「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)

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第40章 ガイアの心

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闇は空っぽではなかった。そこには“存在”があった。
胸の冷たさは、ドレイヴンが人工的に呼び出した闇と同じリズムで脈打っていた。それは同じものではない──彼の闇は人工物で、俺たちを“眩ませるための魔術的な仕掛け”に過ぎない──だがそれでも共鳴していた。まるで調律の狂った二つの楽器が、同じ音を鳴らしているように。
「動くな」
師匠が言った。すぐ隣にいるのに、呼吸すらしていないかのように静かだった。
「感じろ」
言われるまでもなかった。もう感じていた──いや、“感知していた”。
この闇──今や自分の一部だと理解した“俺の闇”を通して、洞窟の内部を把握できた。目では見ていない。だが“分かる”。
· ここ:三人の傭兵が混乱して互いにぶつかっている。
· あそこ:奥へ向かって迷いなく歩くドレイヴン。まるで何かを探しているかのように。
· さらに奥:ガーディアンが……下から近づいて──!!! 待て……ガーディアンだ、と息を荒げて呟いた。
最後のそれは魔力では感知していなかった。足で感じていた。氷の大地を巨人が踏むような、深くて一定の振動だった。
「ガーディアンは熱に反応する」
リリアが囁いた。
「私の炎が……」
言い終える必要はなかった。理由は十分に理解できた。
もしガーディアンが“もっとも熱を発する存在”を狙うのなら、標的はリリアになる。俺の新しい暗闇の感知では、彼女の火炎魔力は灯台のように輝いていた。
ドレイヴンはそれを知っていた。だから光を消した。
俺たちを眩ませるため──それもあるだろう──だが本当の目的は違う。
**闇の中に“リリアだけを熱源として浮かび上がらせるため”**だ。
「リリア」
自分の声が妙に落ち着いて聞こえた。
「魔力を消せ。全部だ」
「無理よ」
彼女の声にこわばった恐怖が混ざる。
「私の炎は……常に燃えてるの。息を止めろって言われてるようなもの。できないのよ」
そこで師匠が決断した。
「なら隠すしかない」
そう言うと俺の肩に手を置いた。
「ガキ。お前の闇だ。包めるか?」
それは師が弟子に技を命じる口調ではなかった。
まるで医者が患者に言うように──
「その傷を抑えられるか?」
と尋ねるような声だった。
何をすればいいのかなんて分からなかった。やったこともない。
だが俺は頷いた。
目を閉じた。
集中するために──そして、身を委ねるために。
恐れていた部分──冷たさ、闇、欠落──それにすべて任せた。
闇は動いた。
それは呪文ではなかった。
長い間止めていた息を吐き出したような、ただの“解放”だった。
リリアと師匠の周囲の闇が濃くなった。
覆うだけではない。吸うのだ。
リリアの熱、魔力の気配、存在そのものを。
その三秒間、俺の感知において二人は“消えた”。
リリアは息を呑んだ。恐怖ではない。安堵だった。
重い荷物を降ろした人のように。
「機能している」
師匠が低く呟く。
「だが長くは持たん」
その通りだった。
すでに息が苦しい。
水の中で呼吸を止めているような圧迫感。
闇は飢えていて、俺の内側の何かを喰っていた。
その時だった。
地面が割れた。
暴力的ではなく、優雅に。
氷の扉が横に滑るように。
──そして
ガーディアンが現れた。
今度ははっきりと全身が見えた。
深い蒼氷の蛇型の巨体、残りわずかな光を反射する鱗、そして洞窟の内部を“検査”する巨大な一つ目。
そいつは俺たちの真上を通り過ぎた。
見えないからではない。
感じなかったからだ。
熱と魔力で世界を見るこの獣にとって、俺たちは空洞。虚無。
“何もないもの”だった。
標的は明らか。
ドレイヴンの傭兵たちがパニック状態で魔術松明を点けた中心地。
まるでドレイヴンが全員に計画を説明していなかったように。
「やめろ!!」
傭兵の一人が叫んだ。
「消せッ!!」
その一言で確信した。
彼は全員に話していなかった。
もう遅かった。
ガーディアンが口を開いた。
炎も爆音もない。
ただの“原初の冬の吐息”。
傭兵の前方の空気が即座に凍りついた。
松明の炎は消えず、凍った。
炎が氷の中に閉じ込められ、哀しげに揺れていた。
傭兵たちは叫ぼうとした。
だが肺の中の空気すら固まり、声は途切れた。
彼らは瞬く間に氷像となった。
パニックの姿勢のまま、二十三人。
ドレイヴンは洞窟の奥で見ていた。
勝利ではない。
科学者のような満足の表情で。
「完璧だ」
小さな声だったが、静寂の中で鮮明に響いた。
「囮は成功した」
彼は奥の壁の裂け目へ向かって歩いた。
そこには淡い青の光が脈打っていた。
──ガイアの心臓。
師匠は反射的に動いた。
「今だ」
そう言ってリリアと共に闇から出た。
「アイト、ここにいろ。無茶はするな、いいな」
「でも──」
焦りながらリリアを見る。
「信じて」
彼女はそう言った。
死ぬ覚悟を決めた人間だけが持つ、静かな声で。
二人は走った。
ドレイヴンへではなく──ガーディアンへ。
氷獣は突如発せられた大量の熱と魔力に反応した。
リリアは魔力を抑えられない。
走るほどに熱は増す。
巨体が二人へ向かって振り返った。
俺は後ろにいた。
闇に包まれ、誰にも気づかれないまま。
そして見た。
ドレイヴンが裂け目に手を伸ばし、
青い光を掴み──引き抜いた。
それは結晶ではなかった。
本物の“心臓”だった。
氷でできた脈打つ心臓。
青い血管のような光が古代のリズムで脈打っていた。
ガーディアンは二人に向かって走っていたが、途中で止まった。
全身が強張る。
そして吠えた。
怒りではない。
痛みだった。
心臓は宝ではなかった。
俺たちにとっても、ドレイヴンにとっても。
それは──
ガーディアンの一部だった。
ドレイヴンはそれを握り、勝利の笑みを浮かべた。
それは二秒だけ続いた。
なぜなら心臓が“反応した”からだ。
青い氷の亀裂が腕に広がった。
攻撃ではない。感染だった。
氷が“熱と命”を感知し、それを消すように。
「な……?」
彼は心臓を離そうとした。
だが指はすでに凍りついて融合していた。
「やめろ……こんなはずじゃ──!」
腕が透明になり、やがて氷に。
進行は胸へ向かう。
ガーディアンは師匠とリリアを忘れ、ドレイヴンへ突進した。
攻撃ではない。
取り戻すために。
その混沌の中で──
俺の闇が反応した。
意志ではない。
本能だった。
闇は伸びた。
ドレイヴンへでもなく、ガーディアンへでもない。
心臓へ。
氷の心臓と俺の闇は同じ言語を話す。
冷たさ。欠落。否定。
師匠が戻り、俺の腕を掴んだ。
「行くぞ!!」
俺を引っ張って出口へ走る。
最後に振り返った。
ドレイヴンは半分が氷像となり、恐怖で固まった表情のままだった。
ガーディアンが迫り、顎を開き、心臓を取り戻そうとしていた。
そして、ドレイヴンの凍った手の中の心臓は──俺を見た。
文字通りではない。
だが“気づかれた”と感じた。
お前も冷たい、と言っているようだった。
お前も否定する者だ、と。
次の瞬間、外の眩しい光が視界を貫いた。
背後で洞窟が氷の轟音とともに崩れ落ちる。
俺たちは振り返らずに走った。
数メートル離れたところで止まり、肩で息をしながら──
最初に口を開いたのはリリアだった。
「い……今の、何……?」
師匠は答えなかった。
俺を見た。
そして震える手で、分かる唯一の真実を言った。
「宝なんかじゃなかった」
師匠はゆっくり頷いた。
「ドレイヴンは……」
リリアが震える声で言う。
「死んだの……?」
「死んだ」
師匠は言った。
「あるいはそれ以上だ。融合した。もしくは白い山の一部になっただろう」
俺は黙った。
なぜなら胸の奥の闇が──
遠くで鼓動する心臓に応えていたからだ。
呼び声ではない。
反響だ。
本来なら決して交わるはずのない二つが、偶然出会い、
“同じ言語を話す”と気づいてしまったかのように──。
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