ノエルの結婚

仁茂田もに

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第三章 秋

第一話

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 夏にヒートが来てから、ノエルのフェロモンは強くなったらしい。正確には、それまで極端に少なく、アルファにも感知出来ないほど弱かったものが、分かるようになった――程度の変化であるのだが。
 自分では分からないが、ヴィンセントがそう言うのだから間違いないだろう。
 二回目のヒートは初めてのものから数えて、きっかり三か月で訪れた。個人差はあるが多くのオメガは約三か月に一度、一週間ほどのヒートが来るという。ノエルもその「大勢」と同じ周期のようで、これからは気をつけるようにと医者に強く言われたのだった。

 番がいないオメガは抑制剤というヒートを押さえる薬を飲んで、強すぎる性的衝動を抑え込まなければいけない。しかし、ノエルの場合はヴィンセントに抱いてもらえば、一日で治まった。これはオメガのヒートとしてはとても軽い方らしく、もしかしたらまだオメガとしての機能が不完全な可能性もあるのだという。
 これからまたヒートの程度は変化していくかもしれない、と言われ驚いたが、なんにせよあれほど心配されていたヒートがようやく来たのだ。喜び勇んで手紙で旦那さまたちに報告したノエルだったが、届いた返事には意外なことが書かれていた。

「ブラッドフォード中尉と、番にはまだ、ならないこと……」

 ノエルは自室の屋根裏部屋で、セドリックからの手紙を読み返していた。
 旦那さまと奥さまからの手紙にも同じことが書かれている。帝都を発つ前にも「首輪は絶対に外さないように」と言い聞かせされていたが、念を押すようにそれも書いてあった。

「どうして、ヴィンスさんと番になっちゃダメなんだろう」

 番になっては駄目だとは書かれているが、その理由はどこにも記されていない。
 訳が分からず、ノエルは首を傾げた。
 ノエルはヴィンセントと番になってもいいと思っている。結婚したのだし、もうヒートも来た。
 本当は二回目のヒートで項を噛んでくれることを期待していたのだ。
 しかし、ヴィンセントは首輪を外すことはなく、当然項も無傷のままだ。
 ヴィンセントとはヒート中だけではなく、何もない夜にも身体を重ねるようになった。
 ヒートの熱に浮かされ、性的衝動に支配された嵐のような交合ではない。ゆるやかでひたすら甘いだけの行為は、ノエルの身も心も溶かしていく。
 ノエルはヴィンセントに触られるのが好きだった。だから、同じように甘く疼く項も噛んで欲しかった。けれど、ヴィンセントは噛んでくれないし、旦那さまたちは揃って駄目だと言う。

「どうしてだろう……?」

 不思議に思いつつ、ノエルはペンを手に取った。
 ペン先にインクをつけて、紙の上を慎重に滑らせる。

 ――どうして、ヴィンスさんと番になっては駄目なのでしょうか。

 いかにヴィンセントが自分を大切にしてくれているか、東部での生活が楽しいかを書いてから、ノエルは最後にそう付け加えた。
 便せんを閉じて、封蝋を押す。
 手紙は屋敷の近くにある郵便局に出しに行く。
 最近では体調を見ながら、ノエルはひとりで外出するようにしていた。帝都ではひとりでの外出は許可されなかったけれど、ここではマーサやロバートに言付けていたら、近くならば行ってもいいと言われているのだ。
 それもまた、自分の出来ることが増えたようでノエルは嬉しかった。
 出来上がった手紙を机に置いて、ノエルは上着を羽織って帽子を被った。
 外はもうすっかり秋めいていて、庭には秋薔薇やシュウメイギクが咲き誇っている。風は冷たく、襟巻が必要な季節だ。そろそろ毛糸を買ってきて、襟巻を編んでもいいかもしれない。
 身支度を整えたノエルは、手紙を持って部屋を出たのだった。



 帝都から手紙が届いたのは、ノエルがオルグレン家に手紙を送った数日後のことだ。
 東部と帝都は遠いとはいえ、鉄道のおかげで一日で移動することが出来る。手紙だって速達にすれば確かに数日以内に届くけれど、これはあまりに早い返信だとノエルはひどく驚いた。そして、手紙に書かれた差出人を見てさらに驚くことになる。

「エドガー・オルグレン……!」

 手紙にはしっかりとそう書かれていた。どうやら、セドリックからの返事ではなかったらしい。
 手紙の送り主、エドガーは旦那さまの上の息子で、セドリックの兄だ。旦那さまやヴィンセントと同じ軍属で、軍大学を出て技術士官として工兵部隊に所属している。
 そんな彼からの手紙にノエルが驚いたのは無理もない。東部に来てから、セドリックとは頻繁に手紙のやり取りをしているが、エドガーとはほとんど連絡を取っていなかった。手紙を送っても、滅多に返事が来ないからだ。

 別に、エドガーがノエルを嫌っているわけではない。会えば優しいし、いつもノエルの頭を撫でてくれるし、お菓子もたくさんくれる。少々—―いや、だいぶ子ども扱いされている気もするが、ノエルは朗らかで温かい匂いのするエドガーのことが大好きだった。
 しかし、彼は手紙の返事を書く暇がないほど忙しかった。
 否、返事は書ける。軍の官舎に送った手紙を受け取ることが出来ないだけだ。
 工兵部隊の技術士官は、軍全体から見ても特殊で数が少ないらしい。その結果、各基地からの要請を受けて、全国各地を飛び回っているという。ノエルが帝都を発つ日も出張に行っていて、だから見送りに来られなかったのだ。
 そんな彼がノエルにわざわざ手紙を書いてくれた。
 そのことに驚きつつも、ノエルは急いで手紙を開封した。そして、書かれていた内容に飛び上がるくらい喜んだ。

「ヴィンスさん!」

 がたん、と音を立てて、ノエルは立ち上がった。
 思わずヴィンセントを呼んで階段を駆け下りたけれど、彼はまだ仕事から帰ってきていなかった。驚いたマーサが厨房から顔を出す。

「ノエルさま、どうされました?」
「あのね、マーサ! エドガーさまが東部に来るんだって!」
「エドガーさま? ああ、ノエルさまのご実家の?」
「そう! 旦那様の一番上のご子息だよ!」

 手紙を持ったまま、ノエルはマーサの手を取った。
 そのまま踊り出したノエルに、マーサは戸惑いつつも一緒にステップを踏んでくれる。

「エドガーさまは忙しくて、帝都に住んでた頃もなかなか会えなかったから、とっても嬉しい!」
「そうなのですね。では、きちんと準備をしておもてなししなくては。いつ頃来られるのですか?」
「えーっとね」

 踊りを止めて、ノエルは手紙を確認した。そして「ん?」と首を傾げる。

「……明日?」
「え?」

 そこに書かれていたのは、間違いなく明日の日付だった。
 マーサにも一緒に見てもらったから間違いない。

「明日って、明日だよね?」
「明日って、明日ですね……?」

 え? え? とマーサとふたりで顔を見合わせる。
 ノエルが奥さまに習った訪問の礼儀では、人の家を急に訪ねてはいけないと教えられていた。エドガーは生粋の貴族だから、その礼儀を知らないはずはないと思う。けれども、エドガーからの手紙には明日と書いてあり、ノエルは混乱する。先方へ事前に知らせていれば、明日は「急」ではないということだろうか。
 来客を迎えたことがないノエルには、よく分からなかった。
 だが、いいのか悪いのかを悩んでいる場合ではなかった。どちらにせよ、エドガーは明日来るのだ。そうなると、マーサが言うとおり「準備」が必要だろう。


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