とある公爵の奥方になって、ざまぁする件

ぴぴみ

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動揺

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『帝国暦250年天秤の25日─』

 
 百合は再び日記を手に取った。


『女主人としてやることは多い。家の管理がまずそうだ。使用人たちを監督し、統率する力が必要になる。

…私にはできない。失敗する度に使用人の目が冷たくなっていくのが分かる。どうすればいいのか分からない。

全て他の者に任してしまえば…。そう考えると急に楽になった。そして執事のリーゼントに裁量権を譲ったのだ。彼は上手くやってくれている。奥様は目立たないように部屋に籠っていればいい、と言われてもその通りだし、何も言えない…。』


逃げてしまったわけね。百合は納得する。
間違いではない。しかし時には、強いところを見せなければ下の者は付け上がる。

執事が舐めているのならば、他の使用人も当然、態度を真似るだろう。

どこかに味方はいなかったのかと、頁をパラパラと捲る。


『メイドのライラはいつも優しい。彼女だけが私を馬鹿にせず、優しく話を聞いてくれる。

クルーガー様との、例の約束の日が近づく度緊張する私の手をとり、慰めてくれるのだ。』


約束の日?疑問に思った百合は、頁を戻し、そして見つけてしまった。


『毎月15日は、夫婦として夜を共にするという契約だ。双方が望めば、この限りではないなんて…無意味なただし書き…。』


そんなこと知らないんだけど…。
百合は慌てて、今日の日付を確認する。
幸か不幸か15日だった。

顔を見たいと思っていたクルーガーに会えることが確実とはいえ、百合にはそういったことの経験がない。


(え、どうしよう…。逃げる?)


心が千々に乱れる。身体の持ち主にいくら経験があるとはいえ、どうすれば。
考えても仕方のない問いを夜になるまで持ち続けたのだった。

◇◇

「ふぅ」


クルーガーは、知らず溜め息をついてしまう己に気づいていた。

今夜は妻と同衾する日。契約とはいえ、面倒だ。いつもの如く、下を向き、震え、問いにも満足に答えを返さないだろう彼女を思うと憂鬱になる。

いや、そんなことは関係ない。私は私の務めを果たすだけだ。煩わしくない女を望んだのは、紛れもない自分なのだから。

思い直し、軽く扉をノックした。


「どうぞ」


珍しくはっきりとした答えが返ってきたことに驚きながらも足を踏み入れる。

妻は、自分の目をしっかりと見つめていた。


「何か、お飲みになる?」

「いや…」

知らず、気圧されていた。


「何かあったか?」

「いえ別になにも」


妻が飲み物を差し出してきた。
少量のホットワインがゆらりと波打つ。


「私も頂くわ」


これも常ならありえないことだ。
軽く、乾杯のため容器を近づけて、ゆっくりと流し込む。
頭に浮かんだ疑問は消えないままに。


◇◇

百合は開き直っていた。
なんとかなるでしょうと。

お酒を飲めば、いい感じに事が進むのではという安易な考えで用意したが、結果的に正解だった。

入ってきた人間離れした美貌を持つ男に、心は激しく動揺していたが顔には出さない。
意地でも目を逸らすまいと、じっと見つめた。

別人だと見破られたかとも思ったが、そうではないようだった。

百合はこれから無謀な賭けに出ようとしている。無茶で大胆な。

しかし、夜までじっと考えている内に思ったのだ。昼食、夕食と、やって来る使用人皆が生意気で、叱責することに疲れてしまった。


─掃除するにしても、代わりの人材が必要になる


今いる使用人はできるだけそのままに、彼らの態度を変えさせようと考えた。それには手っ取り早くクルーガーに好かれればよいのでは…とそう思った。

だから、顔から火が吹き出そうになりながらも誘惑しようとしている。

柄でもない。元いた世界でも“はしたない”と思えるネグリジェを着て。少しの期待も持ちながら。

ベッドへといざなう。


「もうお休みになられては?」

「…そうだな」


クルーガーは変わらず無表情だったが、紳士的に手を差し出してくれた。慌てて手を上に乗せる。

仰向けになり、黙って見つめた。
ここからは完全なノープランだった。
脈打つ鼓動を感じながら、胸の上で手をぎゅっと握りしめる。

クルーガーが言った。


「今夜は灯りを消してください、とは言わないんだな」


頭が一杯で思いもつかなかっただけです。
そこ、つっこまないでと百合はもう息も絶え絶えだ。

灯りが消される中、クルーガーが微かに笑った気がした。
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