4 / 27
第一章 春
第三話
しおりを挟む
州都の駅は帝都にある大きな中央駅にも見劣りがしない立派なものだった。
赤煉瓦と鉄骨で造られた駅舎も見事なものだったが、その中にいくつもの線路があって、何台もの汽車が行き来している。そのうちの数台は隣国まで行くのだと小耳に挟んで、ノエルはとんでもなく遠くへ来てしまったのだな、と感嘆の息を漏らした。
列車から降りて改札を抜け、駅のエントランスホールを目指す。どっちに行けばエントランスホールなのかは分からなかったけれど、とりあえず人波に流されて歩いた。
駅にはブラッドフォード中尉本人が迎えに来てくれると聞いている。
旦那さまには「背の高い黒髪の軍人を探せばいい」と言われたけれど、それだけの情報で分かるだろうか。ちらちらと周囲を見回すだけで、軍服を着た帝国軍人は大勢いる。彼らもまた移動する際には汽車を使うからだ。
見つけきれなかったらどうしよう、と不安に思いながらもノエルは必死で人の流れにそって歩いた。そして、一気に開けた場所に出て、はっと息を呑む。
ここがエントランスホールだ、とすぐに分かった。
見上げるほど高い天井とそれを支えるために張り巡らされた鉄骨。その隙間に貼られた大きな窓からはさんさんと夕日が降り注いている。駅全体が橙色に照らされて、ノエルの目に映る全てが黄金に輝いていた。
なんて立派な建物だろう、と先ほどから何度も思ったけれど、この駅舎はそれと同時にとても美しい建物だった。
ブラッドフォード中尉を探すのも忘れて、初めて見る駅の美しさに見入っていたノエルだったが、背後から来る人たちに押されて我に返った。
ここはエントランスホールとホームを繋ぐ通路だ。立ち止まっていては人の迷惑になるし、なによりこの人の多さでは危険だろう。
慌ててホールの端へと移動しようとして、足を踏み出したときだ。
背後から「あの」と誰かに呼び止められた。腹に響くような低くて無骨な声だった。驚いて振り向くと、そこにはとても背の高い軍服の男が立っていた。
「ノエル・オルグレン殿でしょうか」
「え?」
男は軍帽を被っていて、髪の色がよく分からなかった。
しかし、東部の街でノエルの名前を知っている人物なんてきっとひとりしかいない。
「ヴィンセント・ブラッドフォードです。お迎えに上がりました」
案の定、ブラッドフォードだと名乗った男はノエルを見てぴしり、と敬礼する。
そして軍帽を取って、ノエルの顔を覗き込んだ。
「あ、はい。ノエル・オルグレンです」
ノエルも慌てて頭を下げた。
ブラッドフォード中尉は本当に見上げるほど大きかった。
アルファの男性は背が高く筋肉質な体形であることが多い。軍属である旦那さまやその一人目の息子であるエドガーも鍛えているため、背が高くがっしりとした体つきをしている。しかし、ブラッドフォード中尉はそのふたりよりももっと背が高かった。
小柄なノエルは思いっきり顔を上げないと目が合わない。
ノエルは初めて会った自分の結婚相手をじっと見つめた。
話に聞いていたとおりの短い黒髪と精悍な顔立ち。きりりとした眉毛の下にある切れ長の瞳は透き通る宝石のような緑で、静かにノエルを見返していた。
ノエルとブラッドフォード中尉の視線が絡んで、息が止まるようだった。
人の容姿にあまり興味のないノエルでも分かる。たぶん、この人はとても格好いい。
「遠いところからようこそ。お疲れでしょうが、早速行きましょう。少し歩きます」
ブラッドフォード中尉はそう言って、とても自然な動作でノエルが抱えていたトランクケースを持った。
彼が歩くと自然と人が道を開ける。エントランスホールまでは人に揉まれるようにして歩いたノエルだったが、ブラッドフォード中尉の後ろならその心配はなさそうだった。
「東部は初めてですか」
「はい、生まれも育ちも帝都なので」
正面を向いて話すブラッドフォード中尉の声をノエルは必死に聞いて、その質問に答えた。
背の高いブラッドフォード中尉は当たり前であるがノエルよりずっと足が長い。彼はとても歩くのが早くて、ついて行くだけで大変だ。
おまけに、初めて足を踏み入れた東部の街はノエルにとって目新しいもので溢れていた。
駅から出てまず目に入ってくるのは東部の街並みだ。
石造りの建物や石畳が敷かれた道。そこに並ぶ鉄製の外灯は帝都でもよく見かける帝国風の設えなのに、ところどころに見慣れない装飾をした建物が挟まっている。東国風と言うのだろうか。珍しい服装や見たことがないものを抱えた行商人なんかもいて、ノエルは思わず視線を奪われてしまう。
「珍しいですか」
「え」
声をかけられて、ノエルは視線を上げた。
いつの間にか、前を歩いていたはずのブラッドフォード中尉が隣に立っていた。
待たせてしまった、と顔を青褪めさせるノエルだったが、ブラッドフォード中尉は大して気にしていない様子で頷いている。
「私も初めて東部に赴任したときは帝都との違いに驚きました。落ち着いたら、一緒に見て回りましょう」
ブラッドフォード中尉は抑揚のない平坦な声で話す。
少し怒っているようにも聞こえる口調だが、その内容は穏やかで気遣いに溢れるものだった。
「あちらは東部の中心街で、役所や東方司令部があります。駅からは近いですね。この大通りをまっすぐ行くと、商店が並ぶ通りがあって――」
先ほどよりもずっとゆっくりとした足取りで、ブラッドフォード中尉がノエルの横を歩く。おまけに、東部の街の解説付きだ。それをノエルは驚きつつも熱心に聞いた。
ブラッドフォード中尉は、駅から自宅まで帰るのに使う通りといくつかの目印を教えてくれた。彼の話からすると、ノエルたちがこれから住む家は街の中心から少し離れた場所にあるという。
赤煉瓦と鉄骨で造られた駅舎も見事なものだったが、その中にいくつもの線路があって、何台もの汽車が行き来している。そのうちの数台は隣国まで行くのだと小耳に挟んで、ノエルはとんでもなく遠くへ来てしまったのだな、と感嘆の息を漏らした。
列車から降りて改札を抜け、駅のエントランスホールを目指す。どっちに行けばエントランスホールなのかは分からなかったけれど、とりあえず人波に流されて歩いた。
駅にはブラッドフォード中尉本人が迎えに来てくれると聞いている。
旦那さまには「背の高い黒髪の軍人を探せばいい」と言われたけれど、それだけの情報で分かるだろうか。ちらちらと周囲を見回すだけで、軍服を着た帝国軍人は大勢いる。彼らもまた移動する際には汽車を使うからだ。
見つけきれなかったらどうしよう、と不安に思いながらもノエルは必死で人の流れにそって歩いた。そして、一気に開けた場所に出て、はっと息を呑む。
ここがエントランスホールだ、とすぐに分かった。
見上げるほど高い天井とそれを支えるために張り巡らされた鉄骨。その隙間に貼られた大きな窓からはさんさんと夕日が降り注いている。駅全体が橙色に照らされて、ノエルの目に映る全てが黄金に輝いていた。
なんて立派な建物だろう、と先ほどから何度も思ったけれど、この駅舎はそれと同時にとても美しい建物だった。
ブラッドフォード中尉を探すのも忘れて、初めて見る駅の美しさに見入っていたノエルだったが、背後から来る人たちに押されて我に返った。
ここはエントランスホールとホームを繋ぐ通路だ。立ち止まっていては人の迷惑になるし、なによりこの人の多さでは危険だろう。
慌ててホールの端へと移動しようとして、足を踏み出したときだ。
背後から「あの」と誰かに呼び止められた。腹に響くような低くて無骨な声だった。驚いて振り向くと、そこにはとても背の高い軍服の男が立っていた。
「ノエル・オルグレン殿でしょうか」
「え?」
男は軍帽を被っていて、髪の色がよく分からなかった。
しかし、東部の街でノエルの名前を知っている人物なんてきっとひとりしかいない。
「ヴィンセント・ブラッドフォードです。お迎えに上がりました」
案の定、ブラッドフォードだと名乗った男はノエルを見てぴしり、と敬礼する。
そして軍帽を取って、ノエルの顔を覗き込んだ。
「あ、はい。ノエル・オルグレンです」
ノエルも慌てて頭を下げた。
ブラッドフォード中尉は本当に見上げるほど大きかった。
アルファの男性は背が高く筋肉質な体形であることが多い。軍属である旦那さまやその一人目の息子であるエドガーも鍛えているため、背が高くがっしりとした体つきをしている。しかし、ブラッドフォード中尉はそのふたりよりももっと背が高かった。
小柄なノエルは思いっきり顔を上げないと目が合わない。
ノエルは初めて会った自分の結婚相手をじっと見つめた。
話に聞いていたとおりの短い黒髪と精悍な顔立ち。きりりとした眉毛の下にある切れ長の瞳は透き通る宝石のような緑で、静かにノエルを見返していた。
ノエルとブラッドフォード中尉の視線が絡んで、息が止まるようだった。
人の容姿にあまり興味のないノエルでも分かる。たぶん、この人はとても格好いい。
「遠いところからようこそ。お疲れでしょうが、早速行きましょう。少し歩きます」
ブラッドフォード中尉はそう言って、とても自然な動作でノエルが抱えていたトランクケースを持った。
彼が歩くと自然と人が道を開ける。エントランスホールまでは人に揉まれるようにして歩いたノエルだったが、ブラッドフォード中尉の後ろならその心配はなさそうだった。
「東部は初めてですか」
「はい、生まれも育ちも帝都なので」
正面を向いて話すブラッドフォード中尉の声をノエルは必死に聞いて、その質問に答えた。
背の高いブラッドフォード中尉は当たり前であるがノエルよりずっと足が長い。彼はとても歩くのが早くて、ついて行くだけで大変だ。
おまけに、初めて足を踏み入れた東部の街はノエルにとって目新しいもので溢れていた。
駅から出てまず目に入ってくるのは東部の街並みだ。
石造りの建物や石畳が敷かれた道。そこに並ぶ鉄製の外灯は帝都でもよく見かける帝国風の設えなのに、ところどころに見慣れない装飾をした建物が挟まっている。東国風と言うのだろうか。珍しい服装や見たことがないものを抱えた行商人なんかもいて、ノエルは思わず視線を奪われてしまう。
「珍しいですか」
「え」
声をかけられて、ノエルは視線を上げた。
いつの間にか、前を歩いていたはずのブラッドフォード中尉が隣に立っていた。
待たせてしまった、と顔を青褪めさせるノエルだったが、ブラッドフォード中尉は大して気にしていない様子で頷いている。
「私も初めて東部に赴任したときは帝都との違いに驚きました。落ち着いたら、一緒に見て回りましょう」
ブラッドフォード中尉は抑揚のない平坦な声で話す。
少し怒っているようにも聞こえる口調だが、その内容は穏やかで気遣いに溢れるものだった。
「あちらは東部の中心街で、役所や東方司令部があります。駅からは近いですね。この大通りをまっすぐ行くと、商店が並ぶ通りがあって――」
先ほどよりもずっとゆっくりとした足取りで、ブラッドフォード中尉がノエルの横を歩く。おまけに、東部の街の解説付きだ。それをノエルは驚きつつも熱心に聞いた。
ブラッドフォード中尉は、駅から自宅まで帰るのに使う通りといくつかの目印を教えてくれた。彼の話からすると、ノエルたちがこれから住む家は街の中心から少し離れた場所にあるという。
917
あなたにおすすめの小説
平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
白い結婚だと思っていたら、(溺愛)夫にガブガブされて、番になっていたようです
まんまる
BL
フレア王国の第3王子シルティ(18歳.Ω)は、王宮騎士団の団長を務める、キーファ侯爵家現当主のアリウス(29歳.α)に、ずっと片想いをしている。
そんなシルティは、Ωの成人王族の務めとして、自分は隣国のαの王族に輿入れするのだろうと、人生を半ば諦めていた。
だが、ある日突然、父である国王から、アリウスとの婚姻を勧められる。
二つ返事でアリウスとの婚姻を受けたシルティだったが、何もできない自分の事を、アリウスは迷惑に思っていないだろうかと心配になる。
─が、そんなシルティの心配をよそに、アリウスは天にも登る気持ち(無表情)で、いそいそと婚姻の準備を進めていた。
受けを好きすぎて、発情期にしか触れる事ができない攻めと、発情期の記憶が一切ない受けのお話です。
拗らせ両片想いの大人の恋(?)
オメガバースの設定をお借りしています。ぼんやり設定です。
Rシーンは※つけます。
1話1,000~2,000字程度です。
本当にあなたが運命なんですか?
尾高志咲/しさ
BL
運命の番なんて、本当にいるんだろうか?
母から渡された一枚の写真には、ぼくの運命だという男が写っていた。ぼくは、相手の高校に転校して、どんな男なのか実際にこの目で確かめてみることにした。転校初日、彼は中庭で出会ったぼくを見ても、何の反応も示さない。成績優秀で性格もいい彼は人気者で、ふとしたことから一緒にお昼を食べるようになる。会うたびに感じるこの不思議な動悸は何だろう……。
【幼い頃から溺愛一途なアルファ×運命に不信感を持つオメガ】
◆初のオメガバースです。本編+番外編。
◆R18回には※がついています。
🌸エールでの応援ならびにHOTランキング掲載、ありがとうございました!
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています
庶子のオメガ令息、嫁ぎ先で溺愛されています。悪い噂はあてになりません。
こたま
BL
男爵家の庶子として産まれたサシャ。母と二人粗末な離れで暮らしていた。男爵が賭けと散財で作った借金がかさみ、帳消しにするために娘かオメガのサシャを嫁に出すことになった。相手は北の辺境伯子息。顔に痣があり鉄仮面の戦争狂と噂の人物であったが。嫁いだ先には噂と全く異なる美丈夫で優しく勇敢なアルファ令息がいた。溺愛され、周囲にも大事にされて幸せを掴むハッピーエンドオメガバースBLです。間違いのご指摘を頂き修正しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる