公爵家の赤髪の美姫は隣国王子に溺愛される

佐倉ミズキ

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18.王妃の威厳と事実

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事が動いたのは翌日だった。
今回の主要人物たちを呼び出したのは国王陛下ではなくその妻、王妃であった。

「王妃がなぜ……」
「わかりません」

ハザンにそっと聞くが首を横に振られる。
クラウもフェルズも怪訝な顔をしていた。
近くに控えるクラウの姿にミアはどんな顔をしたらよいかわからない。
ただ涙が溢れそうになるのをこらえるしかなかった。

(カルノ様の話は信じたくないけれど……、もし本当ならと考えると怖くてクラウ様が見れない……)

ミアの動揺に隣にいたハザンが「大丈夫ですか?」と背中をそっとさすってくれた。
事件のことで呼び出され、ついに判断が下されるのだろうという恐怖から動揺しているのだと思ったのだろう。
もちろんそれもある。
きっと婚約は解消だし、ミアは犯罪者に仕立て上げられてしまう。
どのみちもうクラウの側にはいられないかもしれない。
その恐怖は大きい。

そしてそれ以外にも、昨日のカルノの話が頭から離れないでいたのだ。
二つの辛さを抱え、ミアはもうこの場から逃げ出したい気分だった。

ふと見ると国王陛下の側にはジルズとカルノが得意げな表情で控えていた。
カルノはミアと目が合うと口角を上げ、ニヤッと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。
俯いてその視線から逃れようとしたときだった。

「今回のことで王妃から話があるそうだ」

国王がそう声を上げた。
その顔は相変わらず心ここにあらずといった感じだ。
国王の隣にいた王妃はその国王をチラッと見ると、盛大にため息をついた。

「私が体調を崩している間、なんだか揉め事が起きていたようね?」

ミアは王妃の言葉に少し驚いた。
初めて会った時フワッとした柔らかく優しい雰囲気を醸し出していた。
しかし今の王妃は背筋を伸ばし、凛としている。
声も張りがありよく通る。
同じ人物とは思えなかった。

「クラウ様……」
「あぁ、母上が出てきてしまった……」

クラウとフェルズが頬を引きつらせる。

(どういうこと? 王妃が出てきてしまったって……)

ミアが首を傾げた瞬間だった。
パァァン!!
室内に響き渡るほどの大きな乾いた音が響く。
警備をしていた衛兵も控えていた大臣らも目を丸くしていた。
それもそのはず。
王妃が隣にいた国王の頬を思いっきり引っ叩いたのだ。
衝撃で国王は白目をむいて倒れた。

「ふぅ……。衛兵! 陛下を医務室へ連れて行きなさい。医師に解毒してもらうことね。それと陛下の執務室は現在洗浄中だから今日一日誰も入れないように」

はっきりした指示に戸惑っていた衛兵も慌てて動き出す。

「さて、これで陛下が異国の香りに惑わされることはなくなったわ。ジルズ」

急に名前を呼ばれ、ジルズはハッとしたように顔を上げた。

「陛下に素敵な贈り物をありがとう。あの香料は遠い東の国の物ね。わざわざ取り寄せるのに苦労したでしょう?」
「な、なんのことかさっぱり……」
「誤魔化さなくていいのよ。全て調べはついているのだから」
「っ……」

ジルズは冷や汗をかいていた。
王妃の冷たい目がジルズをとらえて離さない。

「最近疲れていると話していた陛下に、自分が使っている香料だと言って渡したそうね? いくら家臣でも王族に何か渡すときは調べが必要よ。でもあなたは希少なものだと言って陛下に直接手渡した。執務室で香料を焚けば仕事がはかどるとでも言ったのかしら?」

微笑みながら話す王妃の目は笑っていない。
王妃の怒りを感じてジルズは言葉を青い顔で失っていた。
ミアはただ唖然と王妃を眺めるだけだ。
どうやら王妃は騒ぎを聞きつけ、独自に調べを進めていたようだった。
陛下の異変にもいち早く気が付いていたという。

(贈り物……? その香が一体……?)

ミアの知らないところで事態はちゃんと動いていたようだった。

「クラウ、あなたもこのことについては調べていたのでしょう?」
「はい。母上の仰るとおり、ジルズが父上に香料を渡していたことまでは突き止めています」

そう言うと王妃は深く頷いた。

「香料の成分を調べさせたわ。幻惑の成分となる実がすりつぶされて入っていた。それが陛下の思考を停止させていたのでしょう。そしてあなたはその状態の陛下をうまく操った。自分に有利に物事が運ぶようにね」
「お、お待ちください……。何かの間違いです。私は何もしておりません」
「だから誤魔化さなくていいのよ。全て調べはついているといったでしょう? あなたが陛下に香料を渡しているところも、輸入して商人からこっそり受け取ったことも全てすでに調べ済みなのよ」

ここまで言われるとジルズはもう何も言えなかった。
ただ青い顔をして小さく震えている。

「国王陛下に幻惑の香料を渡して言いなりにさせた。これだけでも十分犯罪よね。しかし疑いもせずに受け取った陛下も陛下だわ。もちろん陛下にも落ち度はあった」
「そ、それなら……」
「でもねぇ、次にあなたがやったことは見逃せないわね」

王妃は手を横に出すと、控えていた侍従がその手に紙を乗せた。

「ジルズ、あなたクラウが公務で郊外へ出ている時にミアさんを排除しようと企んだわね。ここにすべて書いてあるわ」
「そんなことはありません! あれはミア様が毒を……」
「しらばくれるな!」

大声を出して言葉を遮ったのはクラウだった。
クラウは険しい顔でジルズを睨んだ。

「お前は隣国の話を識者にしてほしいと陛下の許可を取った。もうこの時には陛下は香料が効き始めていたのだろう。あっさりとそれを認めた。そして会場でサマルと共謀し、隣国のお菓子の話題を出させ、ミアにそれを作るよう仕向けた」
「あらクラウも調べていたのね」

王妃はクスッと微笑む。

「厨房の料理人を買収して、ミアさんの料理に毒をこっそり入れさせたわね。料理人は多額の報酬を得て故郷に帰った。でも私の部下がその故郷まで行ってその料理人を問い詰めたら、あっさりと自分がやったと白状したわ。サマルだけのお菓子に毒を塗った。それはジルズ、あなたからの命だったと」
「くっ……」

王妃は膝をついて崩れ落ちたジルズの目の前へ行き、正面から見下ろした。
その光景にミアはふと背筋が冷たくなるものを感じた。

(なんだろう……この感じ……)

大きな胸騒ぎ。
気が付けば足が一歩一歩、王妃とジルズに向けて進んでいた。

「ジルズ、あなたはミアさんとクラウの結婚を阻止し、自分の娘と結婚させようと企んでいた。でもこれはやりすぎよ。ここにミアさんの身の潔白を証明し、ジルズ大臣を取り押さえ処罰いたします!」

王妃が高らかと宣言した時だった。
ミアが走り出したのとジルズが動くのはほぼ同時だった。

「ミア!!」

クラウの叫び声が聞こえた時には、もうすでにミアは王妃に覆いかぶさって倒れていた。
ミアの小柄な背中からは血が出ている。

「ジルズを取り押さえろ!」

フェルズの声にいち早く反応したのはハザンだ。
ジルズの手にある小型ナイフを蹴り飛ばし、床に叩きつけて制圧する。

「くそっ!! 俺はこの国の未来を思ってやったことだ! 悪いことはしていない!」

叫ぶジルズは大勢の衛兵に捕らえられ、わめきながら地下牢へと連れていかれた。
側で青い顔をして震えていたカルノも、事情を知っているだろうということで話を聞かせてほしいと衛兵たちに連れられて行った。

「ミアさん! 誰か医者を! 早く!」
「ミア、どうしてこんな……」

倒れたミアの体を起こし、抱きしめるクラウは今にも泣きそうだ。
先ほど、王妃の目の前で膝をついて崩れ落ちていたジルズに不穏なものを感じ取り、ミアはとっさに王妃をかばいに行っていた。
そして小型ナイフを持っていたジルズに背中を切られたのだ。
ミアに庇われた王妃は無事でミアはホッとする。

「クラウ様……、私は大丈夫です。それより褒めて? ハザンさんよりも衛兵よりも誰よりも先に王妃様を庇うことができました。これ凄いでしょう?」

クラウの腕の中で青い顔をして荒い呼吸の中、ミアは得意げに微笑んだ。
王宮警備のハザンよりも衛兵よりも先に動けたことが誇らしげだ。

「バカ! 自慢するところじゃないだろう!」
「ミアさん、ごめんなさい。私を庇ってこんな……」

王妃はさっきまでの威勢のよさが消え、涙ぐんでうろたえている。

「王妃様にお怪我がなくて何よりです……」
「ミア、もう話すな。出血が多い」

ミアを抱えるクラウが辛そうに呟く。
そんなクラウを見上げてミアは謝った。

「クラウ様……、私のせいでこんなことになってしまってごめんなさい……。私がこの国の人間だったらこんなことにはならなかった……。やっぱりクラウ様の結婚相手はこの国の血を引く者の方が良いのかもしれません……」
「何を言って……。おい、ミア! しっかりしろ!」
「今までありがとう……。愛していました……」
「ミア!!」

ミアはそう呟くとそっと目を閉じた。


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