか暗殺者とか被害妄想の兵士とか、そういうトラブルがなければ?」
俺は聞いた。
「その通りだ」
師匠は地図から目を離さずに答えた。
リリアが近づき、地図の一部を指さした。
「ここ、何だか分かる?」
俺は首を横に振った。
「旅人たちが言ってた宝があるって場所だよ。山域ごとね」
山に宝があって、盗賊と魔物だらけで、それを冒険のついでに見つけに行くなんて…
最高じゃん。
一ヶ月で都に着くと聞いた瞬間、俺は宝探しで頭がいっぱいだった。
帰る途中って言っても、まだ着いたわけじゃない。
つまり、まだ自由に彷徨ってる期間ってことだ。
「ははは、やっぱり」
俺は笑いながら言った。
「何だ急に、小僧」
師匠が聞いた。
「なんでもないって、ははは」
笑いが止まらない。
「じゃあ東の道を進んで湖を回り込むぞ。その宝を狙う奴がいるなら、奪える力を持ってこいって話だ」
師匠は口角を上げた。
「そうやって世界を理解していくもんだ」
その日は静かな森の近くで野営した。
リリアが焚き火の準備をしていると、師匠は木にもたれていた俺に石を投げてきた。
俺は反射的に掴んだ。
「五年旅しても、基礎を怠れば意味はない。錆びてないところを見せてみろ」
まあ掴んだけど、それだけじゃ満足しないんだよね師匠は。
俺は構えた。
何も言わず、前へ踏み込んだ。
師匠は一歩も動かず、ただ身体を傾け、俺の一撃を流した。
まるで剣が浮いているかのような綺麗な動きだった。
「単調すぎる」
歯を食いしばり、今度は脚を狙った。
だが地面に傷がついただけだった。
師匠はもう別の位置に立っていた。
まるで俺の考えを先読みしたかのように。
脇腹に乾いた衝撃。
カウンターだった。
下がった瞬間、川の縁で足を滑らせそうになった。
冷たい水が足首に跳ねた。
「環境を使えと言ったはずだ。敵と剣だけで戦うな。使えるもの全部を武器にしろ」
俺は川へ近づいた。
足元の水がチャプチャプと揺れた。
師匠は斜面も水も気にしていないかのように歩いてくる。
息を飲んだ。
剣を握り直す。
肩から真っ直ぐ振り下ろした。
今度は避けずに受け止めた。
だが衝撃で体勢を整えざるを得なかった。
足元の水が大きく揺れた。
チャンス!
俺は川を踏みつけ、水飛沫を師匠の顔に浴びせた。
「小細工か?」
師匠が言った。
「いや、ただの戦術」
俺は答えた。
飛び込んだ。
剣がぶつかり、衝撃が腕を走った。
師匠は笑った。
「やっとやる気出てきたじゃねぇか、小僧」
次の瞬間、師匠は一回転した。
視線が追いつかない。
手首に衝撃。
剣が飛んだ。
考える暇もなかった。
飛んできた蹴りを腕で受けたが、そのまま水の中に沈んだ。
膝まで水に浸かった。
冷たさが脚を登ってくる。
「武器を拾え」
師匠は刺さった剣を指した。
言われなくても拾うっつーの。
飛び込んだ瞬間、水音。
横に転がり、さっきまでいた水面を師匠の剣が割った。
川が白い泡を弾けさせた。
濡れた剣を掴み、立ち上がり、無我夢中で突っ込んだ。
受けられ、弾かれ、また受けられた。
短い突き、速い斬り。
水が舞った。
でも息は荒くなる一方だった。
師匠の呼吸は静かすぎた。
最後の一撃。
肩から背中にかけて魔力の重みを感じる斬撃が走り、俺は尻餅をついた。
水が肩まで俺を飲み込んだ。
師匠は剣を下げた。
「終わりだ」
リリアが現れ、乾いた服を渡してくれた。
「ありがとう、リリア」
俺は受け取った。
「宮殿に戻る準備ができたかは分からないけど……もうあの時の子供じゃないね」
何のこと?師匠。
俺は泥と水で汚れた自分の手を見た。
“五年の時間……五年の成長”
その夜、虫の声と焚き火の音を聞きながら、俺は思わず笑っていた。
ははは…宝も母さんも、心配しすぎないで。俺はもう辿り着いたから。
夜明けの空がオレンジ色に染まり始めた頃、俺たちはファネアの街を後にした。
朝の風が師匠のマントを揺らし、腰まで伸びた俺の髪も軽く揺らした。
逃げているわけでも、誰かを追っているわけでもない。
今回はただ、次の目的地へ向かって歩いているだけだった。
「宮殿を出て五年……どれくらい変わったのかな」
リリアは自分の荷物が入った袋の紐を締めながら言った。
「たくさん変わってると思うよ」
俺は答えた。
「ここからそう遠くない山に、隠された宝があるって話も聞いたし」
「それ、旅人を盗み聞きしてた時に聞いたんでしょ?」
師匠は口元の髭を皺ませながら笑った。
「盗み聞きじゃない…ただ情報を集めてただけ。あれは“戦略的観察”って言うんだよ」
俺は視線をそらしながら言い返す。
師匠は小さく笑ったが、すぐに真面目な表情に戻った。
「五年あれば、子供は武器になるか、折れるかだ。生き残れる者は少ない……だがお前は生き残った」
誇っているのか、心配しているのか分からなかったが、確かにその通りだった。
都へ続く道は以前よりも賑やかだった。
都へ向かっているというより、道中が商人の荷馬車や武装した旅人、護衛付きの商隊で埋まっていた。
みんな急いでいるように見えた。まるで何かに追われているかのように。
商人って本当に理解できない。
「前に宮殿を出た時は、旅人なんてこんなにいなかったよね」
リリアが言った。
「確かにな」
師匠は答えた。
「旅人が増えると危険も増えるしな。しかもまだ朝だ」
旅人の集団に紛れながら歩いていると、ひそひそ声が耳に入ってきた。
「ここからそう遠くない場所に隠された宝があるらしい」
「北の山じゃない?あそこなら盗賊と魔物だらけだぞ」
「いや違う、白塔の方だ。なんかあったらしい…」
それ以上は聞かなかった。
他の旅人からも聞いた話だったので、俺の頭に残ったのはただ一つの言葉。
「盗賊だらけの山」
俺はフードをかぶった。
他の旅人と目が合って余計な注目を集めたくなかった。
道の途中、古い橋の近くで休憩を取った。
師匠は赤い印が書かれた地図を広げた。
「順調にいけば、一ヶ月で都に着く」
師匠は言った。
「ゴブリンとか魔物とか暗殺者とか被害妄想の兵士とか、そういうトラブルがなければ?」
俺は聞いた。
「その通りだ」
師匠は地図から目を離さずに答えた。
リリアが近づき、地図の一部を指さした。
「ここ、何だか分かる?」
俺は首を横に振った。
「旅人たちが言ってた宝があるって場所だよ。山域ごとね」
山に宝があって、盗賊と魔物だらけで、それを冒険のついでに見つけに行くなんて…
最高じゃん。
一ヶ月で都に着くと聞いた瞬間、俺は宝探しで頭がいっぱいだった。
帰る途中って言っても、まだ着いたわけじゃない。
つまり、まだ自由に彷徨ってる期間ってことだ。
「ははは、やっぱり」
俺は笑いながら言った。
「何だ急に、小僧」
師匠が聞いた。
「なんでもないって、ははは」
笑いが止まらない。
「じゃあ東の道を進んで湖を回り込むぞ。その宝を狙う奴がいるなら、奪える力を持ってこいって話だ」
師匠は口角を上げた。
「そうやって世界を理解していくもんだ」
その日は静かな森の近くで野営した。
リリアが焚き火の準備をしていると、師匠は木にもたれていた俺に石を投げてきた。
俺は反射的に掴んだ。
「五年旅しても、基礎を怠れば意味はない。錆びてないところを見せてみろ」
まあ掴んだけど、それだけじゃ満足しないんだよね師匠は。
俺は構えた。
何も言わず、前へ踏み込んだ。
師匠は一歩も動かず、ただ身体を傾け、俺の一撃を流した。
まるで剣が浮いているかのような綺麗な動きだった。
「単調すぎる」
歯を食いしばり、今度は脚を狙った。
だが地面に傷がついただけだった。
師匠はもう別の位置に立っていた。
まるで俺の考えを先読みしたかのように。
脇腹に乾いた衝撃。
カウンターだった。
下がった瞬間、川の縁で足を滑らせそうになった。
冷たい水が足首に跳ねた。
「環境を使えと言ったはずだ。敵と剣だけで戦うな。使えるもの全部を武器にしろ」
俺は川へ近づいた。
足元の水がチャプチャプと揺れた。
師匠は斜面も水も気にしていないかのように歩いてくる。
息を飲んだ。
剣を握り直す。
肩から真っ直ぐ振り下ろした。
今度は避けずに受け止めた。
だが衝撃で体勢を整えざるを得なかった。
足元の水が大きく揺れた。
チャンス!
俺は川を踏みつけ、水飛沫を師匠の顔に浴びせた。
「小細工か?」
師匠が言った。
「いや、ただの戦術」
俺は答えた。
飛び込んだ。
剣がぶつかり、衝撃が腕を走った。
師匠は笑った。
「やっとやる気出てきたじゃねぇか、小僧」
次の瞬間、師匠は一回転した。
視線が追いつかない。
手首に衝撃。
剣が飛んだ。
考える暇もなかった。
飛んできた蹴りを腕で受けたが、そのまま水の中に沈んだ。
膝まで水に浸かった。
冷たさが脚を登ってくる。
「武器を拾え」
師匠は刺さった剣を指した。
言われなくても拾うっつーの。
飛び込んだ瞬間、水音。
横に転がり、さっきまでいた水面を師匠の剣が割った。
川が白い泡を弾けさせた。
濡れた剣を掴み、立ち上がり、無我夢中で突っ込んだ。
受けられ、弾かれ、また受けられた。
短い突き、速い斬り。
水が舞った。
でも息は荒くなる一方だった。
師匠の呼吸は静かすぎた。
最後の一撃。
肩から背中にかけて魔力の重みを感じる斬撃が走り、俺は尻餅をついた。
水が肩まで俺を飲み込んだ。
師匠は剣を下げた。
「終わりだ」
リリアが現れ、乾いた服を渡してくれた。
「ありがとう、リリア」
俺は受け取った。
「宮殿に戻る準備ができたかは分からないけど……もうあの時の子供じゃないね」
何のこと?師匠。
俺は泥と水で汚れた自分の手を見た。
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ははは…宝も母さんも、心配しすぎないで。俺はもう辿り着いたから。
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