ノエルの結婚

仁茂田もに

文字の大きさ
26 / 27
第四章 冬

第三話 ヴィンセント*

しおりを挟む
「ノエル、ノエル」

 首筋を舐め、その感触を確かめる。
 滑らかな肌はほんのりと甘く、舌触りがいい。本能のままその柔肌に歯を立てたい。自らの痕を残したい。――と強く思う。けれど、同時にヴィンセントの頭を占めるのは、ノエルが嫌がることはしなくない、ということだ。そんなアルファとしての欲望に必死で耐えていると、眉根を寄せるヴィンセントを見て、ノエルがふふ、と無邪気に笑った。

「ヴィンスさん、こっち」

 ヴィンセントの欲を分かっているのか。そうでないのか。
 ノエルは散らばった衣服の中でころん、と転がって、無防備にうつ伏せになった。髪をかき分けて軽く俯けば、ヴィンセントの目の前に項が晒されることになる。

 ――噛んで。

 全身でそう言われているような気がした。

「……挿れていいか」
「うん」

 堪らず許しを乞えば、それはこちらが心配になるほどあっさりと得られた。
 本当はもっとゆっくりノエルの身体を開きたかった。
 丁寧に愛撫して全身を蕩かせた後に、慎重に挿入したかったし、たくさん気持ちよくしてやりたかった。しかし、とてもそんな余裕はない。本能が理性を焼き尽くそうとしていた。
 辛うじて残っていた理性を総動員して、ヴィンセントはノエルの後孔を指で解した。
 向けられた双丘の奥に閉じた慎ましい蕾。そこはヒート中らしく、しとどに愛液を溢れさせている。
 最初は一本、と中を確かめるように入れたヴィンセントだったが、中の熱さと柔らかさに誘われて、二本、三本とすぐさま指を増やした。

「んっ、あ、ぁ」

 気持ちい、とノエルが小さく呟いた。
 何をされても気持ちがいいのだろう。ヴィンセントが触れるたびに、ノエルは嬌声をあげる。
 もっとして。もっと触って。
 うわ言のように繰り返されるノエルの言葉は、ヴィンセントの中に麻薬のように強烈に染み渡った。

「痛くない?」
「へいき」

 稚い口調でノエルは答える。
 両手で肉付きの薄い臀部を掴み、それまで散々解してきた後孔にひたりと自らの欲望を当てる。がちがちに反り返ったヴィンセントの屹立は、興奮ではちきれんばかりの大きさに育っていた。

「あッ」

 先端がぐっとノエルの蕾を割る。慎ましく、けれどもひどく柔軟なそこは、襞をめいっぱい伸ばしてヴィンセントを受け入れてくれる。
 粘膜を擦り上げるように中を進めば、ノエルの細い身体がしなやかに敷布の上を泳いだ。

「んぁ、あ、んん――ッ」
「は、ぁ、熱いな」

 温かくてぬかるんだ隘路を進む。そのまま斜め上から穿つように腹側の陰茎の裏あたりを刺激すると、ノエルの身体がびくびくと大きく震えた。
 オメガでも男の身体である以上、前立腺があり、そこを刺激すると大きな快感を得られる。特にヒート中の今は恐ろしいほどの快楽だろう。
 ノエルが縋るように目の前のシャツを握りしめ、頬を擦り付けて必死で匂いを嗅ごうとする。その様子にヴィンセントはちりり、と胸の中に嫉妬の炎が宿った。

「ノエル」
「ひゃっ」

 ぐっと腰を掴み、さらに深くまで陰茎を進ませる。
 自らの下生えがノエルの臀部に触れるほど奥まで挿入し、ほっと息を吐いた。

「全部入った……」

 興奮したアルファの長大な陰茎を、ノエルは優しく呑み込んでくれた。
 小さく震える肩は細く、ヴィンセントを受け入れている腹は驚くほど薄い。
 懸命なノエルが愛おしくて、ヴィンセントはその背中を撫でた。はっきりと浮かぶ肩甲骨と、皮膚のすぐ下にある背骨。
 その先に、ノエルの項があった。
 吸い寄せられるようにそこに顔を近づけた。部屋中に満ちるフェロモンの香りが、いっそう強く感じられる。

「ノエル……」

 数度項に口づけて、ヴィンセントはその滑らかな皮膚に歯を立てた。
 その瞬間、ノエルが悲鳴のような嬌声を上げた。同時に、後孔がぎゅうっと強く締まって激しく蠕動する。
 ノエルは全身を震わせて達していた。うつ伏せているので、射精したのかは分からないが、それでもヴィンセントはノエルが深い快楽の渦中にいるのだと分かった。
 ノエルと番になったのだ。
 くっきりと付いた自らの歯形はうっすらと血が滲んでおり、見るからに痛々しい。おまけにこの歯形はノエルに一生消えない傷痕として残るものだ。

 ――一生、死がふたりを分かつまで。決して消えることのない絆。

 それがアルファとオメガの番契約だ。
 ノエルに付けた歯形を見た途端、ヴィンセントは目頭が熱くなった。唇を噛んで、叫び出したいほどの衝動に耐えた。
 全身を満たす多幸感と止めどなく溢れてくるノエルを愛おしいと思う気持ち。彼の全てを欲する独占欲とそれを上回るほどの庇護欲。そういう一言では表せない複雑で執着とも言える重苦しい感情たちが、ヴィンセントの中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、ひとつになっていく。
 純真無垢なノエルとは違って、ヴィンセントがノエルに対して抱くものは綺麗なものだけではない。しかし、それでも、彼には自分の綺麗な部分だけを見せたいと思うのだ。

「ノエル、大丈夫か?」

 番になったぞ、と声をかけると、果てたばかりでぐったりとしたノエルがのろのろと振り返った。そして、自らの項を手で触りながらへにゃりと相好を崩した。

「やっと、つがいになれた……」

 真っ白で綺麗なノエル。どうしてこんなにも愛しいのだろうか、とヴィンセントは思う。
 始まりは確かに自分の一目惚れだった。彼の姿を、その笑顔を一目見て、恋に落ちた。雷に打たれるような衝撃と激しい恋情がそこにはあって、どうしてもノエルにもう一度会いたかった。
 だからこそ、オルグレン准将からの叱責覚悟で彼のことを聞きに行ったのだ。
 だが、あのときよりも今のほうがずっとノエルのことが好きだ。
 たぶん、結婚して一緒に暮らし、少しずつノエルの為人を知るたびに、気持ちは大きくなっていっている。毎日、毎時間、毎分、ヴィンセントはノエルに恋に落ちている。
 好きで好きで堪らなくて、その気持ちのまま強く抱きしめると、腕の中でノエルがくすくすと笑う。下半身は繋がったままで濃厚なフェロモンを漂わせているというのに、ノエルの笑顔はどこまでもあどけなく美しかった。

「ヴィンスさん、苦しい」
「ああ、すまない、どうしてもノエルを抱きしめたくて」
「ん、だいじょうぶ。ぎゅってされるのきもちいし、それに……」

 ――ふたりを隔てる身体という境界がなくなってしまえばいいのに。

 ノエルはふわふわとヒートで蕩けた状態のままでそんなことを言う。肌と肌がぴたりと触れ合い、お互いの体温が混ざり合う。ノエルが甘えるようにヴィンセントの胸へ頬ずりをした。

「そしたら、寂しくないのに」
「でも、ノエルと私がひとつになったら、こうして抱き合えない」
「あ、そうか。お話もできないか」

 それは寂しいなぁ、と呟いたノエルは息が止まるほど可愛らしかった。
 どろどろに溶け合ってひとつになりたい。
 アルファとオメガはお互いが不完全で、ふたつでひとつになるために番になるのかもしれない。そうであるならば、自分たちが相手とひとつになりたいと望むのは自然なことなのだ。

「ノエル」

 柔らかい赤毛をヴィンセントは指で梳く。丸くて形のいい後頭部と、赤の隙間から覗く形のいい耳が可愛らしい。
 愛しい愛しい私の番。

「ん、んぁッ」

 背中を撫で、手のひらで腰を擦る。その柔らかい刺激で、繋がったままの後孔がきゅう、とヴィンセントのものを締め付けた。中がその先を乞うようにうねって、ヴィンセントを誘う。入れているだけで果ててしまいそうなほどに心地がいい。

「ヴィンス、さん」

 それまでの優しい空気が一気に淫靡なものへと変わる。ノエルが潤んだ瞳でヴィンセントを見つめた。

「身体はきつくないか?」

 ヒート中のオメガには愚問だと分かっていても聞いてしまう。当然、ノエルはふるふると首を横に振った。

「へいき……、も、うごいてほしい」

 甘えるように言われて、ヴィンセントはノエルの額に口づけた。
 まだ先ほど飲んだ抑制剤が効いている。しかし、その効果もどれほど持つだろうか。
 寝台で抱き合ったまま、ゆるく腰を動かした。このままヒートが収まるまで何度もともに果てるのだろうと思う。ノエルのフェロモンはもうこの世界でヴィンセントただひとりのためのものだし、逆もまたそうなのだ。
 腕の中でノエルが震える。甘い声がひっきりなしに零れて、フェロモンがいっそう濃くなったような気がした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

藤吉めぐみ
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

待っててくれと言われて10年待った恋人に嫁と子供がいた話

ナナメ
BL
 アルファ、ベータ、オメガ、という第2性が出現してから数百年。  かつては虐げられてきたオメガも抑制剤のおかげで社会進出が当たり前になってきた。  高校3年だったオメガである瓜生郁(うりゅう いく)は、幼馴染みで恋人でもあるアルファの平井裕也(ひらい ゆうや)と婚約していた。両家共にアルファ家系の中の唯一のオメガである郁と裕也の婚約は互いに会社を経営している両家にとって新たな事業の為に歓迎されるものだった。  郁にとって例え政略的な面があってもそれは幸せな物で、別の会社で修行を積んで戻った裕也との明るい未来を思い描いていた。  それから10年。約束は守られず、裕也はオメガである別の相手と生まれたばかりの子供と共に郁の前に現れた。  信じていた。裏切られた。嫉妬。悲しさ。ぐちゃぐちゃな感情のまま郁は川の真ん中に立ち尽くすーー。 ※表紙はAIです ※遅筆です

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...